18 セフィロトの内情

「よお、目が覚めたか?」


俺は狭いテントの中で、睡眠魔法を解除されて起き出した三人に呼びかける。


三人はしばらく惚けた顔で宙に視線を彷徨わせていたが、やがて弾かれたように俺を見る。

その目に最初に浮かんだのは歓喜の色だった。眷属となったものが吸血鬼に見せる歓喜の笑み。この世ならざる快楽をもたらしてくれる吸血鬼への、本能が感じる至福の感情が、彼女たちの脳裏をかけめぐる。


が、その直後に、三人は俺に警戒の目を向けた。

とはいっても、三人の目にはいまだに去らない悦楽の残滓が残っている。濡れた、誘うような目を俺に向けながら、同時に俺を警戒してもいる。


「あなたは⋯⋯柊木先生が言っていた危険人物ーー亥ノ上いのうえ直毅なおき、ですね」


栗色の髪のゆるふわ美女・北条真那まながそう言った。

さりげなく、生徒二人をかばうように位置を変えながら、テントの入り口を確認する。

なんとしても生徒を守るという強い意思が感じられるな。


「柊木瑠璃がどう言ってたかは知らないが、たしかに俺は亥ノ上直毅だ。だが、危険人物というのはひどいんじゃないか? どうせ、柊木瑠璃がでまかせを言ってるんだろうけどな」

「どういうことです?」

「鉄橋で俺が柊木瑠璃と遭遇した時、あいつは問答無用で俺に不意打ちを仕掛けてきた。こっちが反撃して撃退したら、おまえのような危険人物は南浅生に入るな、と言われたよ」

「⋯⋯柊木先生は、あなたが山野さんを襲おうとしていたのでやむをえず交戦したと」

「北条先生はその言葉を信じるのか? 人を危険人物と勝手に言ってくれるが、危険ってことなら柊木瑠璃のほうがよっぽど危険だ。あんただってそう思うだろ?」

「そ、それは⋯⋯」


北条真那が言葉に詰まる。

代わって、今度は西園寺芳乃よしのが、俺をきっと睨んで言ってくる。


「わたしたちに何をしたのですか? さっきからあなたを見ると動悸が止まりません。起きた時から身体の調子もおかしいです」

「動悸? 俺に一目惚れでもしたんじゃないか?」

「ふ、ふざけないでください!」


長い黒髪の和風少女が、自分の身体の異常を振り払うようにそう叫ぶ。


「悪い悪い。俺みたいな得体の知れない男に一目惚れするはずがないもんな。髪もぼっさぼさ、外見も歳より老けて見えるんだろうな⋯⋯」

「そう、ですか? おいくつかわかりませんが、二十代くらいですよね?」

「は? そんなわけないだろ」


俺がいくつかだったかは忘れてしまった。

誕生年はさすがに覚えているので計算すればわかるのだが、今年が何年だか知らないし、計算して自分の実年齢を知るのが怖いのでやってない。

しかしそれにしたって二十代には見えないと思うが。

女子高生からしたら二十代以上の男はみんなおっさんに見えるのかもしれない。


「単刀直入にいこう。俺は覚醒者であると同時に吸血鬼だ。君たちを魔法で眠らせた隙に吸血して、俺の眷属になってもらった」

「なっ⋯⋯!」


西園寺芳乃が絶句する。


「吸血によって、君たちの身体には吸血鬼にしか与えられない快楽が刻み込まれた。それが、眷属になるってことだ。君たちはその快楽に逆らえない。結果、俺のいいなりになるしかない」

「な、なんてことをしてくれたんですか!? ま、まさか、わたしたちが眠ってるあいだに他にも⋯⋯」


慌てて自分の身体を確かめ始める芳乃に、


「いや、血を吸った以外には何もしてないよ。西園寺さんも千南さんも処女のままだから安心していい」

「し、処女って⋯⋯どうしてそんなことを!?」

「吸血鬼には匂いでわかるんだ。美女かそうでないか、処女かそうでないかがね。われながら変態っぽいとは思うけど、俺も自分で望んで吸血鬼になったわけじゃない。君たちだって覚醒者なんだからわかるだろ?」


俺の言葉に、三人が黙り込む。

その視線はしばし宙を舞うが、すぐに俺へと戻ってくる。俺に蕩然とした視線を注いだかと思うと、はっと我に返って視線を引き剥がすが、しばらくするとまた戻ってくる。

どうやら三人は俺に抗いがたい魅力を感じてるらしい。


「ふぅん。はじめて使ったけど、すごいもんだな。俺は人生でモテたことなんてないから、女性からこんな熱い目を向けられるのもはじめてだ」

「あ、あなたがモテないなんて嘘でしょう?」


と、北条先生。


「いや、そんな無理筋なお世辞は言わなくていいよ、先生」

「お世辞ではなく⋯⋯こんな経験ははじめてです⋯⋯」


顔を真っ赤に染め、北条真那がうつむくが、すぐに視線を上げ、ちらちらと俺の顔を見つめてくる。まるで、俺が魅力的すぎて正視できないが、見ずにもいられないって感じだ。

俺が電車の向かい側の席でスカートがめくれかけてる美人をチラ見するような感じである。男のチラ見、女のガン見、とはよく言ったもんだ。実際、見られる側になるとはっきりわかるな。


