10 光明――あるいは、性格特性の可能性
前回のあらすじ:うちの母ちゃんが強かった
母親が、ゴブリンどもを一蹴した。
一応、俺のスプレー缶爆破も効いてはいた。
だが、母親の攻撃と比べると霞んでしまう。
不死者としての腕力に加え、攻撃魔法まで使えるとは。
「スプレー爆発より威力が高そうだったな」
世界各地に現れたモンスターについては、まだ断片的にしかわかってないが、一部には銃が効かないという情報もあった。その中ではゴブリンは最弱の部類のようだったが、日本の支笏湖を始め、世界中で犠牲者を出している。
だが、世界には警察が重武装している国もあるし、軍隊がすぐに出動できたケースもあるだろう。それでも無事に鎮圧されたという話を聞かなかったのは、常識的な攻撃手段がモンスターには効きづらいからなのかもしれない。
母親は、「炎」に加え「氷」の魔法適性まで持っている。
今の「ファイヤーボール」に限らず、氷系の魔法も使えるのだろう。
「でも、不死者は身に染み付いた動きしかできないんじゃなかったのか?」
戦闘に関してだけは例外だとでも言うのだろうか?
あるいは、俺が命令さえすれば、ある程度は忖度して動いてくれるのか?
この状態でも母親がまともに戦えるとわかったのは大きな収穫ではあるのだが。
「俺も攻撃魔法を使いたいが⋯⋯魔法適性からして難しいのか?」
俺の魔法適性は「死・召・援・妨・時・次・吸」となっている。
母親を使役しているのは死霊術で、「時空」はアイテムボックス、「次元」はインスペクトでの情報入手、「吸収」はリキッドドレインに使っただけだが、別の使い道もあるだろう。残るは「召喚」「援護」「妨害」か。どれもこれもピーキーで、間接的な効果にとどまりそうだ。
「残るは武器か」
俺はゴブリン・スカウトが使っていた短剣を拾ってみる。
軽く振ってみるが、異様に重かった。
ひきこもりだから腕力が――という話ではなく、持てはするのに異様に重く「感じる」のだ。
「母さん、これ持ってみて?」
俺は短剣を母親に渡してみる。
包丁を返してもらってアイテムボックスにしまい、母親は短剣を右手に持った。
パッと見でも、実にさまになっている。
「使える?」
母親は無言で短剣を振った。
ヒュヒュヒュ、と風切り音まで立てて、母親が型のような一連の動きを見せてくれる。
「⋯⋯なるほど」
武器適性っていうのはこういうことか。
もう一匹のスカウトからも短剣を回収し、予備としてアイテムボックスに入れておく。
ソルジャーの持っていた剣は俺も母親も適性がないが、何かに使えるかもしれないのでやはりアイテムボックス行きだ。
「俺に適性のある武器を見つけたいところだな」
俺の武器適性は、「投・射・杖・牙・爪・鎌」。
なんだってこうもピーキーなのか。ふつうに剣や槍ではダメだったのか。
「投擲は、さっきスプレー缶を投げた時にも効いてたよな。待てよ?」
俺はアイテムボックスにしまった短剣を取り出す。
ふつうに振ろうとすると重くてまともに動かせないのだが、
「――投げる!」
「振る」のではなく「投げる」と意識して短剣を振った。
短剣は俺の手を離れ、空をほとんど直線で横切ると、鉄橋のコンクリートの土台に突き刺さった。
「うわ」
近づいて引き抜こうとしてみるが、かなり力を入れて、ようやく短剣を抜くことができた。その勢いで尻餅をついてしまったほどだ。
再び離れて、さっき母親に渡していた包丁を同じように投げてみる。だが、ゴブリンの短剣と違い、コンクリートの土台に食い込むほどの威力はない。投擲自体はおそろしく正確でおそろしく速かったのだが、威力の面では常識の範疇にとどまるらしい。もちろん、モンスターではなく対人戦なら有効だろうが、できればそんな事態は避けたいところだ。
「とりあえずはこれが有望か」
俺は手の中で短剣を遊ばせながらつぶやいた。
