41 凶星

「学園長。凶星と凶星に似たもの、と言いましたが、負けた方が凶星だったと決まったわけではないですよね?」


俺の言葉に、学園長がわずかに笑みを深くした。


「さすがは雪乃さんの息子さん、と言うべきでしょうか。いえ、救世主様ご自身の素質でしょうね」

「その救世主様というのはなんとかなりませんか? 落ち着かないですよ」

「亥ノ上さんと呼ぶと雪乃さんと紛らわしいですし、直毅さんと呼ぶのもなんだかおかしいでしょう?」


《亥ノ上直毅は、性格特性「人間洞察」「直感」から、学園長の狙いを察知した。学園長は、凶星かもしれない直毅を「祀り上げる」ことで、今後の世界秩序を善い方向に導こうとしているのだ。直毅は遅まきながら学園長に「インスペクト」を使った。》


なるほど、そういうことか。

「遅まきながら」とダメ出しを食らったので、俺は無詠唱で「インスペクト」を使う。



―――――

二階堂永遠とわ

占術師、覚醒者

固有スキル:星詠み

武器適性:カード・杖・魔玉

魔法適性:占・陣・援・回・火・水・風・地・呪

性格特性:オカルティストⅤ、人間洞察Ⅴ、妄想Ⅴ、厭世Ⅴ、運命論者Ⅴ、現実逃避Ⅳ、解脱Ⅳ、慈愛Ⅳ、智識Ⅲ、直感Ⅲ、努力Ⅲ、正義感Ⅲ、理想主義Ⅲ、克己心Ⅲ、自己欺瞞Ⅲ、カリスマⅢ、先覚Ⅰ、節約Ⅰ、マイペースⅠ

魔法:「ヒール」「エリアヒール」「ピュリファイ」「アクアアロー」

―――――



注目すべきは、「覚醒者」になる前に「占術師」を取っていることと、固有スキル「星詠み」だろうか。凶星の予言をしたのは隕石墜落の前なのだから、下手をすると覚醒前に固有スキルを得ていた可能性まであるな。

「星詠み」は、


―――――

星詠み:運命の変転を星の運行に投影し、そこから瑞兆や凶兆を読み取ることができる

―――――


とまあ、名前の通りの能力のようだ。星の運行は天文学的に決まるのに瑞兆や凶兆もないもんだ、というつっこみが思いつくが、それを言うなら一言目の「運命の……」の時点で十分以上にオカルトである。


名前が厨二病だなという感想を抱いたが、きっと魔術師の家柄だったりするんだろう。魔女の学園を創り上げた白魔術師の名前だと思うと、かえって迫力があるかもな。


「俺を祀り上げるような真似はやめてくれませんか?」


はっきりと告げた俺に、学園長が目を丸くする。

俺自身、ここまではっきりした拒絶の言葉が出てきたことに驚いた。


「学園長自身、俺のほうが凶星だったのではという疑いを捨てきれないでいるんでしょう。たしかに俺は柊木瑠璃を討って学園を解放した。だが、この先俺がどう動くかはわからない。ひょっとしたら、柊木瑠璃がもたらした以上の苦難をこの学園に呼び込むかもしれない。あなたはそう疑っている」


それまで滑らかに運命を語っていた学園長が口を閉ざす。


「べつに責めてるわけじゃないですよ。当然の疑問だ。俺自身、自分が根っからの善玉だとは思えない。この状況下で自分の命を賭けてまで正義を振りかざすつもりもない。俺が求めてるのは、ただ『力』だけですよ。その意味では柊木瑠璃と同じです。だから、俺が凶星だったとしてもおかしくない。いや、もし俺が凶星に似たものだったとしても同じことでしょう。似たものだってことは、周囲に及ぼす影響もどっこいどっこいなんだろうからな」