日焼けした槍投げ少女・千南ちなみ咲希さきが、悔しげに歯を食いしばり、しかし蕩けた目を俺に向けて、怒鳴るように言った。


「卑怯者っ⋯⋯! 魔法で女の子を眠らせてこんなことをするなんて信じられない!」

「悪いとは思うが、こっちも必死でな。そっちだって、柊木瑠璃の命令を受けて、俺を殺そうと待ち受けてたんだろ? ここにいる三人の覚醒者を中心に、残りの一般生徒にも弓だの槍だの金属バットだのを持たせてるな?」

「そ、それは⋯⋯っ! 柊木先生に逆らえなくてしかたなく⋯⋯」

「その柊木瑠璃の支配だが⋯⋯今はどうだ? 今でもまだ、絶対に逆らえないと感じるか?」

「そんなの、逆らえないに決まって⋯⋯え、そんな。たしかに怖いけど⋯⋯絶対に逆らえないって感じじゃない? っていうか、ここまで来たら命令なんかに従わず逃げちゃえばいいだけじゃん。それで外から助けを呼べばいい。なんでわたしこんなことに気づかなかったわけ?」


千南咲希が困惑した顔でそう言った。


「だろ? 柊木瑠璃の固有スキル『支配の教壇』は、己を上位者と仰ぐ者に対するすべての心理学的効果を5倍にするというものだ。おまえらは、柊木瑠璃によって悪質な洗脳を受けてたんだ。カルト宗教と同じような⋯⋯いや、それを強力にしたようなやつをな」


俺の言葉に、三人が息を呑んだ。


「た、たしかに、もともと怖い先生だとは思ってたけど、隕石が落ちてからはそれがいっそう酷くなった気がする。覚醒者として強い力を持ってるから怖いんだとばかり⋯⋯」

「実際覚醒者としても柊木瑠璃は強いよ。だが、奴が危険なのは他人を支配する手管を知り尽くしてて、それを使うのに躊躇もしないってことだ。セフィロト女子が孤立したのをいいことに、学園を自分の王国にしようとしてる。いや、それはあくまでも地固めで、柊木瑠璃はもっととんでもないことを狙ってるのかも知れない⋯⋯」

「とんでもないこと、というのは?」


北条真那が聞いてくる。


「独裁者は常に自分の地位が脅かされてると感じてるもんだ。独裁者は、自分以外の支配者が誰一人としていなくなるまで止まることができない。セフィロト女子を固め終えたら、柊木瑠璃は次のステップに進むだろう。今はこんな状況だ、どういった人間や組織が実効性のある力を持ってるかわからないが、国や軍の掌握を狙うんじゃないか? それとも、他の覚醒者の集団を従えていくか」

「そ、そんな!」

「当然、セフィロト女子の教師や生徒はそのための尖兵にされる。戦いの最前線に立たされるってことだ」

「⋯⋯そのために、柊木先生は覚醒者を増やそうとしてたんですね」


納得したように、西園寺芳乃がつぶやく。


「何か知ってるのか?」

「みんな知ってることです。柊木先生は、覚醒していない一般生徒をモンスターと戦わせたり、食料を与えないなどして極限状況に置いたり、酷い時には、一般生徒同士で殺し合いをさせたりしてるんです⋯⋯」

「生徒同士に殺し合いを⋯⋯」


これにはさすがに俺も眉をひそめる。


「ちなみに、それで覚醒者は出てきたのか?」

「いえ、今のところは⋯⋯。初期にはモンスターと遭遇した生徒が覚醒したこともあったのですが、人工的に同じ状況を作ってもダメなのでしょう。あるいは、覚醒の素質のあるなしが最初から決まっていて、素質のある人は既に覚醒済みなのかもしれません」

「セフィロト女子には覚醒者はどのくらいいるんだ?」

「三十人ほどです」

「けっこういるな⋯⋯」

「千人すこしの中で三十人ですから、多いのかどうか。南浅生に隕石が落ちたとき、同時にセフィロト女子の校内にも小さい隕石が落ちたんです。そこからモンスターが湧いて、戦闘になって⋯⋯犠牲者がたくさん出ましたが、わたしたちを含む覚醒者がなんとかモンスターを倒しました。隕石は、力を使い果たしたのか、砂となって消え去りました」

「そうか⋯⋯」


沈んだ顔で言う西園寺芳乃に、俺も暗い声でそう言った。


《亥ノ上直毅は、聞き逃せない情報があることに気づいた。西園寺芳乃は、墜落した隕石の実物を見た、ということになるのだ。》


「天の声」の指摘に、俺は目を見開いた。


「ちょっと待て。隕石を見たのか!?」

「は、はい⋯⋯。暗い紫色の直方体です。セフィロトに落ちたのは一辺が1メートルくらいのものでした。落下の衝撃はすさまじかったはずだと思うのですが、傷一つありませんでした。南浅生に落ちた隕石は、遠くからの観察ですが、一辺が20メートルはあるようです」

「20かける20かける20ってことか?」

「はい。ちょっとしたビルくらいの体積だということです。その隕石にも傷は見当たらないということですが、落下の衝撃で南浅生の中心街は壊滅しました⋯⋯」

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