初恋は永遠に儚く

第1話 淡い想い出

 俺は写真を見ていた。

 端末の中ではセーラー服姿の女性が笑っている。


 これは3D写真。ただし、とあるアプリを使用して表情やポーズが変更できるようになっている。基本的には事前に登録した数枚の写真の合成なのだが、多少はプログラムが補完してくれる。


 画面をタッチする。

 彼女はウインクをして投げキッスをしてくれた。


 その姿に魅入ってしまい、顔が熱くなるのを感じる。

 写真に写っている女性の名は綾瀬美沙希あやせみさき。俺の幼馴染であり、俺が初めて恋をした女性だった。


 コンコンコン。


 扉をノックされた。


「どうぞ」

「失礼します」


 入って来たのは副長の相生香織だった。

 

「調査要請が提示されました。署名をお願いします」


 香織が差し出した端末を使い、俺は電子署名を済ませた。


「発進時刻は30分後です。10分前にはブリッジへ上がってください」


 俺は頷いた。香織は軽く微笑むと部屋を出て行く。鬼の副長と噂される彼女は、俺に無言のプレッシャーをかけてくる。彼女は完璧に仕事をこなす。それ故、周囲の者に対する要求も厳しい。


 こんな人材がいることは組織にとっては幸福なのだろう。

 今回の調査も彼女の強い要望で実施される事になった。


 土星の衛星エンケラドゥスへ。

 エンケラドゥス表層の厚い氷の下、その下に広がる海に潜り、海洋生物の調査と捕獲をする。そんな任務だが目的は他にある。


 俺は端末を操作し、他の写真を表示する。


 そこには成長した綾瀬美沙希がいた。

 ビューティーファイブの制服を着た凛々しい姿。


 彼女は、レスキューチーム〝ビューティーファイブ〟の元リーダだった。

 今は引退して結婚している。姓は正宗と変わっていた。


 正宗明継。


 美沙希の心を射止めた男。


 この胸の感情は何なのだろう。

 嫉妬なのか、絶望なのか。


 自分は美沙希を妻とすることができなかった。

 プロポーズをしていないのだから当然だろう。

 告白どころか、デートに誘ったこともなかった。


 学生時代はそれが恋だったとは思ってもみなかった。

 彼女はいつも俺の傍にいた。自分もそれが当然だと思っていた。


 彼女は三つ年下だった。

 小学生の頃聞いたことがある。女の子の友達と遊ばないのかと。


 彼女の返事はこうだった。


「ゲイノウジンとかコイバナとかよくわかんないから、宇宙のお話をしてくれるお兄ちゃんの方がいい」

 

 そういえば、天文関係の事を多く話していた気がする。


「あれがプレアデス。散開星団なんだよ」

「うーん。星が見えるよ。1、2、3……っと12個?」

「美沙希ちゃんは目が良いんだね。普通は6個か7個しか見えないんだよ」

「そうなの? 星は何個くらいあるのかな?」

「数十個あると言われているんだ」

「そんなに?」

「そう。距離は443光年だって」

「それは遠いの?」

「うん。光の速さで飛んで443年かかる距離だよ」

「うーん。遠いんだね。でも私はそこへ行ってみたい」

「無理だよ」

「どうして?」

「宇宙船は光の速度を超えられないんだ」

「だったら私が超えてみせる」

「!」


 彼女の言葉にハッとした。

 無理だと諦めない。出来ないことはできるまでやる。


 前進する事しか考えていない彼女の本質をそこで見た気がする。


 俺は高校を卒業した後、航宙大学へと進学した。

 彼女はその付属高校へと進学した。


 航宙大学と航宙大学付属高校は、その名の通り宇宙飛行士とそれに付随するエキスパートを養成する機関だ。


 彼女は非常に優秀だった。

 様々な訓練を常にトップでこなし、そして宇宙飛行士になった。俺よりも一年早かった。


「田中隊長。ブリッジまでお願いします」


 香織に呼ばれた。

 回想の世界から現実へと引き戻される。


 時計を見ると、発進予定時刻の15分前だった。

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