ここからは番外編なんです。
飛鳥奪還作戦と緋色
第1話 理不尽な暴力には反対の立場です。
僕は今、コズミックフロントという名前の宇宙ステーションに来ている。地球圏、すなわち地球をめぐる衛星軌道上では最大級の巨大な宇宙ステーションだ。この宇宙ステーションは軌道エレベーターの宇宙側基地でもある。
二十一世紀後半から現代まで何度も試みられ、失敗を続けてきた軌道エレベーター。しかし、僕の親父の会社が中心となってそれを実現した。実験は既に何十回も成功し、営業運転するのも間近となっている。そして今回、その開通記念イベントが開催される。僕はそのイベントの、ホスト役の一人としてここに来ている。
祖父から手紙が来ていた。それには「非常に重要な方が飛鳥に乗って来られる。最大限に歓待しろ」と書かれていた。
非常に重要な方とは誰なのだろうか。そんな重要人物を僕のような若造が出迎えてよいのか。祖父宛にはその疑問を綴った電子メールを送っているのだが返事はまだ来ていない。これは教える気がないという事だ。
飛鳥到着まであと10分。秘書課の社員が僕を迎えに来た。僕は発着場になっている第一宇宙港へと向かった。お迎えするのが誰なのかわからないってのはやっぱり不安だ。
「ねえ川原さん。飛鳥に乗ってる人って誰なの?」
「申し訳ありません。お答えできません」
「教えてもらわないとお迎えのしようがないと思うんだけど」
「大丈夫です。私が把握しております。それに緋色様もよくご存知の方です」
「僕が知ってる人なの」
川原はやや眉をしかめた。漏らしてはいけない情報だったのか。しかし、それが誰だか想像できない。全然分かんない。
到着5分前。
僕は特別に三階のプラットホームへと来ていた。通常、出迎える人はこのプラットホームの後ろ側にある送迎ホールで待っているのが決まりらしい。
このプラットホームからは宇宙港が良く見える。この宇宙港は全体が巨大なエアロック構造になっている。宇宙船は外側のゲートから侵入して着床・固定される。外のゲートが閉じて空気が充填された後に内側のゲートが開き、固定された台座ごと宇宙港内へと移動するらしい。つまりここであれば内側のゲートから入ってくる飛鳥を間近で見られる。一般人ではなかなか見ることができないスケールでの観覧ショーになるらしい。
僕は誰を出迎えるのか分からない不安感と、飛鳥が間近で見られる興奮とが入り交じった複雑な心境だった。
その時、川原さんの携帯端末からけたたましい着信音が鳴った。それと同時に宇宙港内の警報アラームが鳴り響いた。付近の作業員が慌てているのが確認できた。何か事故でもあったのだろうか。
不安と興奮がさらに大きく膨らむ。そして内側のゲートが開いて飛鳥が宇宙港内へと移動してきた。
「何だって? ハイジャックだと? 分かった」
川原さんが興奮ぎみに話している。僕はハイジャックって言葉に意識が向く。まさか嘘だろうって思うのだけど、川原さんの慌てぶりからみると、事実みたいだ。もし本当なら僕は何の役にも立たないだろうからここにいちゃいけないんじゃないかって思うのだけど、川原さんは電話で話し続けている。
飛鳥は宇宙港内へと格納され内側のゲートも閉じた。本来ならここで架道橋が船体とプラットホームをつなぎ乗客が降りてくるはずなんだけど何の動きもなかった。
どうしたものかとしばし立ちすくんでいると、川原さんが渋い顔で僕に話しかけてきた。
「緋色君。怒らないで聞いてくれ」
僕は無言で頷いた。そうかそうなのか。僕はそういう役割でなら出番がある。宇宙産業を支える大企業の家族なら人質としてはうってつけだ。
「会長からの命令なんです。人質として飛鳥に乗り込んでください」
やはりそうだった。人質の交換として自分が飛鳥に乗り込む。恐怖心はある。しかし、引っ込み思案で奥手な自分でも貢献できることがあると自分に言い聞かせた。
その時、黒色のパワードスーツが台座に乗せられて飛鳥の腹部へと移動していくのが見えた。良く分からないが、乗客救出・犯人逮捕への作戦が既に進行しているのだと思った。この素早い対応に感心する。
そして二名のSPと言った風体の人物が現れた。
「私たちがご一緒します」
華奢な男性と見えたその人は、サングラスをかけていたがまだ若い女性だった。
「貴方の安全は私が全力で守ります」
