33 拙速か巧遅か

◇亥ノ上直毅視点


柊木瑠璃との決戦は不可避となった。

もちろんずっとそのつもりで準備はしていたからそのこと自体は問題ない。

西園寺芳乃や千南咲希、新たに捕獲したセフィロトの覚醒者からは、「マジックアブソーブ」を使ってラーニングできる魔法はすべてラーニングした。アイテムや装備の分配、作戦の徹底も滞りなく進んでいる。


二度目の襲撃戦で捕獲した覚醒者・立花香織は吸血して眷属に変え、「サモン:パペット」を使わせた。生贄に選んだのは、北西部監視班を率いていた教師・篠原だ。もともと柊木瑠璃寄りの人間だったこともあって、生徒たちからは思ったほど反発が出なかった。

俺が「サモン:デーモン」を使ってベルベットを喚び出した時とは異なり、今回の生贄は一人で済んだ。ベルベットとは違って、「パペット」は生贄とされたものを素体としてそのまま生かす形で現れた。三十ほどの狐顔の女教師が、白目を剥いた顔のまま、見えない糸に操られるマリオネットのように宙に浮かぶ。


―――――

マイムマイム:召喚魔法「サモン:パペット」によって生み出されたパペット。素体を傀儡人形と変えて憑依する。人間にはありえない変幻自在で変則的な動きを持ち味とする。

―――――


ベルベットとは比べるべくもないが、予測できない動きをするから不意を打つチャンスくらいはあるかもしれない。もし柊木瑠璃に通じないようでも、いざという時の「盾」にはなる。召喚されたモノにも「ソリッドバリア」をかけることができるので、マイムマイムへの「ソリッドバリア」、マイムマイム本体、使役者にかけた「ソリッドバリア」の都合三回物理攻撃を防げるわけだ。人を生贄にして喚び出した以上、そう簡単に肉壁にして消費したくはないのだが、いざという時にためらうつもりはない。既に生贄として死んだ人間はただのサンクコストであり、今生きている貴重な戦力の代わりにはならないからだ。⋯⋯人を生贄にしておいてこんなことを思うあたり、俺の性格特性はさらに邪悪さを増してる感じがしないでもない。


「問題は、いつ仕掛けるかだな」


北西部監視班のいた付近からは既に離れている。北条真那の運転するミニバスは定員を超えて立ち乗りになる生徒もいた。北西部監視班の拠点には移動用の足がなかったのだ。たぶん、柊木瑠璃が手下に逃げられるのを恐れて輸送後車を引き上げたんだろうな。

地元出身の生徒から発見されにくそうな場所を教えてもらい、古い団地の陰になる場所に停車、団地の何室かを拝借して、交替で仮眠を取らせている。

俺はベルベットとともに団地の中庭にある公園のベンチに座って、アイテムボックスから取り出した缶コーヒーを飲んでいた。


「ふむ。二つに一つであろうな。向こうの準備が調う前に速攻をかけるか、向こうの警戒が緩む夜明け前まで待つか。 拙速せっそく巧遅こうちの二択じゃな」


コーヒーの苦さに顔をしかめながらベルベットが言った。俺はベルベットの手から缶コーヒーを回収し、アイテムボックスからおしるこを取り出して渡す。


「向こうは今頃厳戒態勢だろうからな。夜の間に決着をつける必要はあるが、時間はギリギリまで遅くしたほうが有効か。具体的には午前3時とか4時とかだな。徹夜した時いちばん眠くなる時間帯だ」


史実の戦争でも、夜間の警戒が終わりかけて気が緩んだところを襲うのが定跡だったと思う。その場合、完全に暗い間は同士討ちの心配があるから日が昇りかけたところを狙うんだったと思うが、俺の場合は夜が明ける前に仕掛ける必要がある。いうまでもなく、日が昇ると種族「吸血鬼」や性格特性「夜行性」の効果が切れるからだ。


「速攻をかけようにも向こうにこれから攻めると教えてしまったからな。でも、あまり時間を遅くして、戦いが長引いたすえに夜明けを迎えるというのは最悪だ」

「⋯⋯すまぬ。妾がすまーとふぉんに気づかなんだばかりに」

「気にするな。警戒させたほうが消耗を誘える面もある」


「天の声」が盗聴を看過したのだから、あそこで柊木瑠璃と会話することは必要な手順だったのだろう。

って、「天の声」のことをベルベットに秘密にしておく理由がないな。今後のためにもここで説明しておくべきか。

そう考えて俺が口を開きかけたところで、当の「天の声」がしゃべりだした。


《亥ノ上直毅は、ベルベットの提示した二つの戦略を疑ってみることにした。戦いは互いの思惑がからみあって推移するものだ。それぞれが自分に都合のいい戦略を選んだ結果、どちらかが裏目を引く場合もあれば、互いに裏の裏を読んだ結果、どちらも予想しなかった事態に陥ることもある。》


