39 決着

柊木瑠璃が距離をとった。

何をするかを見定める必要はない。どうせ苦しまぎれの行動だ。この隙に俺は俺で状況を有利にする手を打とう。

俺が目下懸念してるのは、俺の後ろで繰り広げられているキラーソードと仲間たちの戦いだ。速度、攻撃力、防御力いずれにも優れた生きた魔剣を相手に、仲間たちは苦戦を強いられている。母親が盾で攻撃を防ぎはするものの、キラーソードに有効な攻撃が見つからないようだ。

俺は手にしたゴブリン・ソードを放り投げ、


「『クリエイト:キラーソード』」


柊木瑠璃から写し取ったばかりの魔法でモンスターと化す。

モンスター「キラーソード」となったゴブリン・ソードは「追儺ついなの太刀」だったキラーソードめがけて滑空、火花を散らして衝突した。


「なっ……!?」


何かをしようとしていた柊木瑠璃が驚きに目を見張る。

そりゃそうだ。さっき自分が使ったばかりの魔法をあっというまに盗まれたんだからな。


キラーソード同士の対決は、どうもこちらの分が悪そうに見えた。元がゴブリン・ソードと追儺の太刀では剣としての格がちがうのだろう。俺の造ったキラーソードはみるみるうちに追い込まれる。

だがそこに咲希が「深海の槍」で攻撃をかける。「二段突き」が同類に気を取られていた敵キラーソードの峰と柄を直撃した。敵キラーソードが空中でふらふらとよろめいた。どうやら咲希の突いた二箇所のどちらかが弱点だったらしい。直感派の咲希はその弱点を見破ったのか、なんとなくで当てたのか。ともあれ動きが止まった敵キラーソードに、母親が「シールドバッシュ」をぶち当てる。斬ったり突いたりするよりその方が効果的なようで、敵キラーソードはなすすべもなく宙を吹き飛び、うまい具合に俺の足元に転がってきた。「インスペクト」で確かめると、それはすでにキラーソードではなく、「追儺の太刀」に戻っていた。

俺は「追儺の太刀」を拾い、右手で構える。が、微妙に抵抗がある。「刀」の武器適性はあるのになぜかと考えると、どうも「地獄の爪」と「追儺の太刀」が干渉しあっているらしい。要するにこの二つの武器は相性が悪いのだ。俺は「地獄の爪」をアイテムボックスに収め、右手に太刀を、左手に「テンタクルウィード」を装備する。


「き、貴様に刀の武器適性はなかったはず……」

「いつの話をしてるんだ?」


俺がせせら笑うと、柊木瑠璃は青白い顔に怒気を浮かべた。


「すぐにその口を閉ざしてやる」

「させるかっ!」


何をするつもりかわからないが、どうせろくなことじゃない。俺は刀を手に「八艘跳び」の構えをとるが、


「『アイシクルレイン』!」

「ちっ……『抜刀術・花霞はながすみ』!」


降り注ぐ氷弾に、俺は足を止めての迎撃を余儀なくされる。

柊木瑠璃の「アイシクルレイン」はステータスでは「アイシクルレイン+」となっていた。実際通常の「アイシクルレイン」の十倍以上の氷のつぶてが飛んできた。

かわしきることもダメージ覚悟で切り抜けることも難しかったので、覚えたばかりの抜刀術でまとめて落とす。


そのあいだに柊木瑠璃の前に、いくつもの石像や氷像が現れた。

アイテムボックスから石化・凍結させたセフィロトの生徒たちを取り出したのだ。

俺が止める間もなく、柊木瑠璃はそのひとつを「悪鬼の太刀」を叩き斬った。

石像化し硬いはずの「それ」は柊木の一撃でまるで巻藁のように斜めにすっぱりと切断される。

恐怖と苦悶で固まった表情のままの石像から「何か」が抜け出し、柊木瑠璃の手にする「悪鬼の太刀」に宿るのがわかった。


《柊木瑠璃は、技「魂魄こんぱくの太刀」を使い、温存していた魂を刀へと吸わせ、刀に妖力を纏わせた。これにより刀の持ち主の身体能力が上昇すると同時に、「絶技:魂喰いし羅刹の一撃」を放つための魂のストックを1蓄えたことになる。「絶技:魂喰いし羅刹の一撃」発動に必要な魂のストックは3である。》


