25 リザードマン殲滅戦
「じゃあ、ベルベットは監視者を頼む。くれぐれも殺さないようにな」
「あいわかった。殺さなければよいのだな?」
「……あとでしこりが残るようなことはやめてくれよ。無力化すればいいんだからな?」
「マスターは妾をなんだと思っておるのじゃ。わかっておる、マスターの不利益となるような真似などせんよ」
俺のしつこい念押しに、ベルベットが少し辟易したように手を振った。
言ったことは通じてるはずだし、これ以上念を押すと「絶対に殺すなよ! 絶対にだぞ!?」というフリのような形になってしまう。コント的な忖度をされた結果セフィロトの生徒・教師が全滅しました、ではシャレにもならない。
まあ、十人もの生贄を捧げて喚び出した悪魔なんだから、圧倒的な力でねじ伏せてくれると信じよう。
俺たちは「アブセントスフィア」を使ったまま鉄橋の入口へと近づいた。
俺が地面に「ファイヤーボール」と「アイシクルレイン」の魔法陣を苦労して刻むのを尻目に、ベルベットは赤いドレスが濡れるのもいとわずに、セフィロト側監視員のアジトであるアパートのほうへ実にゆったりとした様子で歩いていった。
「くそっ、雨さえ降ってなければな……」
俺はというと、アイテムボックスから取り出したスコップでコンクリートの路面を削って複雑な魔法陣を描いている。魔法陣を描く媒体はなんでもよく、晴れていればチョークやマーカーで十分だった。だが、今は台風の風雨があり、しかも冠水した鉄橋から河水がこっちにも流れてくる。このあたりの水深はくるぶし程度だ。この状況で地面に魔法陣を描くにはこうでもするしか方法がない。
河水の溢れる鉄橋、というのは、戦いには明らかに不向きな状況だが、それはおそらくお互い様だ。
今回は俺が最初に盛大に魔法攻撃を行うので、冠水でリザードマンの足が遅くなるのはこちらに有利な条件だ。
もっとも、リザードマンの卵を破壊するには鉄橋のほうへ行かざるを得ず、卵の孵化を阻止するのは難しい。状況次第では、卵の破壊を諦め、孵化させてから魔法で仕留めるほうがやりやすいかもしれない。ただ、「天の声」のオススメは卵の破壊だったので、卵を孵化させるのにはなんらかの危険が潜んでいる可能性はある。パッと思いつくのは、卵から生まれたリザードマンのほうが強いとかだな。
リザードマンたちは、俺たちの存在に気づく様子もなく、ただ漫然と濁流の洗う鉄橋の上で周囲をきょろきょろと見回している。
ここまで近づくと、リザードマンの全身が青い鱗に覆われていて、顔が爬虫類そのものだってこともわかる。
ゲームなんかで「リザードマン」というと、モンスター寄りの場合と亜人寄りの場合があるが、このリザードマンはモンスター寄りだ。さらに、モンスター寄りの「リザードマン」の中でも、ドラゴンの血を引くタイプと、半水棲の爬虫類タイプがあると思うが、このリザードマンは後者のほうだろう。つまり、これといった背景設定のないモブ雑魚タイプのリザードマンだ。
それにしても、このリザードマンたちは一体どこから現れたのか?
現在のところこの近辺でモンスターが出現しているのは
考えられるのは、やはり天通川の氾濫がらみという可能性だ。
天通ダムの貯水量が限界を超えて放流が行われた背景には、おそらく天通ダム近辺に落ちた隕石やそこから現れたモンスターが関係している。
そのダムから放流された水に乗って、モンスターの卵が下流に運ばれ、この鉄橋で孵化したのだ。
「ふぅ……これでいいな」
二つの魔法陣をなんとか描き終えた俺は、「天の声」の作戦を思い出し、母親、真那、芳乃、咲希に「ソリッドバリア」をかける。一度だけ物理攻撃を防ぐ魔法だが、重ねがけはできないので、あくまでも最悪の場合の保険である。そのことは四人にも念を押す。
「最初に俺が妨害魔法をかける。次に、魔法陣を起動して『ファイヤーボール』と『アイシクルレイン』を撃つ。そのタイミングで、母さんは『アイシクルレイン』を、芳乃は『サンドストーム』を、咲希は『ウィンドスラスト』を使ってほしい」
俺の説明に、芳乃と咲希がうなずいた。
「あの、わたしは……?」
「真那は攻撃魔法が使えないからな。後ろに控えて、負傷者が出たら『エリアヒール』を。あ、そうだ、最初に母さんに『ソフトバッファ』をかけてくれ」
「はい。『ソフトバッファ』」
真那が唱えると、母親の身体が淡いクリーム色の光に包まれた。この魔法の効果で、母親が敵から受ける物理ダメージが軽減される。俺の「ソリッドバリア」は物理攻撃を完全に防ぐがその効果は一回だけだ。母親には盾があるとはいえ、いざという時に攻撃が集中するのは母親だ。
「直毅さんや西園寺さんたちにはかけなくていいんですか?」
「ああ。『エリアヒール』は魔力を大きく使うから、それ以外の消費は少なくしたい」
俺も同じ疑問を抱いて事前にこっそり「天の声」で確認している。
「最初の魔法攻撃が終わったら、芳乃は弓、咲希は投槍だ。リザードマンは硬いと思うから、どちらかといえば足留めが狙いだな。咲希の『ペネトレイトスロー』なら貫ける可能性があるから、狙えそうならやってくれ。ただ、くれぐれも無理はしないように」
