第16話 決着☆そして乱入
二週目は再び黒子がリードした展開となる。しかし、ミニスターはその安定した操縦で徐々に差を詰めていった。そして三週目に入る直前に蓄えていたアイテムを複数同時に使用した。それはすなわち、遠距離用のデブリ破壊ミサイルを使用し、破壊光線を使って小型のデブリを消滅させ、加速ブースターを使って速度を三倍にして、デブリ衝突を無効化するバリアを使う、と言った戦法だった。
複数のタスクを同時にこなすのは人間には不可能だろう。AIならではの荒業で黒子を一気に抜き去り、そして十分なアドバンテージを得た。そしてその後も1~2週目で得たポイントでアイテムを消費しつつ黒子との差を広げていく。
それに対して黒子は、まだ余裕しゃくしゃくと言った表情でのほほんと構えている。そして彼女はまだ獲得ポイントでアイテムを一切消費していない。
「黒子ちゃん。差が開いてる。負けないで! 最後まで走り続けて!」
羽里の悲痛な叫びはどこかの著作権に引っかかりそうだ。しかし、香織は羽里の肩に手を乗せ、羽里に言い聞かせた。
「そろそろ出るぞ。必殺技だ」
「え? さっきのとっちゃん坊やの技を使うの?」
「違う」
その瞬間、黒子の赤いポッドレーサーは減速した。加速ではなく減速したのだ。
「え? 嘘? 速度落としちゃった。差が開くばっかりじゃん」
「いや、これでいいんだ」
黒子の行動を肯定している香織。その言葉に納得がいかない羽里だったがすぐに腰を抜かしてしまう。
「嘘でしょ?」
黒子は密集したデブリ地帯へと容赦なく突っ込んでいったのだ。その姿は白バイ隊員がぐりぐりとスラローム走行をするかのような、勢いに乗った見事な旋回を連続的にこなすものだった。黒子は減速した。しかし、通常ならもっと減速しなければ衝突してしまう、徐行しないと危険な、密集地帯を飛ぶには早すぎる速度だった。そんな場所を全力で飛行しショートカットする。黒子は一度見ただけでその的確なコース設定を直感的に把握していたのだ。
結果、四葉のクローバーの葉を一枚分ほどショートカットした黒子が圧倒的に有利となった。三周目もあと四分の一となった所で黒子は突然ポッドレーサーを停止させた。両手で口元を押さえつつ、転びそうになりながらタラップを降りてその場にうずくまる。
「気持ち悪い。トイレ何処……」
香織と羽里がすぐに駆けつけたものの、黒子はその場で嘔吐した。
「黒子さんは大丈夫でしょうか? すぐに医療用アンドロイドを呼びましょう」
トリニティが笑いながら指を鳴らす。本当に腹の底から笑っているようだ。周囲に映し出された宇宙空間の画像は消え、その場に医師と看護師のアンドロイドが駆け付けてきた。一緒に浮遊型のベッドもついてきていた。更に清掃用のバケツ型ドローンが三体転がりながら現場へと到着した。
吐いて気分が良くなったのか、黒子はベッドの上ですやすやと眠り始めた。そして掃除を始めたバケツ型ドローンに対して香織が制止を命じた。
「作業を中止しろ。床の掃除は羽里にやらせる。羽里、飲ませた奴が責任を取れ」
「あ。はーい。これは覚悟してました。それで黒子ちゃんの介抱は……」
「専門のアンドロイドに任せる。残念だったな、羽里」
残念そうに床掃除を始めた羽里。どうやら、黒子に酒を飲ませて介抱する時に何かしてやろうという魂胆だったらしい。その脇でドローンが不満そうに眼を点滅させていたので、香織は頷いてやった。すると彼らは嬉々として羽里の掃除を手伝い始めた。嘔吐物を掃除する人間とロボットの共同作業。これはシュールだが、それでいて微笑ましい光景だった。
「大変楽しい余興でした。あなた方に来ていただいて正解でしたね」
「まだ終わらせない。次は私の番よ!」
しゃしゃり出てきたのは淡いピンク色の毛皮が特徴の獣人ビアンカだった。香織の方を指さして宣言する。
「鬼の副長との勝負は私がもらうよ。トリプルDでの模擬戦が一番の希望だけど、それじゃあ卑怯。だから何で勝負するかはあなたに選ばせてあげる。ミニスター!」
「はい」
ビアンカに呼ばれて前に出てくるミニスター。訝しげにビアンカを見つめている。その表情から、日頃からビアンカの我がままにうんざりしている様子が見て取れる。
「此処で出来るゲームをランダムに五種表示しなさい。出来れば格ゲーを並べてちょうだいね」
「それも卑怯なのでは?」
「おだまり! さっさと並べる!」
「了解」
渋々と指示に従うミニスターだった。そして正面の空間に五つのゲームが表示された。
①スーパー数独チャンピオン
②エクセレントクロスワード日本語版
③テトラスクラシックオリジナルバージョン
④ぷよぽよおっぱいぽよんぽよん
⑤漢字検定一級に挑戦しよう!
