第25話 発見と死闘
「小魚ガ沢山泳イデイル。大型ノクラゲガソレヲ捕食シテイルゾ」
ララから映像が送られてくる。そこでは、おびただしい数の海洋生物が戯れていた。ちょうど逃げる小魚を大型のクラゲが捕まえて捕食していた。それらの生物は、地球で言えば古生代から中生代にかけての年代にみられる生物群であろう。
「微細ナプランクトンカラ小型ノ魚類ヤ甲殻類、節足動物モイルシ環形動物イルゾ。ココハ海洋生物ノ宝庫ダ」
いつもは冷静沈着なララなのだが、今回は何故か声が上ずっている。感情がないアンドロイドなのに興奮しているのか。それとも、単純に入力される情報量が多いだけなのか。傍から見ていて判断できないのだが、そういう人間臭さがララのかわいらしい部分なのだろう。この量子コンピューターを搭載しているアンドロイドはその内に人の意識のような物を構成しているように見える。その証拠に時折人間臭い反応を見せるのだ。
「水深はどのくらいだ?」
「概ネ1000メートルダ。底マデハ潜レナイゾ」
「分かっている。氷床の下面を探索しろ。ところどころに生命体のコロニーが形成されているはずだ」
「了解」
ララはサーチライトを上方、即ち海洋を覆う氷床の下面へと向けた。分厚い氷床に覆われた海中では太陽の光は届かない。しかし、比較的氷床が薄い区域では僅かだが光が届いている。その光を求めて植物プランクトンが集まり繁殖していく。その植物プランクトンを餌にする微生物群が集まり大きな生物のコロニーを形成していく。
しかし、氷の下へ届く太陽光は僅か。その光だけではこれだけ多種多様な生物を養う事は出来ない。光合成に代わる何かが存在していると考えられているのだが、その仕組みはまだ解明されていない。
ララが氷床下の生物群を発見した。そこは黒い塊のように見えたが、ララが接近していくにしたがって複雑な構造であることが確認できた。
直径が数十メートルはあろうかという生物の群れ。地球で言えば珊瑚礁の森と言った風であった。植物なのか動物なのか定かではないが、枝状の生物が織りなす森の中に小魚や甲殻類、アンモナイトのような頭足類が多数泳いでいた。
「ララ。サンプルを採集せよ。あのサンゴのような枝状の物がいいだろう」
「了解」
サムライの腹からマジックハンドが伸び枝状の生物をつまんで腹の中へと運ぶ。
「余裕があるならあの頭足類、小さいのを選んで捕獲できないか?」
「ヤッテミル」
ララはサムライのメインのアームを操作してアンモナイトのような頭足類を捕まえようとする。しかし動きが早くなかなかと捕らえることができない。
「ネットヲ使用シナイト捕獲ハ無理ダ。ネットハエンケラドゥス・アコヤ用ニ温存スルゾ」
「了解。では周囲を移動しつつターゲットの捜索に当たれ」
「ワカッタ」
ララは氷床下の生物コロニーでの標本採集を終えウォータージェットを噴射して移動を始めた。移動するララの前方で海底から泡が吹きあがっているところがあった。
香織は直ぐにララと交信する。
「アレは何だ」
「水温ガ上昇シテイル。海底火山ノ活動ダト推測スル」
「了解」
すると、泡と一緒に何やら岩石ではないものも一緒に上昇して来ていた。香織はそれをコケのような物であると判断した。
「ララ。あの浮かんできたモノを採集してくれ」
「了解」
サムライの腹が開き、再びマジックハンドが伸びていく。ララがそのコケのような物を採集しようとした時、下方より浮上して来た大型の何かと接触した。
「スマナイ。コケヲ採集シ損ネタ」
ララが申し訳なさそうに謝罪する。しかし、モニターに映ったその大型の何かは黒くて直径が一メートル程あり、円盤状であった。
「ララ。今ぶつかった奴がターゲットだ。捕獲しろ」
「ワカッタ。コンナニ早ク見ツカルトハ運ガ良イ」
これは僥倖か。エンケラドゥス・アコヤを見つけることができた。しかも探索を始めて十数分で。
香織は画像データの照合をしたが、それはエンケラドゥス・アコヤで間違いなかった。ララがサムライの両腕を操作してエンケラドゥス・アコヤを捕獲しようとする。しかし、エンケラドゥス・アコヤもジェットのように水流を吐き出し、加速して逃げて行く。
「逃ガサナイ」