「……よくわかっていらっしゃる」


独り言のように学園長がつぶやいた。


「古代の人々は荒ぶる神を鎮めるためにほこらやしろを作って祀り上げたんだってな。おだてて気分良くさせておけば自分たちに不都合なことはしないだろう。そういう発想なんでしょう?」


にわかに雲行きが怪しくなってきた会話に、俺の後ろに並ぶセフィロト組の眷属たちが動揺している。わざわざ振り返らなくても気配でわかった。

一方、俺の隣に並ぶベルベットは、不敵な笑みを浮かべて言う。


「ほう。マスターを救世主扱いするのは殊勝な心がけだと思っておったが、そういう腹づもりであったか。なるほど、魔女どもの長にふさわしいの」

「……本物の悪魔にお褒めいただくとは光栄ですね。この学園の結界を意にも介さぬとは驚きました」

「意にも介さぬ、とは買いかぶりじゃ。結界とやらのおかげでヒイラギルリとの戦いでは苦労させられた。本来の妾であればもうちっと活躍できたのじゃがな。マスターの歓心を買いそびれたではないか」

「効果があったのであればようございました。しかし、結界に妨げられたのは柊木先生もまた同じこと。条件は五分五分だったのでは?」

「言うてくれるではないか。あんな枷の外れた猛獣と同類扱いされては心外なのじゃがな」


白魔術師と悪魔が緊迫した応酬を繰り広げる。


「おいおい、待ってくれ、ベルベット。俺は喧嘩するつもりはないよ」

「なんじゃ、妾の力で叩きのめすのが最も簡単であろうが」

「柊木瑠璃と同じことをしてもしかたがない。最低でもあいつよりはマシだと思われないと、スムーズにことが運ばないだろ」


俺は学園長に向き直る。


「二階堂学園長。俺は柊木瑠璃と同じてつを踏む気はありません。ただ、見返りもなしに保護を提供するようなお人好しでもありません」

「では、救世主様は取り引きをご所望なのかしら?」

「だから救世主はやめてくださいよ」

「ふふっ。いいではありませんか。わたしはあなたのことを救世主だと思うことに決めたのです。呼び名とは本来自分で決めるものではありません。他者によって決められるものです」

「さすが、永遠とわなんて名前を親につけられた人の言うことは違うな」

「……あら、どうやってわたしの名前を? 雪乃さんからお聞きになったのかしら」

「さてな。それも含めて、俺にはこれまでに得た力と、それについての知識がある。この学園を力で支配することもその気になれば簡単だが、それはあえてやらないことにする」

「どうして?」

「コスパが悪いからだ。これから先、敵対した相手を屈服させては力でそれを支配する、なんてことをやってたらキリがない。そもそも俺は群れになった人間が嫌いなんだ。その意味じゃ、隕石で文明がズタズタにされて、社会が分断されたのは俺にとっては好都合。この状況を最大限に利用したい」

「社会を分断されたままにしたいとおっしゃるの?」


学園長は初めて嫌悪らしき感情を漏らしてそう言った。


「俺は凶星か凶星に似たものなんだろう? 秩序よりは混乱や混沌の中に活路を見出す人間だ。ガッチガチの岩盤みたいに固まった以前の・・・世界になんか、戻りたくないんだよ」

「人は、助け合わずには生きていけないわ」

「そうだな。残念ながら・・・・・その通りだ。だが、なぜそうなのかを掘り下げて考えたことはあるか?」

「それは……人ひとりのもつ力は有限だから」

「そうだな。人ひとりのもつ力は有限だ。もちろん、力の大小には個人差がある。でも、そうは言っても、二対一の状況になれば、普通は二人のほうが勝つだろう。人間同士の関係では、最後には数がものをいうんだ。助け合うってのは、数がものをいう状況になった時にハブられないようにするための予防線なのさ」

