38 化生

柊木瑠璃の右肩の後ろから伸びた第三の「手」が、朱色の軸に鈍色の鉄塊のついた三節棍を握っている。節くれだった細い腕で、肘関節が二つもある。


「ふむ⋯⋯後手に回ると厄介だな」


柊木瑠璃がつぶやいた。


「おまえ⋯⋯その腕は?」

「これか? ああ、便利だろう? 生えてきたんだ」


柊木瑠璃の言葉とともに、左肩の後ろからも同じような腕が生えてきた。その手にはどこからともなく現れた(いや、アイテムボックスからに決まってるが)赤い柄の薙刀が握られていた。


「腕は四つで打ち止めか?」

「さあ、どうだろうな」


柊木瑠璃は不敵に笑うが、これはまずブラフだろう。さっき見た柊木のステータスには「二刀」「四刀」の武器適性があった。四刀ってなんだと思っていたのだが、文字通り四刀流ということらしい。握ってるのが三節棍と薙刀ということは、刀じゃなくても四刀流の適用範囲になるってことだろう。もし腕が五本、六本あるなら武器適性にも「五刀」「六刀」があるほうが自然だから、四本で打ち止めと見ていいはずだ。いや、「三刀」がないのだから、「五刀」は飛び番だが「六刀」は存在し、柊木瑠璃の腕は五本目があるという可能性も若干あるか。

さっき手が塞がってるはずの状況で「クイックドロー」をしたのも三本目の腕だったのだろう。柊木はその存在を隠すために拳銃をすぐにアイテムボックスに収納した。その上で、右手で拳銃を抜き直すことで、さっきの銃撃も右手をどうにかして使ったと俺に思わせようとしたのだろう。もちろん、「アポート」で拳銃を奪われることも織り込み済みだったはずだ。拳銃はただの人間相手には強力だが、俺相手にはどうせ牽制にしかならない。俺に奪われたところで、やはり柊木瑠璃が相手では牽制にしかならないだろう。それよりは三本目の腕を少しでも長く隠したかったということか。

そこまで考えると、四本目をあえて見せることで、五本目で不意打ちを狙ってる可能性も捨てきれない。あるいは、四本目の存在はどうせ読まれると踏んで、あえて四本目を先に出すことで、存在しない五本目があるのではないかと疑わせ、こっちの攻め手を鈍らせるつもりかもしれない。可能性としてはどちらもありうる。二つの可能性のあいだでこちらが迷うことまで狙ったブラフなのだろう。


「しかし、右手は壊れたか」


柊木瑠璃は無感動に自分の右手首を見下ろして言う。

最初から思ってたんだが、柊木瑠璃は肉体的な痛みを感じなくなってるようだ。俺の攻撃が命中しても痛がる様子を見せないのだ。あえて痛みを無視するにしても、くらった瞬間には痛みに顔を歪めるくらいはするだろう。痛みへの反応は本能的な反射に近いものだから、いくら武道合わせて十段といっても無反応で澄ましていられるはずがない。

俺が触手で砕いた右手首なんか、赤黒く腫れ上がり、骨が飛び出しそうになっている。見てるこっちのほうが痛く思えてくるくらいだ。よくこの手でさっきは拳銃を撃てたものだ。「精密射撃」がなければまともに狙えなかった可能性もある。


その壊れた右手をどうするのかと思って見ていれば、柊木瑠璃は壊れた右手で左腰から「追儺の太刀」を引き抜いた。

が、太刀の重さに耐えかね、「追儺の太刀」が柊木の手からこぼれ落ちる。

いや、


「『クリエイト:キラーソード』」


柊木瑠璃がつぶやくと、こぼれ落ちた「追儺の太刀」が宙に浮かんだ。


《柊木瑠璃は、造魔魔法「クリエイト:キラーソード」を用い、「追儺の太刀」を素体に、意思ある魔剣のモンスター・キラーソードを生み出した。》


なるほど、造魔魔法で「追儺の太刀」をモンスターに変えたらしい。

「追儺の太刀」改めキラーソードは、刃を縦に立てて宙に浮く。自律行動型の魔剣とはなかなか厨二心をくすぐるが、敵として対峙したいとは思えない。

俺は両手の「地獄の爪」を構えるが、


「――行けッ!」


柊木瑠璃の命令に、キラーソードは切っ先を前に宙を走り、俺を迂回して、背後の咲希へと襲いかかった。


「なっ!」


俺は狼狽するが、決して狼狽することのない頼もしい味方もいた。

もちろん俺の母親だ。

鱗の盾を構えた母親が、咲希に襲いかかるキラーソードの軌道へと割り込んだ。高速で飛翔するキラーソードの切っ先を、母親は鱗の盾でかろうじて弾く。今母親が装備してる「鱗の盾」は、リザードマン・ガーダーから奪ったものだ。もしこれがフライパンのままだったら攻撃を弾けずやられていただろう。