現実がゲームの世界になった系のネット小説でありがちなのは、アイテムボックスに収納した自販機や自動車、鉄骨などの重量物を落下させての質量攻撃だろう。
だが、俺のアイテムボックスは重量で1t、体積で一辺20メートルの立方体までと容量が決まっている。この世界のものを使った攻撃の効きにくさも考えると、質量攻撃はある程度のモンスターには耐えられてしまう可能性がある。そもそも、モンスターの真上を取るのも難しそうだ。さっきのゴブリンの動きを見る限りだと、落下物を察して避けられるおそれもありそうだ。
「そういや、母さんはモンスターから生気とやらを得られたんだろうか」
俺は母親の様子を観察してみる。
一度死んだとは思えないほど元どおりの母親だが、さっきまではもう少し肌が青白かったような気がする。今は、生前ほどではないが、血色が若干よくなった⋯⋯と思う。母親の顔なんてそうまじまじ見るもんでもないから気のせいかもしれないが。もっと親の顔見ろって奴だな。
「たぶん大丈夫だよな⋯⋯?」
もし生気が不十分なのだとしたら「天の声」が何か言ってくるはずだ。
それがないということは大丈夫なのだろう。
さっきくらい安定して戦えるのなら、鉄橋を渡ってゴブリンを数匹狩っておくのも手なのかもしれない。
「いや、それは調子に乗りすぎか。他のモンスターが同じくらいの強さとは限らないし。何より、さっきは囮があった」
俺は、ずっと目を逸らしていたモノへと目を向ける。
女子高生――だった焼死体だ。
いや、死因はゴブリンによる刺し傷だから刺殺体か。
どちらにせよ、俺が見殺しにしたことに変わりはない。というか、石を投げて足止めしたのだから、実質的にモンスターを利用して殺したようなものだ。
《亥ノ上直毅は、性格特性「現実逃避」「開き直り」「利己主義」「邪悪」によって、見知らぬ少女を見殺しにした罪悪感を打ち消した。》
⋯⋯そんなの、言われなくてもわかってる。
「それにしても、この子はどうしてこんなところに? まだ
どこかに立て籠もっていたもののモンスターに突破され、命からがら逃げ出した⋯⋯とか?
その場合、その「どこか」は学校だろう。
立て籠もるのが嫌になって、無謀にも一人で逃げ出した、という可能性もあるか。
「この制服って、セフィロト女子だよな。お嬢様校の」
だとしたら、俺が思ったほどギャルではなかったのか?
まあ、ギャルだろうとそうでなかろうと、判断が変わることはなかったと思うが。
「セフィロト女子か⋯⋯たしか、塀がやたら高かったよな。切り立った高台の上にあるから、モンスターの侵入を防ぎやすい⋯⋯か?」
女子高生がその生き残りなのだとしたら、セフィロト女子はもう落ちてる。
だが、脱走者なのだとしたら、まだ籠城を続けているのかもしれない。
「それ自体は、どっちだって関係ないけどな」
孤立したセフィロト女子をどうにかするのは、警察や自衛隊の仕事だろう。
ただ、セフィロト女子の「立地」には興味がある。
「母さんの固有スキル『セーフハウス』で拠点にしたらよさそうじゃないか?」
そのためには、むしろセフィロト女子は既に落ちていてくれたほうがありがたい。俺はひきこもりなので、女子高生と教師しかいない空間に進んで入りたいとは思えないからだ。
「母さんのセーフハウスがあるから、家に籠るのも手ではあるが⋯⋯」
アイテムボックスの容量には限度があるので、物資の集積場所も確保したい。セフィロト女子は今時珍しい全寮制の女子校だから、生活設備も一通り揃ってるはずだ。
なんで俺がそんなにセフィロト女子に詳しいかと言えば、母親が卒業生だからなんだけどな。
なお、女子高生に恩を売ってハーレムでウハウハなんていうおめでたい発想は俺にはない。
見知らぬ不審者(俺のことだ)にちょっと助けられたくらいで「惚れた! 抱いて!」となるほど女というものは甘くない。よくて、利用価値を認めて、おだてながら利用する。悪ければ、俺を危険だと判断し、油断を誘って殺そうとする。