「シニカルな見方ではあるけれど、一面の真実ではあるわね」

「それからもうひとつ。数は量として個人を圧倒するだけじゃない。数は組織化されることで個人では絶対になしえないような機能をもつようになる。一度確立された組織に、個人で対抗することは難しい。いくら力自慢の男を集めたって、訓練された警察や軍隊には敵わない。組織には資金もある。必要とあらば武器や装備を開発することもできるんだ。後方支援や兵站もまた、組織でなければできないことだ。あんたがやってきたように、必要な人材を育てるってことも組織でなければ難しい。要するに、個人にはもちえない『組織力』ってもんがある」

「そうね」

「その組織力は、組織の都合のいいように使われる。権力にありついた一握りの人間のために使われることもあれば、民主的なプロセスを経て多数派の利益のために使われることもある。民主的なら問題ないだろうって? んなわけがあるか。民主主義では少数派は常に泣きを見る。少数意見も考慮せよなんて言うが、それはあくまでも『考慮』止まりだ。勝ちが決まった側が上から目線で負け犬の声を聞くふりをする。それが少数意見を考慮するってことの実態なんだ。考慮はしたが多数決で否定されました、でも民主的なプロセスを踏んだから問題ないよね、あとから文句を言っても受け付けねえぞ。そういうことさ」

「それでも、民主主義は最大多数の最大幸福を実現するのにもっとも有力な手段だわ。もちろん欠陥もあるけれど」

「そんなこと、俺には関係ないんだよ。どうせ俺は少数派なんだからな。少数派は多数派のお情けにすがるしかない。その上、何かあればすぐにスケープゴートにされるんだ。たとえ、民主主義で最大多数の最大幸福がある程度は実現できるんだとしても、少数者を足蹴にした上での最大幸福とやらがそんなにご立派な成果なのかよ?」

「それは……でも、どうしようもないことよ。白魔術師はそれを少しでも緩和しようと、日夜努力を……」

「そいつはご立派なことだけどな。その余沢よたくが俺に回ってくるのはいつになる予定だったんだ? いや、いい。べつに恨みをぶつけたいわけじゃない。あんたの言った通り、俺の運命は俺の運命さ。だから、俺は俺の意思で行動を選択していくしかない」

「何を選択しようと言うの? 力を得るということ?」

「ひとつはそれだな。まずは俺自身が圧倒的に強くなることだ。ただ、いくら俺が強くなっても、世界が混乱から立ち直れば、元の秩序が徐々に戻ってくるだろう」


破滅的な戦争に敗れようと、数百年に一度の災害に見舞われようと、人間社会は崩壊しない。それどころか、失敗や苦難を糧に成長し、より強固な秩序を作り上げる。人間の歴史は愚かな失敗ばかりの歴史だと言われがちだが、そんなことはないと俺は思う。人間は、強い。人間の歴史はむしろ、社会の進化の歴史である。


「俺は、人間に社会というものを持たせたくないんだ。秩序なんてごく小規模なもので十分だ。気に入らなければそこを自由に立ち去れるくらいのものでいい。企業や国なんてもんは、目の行き届くサイズにまで解体するべきだ。いや、解体する。せっかくそれができるかもしれないチャンスなんだ。俺はこの世界をぶっ壊す」

「世界を……壊すですって。なんということを……」

「そのために、セフィロト女子に求めるのは戦力の供出だ。ひとまずのところはな」

「あの子達を戦わせると言うのですか? こんなに酷い目に遭って、心に癒しがたい傷を負ってる子もたくさんいるんですよ!?」

「悪いが、他人のために自分を犠牲にするのはもうやめることにしたんだ。考えてみれば当然のことだろう? なんで他人のために自分を犠牲にするんだ? 自分のために他人を犠牲にするならまだわかるけどな」


学園長は絶句していた。利他主義者の学園長には信じがたい言葉だったのだろう。


「だいたい、自分をいくら犠牲にしたところで、それで他人が喜ぶとも限らねえんだよな。俺の母親を見てみろよ。献身的に家族に尽くした結果が、夫との離婚と息子のひきこもりだ。当の本人は外とのつながりをなくして孤立し、挙げ句の果てには心臓発作で死んじまった。母さんが最期に俺になんて言ったか、わかるか?」

