19 隕石、モンスター、アイテム
北条
「隕石が紫色の直方体だなんて情報は初めて聞いたな」
「その情報はどこかに伝えなかったのか? 警察に直接言ってもいいし、ネットでシェアしたっていいはずだ。隕石やモンスターについては圧倒的に情報が足りないから、警戒を促す役には立つはずだよな?」
俺の疑問には教師の北条真那が答える。
「柊木先生が
「資源?」
俺が北条真那の目を見て問い返すと、彼女は頬を赤らめ、目を伏せておずおずと答えた。
「は、はい。隕石からはモンスターが湧きます。まれに倒れたモンスターが⋯⋯アイテムっていうんですか、武器防具や道具を落とすことがあります。覚醒者がモンスターの落としたアイテムを装備すると戦闘力が段違いに上がります」
「やっぱりモンスターはアイテムを落とすのか。でも、おまえたちは持ってないな?」
「わたしたちは⋯⋯その、柊木先生に疎まれてるようでして。危険人物⋯⋯あ、すみません、亥ノ上さんにアイテムを渡さないためにも、わたしたちにはアイテムを持たせなかったんだと思います。亥ノ上さんはアイテムを装備してなかったから大丈夫だと言ってましたが、今思えば詭弁ですね。亥ノ上さんが持ってないならなおさら、アイテムがあれば有利に戦えるということですから」
「ふぅん⋯⋯。三人⋯⋯いや、他の生徒たちも、柊木瑠璃に反抗的だったってことか?」
「反抗的というほどではないと思いますが⋯⋯。ただ、他の教師や生徒が柊木瑠璃の熱狂的なシンパだったのに比べれば、温度が低いと言いますか、柊木先生が怖いから従ってるだけだと思われていたのでしょうね」
「ちょっと待ってください。わたしたち三人と、他の生徒はまた違うと思います」
北条真那の説明に、西園寺芳乃が異議を唱える。
「覚醒者でない他の生徒は、わたしたちよりは柊木先生寄りのはずです。何人かは先生の隠れシンパだったと思います」
「えっ、そうなの?」
北条真那が驚き、西園寺を見る。
「シンパにも二種類あって、はっきりシンパだとわかる人たちと、シンパであることを隠してる人たちがいるんです。柊木先生は後者の人たちを忠誠の疑わしい人に近づかせ、本音を探らせていたんだと思います」
「密告者ってわけか」
「支配の教壇」だけでも十分以上に強力だってのに、なんとも周到で用心深いことだ。独裁者というものは実は病的なほどに臆病だと聞いたことがあるが、柊木瑠璃もその例に漏れないのかもしれない。
「で、ここにいる残りの生徒にも密告者が混じってる、と。だが、三人は覚醒者だ。仮に残りの十人が全員クロだとしても、三人だけでどうにかできるだろ。抑止力にはならないんじゃないか?」
首をかしげる俺に、千南咲希が言った。
「戦って勝つか負けるか、あるいは逃げることができるか、って意味ならあんた⋯⋯えっと、亥ノ上さんの言う通りでしょうね」
最初は反発していた千南咲希は、俺と目が合ったところで口調を改め、そう答える。
「話しやすいように話してくれていいぞ。べつに俺は教師でもなければ先輩でもない。人生の先達としてもべつに立派な存在じゃない」
「そ、そんなことないと思うけど⋯⋯わかったわ。ふつうにしゃべる」
なにやら抵抗のある様子で、千南咲希がうなずいた。
三人は最初、いきなり眷属化されたことに怒り狂っていたが、俺と話すうちに、その怒りは徐々に力を失っているようだ。
これはあきらかに異常である。睡眠魔法で眠らされ、そのあいだに血を吸われて眷属にされたってのは、怒り狂って当然の事態だし、ちょっと話したくらいでその怒りが解けるはずもない。実際三人だって、客観的に見て俺のしたことが許されるべきではないとわかっているはずなのだが、それでも、俺の顔を見ると赤面し、俺に言葉をかけられると身を震わせているようだ。最初はなんでもじもじしてるんだろうと思った俺だったが、どうも彼女たちが俺の声でエクスタシーを感じてるらしいことに、遅まきながら気づいていた。⋯⋯女性がイってるとこなんて生で見たことなかったからわからなかったんだよ。
ともあれ、理不尽な快楽に揺さぶられながら、千南咲希が話を続ける。
「たしかに戦力だけで言ったら、ここにいる覚醒者三人のほうが残りを合わせたより強いよ。でも、あたしたちだって互いに疑心暗鬼だったんだ。西園寺先輩は、当然あたしが柊木先生のスパイなんじゃないかって疑ってたと思う」
「そうなのか?」
俺が西園寺に話を振ると、
「⋯⋯はい。ごめんなさい、疑ってました」
「謝ることはないですよ。あたしだって疑ってました」
「そ、そんなことになってたの⋯⋯」
北条真那は、二人が疑心暗鬼だったことに驚いたようだ。
「先生から見るとわかんないかもですね。普段だって、生徒同士で仲がいいとか悪いとか、先生にわかるようにはしないもんですし。今となってはなおさらです」