俺のような奴に惚れる女などいるはずもないから、俺に気のあるそぶりを見せるような女は潜在的な敵だと思って間違いない。
「結局、近づかないのが無難だろうな」
立地にメリットは感じるものの、もし生き残りがいたら面倒だ。
さっき一人見殺しにしたのだから、残りを見殺しにしたところでいまさらだ。
《直毅は、性格特性「冷血」を獲得した。「冷血」の強度がⅠになった。》
「ん?」
「天の声」が聞こえたので、俺は自分に「インスペクト」をかけてみる。
――――ー
亥ノ上直毅
覚醒者、吸血鬼
固有スキル:天の声
武器適性:投・射・杖・牙・爪・鎌
魔法適性:死・召・援・妨・時・次・吸
性格特性:現実逃避Ⅴ、妄想Ⅴ、寄生Ⅴ、開き直りⅣ、厭世Ⅳ、夜行性Ⅳ、利己主義Ⅲ、邪悪Ⅱ、人間洞察Ⅱ、解脱Ⅰ、冷血Ⅰ
魔法:「インスペクト」「リキッドドレイン」「アイテムボックス」「マジックサーチ」「アポート」
技:「ナイフスロー」
――――ー
「性格特性が⋯⋯増えた?」
相変わらず人間性を疑う項目がずらりと並んだ末尾に、新しく「冷血Ⅰ」が加わっている。
「冷血Ⅰを『インスペクト』」
――――ー
冷血:自分の利益や身の安全のために他者を冷たく切り捨てることができる。魔法適性「闇」「死霊」「妨害」「吸収」に強度に応じた正の補正がかかる。
――――ー
「へえ⋯⋯」
性格特性に応じて魔法適性にボーナスが乗るのか。つまり、性格特性を増やすことで、魔法の威力を増すことができると。ひょっとしたら、魔法の種類も増えるのかもしれないな。
「待てよ?」
性格特性によるボーナスは、魔法適性だけじゃなく、武器適性にも乗るのではないか?
俺は自分と母親の性格特性を、片っ端から「インスペクト」で調べてみる。
結果、俺の性格特性の中では「邪悪」が「投擲」「射撃」に、「寄生」が「牙」に⋯⋯といった具合に、武器適性にもボーナスがすでに乗っていた。もちろん、性格特性はそれぞれ魔法適性にも影響を及ぼしている。
逆に、武器適性や魔法適性の各項目を「インスペクト」すると、武器適性が魔法適性や性格適性に、魔法適性が武器適性と性格特性に、それぞれプラスの補正をかけていた。
要するに、性格特性、魔法適性、武器適性のそれぞれが、網目のように互いに互いを強化してるってことだ。
ちなみに母親の方は、
――――ー
覚醒者、不死者(使役者:亥ノ上直毅)
固有スキル:セーフハウス
武器適性:盾・短剣・杖・斧
魔法適性:炎・氷・回・援
性格特性:諦念Ⅴ、堅守Ⅴ、慈愛Ⅳ、節約Ⅳ、現実逃避Ⅲ、不動心Ⅲ、悟りⅢ、偽善Ⅱ、勇猛Ⅰ
技:「シールドバッシュ」「ファイヤーボール」
――――ー
となっている。
知らないうちに「勇猛Ⅰ」が増えている。ひょっとして、戦闘中に「天の声」を聴き落としたのだろうか? あるいは、「天の声」が、戦闘中に把握する必要のない情報と判断して、あえてアナウンスしなかったのかもしれないが。
その「勇猛Ⅰ」によって、母親は武器特性「斧」を獲得していた。すでに持っている適性が強化されるのみならず、性格特性の獲得によって新たな武器適性や魔法適性を獲得することもあるってことか。
なお、母親は、魔法適性「回復」を性格特性「慈愛」によって強化している。さらに、すべての魔法の消費魔力が性格特性「節約」によって半分以下になっているようだ。
魔法の燃費がよくて攻撃魔法も回復魔法も支援魔法も使え、さらに武器適性も斧と盾でバランスがいい。「不動心」や「悟り」、「勇猛」には、戦闘中に動じにくくなる効果もあるようだ。数字の高い「堅守」で防御の技術が上がり、攻撃をくらった時のダメージも減るらしい。
「なんつーチートだよ。しかも『不死者』で身体能力が大幅に上がってるしな」
もうこいつ一人でよくね?って奴だ。