「い、いえ……」

「好きに生きろってさ。普通を選んで、運命に従順に生きてきた魔女の遺言だ」

「雪乃さんが、そんなことを……」


俺のセリフに、後ろから鼻をすするような音がした。セフィロト組の誰かが泣いてるのか。俺の事情は話してないが、流れから察しがついたのだろう。


「べつに、母さんに義理立てするわけじゃないけどよ。つくづく馬鹿馬鹿しいと思ったんだ。他人の顔色ばかり気にして消耗して、自分の人生を自分で潰してることがな。そんなことをしても誰からも感謝されないし、結果からすれば、むしろ迷惑がられるくらいだろう。エゴイストで結構。俺は俺の都合で動く。俺は強くなる。組織を作る気はないが、手駒はいる。今後ろにいる連中は俺がもらう・・・が、他にもそこそこの戦力を作りたい。そのためにはこの学園は格好の場所だ。安心しろ、せっかくの貴重な戦力を使い潰すような真似はしないさ。必要に迫られない限りはな」


俺はベルベットを召喚した時のことを思い出す。悪魔を喚び出すために十人の生徒を生贄にした。ベルベットは羅刹と化した柊木瑠璃との決戦に必要不可欠な戦力だった。その意味で、あの十人の生贄は必要なコスト・・・だったと言っていい。

だが、あの時「天の声」が提示したもうひとつの選択肢を選んでいたらどうなっていたか。俺は決戦で手駒を失うリスクに晒されるが、ベルベットの召喚をしなければ俺の性格特性は今よりもだいぶ弱かったろう。俺の性格特性が弱いままで柊木瑠璃と通話をしていたら、柊木は俺のことをさほど警戒せず、生徒を殺戮して羅刹と化すようなこともなかったのではないか? その場合柊木瑠璃が殺すセフィロト女子の生徒の数はずっと少なかったはずだ。

つまり、ベルベット召喚の選択をしたことで、俺は十人を生贄にしたことに加え、柊木瑠璃を刺激して、多数の生徒を殺させることになったのだ。もし俺が身内を失うリスクを冒して選択肢Bを選んでいたら、十人の生贄もいらなかったし、柊木瑠璃に殺される人間も少なくて済んだ。

俺は最初に生贄を出すことでのちの安全を買うという意識で選択肢Aを選んだが、選択肢Aで最も利益を得たのは当然ながら俺なのだ。しかもその「利益」は、見ず知らずの多数の人間の命によって贖われたものだった。


だが、俺は不思議と後悔していない。

普通に考えれば、身内を失うリスクを冒してでも、無数の犠牲者が出るような事態を避けるのが倫理的な判断だということになるだろう。

しかし、その判断の中には「俺」がいない。俺の行動を決めようとしているのに、その肝心の主体である俺がいない。結局のところ、他人から「人を見殺しにして利益を得た」と指弾されるのが怖いから、自分の都合を引っ込めているにすぎないのだ。


「もう俺は迷わない。俺にとって・・・・・・都合の悪い人間社会は再建させない。人間はこれから小さな社会に分断されて生きていくんだ。ざまあみろ。人間社会は、これからすべて蛸壺じみたひきこもりの世界に変わっていく。そこから脱するような手段は俺がこの手で根絶する……!」

「そ、そんなことが、可能だと思っているのですか!? それは、すべてを支配するよりも困難なことですよ!?」

「さあな。できるかもしれないし、できないかもしれない。だが、俺はそうしたい。気づいたんだ、他人の思惑をすべてとっぱらって考えれば、俺は社会を壊したいと思ってる。隕石が降って世界が壊れて、俺が真っ先に感じたのは歓喜なんだ。これこそが俺の求めてたものなんだとはっきりわかった。隕石は俺にとっては福音・・だ。その福音をなかったことになんて絶対させない!」

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