36 死配の凶壇

―――――

柊木瑠璃

羅刹

固有スキル:死配シハイ凶壇キョウダン

武器適性:刀・射・剣・短剣・爪・体・乗・投・二刀・四刀・三節棍・薙刀

魔法適性:氷・闇・妨・次・吸・造・地・時・呪

性格特性:支配Ⅴ+、邪悪Ⅴ+、克己心Ⅴ、努力Ⅴ、正義感Ⅴ、教条主義Ⅴ、嗜虐心Ⅴ、人間洞察Ⅴ、無謀Ⅴ、残忍Ⅴ、カリスマⅣ、勇猛Ⅳ、冷血Ⅳ、パラノイアⅣ、威圧Ⅳ、被虐Ⅲ、理想主義Ⅲ、魅了Ⅲ、殺戮者Ⅲ、圧倒Ⅲ、現実逃避Ⅲ、獰猛Ⅱ、獣心Ⅱ、超人Ⅰ、魔神Ⅰ

魔法:「アイスランス+」「アイシクルレイン+」「インスペクト」「ダークフォグ」「ダークファング」「ダークヴォイド」「テラークラウド」「テラーペトリファイ」「フロストバイト」「コキュートス」「ソウルアブソーブ」「ソウルサクリファイス」「クリエイト:キラーソード」「アイテムボックス」

技:「抜刀術・花霞はながすみ」「流鏑馬やぶさめ」「クイックドロー」「抜刀術・斬鉄」「凶弾」「クイックリロード」「精密射撃」「抜刀術・野分」「白刃取り」「凶刃」「特攻」「猛攻」「詠唱破棄」「魂魄こんぱくの太刀」「絶技:魂喰たまくいし羅刹の一撃」

E:追儺ついなの太刀

E:悪鬼の太刀

―――――


「⋯⋯おいおい、聞いてねえぞ、こんなの」


俺は思わず「天の声」に毒づいた。


《亥ノ上直毅は、性格特性「直感」により、「死配の凶壇」をまずは「インスペクト」した。》


「あいよ、『インスペクト』」


文句は後にして、指示された通りに柊木瑠璃の固有スキル「死配シハイ凶壇キョウダン」を鑑定する。


―――――

死配シハイ凶壇キョウダン:肉体、精神を超越し、魂を直接すくみ上がらせるほどの恐怖で支配する。

―――――


⋯⋯ん? これだけか? 「天の声」が催促したわりには情報が少ない。


俺が戸惑うあいだに、柊木瑠璃が口を開く。


「ほう、『インスペクト』を防ぐ魔法か。その発想はなかったな」

「そっちこそ、ちょっと見ないあいだに随分変わったみたいじゃねえか。ついに人間をやめちまったか、先生」

「やむをえん。こうでもしなければ力が足りぬところだった。業腹だが、貴様への警戒は杞憂ではなかったということだ」


柊木瑠璃の口調は冷淡で、そっけなくすら感じられる。だが、その奥には煮えたぎる感情のマグマが眠ってる。怒りと憎しみが度を越して、もはや表情などでは表せない、だから、何の役にも立たぬ表情などというものは切り捨てた。柊木瑠璃の冷たさはそうしたものだ。それは決して冷静なわけではない。冷凍された可燃性の液体が瞬時に燃え盛るように、火種さえ与えられれば猛烈な爆発を起こすだろう。その感情の爆発は人の域を超越し、神や悪魔、あるいは天災のようなものになるに違いない。


柊木瑠璃はもともと白皙の美貌の持ち主だった。病弱な印象はないが、肌は紙のように白かった。その肌が、今でははっきりと青みがかって見えた。顔色が悪いとかいうレベルじゃなく、はっきりと青いのだ。正確にはブルーグレーといったほうが近いだろう。連想するのは青鬼やファンタジーに登場する魔族のような異種族だ。

柊木瑠璃の瞳は、金色の光彩と黒く縦長の瞳孔に変わっていた。俺には見覚えのありすぎる瞳である。悪魔であるベルベットとほとんどそっくりな瞳なのだ。

風もないのにひとりでに浮かび、幽鬼のように広がる髪は黒いままだが、額の左右には小さな突出部があり、額の真ん中には逆さまの五芒星がどす黒い輝きを放っている。


「逆五芒星ペンタグラム⋯⋯悪魔の証とされるものです」


俺の後ろで芳乃が囁いた。


「鬼と悪魔と、洋の東西が混ざってるぞ」


俺はこみ上げる恐怖を振り払うように軽口を叩く。


「知らぬ、そんなことは。覚醒者が今さら気にするようなことでもあるまい」


そりゃそうだ。

柊木瑠璃の首から下は、以前と同じ白衣と黒い袴姿だが、白衣にも袴にも、まるで着物の模様のように返り血の花が咲いていた。血を吸った足袋が、足を踏むたびにじゅぷりと鳴った。