そもそも、同じ戦闘を経験したのに、なぜ俺は「冷血」を獲得し、母親は「勇猛」を獲得しているのか。
「まあ、たぶん俺も適性には恵まれてる方なんだろうけどな」
さっきの女子高生はインスペクトしても「人間」としか出なかった。俺と母親には「人間」という項目はなく、代わりに俺には「覚醒者」と「吸血鬼」が、母親には「覚醒者」と「不死者」がある。
つまり、覚醒者となることが、武器適性・魔法適性・性格特性を獲得する条件なのだろう。というより、それらを獲得した者のことを「覚醒者」と呼ぶのかもしれない。
「じゃあ、俺の『吸血鬼』はなんなんだよ」
という疑問が今さらながら湧いたので、俺は「吸血鬼」をインスペクトする。
――――ー
吸血鬼:他人の血を啜って生きる者。身体能力が全体的に向上し、特に夜間は爆発的に上昇する。吸血された相手を
――――ー
「⋯⋯要するに、吸血鬼みたいな生活をしてたから吸血鬼になったと?」
フィクションの吸血鬼のように、十字架やニンニクや流水が苦手だったり、抑えがたい吸血衝動があったりはしないらしい。
ざっと調べた限りでも、インスペクトで見られる項目の中に、デメリットを含むものはないようだ。一見俺の性格をディスってるとしか思えない性格特性であっても、すべてなんらかのプラス補正を持っている。ゲームによくあるような「攻撃力が倍になるが防御力がゼロになる」的なトレードオフは見当たらない。
《直毅はふと思いつく。そもそも、個々の項目ではなく、「性格特性」そのものを「インスペクト」することはできないのか、と。》
おっと、「天の声」の指導が入った。
流石 「天の声」パイセン、発想がパネエっす。
「『性格特性』を『インスペクト』⋯⋯うわっ!」
――――ー
性格特性:その人物の性格の特徴を抽出したもの。その人物の性格を描写していると同時に、性格特性を獲得することで、その人物の性格を、獲得した性格特性の方向へと傾けることができる。また、性格特性を獲得することで、もともとの性格では発想すること自体できなかった選択肢を思いつくことができるようになる。ある行動に適した性格特性を有している場合、その行動の成功率が高くなる。武器適性や魔法適性は、前提となる性格特性を所有していなければ発現しない。⋯⋯
――――ー
かなりの情報が一気に流れ込んできて、頭がパンクしそうになった。
情報をいくらか取捨し、重要そうなところだけを整理して残す。
ややこしくはあったが、おおよそはこれまでに想像していた通りではある。
つまり、
「性格特性に応じて武器や魔法の適性が決まるってことだな」
さらに、性格特性があると取れる行動の幅が広がるらしい。
今までにも「天の声」が何度となく言っていたが、「利己主義」や「冷血」で他人を見捨てたり利用したりできるようになるし、「現実逃避」や「開き直り」で動揺を抑えることができる。
「しかも、性格特性を取ると元の性格まで変わるのか」
たとえば、母親はさっきの戦いで「勇猛」の性格特性を獲得した。もともと俺の母親は臆病でおとなしい方だと思うが、「勇猛」によってその性格が微妙に変わるということだ。もっとも、母親が今の状態のままでは性格も何もあったものではないのだが。
「でも、もし俺が『勇猛』のような性格特性を獲得できれば、生存には有利に働く」
魔法適性や武器適性が獲得できるのはもちろんだが、性格特性によって本来の俺には取りえない行動が取れるようになるのはかなり大きい。元の俺は完璧なひきこもり体質だが、性格特性を獲得していけば、そこからの脱脚が図れるかもしれないということだ。
「これは⋯⋯チャンスなんじゃないか」
こみ上げる興奮を噛み殺す俺の耳に、遠くから甲高いエンジン音が聞こえてきた。
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