7 天の声
《亥ノ上直毅は、母親の後を追って、勇気を持って一歩を踏み出した。》
「⋯⋯は?」
妙にはっきりとした幻聴だった。
ほとんど現実と間違えそうなリアリティがあるが、特徴としては幻聴だ。
ずっと幻覚に悩まされてきた俺にはそのことがわかった。
《亥ノ上直毅は、閉ざされていた扉を開くことに成功した。》
《成功度判定:SSS》
《亥ノ上直毅は、固有スキル「天の声」を獲得した。》
《亥ノ上直毅は、武器適性「投擲」「射撃」「杖」「牙」「爪」「鎌」に覚醒した。》
《亥ノ上直毅は、魔法適性「死霊」「召喚」「支援」「妨害」「時空」「次元」「吸収」に覚醒した。》
《亥ノ上直毅は、性格特性「現実逃避」「妄想」「開き直り」「厭世」「解脱」「夜行性」「利己主義」「邪悪」「寄生」「人間洞察」を発現した。》
俺は、気づけば家の外にいた。
いつ玄関から出たのか記憶がない。
何年ぶりになるかもわからない直射日光が俺の目をくらませる。
そこで、車のエンジンのかかる音がした。
母親が車に乗っている。
俺は慌てて車の助手席に乗り込んだ。
「直毅も、買い物に行くのですか?」
母親が聞いてくる。
「買い物に行ってもいい。だけど、ちょっと待ってくれないか?」
「待つ⋯⋯どのくらい?」
「ええと⋯⋯」
「わたしは、直毅が立ち直るのをもう十五年も待っている。でも、買い物には行かなくちゃ」
「ぐっ⋯⋯」
意識はなさそうなのに、的確に俺の痛いところを突いてくる。
《性格特性「開き直り」の効果で、直毅は心へのダメージが軽減された。》
「はぁ⋯⋯?」
再びの「天の声」に間の抜けた声を漏らすが⋯⋯たしかに、数日は凹み、半年は忘れられなさそうなことを言われたにもかかわらず、思ったほどに心のダメージが少なかった。
だが、俺がそのことを吟味している時間はなかった。
母親は車を発進させる。目的地はいつものスーパーだろう。
「ああもう⋯⋯止まりそうにないな⋯⋯」
スーパーが営業してるかどうかははなはだ疑問だが、いずれにせよ食料調達は必要だ。
こうなったら行ってみるしかないだろう。
《直毅は、性格特性「開き直り」によって、気持ちを整理し、母親とともにスーパーへと向かうことにした。》
ああ、その通りだよ、ちくしょう。
「くそっ、なんなんだよ、これは!? 俺の行動を天の声がナレーションするってのか!?」
《直毅は、性格特性「妄想」と「解脱」、魔法適性「次元」、固有スキル「天の声」の効果を組み合わせ、「天の声」の性質を分析した。》
《行動判定:成功S。》
《直毅は、驚くべき洞察力を発揮し、余剰次元を流れる情報フローにアクセスする方法を編み出した。次元魔法「インスペクト」がそれである。直毅は、「インスペクト」と詠唱した。》
俺は、そのまましばらく待ってみる。
だが、何事も起こらない。
ふと気付き、俺は小声でつぶやいた。
「『インスペクト』」
《直毅は「インスペクト」を使って「天の声」を分析した。》
《行動判定:成功S。》
《固有スキル「天の声」は、行動の指針となる幻聴を聞くことができる能力である。その内容は無謬(むびゅう)である。「天の声」に従った行動を取ることで、状況を良い方に変化させることができる。》
「⋯⋯もう驚かねえぞ」
俺は頭を振りながらつぶやいた。
「スーパーに着くまで時間がねえ。これが妄想でないと信じて賭けてみるか」
とはいえ、どうしたものか。
《直毅は、覚えたばかりの「インスペクト」を試してみることにした。手始めに直毅は母親に「インスペクト」を使用する。》
「なるほどな。『インスペクト』」
「天の声」に従って、俺はハンドルを握る母親に向かって「インスペクト」を使う。