「北条先生はこういう人ですので、もし仮に他の生徒と敵対したとしても、殺してでも生き残る、というふうには考えないんじゃないでしょうか?」
西園寺芳乃が苦笑して言う。
「それは買いかぶりすぎだと思うけど⋯⋯。そう言ってもらえるのは嬉しいわ、西園寺さん。でも、思い切りよく生徒を⋯⋯その、殺せるかって言われれば、やっぱり無理よね。西園寺さんと千南さんに、他の生徒を見限って味方についてくれって言われたとしても、ちゃんと判断できたかどうか⋯⋯」
「そこが北条先生のいいとこなんだけどね」
迷いを見せる北条真那に、千南咲希も苦笑いを浮かべた。
「北条先生はずいぶん慕われてるんだな。担任の先生ってわけじゃないんだろ?」
「あたしは一年で、西園寺先輩は三年、先生は二年ケセド組の担任だから違うね」
「なんだそのケセドってのは」
「あ、外部の人は知らないか。神秘思想のカバラってわかる? セフィロトとか、生命の樹とか⋯⋯身近なところではタロットカードとか」
「ああ、ゲームとか漫画とかでならわかるけど。ひょっとして、A組とか二組とかの代わりにセフィロトを使ってるのか?」
「正確にはセフィラだね。生命の樹全体がセフィロトで、それを構成するのが十個のセフィラ」
「独特だな」
母親もセフィロト女子の卒業生だから知ってるはずだが、青春時代の話なんてまともに聞いたことがないからな。
って、母親を対岸に残したままでだいぶ時間をかけてしまってるな。この三人との会話は有益だし、眷属にした以上精神的にも味方になってもらう必要がある。母さんには悪いけどもうすこし待っててもらうしかない。
「話戻すけど、北条先生は実際生徒たちに慕われてるよ。親身になってくれるけど、大事なところでは一線を引いて、ちゃんと教師としての役割を果たそうとしてくれるっていうか⋯⋯まあ、責任感が強いんだね」
「そ、そうかしら⋯⋯」
「逆に言えば冷酷にはなれない先生だということです。利害や自分の身の安全を第一に動く他の先生でしたら、かえって共闘できたのかもしれません。もっとも、わたしも千南さんも柊木先生には心の奥底からの恐怖を覚えていましたから、亥ノ上さんがいなければこうして落ち着いて考えることもできなかったでしょう」
さすが性格特性に「現実主義」や「諦念」があるだけあって、西園寺芳乃が実にドライにそう言った。
「柊木瑠璃はそういう相性まで考慮した上でこのメンバーをここの守りに当てたんだな」
「そうだと思います。ただ、柊木先生のつもりとしては、この場所は優先順位が低い様子でした。
「要するに、重要じゃない地点に念のためで捨て駒を配置したってことか」
「身も蓋もなく言えばそういうことです」
話せば話すほどに、三人の中で柊木瑠璃の評価が下がっていくようだった。
実際に柊木瑠璃が冷酷な支配を行なっていることは事実だが、それは前からわかっていたことだろう。
もちろん、眷属化で柊木瑠璃の心理学的支配を抜け出したから頭が回り出したということもあると思う。だがそれ以上に三人は「主人」となった俺に対して強い好感を抱くようになっているようだ。眠っているあいだに与えられた吸血の快楽と目の前にいる俺が無意識に結び付けられて、俺を見るだけで快楽の予感に打ち震える、というような。
彼女たちは、俺に対する快楽を伴う好感を手放したくない。だが、俺は自分たちを勝手に眷属にした悪しきヴァンパイアである。その激しく対立する葛藤を合理化するために、彼女たちは「柊木瑠璃=悪」という図式を強化しようとしているのではないか。柊木瑠璃が悪ならば、その柊木瑠璃の支配から自分たちを救ってくれた俺は正義である。すくなくとも、柊木瑠璃よりはまだマシな必要悪だと言えるようになる。俺には俺の事情があったことは理解できるし、手段はともあれ大悪人である柊木瑠璃から自分たちを救ってくれた恩人でもある。ならば巨悪の前に小悪を赦してもいいのではないか。そして小悪を赦していいのであれば、小悪ですらなくなった「主人」を愛してもいいのではないか。
おそらくはそんな複雑な心理プロセスを経て、彼女たちの心の中で「柊木瑠璃殺し」が進行し、同時に主人となった男への忠誠心が確立されつつあるーー
《亥ノ上直毅の「人間洞察」の強度がⅣになった。》
《亥ノ上直毅の「誘惑」の強度がⅡになった。》
「ということは、他の橋にはアイテム持ちの覚醒者が張ってたってことか。アイテムはどのくらい確保してたんだ?」
俺の質問には北条真那が答えた。
「まだ五、六個だったと思います。柊木先生が隠していなければ、ですが」
「それでもモンスターとの戦闘とアイテムの回収は他の覚醒者にもさせているんですから、そんなに隠せるものとは思えません。多くてもせいぜい十個程度ではないでしょうか」