ララはサムライのウォータージェットを吹かしてエンケラドゥス・アコヤを追う。幸いサムライの方が速く、またエンケラドゥス・アコヤも直線的な動きしかしなかったため程なく捕獲に成功した。
「捕マエタ」
「よくやった」
ララの通信に笑顔で答える香織。そして通信越しだが、スーパーコメットのブリッジでも歓声が上がっているのが聞こえた。ララはエンケラドゥス・アコヤにネットを被せてサムライの腰に固定した。
「他ノ標本モ採スルノカ? 活動限界マデ30分以上アルゾ」
ララの進言に対ししばし考える香織。しかし、すぐに返事をした。
「先ほどの泡が気になるな……もう少し調査しよう。海底のエンケラドゥス・アコヤが浮き上がってくるかもしれない」
「了解」
ララは下方へと潜っていく。海底から吹きあがってくる泡は次第に数が増え、また、そのサイズも大きくなってきた。
「海底の温度上昇を確認。水温も上昇を始めました」
知子が報告してくる。香織は腕組みしてしばし考える。
「本当に噴火するのか」
「これを噴火の兆候とするにはデータ不足です」
「確かにそうだ。しかし、噴火してからでは遅い。ララ。調査は中止だ。採取できた標本を持ち帰れ。急げ」
「ワカッタ」
ララの操るサムライは上方へと向かって移動を始めた。そしてスーパーコメットが穿った竪穴へと向かう。その竪穴には上方からの光が乱反射して明るくなっていた。そこには幾多の生物たちが群がっていた。そして、その群れを狙う巨大な影が一つ浮上して来た。
「ララ。大型の生物が浮上してきた、注意しろ」
「ワカッタ」
浮上してきた黒い影。それはムカデのような節足動物であったが、脚が櫂のような形状をしておりそれを前方から後方へと連続的に動かしている。まるで水中を飛んでいるかのような動きだった。全長は10メートルほど。見かけはカンブリア紀最大の生物と言われているアノマロカリスに酷似しているが、そのサイズは10倍以上だ。通称ハンター。このエンケラドゥスの海で最も危険な生物である。
そのハンターは小魚の群れに突っ込み、サムライの目の前を通過した。まるで興味がないと言った風だったが、突如反転してサムライに噛みついて来た。
「ララ。かわせ!」
香織の指示に反応したララが咄嗟に回避行動を取るものの、ハンターはその大顎を大きく開きサムライの右肩へと噛みついた。
「不味イ。耐圧部ガ破損シタ。浸水シテイル」
「ララ。炸裂弾の使用を許可する。ハンターを撃退せよ」
「ワカッタ」
エンケラドゥスの海は本来、人間が侵してはならない環境である。そこにいる生物を殺すなど言語道断である。しかし、ここは理想に囚われることなく任務を優先しなくてはいけない。サムライの左腕より撃ち出された銛はハンターの腹に突き刺さってから爆発した。ハンターは胴体中央部分から二つに千切れ、それでもくねくねと動きながらゆっくりと沈んでいく。
「ワイヤーヲ確保した。引キ上ゲテクレ」
サムライの胴体にワイヤーが接続された事を確認した。サムライを引き上げていく。
「ララ。大丈夫か?」
「浸水率は75パーセント。エンケラドゥス・アコヤハ確保シテイル。問題ナ……」
「ララ。どうした。応答せよ」
香織の呼びかけに応答はない。
「サムライの機能は70パーセント維持しています。現状通信可能ですが、浸水率は95パーセントまで上昇。ララちゃん、塩水に浸かってます」
「不味いな。機能停止しているかもしれない」
「海底の温度がさらに上昇しています。あーこれ。噴き出しそう」
「離脱はララを回収してからだ。くそ。噴くなよ」
ワイヤーを巻き取る数十秒が非常に長く感じる。
「ワイヤーの巻き取り完了。サムライを格納庫へと収納完了しました」
「よし、スーパーコメットとドッキングしろ。一人でやれるな」
「勿論です。副長は?」
「ララを見てくる」
香織は艇長席を離れて格納庫へ向かった。サムライの中はほぼ海水で満たされており、ララの機能は完全に停止していた。サムライの腰に吊るしてあるネットの中では、黒々とした大きな二枚貝が塩を吹いていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます