9 初戦闘

母親の買った物を車に載せ終えたところで俺は言った。


「ちょっと隣のドラッグストアを見てくるから待っててくれない?」

「いいですよ」


買い物をしたことで、母親はいくらか落ち着いたようだ。

車に一人残すことに不安を感じたものの、「天の声」はなんとも言わないから大丈夫だろう。

俺はドラッグストアに近づいてみるが、


「やっぱ閉まってるよな」


表はシャッターが下されている。

裏に回ってみるが、こちらもしっかり施錠されている。

ドラッグストアの店主はスーパーの店長ほどに気の利くタイプではなかったようだ。


「さあ、出番だぞ、『天の声』」


《亥ノ上直毅は、魔法適性「召喚」と魔法「マジックサーチ」を組み合わせ、店内から予備の鍵を召喚することにした。直毅が「アポート」と唱えると、その手に予備の鍵が現れた。》


「つくづく便利だな、おい。『アポート』」


鍵穴と店内にあるはずの予備の鍵をイメージしながら唱えると、俺の手の中に素っ気ない鍵が現れた。ついているタグには「裏口」と書いてある。

俺はさっそく鍵を鍵穴に差し、鍵を回す。

がちゃりと音がして鍵が開いた。


「おっと、忘れずに『マジックサーチ』」


ドラッグストアの状況を魔法で探る。

こっちにも誰も残っていないようだ。

俺は店内を回り、医薬品を片っ端から回収、ついでにレジ横に大量に置いてあるタバコもごっそり亜空間に入れる。


「なんでドラッグストアにタバコを置くんだろうな」


ちょっと健康に良さそうに見えたりするんだろうか。

まあ、その「売れるものは売る」の精神のおかげで、ドラッグストアには思いのほか食料があった。スーパーよりも日持ちしそうなものが多い印象だ。

殺虫剤や整髪料などのスプレー缶は使い道があるかもしれないので重点的に回収しておく。もちろん着火用の大型ライターも一緒にな。モンスター相手にどこまで通じるかはわからないが、人間相手には・・・・・・通じるだろう。


「ここでこれ以上やることはないよな?」


俺の独り言に「天の声」は無反応。

俺は裏口からドラッグストアを出、車に戻る。


このスーパーとドラッグストアが隣接した一画の前は国道だ。

行きに事故車両で通れなかった道は、この場所へと通じている。

この国道は飛鳥宮あすかみや市から南浅生みなみあそう町に向かって伸びていて、ここから少し行くと川を渡る鉄橋がある。


昨夜は川向こうから悲鳴や怒声が聞こえてきたが、今ではそれもなくなり、むしろ不気味なほどに静まり返っている。


その沈黙を破って、そう遠くない悲鳴が聞こえた。

悲鳴というのは、基本的に女性の出すものだと思う。

そもそも男の場合「悲鳴を上げて助けを求める」という発想に至りにくい。

痴漢に対して悲鳴が上げられない女性の話題が時に出るが、いざという時に悲鳴が出せないのはむしろ男のほうかもしれない。すくなくとも俺はとっさに悲鳴を出せる気がしない。


と、余計なことを考えたのは「現実逃避」だったのだろう。

今のが悲鳴だったとしたら、今から駆けつければ助けられるかもしれない。

だが、助けてどうするというのか。この世界規模の大混乱で命を落とす者は何百万、何千万という単位に及ぶだろう。その中の、たった一人だ。


しかも、助ければ、どうしてそんな力を持っているのかと問われるし、母親の様子がおかしいことにも気づかれる。というか、他人を前にしたら、まずは俺の様子がおかしくなる。不審がられ、通報されないとも限らない。通報したとして、警察に駆けつけるだけの余裕があるかはわからないとしても。


だいいち、悲鳴は女性のものだったが、女性が一人でいるとは限らない。パートナーの男性と一緒に行動している可能性もある。その場合、こちらが怪しい動きを見せたら、最悪その男と殺し合いになる事態まで考えられる。


一点、あえて悲鳴の方に向かう理由を挙げるとすれば、母親の「不死者」の件だ。

不死者は食事と排泄を必要としない代わり、「定期的に他の生命体(モンスター含む)から生気を得る必要がある」とステータスにはあった。

つまり、いずれにせよいつかはモンスターと戦う必要がある。不死者となった母親を生かしておきたいと思うのならば、だが。


《亥ノ上直毅は、ひとまず橋へと向かい、様子をうかがうことにした。いざという時の戦力として、母親を伴う必要がある。直毅は現在のところ攻撃魔法を覚えていないからだ。》


「⋯⋯そうなるか」


俺は車に戻り、運転席の母親に声をかける。


「母さん。あっちから悲鳴が聞こえてから見に行こうと思う。ついてきてくれる?」


なんだか情けないような気もするが、母親は魔法適性「炎」「氷」を持ち、不死者として身体能力が大幅に上がっている。現状、俺よりよほど戦力になりそうなのだ。

まあ、俺も、ひとつだけだがそれなりに有望そうな攻撃手段を思いついてはいる。


無言でうなずく母親を連れて、俺はスーパーの脇から国道へ出、鉄橋へと続くスロープを慎重に上っていく。


「母さん、身を低くして」


注意しながら、俺はそっと鉄橋の奥を覗き込む。


「いやあああっ!」


悲鳴を上げながらこちらに向かって走ってくるのは、制服姿の女子高生だ。

その背後からは、赤い肌の小鬼どもが追いかけてくる。

その数、三体。テレビの中継で見た「ゴブリン」で間違いないだろう。


「『インスペクト』」



ーーーーー

ゴブリン・スカウト

モンスター

武器適性:短剣・牙・爪

魔法適性:なし

性格特性:獰猛Ⅲ、好戦的Ⅲ、愚鈍Ⅲ、邪悪Ⅱ

魔法:なし

ーーーーー



先頭のゴブリンに続き、後ろ二匹にもインスペクトを使うが、得られた情報は大差ない。

ゴブリン・スカウト二匹とゴブリン・ソルジャー一匹だ。

スカウトは短剣装備、ソルジャーは片手剣を持っている。


「女子高生を『インスペクト』」


⋯⋯なんだかヤバいセリフになってしまった気がするが、気にせず情報をチェックしよう。



ーーーーー

山野美希

人間

ーーーーー



なんと、情報はこれだけだった。


俺は「覚醒者、吸血鬼」、母親は「覚醒者、不死者」なのに対し、女子高生はただの「人間」。固有スキルも武器適性も魔法適性も魔法も何もなし。


しかたがないので改めて自分の目で女子高生を観察する。

楚々としたワンピースタイプの制服だが、襟はだらしなく空いている。明るく染めた肩くらいの髪は似合ってるが、あの高校なら校則違反なのではないだろうか。そこそこ可愛く、気が強そうで、スクールカーストが高そうだ。

はっきり言って、いちばん関わり合いになりたくないタイプの女子である。俺は、かつていじめられていた同級生の女子を思い出して吐きそうになった。

女子高生は、手に金属バットを握っている。たしかにスポーツ用品には武器になりそうなものが結構ある。俺も市内のスポーツ用品店を漁っておくべきだろうか。

早くも思考が逸れかけた俺に、「天の声」が言ってくる。


《直毅は、性格特性「人間洞察」によって、彼女が単独行動を取っていることに違和感を抱いた。》


「天の声」の言う通りだ。

いかにもクラスの中心にいそうなギャルが一人でいる。隕石墜落時に学校にいたのなら教師や生徒と行動をともにしているはずだ。

逆に、家にいたのなら制服を着ているのは不自然だ。学園ファンタジーラノベじゃあるまいし、戦うのに制服を選ぶ理由がない。

脱出できる住民は昨夜のうちにほとんど脱出しただろうに、今になって徒歩で脱出を図っている理由もよくわからない。


彼女を助ける理由があるだろうか?

少なくとも、助けたところでなんらかの利益があるようには思えない。

では逆に、彼女を助けた場合、俺にどんな不利益が発生するだろうか?

こっちのほうはいくらでも想定できる。

こちらの情報を知られる、怪しまれて通報される、食料目当てに寄生される⋯⋯など。


だが、助けられそうな相手を見捨てるなんてことが許されるのだろうか?

たとえ相手が昔のいじめっ子に似たいけすかないギャルだったとしても、それだけで見捨てていいわけがない。


⋯⋯というような葛藤を覚えるかと思ったのだが、案外俺は冷静なものだった。


《直毅は、性格特性「利己主義」「邪悪」「人間洞察」により、彼女を見捨てることにした。》


マジか、「天の声」さん。

だが、考えれば考えるほどそれしかない。

こっちの戦力や武器がどの程度ゴブリンに通用するかはわからない。

世界各地で被害が出てることを思えば、ほとんど通じないおそれまである。

不意でも打てればまだしも、女子高生がこっちに向かってくる以上、ゴブリンもこちらに気づくだろう。隠れてやりすごそうにも、鉄橋の入り口付近に隠れられるような場所は見当たらない。一目散に逃げたとしても、車に乗り込む前に追いつかれるおそれもある。


つまり、こうなると覚悟を決めて「やる」しかないのだが、だからといって縁もゆかりもなければ、タイプ的に相性が悪いに決まってる相手を助けてやる必要はない。彼女を助けようとすれば俺や母親は無理をする必要に迫られる。見知らぬ相手のためにそんなリスクは負えないのだ。