「大講堂に生徒を集めて、何をしてた?」

「知りたいか?」


柊木瑠璃はそう言うと、虚空から灰色の大きな何かを取り出し、こちらに投げる。投げる、というよりは、射出する、といった速度だった。

俺はとっさに避けようとするが、


《直毅は、「キャッチ」の魔法で石像を受け止めた。》


「天の声」を受けて慌てて「キャッチ」とつぶやいた。

俺の目の前に、恐怖の表情のまま石化したセフィロトの女子生徒が現れた。

柊木瑠璃はアイテムボックスに入れて持ち歩いていた「それ」を俺に向かって投擲したのだ。


「これは⋯⋯」


つぶやきかけた俺に、


「星川さん!?」


真那が驚きの声を上げる。


「星川さんをどうしたんですか、柊木先生!?」


それまで恐怖で動けなかった真那だが、石化した生徒を見せられ、怒りが恐怖に勝ったようだ。


「どうもこうも、そのままだ。その生徒には恐怖すれば恐怖するほど身体が石化していくという呪いをかけた。しかし、恐怖そのものは与えなかった。だが、見ての通り、最後には見事な石像になった。『自分は怖がってなんかない!』そう矛盾した叫びを上げながら、与えられた呪いの通りに石化していく。少しでも石化が始まればあとはすぐだ。恐怖が恐怖を呼び、恐怖が身体を石化させ、石化が恐怖を狂乱へと変えた。いささかあっけなかったが、人間学習の参考にはなった」

「そ、そんな⋯⋯! どうしてそんなひどいことができるんですか!?」

「くかかっ。酷ければ酷いほど好都合なのだ。そもそも貴様らが寝返ったのが悪いのだ。わたしとて亥ノ上直毅と戦う必要がなければここまでするつもりはなかった。その生徒がそうなった責任の一旦は貴様にあるのだぞ、北条真那」

「わ、わたしに⋯⋯」

「真に受けないで、先生。悪いのはどう考えても柊木先生なんだから」


ショックを受ける真那を咲希がそう宥めている。

だが、柊木瑠璃の言ったことは、一面では事実だ。といっても悪いのは真那ではない。柊木瑠璃と戦うと決めたのは俺だ。もし俺が柊木瑠璃とは戦わず飛鳥宮あすかみやから出なかったら? こんなにも血なまぐさい戦いは起こらなかったのではないか?

「天の声」が戦う以外の道はないと暗に示したのは事実だが、「天の声」が示すのはあくまでも俺にとっての最適解だ。その最適解において、最適化の恩恵に預かれるのは俺とその周囲の人間だけだ。柊木瑠璃によってもたらされる惨禍は、俺に害を及ぼさない範囲で正当化されている。


「⋯⋯いったいどれだけの人間を犠牲にした?」

「さあ、手当たり次第に集めさせたからな。逃げようとしたものはわたし自ら引っ立てた。これでなかなか手間がかかったのだ。この期に及んで脱出を試みるものもいたのでな。塀を登って感電死する愚か者もいた。まったく、そんなにあっけなく死なれては、わたしの糧にならぬではないか。恐怖に悶え、苦しみに悶え、怒りと憎悪を呑んでじわじわと死んでいく。そんなものたちこそがわたしにとっての糧となる。わたしは死んでいく彼女らに愛を感じたよ。愛おしくてならなかった。絶望を胸に不条理な死を迎えるのはどんな気持ちがするのだろう? きっと最高のエクスタシーを感じるのではないか? わたしは彼女らに最高の恍惚と最高の死を与えられたことを誇りに思う」

「狂ってる⋯⋯」

「くかかっ。正気か否かなど、誰に判断のできるものか。だがな、亥ノ上直毅。わたしはこれで頭が回る。ただの狂人ではないのだ。おまえと理由もなくおしゃべりを楽しむ趣味もない。まだ気づかぬか?」

「な、に⋯⋯?」


俺の舌が震えた。いや、俺の全身がいつのまにか小刻みに震えている。無詠唱で「オーダサティ」をかけるが効果がない。いわれのない不安。いわれのない恐怖。いわれのない混乱。いわれのない錯乱。自分の状態を把握すればするほどに俺は恐慌に陥った。俺の足が凍りついたように動かない。いや、ちがう。俺の足は実際に氷に覆われていた。いつのまにか地を這って忍び寄った霜が俺の下半身を覆っていく。凍る、怖い、嫌だ、そう思うほどに霜は速度を増し、俺の胸元までを氷に閉ざす。ピキピキと音を立てながら俺の首が氷に覆われていく。氷は俺の顎を越え、必死にあえぐ俺の口へと迫ってくる。


「う、あ、あ⋯⋯!」

死配シハイ凶壇キョウダンは魂をも凍てつかせる恐怖を放射する。恐怖にすくんだ魂は妨害魔法への抵抗力を喪失する。そもそも恐怖に侵された状態で魔力は感知できぬしな。足元から忍び寄る『フロストバイト』にも気づかぬし、詠唱破棄で放った『テラークラウド』にすら気づけぬ。恐怖に凍りついたものを錯乱に陥れ、狂死へと至らしめる『コキュートス』。だが、これほどの魂をただ死なせるのはもったいない。『ソウルアブソーブ』で魂を少しずつ吸い出し、わたしの力に変えてやる」

「ぐ、お、ぁ⋯⋯」

「くかかかかっ! 絶望したか、亥ノ上直毅! その絶望こそが美味! その絶望こそが甘露! 貴様を喰ってわたしはさらなる高みを目指す!」


金色の目を見開き、唇を裂けんばかりに三日月に開いて、柊木瑠璃が嗤い続ける。

俺の唇を霜が越え、俺の歯を、舌を、喉を――

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