「わかりました」
「わかったよ」
芳乃と咲希がうなずいた。
「……わたしは?」
そう聞いてきたのは母親だ。
そういえば、母親の行動については「天の声」の指定がなかった。
「そうだな……基本的には、リザードマンが近づいてきたら他の人をかばうつもりでいてくれ。状況を見て魔法で攻撃してもいい」
忘れかけていたが、母親の性格特性には「節約」があって、魔力の消費が少なくなるはずだ。他の三人ほど魔力切れを心配する必要はないだろう。
「ベルベットが位置についたら作戦開始だ」
俺は土手沿いに目を走らせ、柊木瑠璃の手勢のいるアパートに目をやった。
そのアパートの前で、赤いドレスの悪魔が手を振っている。
俺が手を振り返すと、ベルベットはアパートの階段へと消えていった。
「よし、行くぞ!」
初手は、俺の「デバフクラウド」だ。
「魔法融合」により「イノセントクラウド」「スリープクラウド」「ポイズンクラウド」「デスクラウド」「スロウクラウド」「アンガークラウド」「ブラインドクラウド」「デプレッションクラウド」「ヘイトレッドクラウド」「オーバーサスピシャス」「サイレントクラウド」「ドレインクラウド」を合成した作った魔法は、敵の思考を鈍らせ、強い眠気を引き起こし、毒を与え、長くその場に留まると死亡する大気を作り出し、敵の時間感覚を狂わせて動作を鈍くし、敵に理由のない怒りを生じさせ、視神経を阻害して視野を狭くし、極端に精神を落ち込ませ、他人への憎悪を増幅し、疑心暗鬼に陥らせ、範囲内で発生した物音を吸収し、ついでに生命力と魔力を吸い取り俺へと還元する。
要するに、悪意の塊のような超デバフ魔法である。
リザードマンは若干散らばっているので俺は「デバフクラウド」を合計3発撃ってすべてのリザードマンを薄紫の歪みの中に取り込んだ。
次に俺は、足元に描いた魔法陣を二つ連続で踏み抜いた。
詠唱することなく、「ファイヤーボール」と「アイシクルレイン」が発動、雨で煙る鉄橋の奥へと飛んでいく。
デバフの嵐で絶叫したりうずくまったり味方に斬りかかったりしていたリザードマンに、火球が直撃して爆発し、無数の氷の砕片が突き刺さる。
さらに、
「『アイシクルレイン』」
「『サンドストーム』!」
「『ウィンドスラスト』!」
母親の放った氷のつぶての雨が、芳乃の放った砂嵐が、咲希の放った風の刃がリザードマンたちに襲いかかる。
――グギャアアア!
――グゲアアア!?
阿鼻叫喚。
だが、まだ倒しきれたリザードマンはいないようだ。
一部のリザードマンは混乱から立ち直り、攻撃の飛んできた方――すなわちこっちに向かって殺到する。
「ひっ……」
後ろで真那が息を呑む声が聞こえた。
怒りに顔を赤く染め、憎悪を剥き出しに襲いかかってくるリザードマンは恐ろしい。
モブ雑魚タイプのリザードマンと言ったが、敵意を持った異質な生物が襲ってくるというだけも、人間は冷静さを失うものだ。
だが、俺は向かってくるリザードマンを見ても、あまり心が動かなかった。
このままでは危険だな、とは思っても、恐怖にすくみ上ったり、焦りのあまり正気を失ったりはしない。
しごく冷静に、次の手順へと進むだけだ。
「次は『詠唱破棄』だったな」
俺は技「詠唱破棄」を使って、「アイシクルレイン」を無詠唱で比較的固まってるリザードマン数体に向かって解き放つ。
リザードマンは突如飛来する氷のつぶてに、顔を押さえて悲鳴を上げる。
「ダメージが微妙か?」
リザードマンは全身を青い鱗に覆われている。
今の「アイシクルレイン」も目や鼻を除いてはあまりダメージを与えてないようだ。
だが、広い範囲に尖った氷のつぶてを撒き散らす「アイシクルレイン」は足止めにはうってつけだ。
顔を押さえて悶えるリザードマンに、
「『ペネトレイトスロー』!」
咲希が放った投槍が襲いかかる。
投槍は途中でホップするように速度を増し、リザードマンの胸を貫いた。
咲希は陸上部で槍投げを専門にしてるそうで、技を抜きにしてもその投擲は堂に入っている。
同時に芳乃も弓を放っているが、リザードマンの鱗に阻まれダメージを与えていなかった。
俺は無詠唱で今度は「ダークファング」を放つ。
凝固した巨大な闇の牙が一体のリザードマンの眼前に現れ、その頭を噛み砕く。
リザードマンは悲鳴を上げることもできず、その上体を血肉に変えて鉄橋に倒れた。
俺はさらに別のリザードマンに「ダークファング」を放ったが、闇の牙が現れるまでのあいだに、標的のリザードマンは牙の脇をすり抜けた。
「強力だが、発動が遅いか」
しかたないのでそのリザードマンには「アイシクルレイン」を撃って足止めする。
足が止まったリザードマンには、母親が放った「ファイヤーボール」が命中した。
爆炎に呑まれ、リザードマンが上半身を焦げさせながら鉄橋の上を転がっていく。
……母さんはよくあのわずかな隙に「ファイヤーボール」をねじ込めたもんだな。不死者は反射神経も上がるのか?