「くそっ!」


俺は「八艘跳び」で間合いを詰め、柊木瑠璃に「抜刀術・斬鉄」を放つ。

その一撃を柊木は余裕の表情で受け止めた。


「くかかっ! その程度でわたしは止められん」


柊木は刀の一振りでやすやすと俺を吹き飛ばすと、返す刀で目の前にある氷像を斬る。またひとつ、柊木が保存していた生徒の魂が刀に喰われた。その魂が戻ってくることは絶対にない。


「ちぃっ!」


俺は「特攻」「猛攻」を重ねがけし、牽制の「アイシクルレイン」を放ちながら接近する。

俺が伸ばした触手を柊木瑠璃は余裕のステップでかわし、さらに踏み込んで放った斬撃を「悪鬼の太刀」で虫でも追いやるように払いのける。が、それでも「猛攻」の「攻撃が命中したら加速」という条件は満たされた。俺は一段上がった速度でラッシュをかける。しかし「魂魄の太刀」で2つの魂をストックした柊木瑠璃はそのラッシュを笑いながらかわす。

俺は柊木がさきほどずらりと並べた石像・氷像のうち手近なものをアイテムボックスに放り込み、せめてもの遅延を狙った。


「くかかかかっ! 無駄だ、まだいくらでもあるぞ!」


柊木瑠璃がアイテムボックスから追加の石像を取り出した。もしこれを斬られれば、次に来るのは「絶技:魂喰たまくいし羅刹の一撃」だ。どんな攻撃かは不明だが、「天の声」が警告したような一撃をおとなしく喰らうわけにはいかないだろう。


俺と柊木瑠璃の戦闘に、乱入する人影があった。

いや、それは人ではなく、召喚されたパペットだ。「マイムマイム」。そう名付けたパペットは、人体の構造を無視した動きで柊木瑠璃の背後から襲いかかる。

柊木瑠璃はそれをかわすと、不興げな顔をパペットの使役者に向けた。


「なんと言ったか忘れたが、召喚魔法の使える生徒だったか。くかかっ! そうだ、せっかくだから貴様にしよう! 亥ノ上直毅も見知らぬ生徒を殺されるよりも、手篭めにした女を殺されるほうが堪えるだろう、くかかかかっ!」

「なっ……! やめろ!」


うろたえた声を上げる俺を無視し、柊木瑠璃は第四の腕が握る薙刀を、立花香織へと投擲する。

無理をしてマイムマイムを割り込ませた香織は他の仲間から孤立した場所にいた。母親がかばいに動くが間に合わない。事前にかけておいた「ソリッドバリア」はキラーソードとの戦いで既に剥がれてしまっている。

俺はここに来る前に「天の声」に言われたことを思い出す。


《直毅は、戦いが熾烈になった場合に備え、仲間の命に優先順位をつけることにした。》


迫り来る薙刀に香織の瞳孔が大きく開いた。

香織が手にした「珊瑚の杖」がガードの構えを取り掛ける。

だが、それは間に合わない。

杖は薙刀に弾き飛ばされ、薙刀が香織の胸を切り裂いた。

飛び散る、赤い液体。


「いやあああああっ!」


北条真那の悲鳴が戦場にこだました。


一方で、俺は冷徹に、柊木瑠璃へと迫っている。

優先順位をつけていたことが心の余裕につながったのだろう。

「特攻」と「猛攻」の効果はまだ残っている。

俺は吸血鬼としての身体能力で天高くジャンプ。

柊木瑠璃の十メートルは上空に到達してから、自分の身体の上から下に向かって「テイルウィンド」を使う。「テイルウィンド」は咲希が覚えていた強力な追い風を起こす魔法だ。俺の身体が急降下を始める。

柊木瑠璃は三つの魂を吸わせたと思っている「悪鬼の太刀」を手に、悠々と俺を見上げ、「絶技:魂喰たまくいし羅刹の一撃」の準備に入る。

すべてコンマ秒以下の出来事だが、俺は吸血鬼としての身体能力に加えて「クロックアップ」の思考加速、「特攻」「猛攻」の行動加速がかかっている。柊木瑠璃は「羅刹」でありしかも今は「魂魄の太刀」で魂をスタックした状態だ。

俺は急降下しながら「抜刀術・斬鉄」を発動する。

そして、「抜刀術・斬鉄」のモーションのあいだに、「獣化:ウェアウルフ」を使う。「獣化:ウェアウルフ」は使用すると技が使えなくなる制約があるが、既に発動しがかりの技まで潰れることはないはずだ。隕石によって与えられた力は多分にゲーム的だがやはりこれは現実なのだ。ゲームみたいに攻撃動作が途中でキャンセルされるなんてことは起こらないだろう。