母親にかぶさる形で、半透明のパネルが表示された。
―――――
覚醒者、不死者(使役者:亥ノ上直毅)
固有スキル:セーフハウス
武器適性:盾・短剣・杖
魔法適性:炎・氷・回・援
性格特性:諦念Ⅴ、堅守Ⅴ、慈愛Ⅳ、節約Ⅳ、現実逃避Ⅲ、不動心Ⅲ、悟りⅢ、偽善Ⅱ
―――――
⋯⋯いろいろつっこみたいところはあるが、とりあえず、
「セーフハウスを『インスペクト』」
―――――
セーフハウス:亥ノ上雪乃の固有スキル。拠点として指定した場所に雪乃が許可しない人物・モンスターその他一切の外的存在が侵入できなくなる。拠点として指定できるのは3箇所まで。現在拠点として指定しているのは「亥ノ上家」「(空き)」「(空き)」。
―――――
「うわっ、めちゃくちゃ便利じゃん」
食料さえ調達できれば、家にひきこもっていれば安全は確保できるってことだ。警察や自衛隊が守っている避難所ですらモンスターの襲撃を受けていることを思えば、べらぼうに便利なスキルだといえる。
「性格特性は⋯⋯掘り下げると闇を見る気がするな。先に不死者を『インスペクト』」
―――――
不死者:邪法によって不完全に蘇生された死者。身体能力が大幅に強化されている。魂が損、取れる行動には限度がある。食事・排泄の必要がないが、定期的に他の生命体(モンスター含む)から生気を得る必要がある。使役者が死亡すると邪法が解け、ほどなくして魂が消滅する。
―――――
「やっぱりそうか⋯⋯」
覚悟はしてたが、いざ事実を突きつけられると辛いものがある。
《直毅は、性格特性「開き直り」「解脱」「利己主義」「邪悪」により、悲しみを忘れることに成功した。》
「くそっ、余計なことを言いやがって⋯⋯」
「天の声」がかかるまでもなく、実際にそうしていただろうことがわかってしまう。
「どうせ俺は開き直った邪悪な利己主義者なんだろうさ」
そうなると、今度は俺自身のことが気になった。
「自分自身に『インスペクト』」
―――――
亥ノ上直毅
覚醒者、吸血鬼
固有スキル:天の声
武器適性:投・射・杖・牙・爪・鎌
魔法適性:死・召・援・妨・時・次・吸
性格特性:現実逃避Ⅴ、妄想Ⅴ、寄生Ⅴ、開き直りⅣ、厭世Ⅳ、夜行性Ⅳ、利己主義Ⅲ、邪悪Ⅱ、人間洞察Ⅱ、解脱Ⅰ
魔法:「インスペクト」
―――――
⋯⋯見なかったことにしたくなった。
自分のダークサイドを改めて突きつけられ苦い思いを噛み潰していると、母親の運転する車が国道へと差し掛かる。
母親の運転は実にスムーズだった。車社会の地方都市に長年暮らしてきたので、車の運転は母親の身に染み付いた技術になってるのだろう。別れた父親と違って、スピードを出しすぎるようなこともない。
俺は車の運転が苦手だからありがたい。車を運転してると、DQNの運転する後続車に煽られたり、何も違反をしてないのに警官に怪しまれて呼び止められたりと、ろくなことが起こらない。駐車場に停めた会社の車が近所のガキにいたずらされて、上司から怒鳴られた挙げ句修理代を給料から天引きされた苦い記憶がフラッシュバックする。
過去の記憶をなんとか脳裏から締め出し、俺は道路へと注意を向ける。
国道は、車通りがまったくなかった。
今母親が向かっているスーパーは、飛鳥宮市内ではあるが南浅生に近い市の外縁部にある。
周辺住民は既に逃げ出した後なのだろう。
今のところ、モンスターの姿もないようだ。
俺がひきこもる前とは微妙に店舗の入れ替わったロードサイドの看板を眺めていると、母親が急に車を止めた。
視線を前に戻すと、
「渋滞⋯⋯じゃないな。事故車両が詰まってんのか」