そう考えるあいだにも俺は無詠唱で「アイシクルレイン」と「ダークファング」を交互に使う。
「アイシクルレイン」で動きを止めたリザードマンに咲希の投槍が再び刺さって一体。
芳乃の「精密射撃」で目を射抜かれ悶えていたリザードマンの頭を「ダークファング」が噛み砕いてさらに一体。
その後ろから迫ってくるリザードマンに俺が手グセで放った「アイシクルレイン」は、そのリザードマンが掲げる大きな盾に防がれた。
「おっと、リザードマン・ガーダーか」
リザードマンの鱗を寄せ集めたような青いいびつな盾を構え、ガーダーはアメフト選手のように突進してくる。
その背後にぴたりとついたリザードマン・ハープナーが、手にした銛を振りかぶった。
その瞬間ガーダーがスッと体勢を低くする。
同時に、ハープナーが振りかぶった銛を投擲する!
風を裂き、雨を割って飛来した銛は、先頭にいる俺を狙ったものだ。
一瞬避けようかと思ったが、周辺視野からの情報で、その必要がないことを俺は悟る。
俺の前に母親が割り込み、フライパンで銛を外に弾く。
衝撃で母親の手からフライパンがすっ飛び、橋の柵を越えて濁流の中に消えていく。
銛のほうは、角度を変えて斜めに飛び、鉄橋の柱に激突した。
「咲希っ! 拾え!」
俺が振り返らずに声をかけるあいだに、ガーダーは母親の目前に迫っていた。
母親は腰に吊っていた予備のフライパンを構え、「シールドバッシュ」。
ガーダーの動きが一瞬止まる。
母親はフライパンを投げ捨てると、空いた左手でガーダーのもつ鱗の盾を押し下げる。そして、姿勢を崩したガーダーの喉笛を、右手に持ったゴブリンの短剣でかっさばいた。
鮮血の噴き出す喉を押さえ、声もなく地面をのたうちまわるガーダー。
その背後にいたリザードマン・ハープナーには、いきなり飛んできた銛が突き刺さる。いや、貫通する。咲希が拾い、「ペネトレイト・スロー」で貫通力を増して投げつけた彼自身の銛が、ハープナーの胴を突き破ったのだ。
母親はガーダーの装備していた鱗の盾を左手に構え、残るリザードマンに油断のない(ただしうつろな)目を向ける。
ここまでに倒したリザードマンの数は7体。
リザードマンは残り4体で、その内訳はリザードマン・ハープナー1、リザードマン・ソードファイター1、リザードマン・ランサーが1、そしてリザードマン・サモナーが1である。サモナーのそばには例の憑霊生物:イソギンチャクも控えてる。
リザードマンたちはやみくもな突撃をやめ、ソードファイターとランサーを前衛にしてじわじわと距離を詰めてくる。
《亥ノ上直毅は、リザードマンたちの背後でリザードマンの卵が孵化しかけていることに気がついた。前衛のリザードマンたちは孵化の時間を稼ごうとしているのだろう。》
「ちっ!」
俺は「天の声」の忠告に舌打ちした。
なかなか小賢しいことを考えるものだ。
「母さん、敵前衛を抑えて! 咲希と芳乃はその援護!」
俺は返事を待たず、無詠唱で前衛に「ダークフォグ」をかける。
黒い霧が前衛の視界を塞いだところで、吸血鬼としての身体能力を生かし、一気にその側面を迂回、前衛の背後にいるサモナーとイソギンチャクに迫ろうとする。
だが、それは悪手だった。
黒い霧を回り込んだ俺の眼前に、尖った鉛色の「点」が現れる。
それは、リザードマン・ハープナーの最後の一体が投げ放った銛だった。
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