上空からは、夜の吸血鬼がパワーダイブしつつ放つ多重強化した「抜刀術・斬鉄」。

地上で迎え撃つは、人の魂を喰らった羅刹の放つ「絶技:魂喰たまくいし羅刹の一撃」。


交錯は一瞬だった。


いかに複数の技や魔法で威力を増したとはいえ、俺は刀をついさっき握ったばかりだ。「抜刀術・斬鉄」も吸血で柊木瑠璃からインスタントに得たにすぎない。攻撃としては洗練されているとは言いがたい、泥くさい力任せの一撃だ。

対する「絶技:魂喰たまくいし羅刹の一撃」は、人外の域へと超脱した羅刹の放つ、いわば必殺技のようなものだ。いや、超必殺技と言っていいだろう。その一撃を放つために毎度三人の魂を刀に捧げねばならない外道の剣。だがだからこそその威力は絶大なのだろう。柊木瑠璃はそのためにわざわざ生徒を石像や氷像に変えてアイテムボックスにストックしていたくらいだ。


もし・・、「絶技:魂喰たまくいし羅刹の一撃」が発動していたら、俺は跡形もなく消し飛んでいたに違いない。地面には俺の手放した「追儺の太刀」が音を立てて転がり、俺の眷属となった女たちが悲鳴を上げる――


だが、そんな未来は訪れない。


「絶技:魂喰たまくいし羅刹の一撃」は不発に終わった。


俺の、攻撃というよりは墜落といったほうが近い一撃が、柊木瑠璃の身体を脳天から股間まで真っ二つに断ち割っていた。


俺は獣化して毛むくじゃらになった手を地面に突き、起き上がりながらつぶやいた。


「痛ってぇ……。だけど、想定通りにハマったな……」





「獣化:ウェアウルフ」は発動するとしばらくは解除できない。俺の着ていた作業着はちぎれ飛び、俺は今全裸状態だ。もっとも、ウェアウルフ――半人半狼になってるので、要所は毛皮が覆っていた。身体を見下ろすと、思わずドラミングしたくなるほど盛り上がった胸板がある。天にかかる満月に気づき、俺は遠吠えを上げたい衝動をこらえるのに苦労した。


「大丈夫ですか!?」


そう言って俺に駆け寄ってきたのは――立花香織だ。

そう、柊木瑠璃が薙刀を投擲し、殺したはずの香織である。

香織の上半身は真っ赤だった。

だが、それは香織の血ではなく、あらかじめ仕込んでいた血糊である。ホームセンターのパーティ用品売り場にあったものを俺が香織に渡していたのだ。


「ああ、なんとかな……ウェアウルフは頑丈さもかなりのもんみたいだ」


もし獣化せずにあの速度で墜落していたら、あっけなく墜死していたかもしれないな。


「そっちこそどうだ?」

「あ、はい。ここぞという時に『マイムマイム』で邪魔をして、怒り狂った柊木先生の攻撃を受けて、死んだふりをする。なんとかなってよかったです」

「俺との戦いが盛り上がったところで水を差せば絶対怒りの矛先を香織に向けると思ったからな。『ソリッドバリア』が切れてたから不安だったが」

「『杖ガード』を成功させながら失敗したように見せかけるのは緊張しましたけど、なんとかバレずに済みました」

「もうすこし柊木瑠璃が冷静だったら、『魂魄の太刀』のスタックに失敗したことに気づいただろうな」


だからこそ自爆覚悟の攻撃を仕掛けたのだ。こっちが必死になって止めようとしている以上、香織は死んだのだと柊木瑠璃は思い込んだ。いずれにせよ俺のあの一撃を返すには「絶技:魂喰たまくいし羅刹の一撃」を出す以外の方法がないから、もしスタックの失敗に気づいたとしても手遅れではあったんだけどな。


最初からこうなることを想定していた――というのは言い過ぎだ。

単に、柊木瑠璃に隙を作るための手段のひとつとして、香織の死んだふりを用意していたにすぎない。

死んだふりからの反転攻勢は何パターンか考えていた。

香織が死んだふりをすると同時に「マイムマイム」も力を失い倒れたふりをさせ、ここぞという時に「マイムマイム」で奇襲する。そのために、俺は「マイムマイム」に以前柊木瑠璃から奪った拳銃(ニューナンブ)をもたせていた。召喚されたパペットがこの世界の拳銃を使えば、威力はともかく不意は打てると思ったのだ。