「柊木先生が他の覚醒者にそんなに強いアイテムを渡すとは思えないよね。強いアイテムは自分が使うかどこかに隠すかして、自分の脅威にならないアイテムだけを渡してると思う」
北条真那の自信なさげな言葉を生徒二人が補足する。
「どんなアイテムがあったんだ?」
「ゴブリンって言うんだっけ、あの赤い子鬼が使ってた剣や短剣が二、三個あったのと⋯⋯」
「弓が一つあるそうです。弓道部員の覚醒者が持たされてました。柊木先生が持っている日本刀もアイテムだったはずです。『
千南と西園寺の話には、それぞれつっこみどころがあった。
「千南さん。剣や短剣っていうのはゴブリンが装備してるやつのことだよな? ゴブリン・スカウトやゴブリン・ソルジャーが持ってる⋯⋯」
「その、スカウトやソルジャーっていうのは?」
「ああ、そうか。柊木瑠璃は『インスペクト』が使えることを隠してるんだな」
西園寺が日本刀のネーミングに疑問を抱いてたのも同じ理由だ。
「『インスペクト』、ですか?」
「そういう魔法があるんだ。別次元に流れる情報のフローを読み取るとかなんとか。俺も使えるし、柊木瑠璃も使える。人間やモンスターのステータスを読んだり、アイテムを鑑定したりできる」
「そんな、ゲームみたいな⋯⋯」
西園寺が呆れたような声を漏らす。良家のお嬢様風の西園寺にそんな知識があったのは意外だな。
「俺もそう思うけどな。俺が柊木瑠璃の固有スキルの効果を知ってたのはそのせいだ。あとである程度は教えるよ」
「柊木先生はそんな重要な情報まで隠していたんですね。自衛隊の救援を断ったのも情報を独占するためと考えればわかります」
北条先生が暗い声で言った。
「救援を断ったって? ていうかそんなの学園側で断ったりできるものなのか?」
「今は状況が状況ですし、助けられる側が救援は必要ないと言うのなら、政府側としては後回しにするはずです。嘘か真か、セフィロト女子は各界に人材を送り込んでいるので多少のことはなんとかなる⋯⋯なんて話も聞きますね。平成の市町村合併で南浅生町があすか市に呑まれずに済んだのはそのせいだとか⋯⋯」
「さすがにそれは眉唾なんじゃないか?」
「いえ、それが、セフィロト女子のOGで構成される秘密結社があるのは本当のようです」
「マジか」
それは驚きだが、さすがに今の状況と関係あるはずがないので、やっぱり変な学校なんだなという認識を強めるだけの話だな。
「ええと、アイテムの話が途中だったか。ゴブリンの剣や短剣があるってことだが、あいつらの装備を回収するのは難しくないだろ。もうちょっと本数があってもよさそうなもんだが」
「難しくない、ですか? でも、ゴブリンが装備しているアイテムはゴブリンが死ぬとすぐに消えてしまいますよね?」
「えっ、そんなことないだろ」
俺はゴブリンたちの装備してた剣と短剣をアイテムボックスに回収している。
「その、落ちた装備品を回収しようにも、異様に重くて回収できないことが多いです。柊木先生は『適性があるのだろう』と言ってました」
「たしかに武器適性のないアイテムは異様に重く感じるな。でも、拾えないほどじゃなかったけどなぁ」
ゴブリン・ソルジャーが落とした剣は、武器適性「剣」のない俺には重かったが、拾って母親に手渡すことはできていた。
《亥ノ上直毅は、性格特性「妄想」「現実主義」「直感」及び魔法適性「次元」の効果により、モンスターの装備品の回収についての情報の食い違いに整合性のある答えを思いついた。武器適性が完全にゼロの場合と、発現はしていないが発現の見込みがある場合とでは、適性のないアイテムの所持に関する制限が違うのだろう。》
「ああ、なるほどな」
「えっ、なるほどとは?」
「⋯⋯すまん、独り言だ。武器適性に関しちゃわからないことも多いが、ひとつわかってるのはモンスターとの戦いやそれ以外の場面での行動で性格特性が増えると武器適性も増えることがあるってことだ。武器適性がまだ発現してはいないものの⋯⋯なんていうか、経験値のようなものがある程度溜まってる状態だと、アイテムを拾うくらいはできるのかもな」
北条真那には武器適性「短剣」が、千南咲希には「投擲」があるから、俺がアイテムボックスに入れてるゴブリンの短剣を持たせてもいい。短剣は二本しかないので、そうすると俺の分がなくなってしまうのだが、俺は魔法も使えるし、柊木瑠璃から奪った拳銃もある。拳銃は「射撃」の適性がある西園寺に持たせるのも意外性があっていいかもしれない。
ともあれ、柊木瑠璃率いるセフィロトの覚醒者たちが思ったほどアイテムを回収できていなさそうとわかったのはよかった。
俺が得た情報を一人咀嚼していると、北条真那が緊張した面持ちで口を開く。
「⋯⋯あの。亥ノ上さんはやはり柊木先生とことを構えるつもりなのでしょうか?」
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