そう言って握手を求めてきた男性は逞しく精悍な顔つきをしていた。
「田中義一郎です。よろしくお願いします」
そう言って握りしめてくる手は大きく暖かかった。
「こちらは綾川知子」
「よろしく」
義一郎さんに紹介された女性とも握手した。女性にしてはごつごつした感触の手だった。武道でもしているのだろうか。それに綾川知子という名が気になった。あのアイドルグループであるビューティーファイブの一員と同姓同名じゃないか。こんな偶然もあるものだと不思議に思った。
「それでは私は下がります。緋色様のご無事を祈っております」
そう言って川原さんはプラットホームの外へと向かった。
「すごく早い対応ですね」
「偶然なんですよ。訓練でこのコズミックフロントへと訪れていたのです」
「そうなんですか」
「ええ」
僕は緊張を和らげたくて義一郎さんに声をかけた。僕の疑問は直ぐに解決した。訓練中だったんだ。まあ当然だろう。明日予定されているイベントに対応するため、軍や警察関係者は既にここで活動していてもおかしくはない。
そんな時に飛び込んで来たハイジャック実行犯。目立つ度合いとしては最高の舞台だろうけど、犯行が成功するかどうかって観点ならかなり可能性が低いんじゃないかと思う。
そんな時、プラットホームと船体をつなぐ架道橋が伸びていき飛鳥とつながった。幅は2メートル、長さは25メートル程。ちょうど二人並んで歩けるくらいだ。
中からはジーンズにスウェット姿の若い女性と、エプロンドレスを着た金髪の女児が出てきた。あの女性のショートカットは自分好みだ。何故ならば、自分の推し中の推し、相生副長の髪型そのものだったからだ。鬼の副長と揶揄されているビューティーファイブの副隊長。しかし、僕はその凛として流されない芯の強さが大好きだった。
そう言えば彼女、背格好も相生副長と似ている。
顔も似ている。
ああ、そっくりさんなんだ。
どこかにドッキリのTVカメラがあるに違いない……。
そんなわけないだろ! こんな非常事態にそんな事して遊んでいる馬鹿がいるはずがない。アレは相生香織その人だ。自分が見間違えるはずがない。
僕は途端に赤面してた。顔が物凄く熱くなっているのが自分でもわかる。動悸は激しく心臓が壊れるんじゃないかってくらいだった。
しかし、腹をくくった。相生副長の身代わりなら望むところだ。ハイジャッカーのところだって地獄の底だって何処へだって行ってやる。
突然、相生副長が走り出した。自分に向かって一直線に。そして信じられない事に、彼女は僕に抱きついて来た。
僕はもうメルトダウンしてしまいそうなくらい加熱してしまった。相生副長の柔らかい体の感触とシャンプーの心地よい匂いにめまいがする。しかし、彼女は至極冷静に僕の耳元でささやいた。
「ハイジャッカーからは君を連れて来いと言われたが連れていかない」
僕は無言で頷いた。
「代わりに君の父か祖父を連れてくるよう要請しろ。いいな」
「う……ん」
「君には伝言役になってもらう。あのテロリストは核兵器を持参していたんだ。その対抗策はハッキングしかない。幸運な事に、船内に量子コンピューター搭載型の高性能アンドロイドがいる。名前は確かマナといったはずだ。彼女とは次元共鳴型通信機で通話できる。システムに侵入するためには彼女の協力が必要不可欠だ。直ぐにビューティーファイブと連絡を取れ。訓練でここに来ている。戦術核を搭載しているアンドロイドと飛鳥を支配下に置け。実行犯に気づかれないようハッキングするんだ。有原羽里なら可能だ。分かったな」
「う……ん……」
憧れの女性と抱き合っている幸福感なんてどこにもない。全身が極度に緊張しているし、そして話された内容の突飛さにも驚いている。僕の返事は非常にぎこちなかったと思う。
「この変態! おっ勃てるな!」
突然、相生副長は僕の股間を蹴った。
嘘だ。僕は勃起なんてしてない。しかし、気絶しそうなほどの激痛だった。僕はその場にうずくまったけど、バランスを保てなくて寝転がってしまった。義一郎さんが僕の手を取り声をかけてくれたんだけど、何を言っているかわからなかった。
相生副長は僕にウインクしてその場を立ち去った。
そして、僕は気を失ったのだと思う。
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