先頭には黒いワンボックスが横向きに止まっている。よく見ると、ワンボックスの後輪はパンクし、車体が斜めに傾いていた。その後ろに何台かの車両が止まっていて、その背後から大型トラックが頭を突っ込んでいる。そのさらに向こうにも、追突車両や身動きの取れなくなった車両があるようだ。
「母さん、ちょっと見ていっていい?」
「わたしも見ます」
俺と母親は路肩に車を止めると、事故車両の列に近づいた。
事故車両からはガソリンが路面に流れ出している。あまり近づくのも危険だろう。今のところは、ガソリンに火はついていないらしい。
「食料もだけど、ガソリンも貴重になる⋯⋯はずだ」
とはいえ、車からガソリンを抜き取る道具なんて持ってない。最悪は、俺が動きそうな車を引っ張り出して、家まで持って帰るという手もなくはない。十数年ろくに運転してない上に、ひきこもっていたから免許は既に失効している。だが、道で他の車は一台も見なかったし、警察に免許証の提示を求められることもないだろう。
「さて、『天の声』。どうしたらいい?」
《亥ノ上直毅は、魔法適性「時空」と「吸収」を組み合わせ、「リキッドドレイン」の魔法を編み出した。》
「そんなことができるのかよ⋯⋯。まあ、やってみるか」
俺は手近な車両に近づき、ガソリンの給油口を開いた。栓が固く、マウスより硬いものを握る機会のなかった俺は、なけなしの握力を振り絞ることになった。
「ふぅ⋯⋯さて、どんなもんかね。『リキッドドレイン』」
給油口に手をかざして魔法を唱える。
給油口の中から、独特の刺激臭のする黒褐色の液体が溢れてきた。
溢れたガソリンは水芸のように空中に流れを描き、俺の右斜め後ろあたりの虚空へと消えていく。
魔法を発動したことで、俺にはその効果が理解できた。
「ガソリンを『吸収魔法』で吸い出して、『時空魔法』で作った亜空間に吸い込んでるんだな」
「時空魔法」で作った亜空間には、他にもものが収納できるらしい。収納できる上限は重量では1tまで、体積では一辺が20メートルの立方体までだ。俺が魔法を鍛えれば、この上限は上がるようだ。
「ってことは、車ごと亜空間に放り込むって手は使えないな。バイクや原付くらいならともかく」
もちろんバイクの免許なんて持ってないし、原付にも乗ったことがない。電動アシストの自転車でもあれば便利だろうか。
「いや⋯⋯待てよ。電気だっていつまでもつかわかんねえな」
送電線がモンスターの攻撃や火災などで来れるおそれもあるし、発電所に隕石が直撃するおそれもある。原子力発電所に隕石が落ちないことを祈るしかない。
「ガソリンで動く大型の発電機のようなものがあれば役に立つか? ホームセンターとかにあったかなぁ?」
小型のソーラー充電器くらいなら、家電量販店にもあるかもしれないが。
俺はそんなことを考えながら、事故車両からガソリンを抜き出し、亜空間に貯蔵していく。亜空間の中は時間の概念が存在せず、ガソリンが劣化することもなければ、何かの拍子に着火することもないらしい。
亜空間の上限は1t、水なら1000リットルだが、ガソリンは水より重い⋯⋯よな?
《直毅は、ひとまず200リットルのガソリンを確保した。亜空間の容量を残しておいたほうがいいように思われたし、今後も事故車両からガソリンを回収できる機会はあるはずだと思ったのだ。》
⋯⋯うん、ご丁寧にありがとう。俺もちょうどそう思ってた。
「買い物、しなくちゃ⋯⋯」
「ああ、ごめん。もう行こうか」
うつろな顔で俺を急かしはじめた母親に言って、俺と母親は乗ってきた車へと戻った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます