13 ホームセンター遠征

ネットで情報収集をしているあいだに、いつのまにか寝落ちしていたようだ。

俺はガラスが割れ、カーテンを目張りしただけの窓から吹き込む雨風の音で目を覚ました。


「わっ……水浸しじゃないか」


この状況でガラスの修理を頼めるはずもなく、隕石墜落の衝撃で割れた窓はそのままになていた。ガムテで窓枠に貼り付けていたカーテンは吹き込む雨風で破れたようだ。


「そういや、台風が来るとか言ってたな」


テレビは彗星群墜落の緊急報道で持ちきりだが、その合間に気象情報や重要なニュースも報じられている。隕石の墜落予測にばかり気を取られていたが、そういえば、台風が接近しているという情報もあった。そこまで強い台風ではないものの、隕石と合わせて思わぬ二次被害がないとも限らないと、気象予報士が深刻な顔で言っていた。

問題なのは、その「思わぬ二次被害」というのが具体的にどんなものなのか、今ひとつ予想がつかないことなのだが。気象予報士は隕石の衝撃で緩んだ地盤が雨で地滑りを起こす可能性を示唆していた。

もっとも、隕石の墜落地点の周囲にあえて留まっているものは(俺や柊木瑠璃のような例外を除いて)いないはずで、クレーターの周囲が今さら雨で少々緩んだところで誤差の範囲だといえなくもない。


気象予報士は他にも、隕石衝突で舞い上がった粉塵が大気中に浮遊し、日光を遮るおそれがあるのではないか、隕石が地殻を刺激し、地震や火山の噴火を誘発するのではないか、隕石が原子力関連施設に直撃し、放射能が撒き散らされるのではないか、など、気の滅入ることこの上ない不吉な予測を何かに憑かれたような早口でまくし立てていた。

不安を煽らないよう報道管制でも敷かれるかと思ったが、その程度の予測は、大学の専門家でなくとも、中学高校でちょっとまじめに勉強してた奴なら自然に浮かぶものだと思う。実際、ウィスパー(短文型SNS)では早い段階から素人の予測や専門家のコメントが凄まじい勢いで拡散されている。


だが、いくら検索してみても、今のところウィスパーに覚醒者についての情報はなかった。これだけの危機的な状況ではあるが、案外覚醒者の数は少ないのだろうか。あるいは、覚醒者が情報を秘匿している可能性もある。俺だって、命がけで得たこれまでの知見をネットで垂れ流す気にはなれないからな。


「こんな天気だが、予定通りに行動するか」


柊木瑠璃との対決は当面避けるというのが、一晩熟慮した上での結論だ。

今日は車で飛鳥宮市郊外のホームセンターに行き、めぼしい物資を漁ろうと思う。

ライフラインの寸断に備えて、ガソリン式の発電機や飲料水を保存するためのポリタンク、多少の悪路でも走れそうな自転車など、生存のために必要なものをまずは確保する。

加えて、杖の代わりとして使えそうな丈夫な棒を用意したい。昨日ネットでホームセンターのサイトを調べた感じだと、ステンレスでコーティングされた鉄パイプなどがよさそうだ。長さにもバリエーションがあるから、ひと揃い、いや、母親の分と合わせてふた揃い以上、アイテムボックスの中に確保したい。母親にも杖の武器適性があるからな。

長柄の草刈り鎌も、ネットで見た限りでは飛鳥宮の店舗に在庫があった。ただ、やはり武器というよりは農具なので、魔物相手の戦いにどこまで有用かは疑問が残るけどな。

ついでに、この部屋の窓を修理できそうなものがあれば持ってこよう。最悪、ブルーシートを防水テープで貼り付ける形になるだろうが。DIYの素養は俺にはない。


母親の用意してくれた朝食をとって出発しようとしたところで、


《亥ノ上直毅は、ひょっとするともうこの場所には帰ってこられないかもしれない、という予感がした。直毅は家の中にあるものを可能な限りアイテムボックスに収容することにした。》


なんとも不吉なことを、「天の声」が言い出した。

まるで、ロールプレイングゲームの、一度入ると戻れなくなるラストダンジョンに入るときの警告みたいじゃないか。近所のホームセンターに行くだけだってのに。


「どういうことだ? 母さんの『セーフハウス』がある以上、この家に外敵は入れないはずだが……」


いや、問題が生じるのは家ではなく、俺たちのほうなのかもしれない。

強力なモンスターに襲われ、なすすべもなく死亡するとかな。

だが、それなら「天の声」は俺に外出を自粛するか行き先を変えるよう促すはずだ。

今の「天の声」は、俺の外出自体には反対していない。むしろ、外出する前に戻れない前提で準備をしておけと促すものだ。つまり、家に戻れないような事態に陥るが、それでも外出したほうが選択としては正しいということなのだ。


もう少し詳しいことがわからないかと「天の声」に問いかけてみるも、「天の声」はだんまりだった。「天の声」がこれまで間違っていたことはないが、事前にすべてを教えてくれるわけでもない。「インスペクト」で調べた限りでは「天の声」は「無謬むびゅう」――間違うことがない、ということだが、そもそも「インスペクト」で得た情報がすべて正しいのか?と疑うこともできる。


とはいえ、「天の声」は今は頼れるパイセンである。


「母さん、家にあるもので、絶対になくしたくないものを集めてくれない?」


俺が言うと、母親はこくりとうつろな顔でうなずいて、家中の戸棚やクローゼットを開きだした。

まず最初に、預金通帳や保険証、印鑑など書類のたぐい。今の世の中でどこまで役に立つかはわからないが、かさばるわけでもないのでアイテムボックスにしまっておく。


その他に母親が引っ張り出してきたのは、家財道具というより、思い出の品が多かった。俺がガキの頃に遊んでたブロックやプラスチックのレール。俺がとっくにやらなくなった何世代も前のゲーム機。俺の小学生時代の運動会の様子を収めた、(黒歴史ものの)ビデオテープ。俺の小学校中学校高校の卒業アルバム。俺の英検三級の合格証。家族写真を集めたアルバム。厳重に封をされた段ボールの中には、母とは離婚した俺の父に関するものが入っているようだ。


「参ったね……こんなものまで取ってたのか」


世の母親というのはそういうものなのか、それともこの人が変わってるだけなのか。


母親自身のものとしては、高校の卒業アルバムが見つかった。母親はセフィロト女子の卒業生だ。アルバムの表紙には、セフィロト女子の、生命の樹を象った校章が金箔押しされている。


セフィロト女子は、少し奇妙な学校だ。

私立のお嬢様進学校、といえばそれまでなのだが、ミッションスクール風の見た目に反して、カトリック系の学校ではない。生命の樹セフィロトとは旧約聖書創世記に登場する命の木だ。その名にそぐわず、セフィロト女子はカバラのような神秘思想が建学の背景になってるらしい。その校風は独特で、カルト宗教のようだと言う人もいる。

だが、お嬢様学校としては偏差値が高く、進学実績もなかなかのものだ。地域では、単純に進学校としても人気がある。ただ、全寮制なので学費が高いし、集団生活ならではの軋轢もあるという。

総じていえば、隕石以前から閉鎖的な校風の学校だ。


だが、セフィロト女子時代の思い出を語る母は楽しそうだった。

母にとってはかけがえのない青春の舞台だったのだろう。

その後実家の稼業が傾いて大学に進学できなくなり、セフィロト女子を卒業すると同時に母親は事務員の仕事に就いた。浮世離れしたセフィロト育ちということもあってか、職場では苦労が多かったようだ。


「サバイバルに必要なものはほとんどなさそうだが……」


母親の気持ちに免じて、俺はすべてをアイテムボックスに収納した。





強まったり弱まったりする雨や風の中を、母親の運転する車で郊外のホームセンターまでやってきた。

飛鳥宮市はもぬけの殻だった。隕石から出現するモンスターは見かけなかったが、人の姿も見かけない。モンスターは今のところ南浅生みなみあそうから川を渡ってくることはないようだ。


俺は母親に言って、駐車場ではなくホームセンターの搬入口の中に車を停めさせた。雨風がしのげるし、人目につくことも避けられるからな。

「マジックサーチ」で建物内に人がいないことを確認すると、がらんとした搬入口の中で、俺は予定していた実験をすることにした。


「母さん、俺とタイミングを合わせて『アイシクルレイン』を使って」


母親と距離をとって向かい合わせに立ち、俺は母親にそう言った。

母親は俺に向かって魔法を使うことに抵抗があるようだったが、斜線を少し逸らして当たらないようにしてくれればいいと言うと、最後にはうなずいた。


「じゃあ……今!」

「『アイシクルレイン』」

「『マジックアブソーブ』」


合図と同時に放たれた無数の氷のつぶてを、俺は吸収魔法で吸い込んだ。

俺の手の中に氷のかけらが吸い込まれていく。


《行動判定:成功B。》


「…………あれ?」


俺は首を傾げた。

柊木瑠璃との戦いで、俺は柊木の「ダークフォグ」に対して「マジックアブソーブ」を使った。

そのときは、魔法をラーニングし、「闇」の魔法適性にまで開眼したのだ。


「行動判定ってのが問題なのか?」


俺は母親に頼み、何度か同じことを繰り返してみる。

十回ほど繰り返したところで、


《行動判定:成功S。》

《直毅は、魔法「アイシクルレイン」をラーニングした。》

《直毅は、魔法適性「氷」に開眼した。》


「やった!」


確率は高くないが、できないわけではなかったらしい。

続けて今度は母親に「ファイヤーボール」を使ってもらう。

繰り返すこと二十回ほどで、


《行動判定:成功S。》

《直毅は、魔法「ファイヤーボール」をラーニングした。》

《直毅は、魔法適性「火」に開眼した。》


「よし! でも、時間がかかったな」


確率が低いから、氷のほうが運がよかった可能性もある。

だがそうすると、闇のときはどれだけ運がよかったのかって話になってくる。


「魔法適性の向き不向きでラーニングの難易度がちがう、とか?」


俺はまちがいなく闇には適性がありそうだし、氷もまあいいだろう。火はそれに比べると適性が低いのかもしれない。


「母さんに『吸収』の魔法適性があれば、俺の魔法を教えられたんだけどな」


ないものねだりをしてもしかたがないか。それに、不死者として判断力の下がっている今の母親に、多彩な魔法の使い分けを求めるのは難しいだろう。盾で身を守りつつ、ファイヤーボールとアイシクルレインで攻撃するスタイルは、単純だが強いと思う。「援護」「回復」の魔法適性もあるので、ゆくゆくはバッファーやヒーラーとしての役割も担えそうだ。デバフ中心の俺より戦力としてはよほど機能しやすいだろう。