「鬼の副長さん。さあ。コレから選ぶのよ……ってミニスター! 何これ? 格ゲーどころかパズル系とクイズ系じゃないの。私の苦手な奴ばっかり出さないでくれるかな?」
「ビアンカさんは私に一任されましたからね。問題ありません」
「ぐぬぬぬ」
悔しがるビアンカにすっとぼけるミニスター。そしてトリニティは笑いながら拍手をしていた。そして香織に選択を促す。
「さあ香織さん。どのゲームを選びますか?」
内心笑いを押さえられない香織だったが、それでも平静を装いつつ返事をする。
「⑤だ。漢字検定」
香織が答えた瞬間、ビアンカはその場で土下座をして床に額を擦り付けていた。
「私、漢字だけはダメなの。この勝負棄権させてください」
その姿を見て腹を抱えて笑っているトリニティとミニスターだった。香織もこらえきれず噴き出していた。
その時アラームが鳴り響いた。そして赤い警戒ランプが複数点滅を始めた。トリニティがミニスターに問う。
「どうしたミニスター」
「申し訳ありませんトリニティ様。機構軍に嗅ぎ付けられました。巡洋艦M・ラミアスが接近中です」
「近すぎないか?」
「はい。完璧に気配を消して接近されました。ステルスシールドを使用し、レーダーその他の索敵機能を全て停止させています。スーパーコメットの航跡をそのままトレースしたようです」
ミニスターの報告に頷いているトリニティ。しかし黙っている。
「ビューティーファイブの皆さんを人質にすることもできますが」
ミニスターの進言にトリニティは首を振る。
「戦っちゃう? 先制攻撃が決まれば楽勝だよ!」
ビアンカの進言にもトリニティは首を振る。
「私たちは海賊ではありませんし、戦争を望んでもいません。今回は……退散いたしましょうか」
「逃げるの?」
「ええ。また別の場所で楽しいイベントを開催すればいいのです。もう少し歓待したかったのですがこれまでですね。ビューティーファイブの皆さん。そして白竜のお二人。解放いたしますのですぐにここから離れてください」
香織と林檎が頷く。それに呼応して球形のドローンが二体現れて目を点滅させていた。
「その丸い奴があなた方の機体へと案内します。エネルギーは満タンに補充済み。簡易ではありますが点検も済ませてあります。さあ急いで」
トリニティの指示でドローンの眼が激しく点滅する。ついて来いと言う意味なのだろう。黒子が眠っているベッドを引っ張りながら香織と羽里はドローンの後に続く。白竜は別の場所にあるのか林檎たちは反対方向へと走っていった。
酔っぱらってぐにゃぐにゃになっている黒子をアースドラゴンの操縦席へと押し込む。付近にいたアンドロイドたちが手伝ってくれたので助かったが、意識のない人間がこんなにも重いのだと改めて実感した香織だった。
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