第10話 トリニティの庭よ。さようなら

「重かったな。黒子には少しダイエットさせなくてはいけないな」

「はあはあ。いえ。黒子ちゃんはこのぽにょぽにょ感が最高なんです。胸だけじゃない全身ぽにょが黒子ちゃんの長所なんです」


 それは個性だが長所と言ってよいのだろうか。

 香織は疑問に思う。自分であれば屈辱的な事だからだ。しかし、そのふくよかさが黒子の人気の一つであることも承知している。自分とは違う鷹揚な性格のこの娘は、やはりこのままで良いのだろうと香織は思うのだった。


 突然、メインモニターにミニスターの姿が浮かぶ。


「発進準備はよろしいでしょうか」

「大丈夫です」


 羽里が返事をした。

 ミニスターはそれに頷き続ける。


「ではゲートを開放します。スーパーコメット迄の誘導は必要ですか」

「不要です」

「了解しました。ではゲート解放します。香織さん、羽里さんありがとうございました。黒子さんにもよろしくお伝えください」

「分かった。伝えておく」


 ここは香織が返事をした。ミニスターは笑顔で手を振っている。


 スーパーコメットは既にトリニティの庭を離れて少し距離を置いていた。羽里の操作でアースドラゴンはスーパーコメットとの合体コースへと入っていく。


「こちらアースドラゴン。スーパーコメットとの合体コースへと入りました」

「了解した。操縦しているのは羽里か? 黒子はどうした?」


 不信に思ったのか義一郎が質問してくる。それには香織が返答した。


「中で少し気分が悪くなったようです。今、眠らせています」

「病気か? 大丈夫なのか?」

「問題ありません。詳細は戻ってから報告します」

「わかった」


 通信が切れた。

 羽里が器用に機体を操りアースドラゴンはスーパーコメットと合体する。トリニティの庭の格納庫とは違ってここは無重力であるため、黒子の扱いは楽なものだった。

 黒子を医務室のベッドに寝かせ、ブリッジへと入った香織と羽里。その時トリニティが隊長と通信を交わしていた。


「大変有意義な時間を過ごすことができました。ビューティーファイブの皆さんには厚く御礼申し上げます」


 恭しく礼をするピエロ姿のトリニティ。もう一人のピンク色の獣人ビアンカも礼をしているのだがどこか不満気だった。


「今度は格ゲーしようね!」


 そういって手を振っていた。格闘ゲームができなかったことが相当不満だったのであろう。


「本日は本当に楽しかった。私たちはここを引き払う事としました。またどこかで会いましょう。さようなら」

「さよなら!!」


 その途端、周囲を覆っていた不可視領域が解除されたようだ。


「レーダーが回復しました。周囲の光学映像も回復。天の川も確認できます」

 

 羽里の報告に頷く義一郎。そしてララを見つめて命令を下す。


「ララは医務室へ行き黒子を見てやれ。操舵は知子が担当しろ」

「了解」

「ウスノロノクセニキヲキカスンダナ」


 捨て台詞を残してブリッジから出ていくララだった。黒子の事を相当心配していたようだ。


 スーパーコメットはゆっくりとトリニティの庭から離れていく。そして向こう側でもトリニティの庭から離脱していく白竜を確認できた。


「こちらポッドレーサー白竜。ビューティーファイブの救助に感謝します」

「了解。電子書類を交付した。サインして返信して欲しい」

「分かりました」


 救助確認の書類だ。現在は電子書類での対応が普通になっているが、これらの書類管理も香織の仕事となっている。程なく返信が届き救助活動は完了した。


 その時、巡洋艦M・ラミアスから通信が入った。


「こちらはM・ラミアス艦長の風庭かぜのにわ悠子ゆうこだ。ビューティーファイブの救助成功を称える」

「ありがとうございます」


 太陽系開発機構軍の中佐。40代で二児の母だという彼女はこけた頬と鋭い眼差しが特徴だった。生粋の軍人と言ったイメージであり、本人もそれを否定していなかった。


「ところでアレは何だ。宇宙ステーションに宇宙船が二隻つながっているように見える。そして、索敵不可能だった領域が急に晴れ渡ったかのようだった。その中心にあの不可解な奴とお前達のスーパーコメットがいた」

「ビューティーファイブ副長の相生です。先ほどまであの中におりました。原理は不明なのですが、アレは電磁波を吸収する特殊なフィールドであると思われます。電磁波を完全に遮断するので、その中は一切見ることができません。可視光だけでなくレーダー波や赤外線などの全ての電磁波に有効であることを確認しました。その特殊な技術が形成する領域を、彼らはトリニティの庭と呼んでおります」