あるいは、香織を殺されたことで俺が怒り狂ったという演技をする。俺は大振りな攻撃を繰り返し、徐々に細かい傷を負っていく。柊木瑠璃が勝ち誇ってトドメを刺しにきたところで演技をやめた俺が逆襲する。この場合は今回使わずじまいだった「地獄の魔玉」で不意を打つつもりだった。

なお、香織の死んだふり計画については芳乃と咲希には話したが、真那や残りの二人には話してなかった。お世辞にも演技が上手とはいえなそうな真那には教えられないし、正真正銘のリアクションをしてほしかったのだ。実際、あの悲痛な真那の悲鳴は、柊木瑠璃の嗜虐心を刺激し、脳内麻薬をドパドパ出させて、冷静な判断力を奪う役に立ったと思う。


「あの場で柊木瑠璃が取るべきだった行動は、ただ目の前にある石像を斬ることだった。そうすれば『魂魄の太刀』への魂のスタックは完了し、柊木瑠璃の絶技は発動していた。その場合、今生きてるのは間違いなく柊木瑠璃の方だったはずだ」


どうせ俺を倒すのなら、徹底的に追い詰めてから殺してやろうと余計な色気を出したのだ。柊木瑠璃は、狙う必要のない香織をわざわざ狙って、確実に勝てる目を自ら潰した。本来の冷静冷徹な彼女のままだったら、こんな余計なことはしなかったろう。柊木瑠璃は性格特性に力を求め、そうして得た性格特性ゆえに、自ら敗北を呼び込むことになったのだ。


放心してへたりこむ真那には、芳乃と咲希が事情を説明してくれた。ようやく事情を呑み込んだ真那は、香織に抱きついて泣きじゃくっている。


戦場には――いや、戦場だった空間には、弛緩した空気が漂っていた。

いくつもの尊い命が失われた戦場だが、その喪失に思いを馳せられるようになるのはまだ先のことだろう。今はただ、最悪の夜を生き延びたことを、個人個人で噛みしめるだけだ。


とりあえず俺は、柊木瑠璃の装備していた「悪鬼の太刀」と三節棍(「唐獅子の三節棍」)を回収する。モンスターの装備品とはちがって時間経過で消えることはないだろうが念のためだ。離れた場所に落ちていた薙刀(「仁王の薙刀」)も、重い身体を引きずるようにして回収した。

激戦を生き延びた元ゴブリン・ソードのキラーソードが俺の頭上でうっとうしいほど踊ってるのは……勝利の舞かなんかなんだろうか。


俺以外のメンツも無傷とはいいがたく、真那が回復魔法で一人一人の傷を癒して回ってる。

俺も回復を手伝おうかと思ったが、とにかく身体が重くて動かない。


「お疲れ様じゃの、マスター」

「ベルベットか。助かったよ。おまえがいなかったらヤバかった」

「いやなに。妾も口ほどには役に立てておらんかった。ヒイラギルリの『死配シハイ凶壇キョウダン』を封じるだけで精一杯とはなんたる体たらく……」

「それが何より助かったんだって」

「むう。そう言うてくれるのは嬉しいが、妾はマスターとともに戦いたかったのじゃ」

「ははっ。それはまたの機会にしようぜ。そんな機会、そうそうあっても困るけどな」


活躍してくれたベルベットをひきこもりなりに気遣うが、どうやらそれが限界だった。

俺はその場にしゃがみこみ、セフィロト女子の煉瓦敷きの道に仰向けになって寝転んだ。

満月は西に大きく傾き、東の空の地平線からはわずかに曙光が漏れている。

吸血鬼の時間はもう終わりだ。獣化が解け、元の身体に戻った俺だが、吸血鬼の夜行特性を失ったからか、もう指の一本も動かせない。

ウェアウルフになってたせいで一糸まとわぬ素っ裸だが、アイテムボックスから服を取り出す気力もない。雨に湿った煉瓦のひんやりとした感触が火照った背中を冷やして気持ちがいい。台風の置き土産であるちぎれた黒綿のような雨雲が、熱帯特有のぬるい雨を俺の身体に浴びせてくれる。

俺はまぶたを閉ざし、勝利の余韻に浸りながら、眠りの淵へと落ちていくのだった。

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