母親の脇から咲希が「深海の槍」で攻撃を試みるが、キラーソードはそれをあっさり弾く。モノが剣だけにダメージの通りが悪そうだ。俺の眷属たちはキラーソード相手に防戦一方になっていく。


「貴様の相手はわたしだ」

「ぐぉっ!?」


背後への攻撃に注意が散った俺に、柊木瑠璃が斬りかかる。

左手の「悪鬼の太刀」を右手の「地獄の爪」で受けるが、これは悪手だった。たちまち柊木瑠璃の第三・第四の腕から三節棍と薙刀が繰り出される。

左手の「地獄の爪」で薙刀の突きを逸らしたはいいものの、三節棍は変則的な軌道を描いて俺の耳をかすめすぎ、そこで折れて棍の先の鉄塊が俺の背中を強打した。

が、そこで俺が崩れるだろうと読んで繰り出してきた柊木瑠璃の膝蹴りは空振りする。三節棍のダメージは事前に張っていた「ソリッドバリア」が肩代わりしてくれたので俺にはダメージがなく、前に押し出されることもなかったのだ。柊木瑠璃の膝蹴りは俺の鼻先をかすめただけだ。

保険の「ソリッドバリア」を剥がれたのは痛かったが、これはむしろチャンスだろう。俺は凄まじい勢いで空を切った膝蹴りに鼻血を流しながら、犬歯に装備した「地獄の牙」で柊木のすねに噛み付いた。ひきこもりだけに人の脛をかじるのには慣れている――脳裏に浮かんだ下らない冗談を振り払い、俺は柊木瑠璃から吸血する。美女だから美味かと思いきや、反射的に吐き出したくなるゲロのような味だった。嘔吐感を堪えつつ、俺は柊木瑠璃の血を吸っていく。