 風庭艦長の眉が歪む。そして首をかしげる。


「ケレス特異点の正体はそれか。しかし、その中で何をしていたのだ。何隻もの船を難破させたのだ。遊びで済まされる事ことではないぞ」


 風庭艦長の言う通りだ。何十隻もの船を航行不能に陥れ、そして積載していた積み荷などを奪取していたからだ。単純な往来の妨害だけではなく海賊行為まで行っている。


「しかし、中にいた人物は唯々遊びたかったようなのです。人を傷つける様子は皆無でした」

「そうかもしれぬ。船は難破しても脱出艇は全て逃がしているからな。しかし、あからさまな航宙運航法違反であり、窃盗行為である。逮捕して罪を裁かねばなるまい」

「おっしゃる通りです。しかし、彼らは地球人ではない可能性があります」

「地球人ではない?」


 再び風庭艦長の顔が歪む。

 地球人以外の知的生命体との接触。それは人類が今まで経験したことがない快挙となる。そうであれば、相手を裁く事ができなくなる。接触方法は交渉のみとなり、軍事的な圧力をかけてはいけないのだ。可能な限り相手を刺激せず多くの情報を引き出す義務がある。


「はい。中で出会った人物は二名。トリニティ、及びビアンカと名乗っておりました。トリニティの方は派手なピエロのメイクをしていて人種国籍などは不明。しかし、流暢な日本語を操っておりました。ビアンカの方はピンク色の毛皮をまとった獣人であり、その姿は異形です。彼女、人間でいえば女性であったのですが、明らかに地球上に生息する生命ではありません。異星人だと思います」


 風庭艦長が頷いている。そして部下にいくつかの指示を出した。


「宇宙協定に基づき彼らとの交渉は本艦が行う。スーパーコメットはこの宙域から離脱しなさい」

「風庭艦長。まさか戦闘されるつもりでは?」

「そのつもりはない。しかし、彼らの出方次第では自衛権を行使する可能性がある。万が一に備えて退避せよ」


 香織は義一郎の方を向く。今度は義一郎が返答した。


「了解した。スーパーコメットは直ちに現宙域を離脱する」

「協力に感謝する」


 風庭艦長が敬礼をしている。義一郎も同じく敬礼をしている。知子の操舵でスーパーコメットはトリニティの庭から離脱を始めた。


「どうするつもりなんだろうね」

「最低事情聴取をせねばならないだろう。しかし、あのトリニティがそれに応じるかどうかだな」


 羽里の質問に香織が答えた。そして香織が続ける。


「逃げる気満々だったじゃないか。どうやってあのデカ物逃げるのか見物だな」

「ふーん。じゃあその証拠映像はばっちり記録しとかなきゃね」

「そうだな」


 羽里が機器を操作してモニターの画像を保存していた。

 スーパーコメットはかなりの速度でその場から離れているのだが、一定のサイズを保って表示されている映像は羽里の技術の賜物だろう。


 円盤状の大型の構造物とそれを挟む形で連結している二隻の大型宇宙船。その周囲には更に様々な構造物が付随していた。


 そのトリニティの庭へと接近していく巡洋艦M・ラミアス。

 交渉が決裂したのだろうか。速度を上げ急接近を始めた。


 そして主砲のレーザービームが放たれた。


 威嚇射撃であるが、通常の宇宙船であれば即停止せざるを得ない軍事的圧力になる。


 その威嚇射撃をあざ笑うかのようにトリニティの庭は分離した。


 中央の円盤部分から二隻の大型宇宙船が離れていき、また、周囲に付随していた幾多の構造物も分離していく。そして、中央の円盤は上方、左右の大型宇宙船はそれぞれ左右に移動していく。


 M・ラミアスは中央の円盤を追い進路を変更するが円盤の加速力は優秀でM・ラミアスは徐々に距離を離されていく。


 そして、円盤は虹色の光に包まれてその宙域から姿を消してしまった。同時に、二隻の大型宇宙船も同じく虹色の光に包まれて消失した。


「ワープした!」


 羽里が感嘆の声を上げる。それに香織が答えた。


「そうだな。我々の他にもワープ航法を実装している船があったという事だ」

「やはり異星人だと思いますか。相生副長」

「ええ隊長。少なくとも片方は確実に異星人です。そして、異星の未知なる技術を多用して遊んでいます」

「本当に遊んでいたのか」

「間違いなく。我々が非常に良い遊び相手となったようです」

「なるほど。これは喜んでいいのかな」

「恐らく。彼らは非常に有意義な時間を過ごせたと言っておりました。方法論の是非はありますが、私もそれには同感いたします」


 香織が笑っている。

 彼女自身が少し驚いていた。香織が任務終了間際にこのような雰囲気になることは珍しい。


 スーパーコメットは基地への帰路に就いた。トリニティの庭での様子を羽里が皆に語る。そのおかげで終始賑やかな雰囲気であったが、黒子にアルコールを飲ませて酔わせたのが自分であったことはひたすら黙っている羽里であった。

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