「誰か、誰か助けてぇっ!」


女子高生は片足はローファー、もう片方は裸足だった。

制服もあちこちが破れている。

そこそこ足が速いらしく、ゴブリンもすぐには追いつけないでいるようだ。


だが、それではちょっと困る。

ゴブリンを連れたままこっちに来られると、ゴブリンがこっちに向かってくる可能性がある。そして女子高生の方は、ゴブリンどもをこっちになすりつけた上で逃げ去るに違いない。すくなくとも、俺をいじめてた女子なら絶対にそうしてる。


《直毅は、手近な石を拾い上げると、女子高生の足を狙って投げつけた。》


「マジかよ『天の声』最低だな」


俺は手近な石を拾い上げると、女子高生の足を狙って投げつけた。


「痛っ⋯⋯!」


女子高生が足をもつれさせて転倒した。

そこに、ゴブリンたちが殺到する。

一瞬、18禁な展開になるかと思ったが、ゴブリンたちは女子高生を刃物でずたずたにすると、その肉をちぎって食べ始めた。


「うげ⋯⋯」


リョナ的なものもまずまずイケる方だと思っていたが、現実に見ると喉の奥に熱いものがこみ上げてくる。


《直毅は、ゴブリンが食事に夢中の今が好機だと思った。》


「やれってことかい。『天の声』のお墨付きがついたならやるか。ええっと、魔法は⋯⋯」


《直樹は、母親に命じて、魔法「ファイヤーボール」を使わせた。》


「俺の魔法じゃねえのかよ!? ここは俺が無双する流れだろ!?」


小声で毒づきながら、心の中で母親に「ファイヤーボール」を使えと念じる。


「ファイヤーボール」


母親が両手をゴブリンの方にかざしてそう唱えた。

母親の両手の前に燃えさかる火球が生まれ、ソフトボールのピッチングくらいの速度でゴブリンどもに飛んでいく。

着弾。火球は女子高生の死体にぶつかって爆発、ゴブリンどもを紅蓮の炎が呑み込んだ。


「グ、グゲエエエッ!?」


ゴブリンどもが悲鳴を上げてのたうちまわる。


「ついでに食らっとけ!」


俺はアイテムボックスからスプレー缶を数本取り出し、片っ端から投げつける。

ノーコンかと思いきや、スプレー缶はかなりの豪速球でゴブリンどもの身体に当たった。

直後、ファイヤーボールの余波で加熱したスプレー缶が爆発する。爆発と破片でゴブリンどもがさらに悲鳴を上げた。


しかし、ゴブリンどもは、火に焼かれながらも憤怒の形相でこちらへと迫ってくる。


「倒しきれないか!?」


母親の魔法はゴブリンにトドメを刺すには至ってない。

むしろゴブリンどもは混乱から立ち直ったようにすら見えた。


《ゴブリンたちは、性格特性「獰猛」「愚鈍」の効果により、ダメージをものともせずに向かってきた。》


くそっ、性格特性のせいなのか。

で、打開策は?


《直毅は、母親にフライパンと包丁を手渡した。》


「は!?」


驚きつつも、アイテムボックスからスーパーで回収してきたフライパンと包丁を取り出し、母親に渡す。

母親は右手に包丁を、左手にフライパンを持って、俺とゴブリンのあいだに立ちはだかった。

まるで、剣と盾でも装備してるかのようだ。


「そうか、武器適性!」


母親の武器適性は盾、短剣、杖である。

フライパンは盾扱いに、包丁は短剣扱いになるらしい。


俺と母親のところへたどり着くまでに、ゴブリンの一匹が息絶えた。

だが、残りの二匹が、短剣と剣を振りかざして母親に迫る。

母親は剣をフライパンで受け止めつつ、短剣を包丁で弾き返した。

母親がフライパンを振り抜き、剣を押し返しながら、ゴブリン・ソルジャーの頭をフライパンで殴る。

と同時に、包丁で弾かれ短剣を手放していたゴブリン・スカウトの喉に、包丁を深く突き立てた。

スカウトはその場にくずおれ、ソルジャーは数メートルも吹き飛んだ。


《亥ノ上雪乃は、「シールドバッシュ」を閃いた。》


ソルジャーは、地面を転がりつつも、まだ起き上がる気力が残っていた。

スカウトよりもソルジャーのほうが頑丈にできているのかもしれない。インスペクトで見る限りでは、ステータスにヒットポイントのような項目はないようなのだが。


母親はソルジャーを追わず、包丁を握った右手をソルジャーにかざす。


「『ファイヤーボール』」


右手の先に生まれた火球が射出され、ソルジャーの胸に着弾する。

直後、火球が破裂し、紅蓮の炎が燃え上がった。

その炎の中で、ソルジャーはついに力尽き、黒く炭化した身体が鉄橋の路面に投げ出される。


「つええ⋯⋯」


うちの母ちゃん、むっちゃ強いんだけど。

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