なるほど、さすがパイセン、言うことにいちいち含蓄がある。


「夜明け前ギリギリの襲撃がこちらの最適戦略だってことは、当然柊木瑠璃も読んでくるはずだな。それなら、今の段階では警戒しすぎず力を蓄える選択を取るかもしれない。そして、夜明け前の襲撃を水際で食い止め、こっちの攻撃を遅滞させて、日が昇るまでの時間を稼ぐんだ」


それが向こうの取りうる最適戦略だろう。俺の行動が「天の声」のガイドを外れるとしたらそれしかない。


「ふむ、道理ではあるの。しかし、こちらがそこまで読んで、あえて速攻をかける可能性もあろう。その場合、夜明け前まで戦力を温存する選択は裏目に出るのではないか?」

「そこは読み合いだろうな。それと、前回の通信で、柊木瑠璃は俺が以前より強くなったことを察したと思う。少なくとも、性格特性に変化があったことには気づいてるだろう。となると、柊木瑠璃は俺に対抗するために戦力を増強する必要があると考えるかもしれない」


いや、間違いなくそう考えるな。


「柊木瑠璃が手っ取り早く戦力を増強したいと思ったとして、どんな手段があるだろうな?」

「ひとつは召喚であろう。セフィロト女子には生贄となる生徒がたくさんおるのであろう? もっとも、マスターほどの素質をもった召喚師はそうそうおらんであろうがな」

「どうかな? 覚醒者ならわからないだろ。実際、立花香織も召喚魔法が使えた」

「タチバナカオリもなかなかの素質を持っておる。じゃが、あの水準のものですら、滅多におるものではない。覚醒によって召喚魔法の習得や行使は格段にたやすくなったようじゃが、喚び出せるモノの格が召喚者自身の素質によって決まることに変わりはない」

「そういう仕組みだったのか。まあ、立花も他に召喚魔法を使える覚醒者はいないと言ってたが」


北部、北西部監視班の生徒たちに聞いた限りでも、召喚魔法を使う覚醒者は他に知らないということだった。柊木瑠璃が立花香織にパペットを召喚させて斬った一件もあるから、香織がセフィロト側覚醒者唯一の召喚魔法使いということでいいはずだ。


「召喚以外となると、魔法適性『造魔』を使ったモンスターの生成か? でも、あれには素体や素材が必要なんだったな」


ベルベットの召喚に成功した時に、俺も「造魔」を手に入れているが、「インスペクト」で調べた限りでは造魔魔法を使うにはモンスター由来の素材や素体となる弱らせたモンスターなどが必要だ。リザードマンの群れを倒した時に手に入れた「硬い鱗」もそうした素材の一つらしい。もっとも「硬い鱗」が数個程度で造れるモンスターはないようなので、今のところ造魔魔法は持ち腐れになっている。


「柊木瑠璃はモンスターを大量に狩ってるはずだから、素材のストックはあるかもしれない。でも、仮にストックがあったとしても、百体のゴブリンが落とした素材からゴブリンを一体造るみたいな効率の悪い魔法だからな」

「おぬしであれば問題にならん話じゃな」


それに、十人を生贄にしての悪魔召喚で得た魔法適性「造魔」はかなりレアな魔法適性のはずだ。よほど変わった性格特性の持ち主でもない限り、自然に覚える可能性は低いと思う。


「となると、やっぱり性格特性を夜が明けるまでの短時間になんとかして上げるってことになりそうなんだが⋯⋯」

「『性格特性』なる奇妙なもののことはわからぬが、魂を鍛える、あるいは堕落させるということならわからぬでもない」

「どういうことだ、ベルベット?」

「うむ。鍛えるほうは一朝一夕にはいかぬのだがな。堕落するのはある意味では簡単なことじゃ。マスターが妾を召喚することで大きな力を得たように、人として重要な何かを犠牲にすれば、人の魂は一夜にして堕落しうる。魔道に堕ちる、といおうかの」


《直毅は、ベルベットの言葉を聞いて猛烈に嫌な予感がした。夜明けまでの時間を柊木瑠璃に与えるのは危険であると、性格特性「邪悪」「妄想」「冷血」「人間洞察」「現実主義」「用意周到」「直感」「分析家」「智識」が告げている。直毅は、出発は早ければ早いほどいいという結論に達した。》


俺はベンチから弾かれたように立ち上がる。


「⋯⋯行くぞ、ベルベット。どうやら今は拙速が必要な場面らしい」

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