「さて、漁るか」


俺は照明の落とされたホームセンターに入り、めぼしいものを片っ端からアイテムボックスに入れていく。

ほしかった発電機やソーラー式充電器も複数確保できた。当面の「杖」とするための鉄パイプは、長短とりまぜ回収する。武器適性のおかげか、ずっしりと重いはずの鉄パイプも、つっぱり棒程度の重さにしか感じない。試しに振り回してみると、バトンのように回転させることもできれば、身体の後ろに回して持ち替えながら払ったり、流れるような動きで前後に突きを放ち、棒をしごくようにして先端を勢いよく突き出すこともできた。剣とちがって刃がついていないので自傷の心配がないし、両端を持ち替えることで相手の予想を外して反対側で払うこともできる。いざというときには両端を持ってがっつり防御してもいい。思った以上に変幻自在で融通がきくようだ。


「へえ。おもしろいもんだな」


母親も俺と同様のことができるようだった。むしろ、どっちかというと母親のほうが熟練度が高いような気がする。


草刈り鎌もすぐに見つかった。草刈り用だけに刃は若干頼りないが、それでも人間相手には十分凶器になりうるだろう。実際に振り回してみると、杖よりは自由度は少ないが、杖より俺の手に馴染む感覚があった。同じ武器適性アリでも、俺には杖より鎌のほうが向いてるのかもしれない。


母親はゴブリン戦で斧の武器適性にも開眼していたので、大振りの斧を探し出して母親に持たせてみた。斧は鎌とちがってずっしりと重い威力のありそうなものが揃っている。母親にはゴブリンから回収した短剣があるので、当面斧の出番はなさそうだが。

盾がフライパンなのは心もとないものがあるから、両手で杖を装備させ、「杖ガード」「杖パリング」の閃きを狙うべきなのか。

いや、杖として使う鉄パイプだって間に合わせのものなのだ。ゴブリン装備だった短剣と(ただの)フライパンの組み合わせが今のところでは最適だろう。


他には、何気なく手に取ったアイスピックがどうも「牙」認定されるらしいとわかったのが収穫だった。熊手が「爪」認定されることもわかったのだが、戦いに使うには造りが華奢で、すぐに壊れてしまうだろう。一応、「ポイズンクロー」の発動用には使えるが。


自転車売り場で丈夫そうなマウンテンバイクと折りたたみ自転車を二台ずつ、ライトや替えのチューブ、パンク補修キットなどとともに回収した。


母親は、途中で見つけた熱帯魚の水槽をじっと眺めている。

エアーポンプは作動しているが、世話する人間がいないので、早晩熱帯魚は全滅するだろう。かわいそうだがしかたがない。「アイテムボックス」には生き物は入らないようだし、もし入ったとしても、この先店の壁を埋め尽くすほどの熱帯魚たちの面倒を見続けることは不可能だ。

さいわいこのホームセンターにはペット売り場はなく、弱った犬や猫を見ずに済んだのは助かった。


熱帯魚たちには、売り場にあった餌を水を汚さない程度に入れてやった。

偽善以外の何物でもないが、何もせずにはいられなかったのだ。「冷血」があるからといって、かわいそうだからひと思いに殺してやる、なんてサイコな発想ができるはずもない。


《亥ノ上直毅は、性格特性「慈愛」「偽善」を発現した。直毅は、魔法適性「回復」に開眼した。》


「天の声」の判定も複雑なようだったが、「回復」の魔法適性は素直にありがたい。すぐに「インスペクト」や「天の声」で調べ上げ、俺は「ヒール」の魔法を習得する。


「ふう……こんなもんか」


他人と遭遇することもなく、モンスターとの戦闘もなく、物資の回収は予定以上で、性格特性や魔法適性まで得ることができた。


俺が満足とともに従業員通路を通って搬入口に出ると、外からは激しい雨の音が聴こえてきた。まさに土砂降りといった感じで、駐車場が水の幕に覆われ、溢れた水が搬入口の入り口に波のように押し寄せている。


「じゃあ、さっさと家に帰るか……いや」


出がけに、「天の声」は奇妙な警告をしていた。

俺たちはもう二度とあの家に帰ることができないかもしれないと。


だが、これまでのところトラブルは何もなかった。

モンスターに襲われ、家とは逆方向に逃げる……などという事態を想像していたのだが、飛鳥宮には今のところモンスターの影はない。


「どういうことだ?」


俺の疑問に答えたのかどうか、「天の声」が言った。


《直毅は、スマートフォンを取り出し、気象予報を見ることにした。》

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