《亥ノ上直毅は、柊木瑠璃から性格特性「努力」を写し取ることに成功した。》

《亥ノ上直毅は、柊木瑠璃から性格特性「正義感」を写し取ることに成功した。》

《亥ノ上直毅は、柊木瑠璃から性格特性「嗜虐心」を写し取ることに成功した。》

《亥ノ上直毅は、柊木瑠璃から性格特性「無謀」を写し取ることに成功した。》

《亥ノ上直毅は、柊木瑠璃から性格特性「威圧」を写し取ることに成功した。》

《亥ノ上直毅は、柊木瑠璃から性格特性「圧倒」を写し取ることに成功した。》

《亥ノ上直毅は、性格特性「カリスマ」の強度がⅡになった。》

《亥ノ上直毅は、性格特性「勇猛」の強度がⅡになった。》

《亥ノ上直毅は、性格特性「魅了」の強度がⅡになった。》

《亥ノ上直毅は、性格特性「支配」の強度がⅡになった。》

《亥ノ上直毅は、魔法適性「呪詛」に開眼した。》

《亥ノ上直毅は、二十個目の魔法適性に開眼したことで、種族「魔術師」となった。》

《亥ノ上直毅は、武器適性「剣」に開眼した。》

《亥ノ上直毅は、武器適性「騎乗」に開眼した。》

《亥ノ上直毅は、武器適性「二刀」に開眼した。》

《亥ノ上直毅は、柊木瑠璃から魔法「ダークヴォイド」を写し取ることに成功した。》

《亥ノ上直毅は、柊木瑠璃から魔法「テラークラウド」を写し取ることに成功した。》

《亥ノ上直毅は、柊木瑠璃から魔法「テラーペトリファイ」を写し取ることに成功した。》

《亥ノ上直毅は、柊木瑠璃から魔法「コキュートス」を写し取ることに成功した。》

《亥ノ上直毅は、柊木瑠璃から魔法「フロストバイト」を写し取ることに成功した。》

《亥ノ上直毅は、柊木瑠璃から魔法「クリエイト:キラーソード」を写し取ることに成功した。》

《亥ノ上直毅は、柊木瑠璃から技「抜刀術・花霞」を写し取ることに成功した。》

《亥ノ上直毅は、柊木瑠璃から技「抜刀術・斬鉄」を写し取ることに成功した。》

《亥ノ上直毅は、柊木瑠璃から技「白刃取り」を写し取ることに成功した。上位技の習得により「白刃取り・牙」は「白刃取り」に統合され消滅した。》

《亥ノ上直毅は、柊木瑠璃から技「猛攻」を写し取ることに成功した。》



「天の声」の通知がコンマ1秒以下のあいだに圧縮されて脳内に響く。細かく見る余地はないがすさまじい収穫があったらしい。だが、今はそんなのは後回しだ。


「うぐっ⋯⋯離せっ! この変態がッ!」


柊木瑠璃は左手の刀の柄を俺の頭に振り下ろしてくる。俺はついでとばかりに技「ブラッディファング」を発動、柊木瑠璃の脛を噛みちぎる。振り下ろされた刀の柄は俺の左鎖骨を砕き、俺の牙は瑠璃の脛の肉を骨ごと噛みちぎった。「ブラッディファング」は相手の出血を増やすと同時に相手の生命力を吸収する。地面を転がって距離を取るあいだに、今砕かれたばかりの左鎖骨がなんとか動かせる程度に治ってしまった。

俺はアイテムボックスから予備にしていたゴブリン・ソードを取り出し構える。今柊木瑠璃から写し取ったばかりの武器適性「剣」が働いて、重さを感じることなく剣を構えることができていた。

柊木瑠璃の第四の腕が突き込んでくる薙刀を剣で逸らす。第三の腕が振るう三節棍の変化を、吸血鬼ならではの動体視力で見切って回避。そこを狙って斬り下される「悪鬼の太刀」を、俺は正面から剣で受け止めた。かなりがっちり受け止められた手応えがあった。


《直毅は、技「剣ガード」を閃いた。》

《直毅は、技「杖ガード」「剣ガード」の経験から、「武器ガード」を閃いた。「杖ガード」「剣ガード」は「武器ガード」に統合され消滅した。》


俺は右手にゴブリン・ソードを握ったまま、左手にアイテムボックスから鉄パイプを取り出した。武器適性「二刀」が働く。柊木瑠璃は太刀、薙刀、三節棍。こちらは剣と杖(鉄パイプ)。手数はひとつ負けてるが、そこまで不利なわけじゃない。腕一本で取り回している薙刀は、柊木瑠璃の武器の中ではもっとも攻撃が大味だ。とくに、剣の間合いに入ると、薙刀は柄が長い分攻撃の機会が激減する。つまり、太刀・三節棍VS剣・杖の戦いに持ち込めば五分に近い状況になる。鉄パイプは打ち合うたびに折れていくが俺のアイテムボックスには予備がいくらでも眠ってる。しかも鉄パイプの長さが毎度変わることが柊木瑠璃の間合い管理を狂わせるという想定外の効果もあった。ただ、薙刀だけが届く距離まで離れてしまうと俺が一方的に不利になるのでつかず離れず――いや、可能な限りくっつくのが理想である。密着すれば俺には爪や牙もあるからな。柊木瑠璃は俺の牙を警戒してか間合いを広めに取っている。

他にも俺に有利なのは、武器の間合いから離れての魔法合戦だろう。魔法のバリエーションなら俺は柊木瑠璃を圧倒している。「デバフクラウド」で生命力・魔力を吸い出せるから俺の魔力が尽きることもない。柊木瑠璃もそのことは既に理解している。「羅刹」である柊木瑠璃の身体能力は「吸血鬼」である俺をもはるかに凌ぐ。俺が間合いを取ろうとしてもすぐに詰められ、俺は高速での接近戦を余儀なくされる。かといって俺を近づけすぎないあたりは、さすがに武道合わせて十段といったところだろう。


だが、逆から言えば、柊木瑠璃もまた接近戦を強いられてるともいえるだろう。「死配シハイ凶壇キョウダン」をベルベットに封じられた今、魔法合戦は柊木に不利だ。俺と柊木のことだけ考えても柊木が不利な上に、俺には背後に味方がいる。だから、柊木瑠璃は俺にインファイトを挑むしかない。俺と柊木が接近戦をしていれば、ただの覚醒者である俺の仲間はこちらの戦いに手を出せない。攻防が速すぎて、援護のつもりで俺を撃つようなことになりかねないからだ。


しかしその接近戦すら、形勢としては柊木瑠璃の不利に傾きつつあった。柊木瑠璃は右手首を破壊され、右の脛を大きくえぐられ出血している。いくら「羅刹」とはいえ、片手片足が事実上使えない状況ではその動きにも限界がある。


「おのれ⋯⋯ッ」


不利を悟った柊木瑠璃が俺から大きく距離を取った。

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