第4話 スーパーコメット発進します!

 円筒形のカプセルはスーパーコメットのブリッジ内に転送され消失した。ビューティーファイブのメンバー五名はそれぞれの自分の席へ着いていた。そして、移動している間に平時の制服から宇宙用のスーツへと装備の転換も済んでいた。

 ブリッジ中央に隊長の田中義一郎。赤い宇宙用スーツを着ている。その前やや下方に副隊長の相生香織。彼女は青いスーツだ。香織の右側前に座っているのがライムグリーンのスーツを着た航海士の綾川知子。知子の左に黄色いスーツを着た機関士兼レーダー管制官の有原羽里。正面一番前に操舵士の黒田星子。彼女はいつも、黒子なのにスーツはピンクとからかわれている。黒子の補助として横に座っているのがアンドロイドのララである。この女児型アンドロイドは、天然ドジっ子の黒子をよく補助している。頭部に突き出たツインテール状に束ねたアンテナが、容姿のアクセントになっている。


「隊長。発進準備完了しました」


 香織の進言に義一郎が頷く。


「スーパーコメット号発進。ビューティーファイブ、アーゴー」

「進路クリア。障害物はありません」


 羽里の報告に義一郎が頷く。


「機関出力2パーセント。微速前進」

「機関出力2パーセント」

「微速前進」


 義一郎の指示に羽里と黒子が復唱する。スーパーコメットはゆっくりと動き始めた。前方にあるゲートが開き外の宇宙空間が視界に入ってくる。

 スーパーコメットはゆっくりとゲートをくぐり、宇宙ステーション大鳳の腹部より外へと進宙していく。


「機関出力5パーセント」

「機関出力5パーセント」


 義一郎の指示を羽里が復唱する。

 スーパーコメットは徐々に加速をし始める。


「時間がない。ワープ準備に入れ」

「了解。ララは航路算定に入れ」


 香織の指示にララがそっぽを向く。


「算定ハ終了シテイル。ワープアウト時ノベクトルヲカロンノ周回軌道上ニセッテイズミダ」


 このアンドロイドは小型の量子コンピューターを搭載している高速大容量演算型だ。しかし、何故だか口が悪い。


「なるほど優秀だ」


 義一郎は褒めるのだがララは彼に向ってぼそりと呟く。


「黒子ガヌルイカラトウゼンダ。田中、イチイチ口ヲ挟ムナ。キサマノ心臓ヲ握リツブスゾ」

「ああ済まなかった。ララの算定した航路をトレースする。重加速開始だ」

「了解。ブリッジ内、対Gフィールド展開します」


 香織の操作でブリッジ内が淡いピンク色の力場に包まれた。


「重力子反応炉臨界点へ」

「機関出力30パーセントへ上げ」

「第一ワープ速度まであと30秒」


 義一郎の指示で羽里と知子が計器を操作する。

 スーパーコメットは猛烈な加速を開始するが、対Gフィールドのおかげで船内では加速Gを感じない。


「コノ中デ一番デブナ黒子ガピンクノスーツナノガ笑エルナ。膨張色ヲ充テル総司令ノギャグセンスハ最高ダ」

「もうララちゃん黙ってて。失敗したらどうするんだよ」

「ワタシガツイテイルカラ大丈夫ダ」

「ララちゃんに頼らなくてもやってやるんだから。軌道修正120から080へ。予定航路をトレースします」


 黒子の報告に義一郎が頷く。

 今からワープ航法を使用して冥王星迄の約40天文単位、すなわち約60億キロメートルの距離を一気に跳躍するのだ。

 これは、一般にワープと呼ばれているこの特殊な航法であり、正式には『次元昇華変異による高次元跳躍航法』と呼ばれている。物質の持つ固有の波長を変異させ、三次元存在から高次元存在へと強制的に昇華させることで高次元空間を移動する。その結果、移動距離を大幅に短縮させることができるのだ。未だ実験段階の航法であるが、実用化に成功し運用してるのはこのスーパーコメットただ一隻である。


「機関出力50パーセントから75パーセントへ上昇。85……90……95……100パーセント」

「ワープ開始」

「ワープ開始します」


 義一郎の合図を知子が復唱する。そしてスーパーコメットは四次元空間へと突入する。その瞬間、ブリッジ内は虹色に光り輝き始めた。

 眩い光芒に包まれたのはほんの数秒だろう。ブリッジ内は唐突に光が失われた。通常の三次元空間へと回帰したのだ。


「ワープアウトしました。現在、カロンの周回軌道上に固定されています」


 羽里の報告だ。この娘はレーダーの操作に長けているだけでなく、素早い状況認識を得意としている。


「この周辺は微細天体が多い。羽里、最大限に注意しろ」

「了解」


 羽里が機器を操作する。彼女はレーダー波の方向を自在に操って、障害物がないか捜査しているのだ。羽里の捜査は自動で行うよりも数段早い。


「カロン観測所の位置を確認しました。救難信号が発信されています」

「アースドラゴン発進準備。香織と知子は突入準備に入れ。ララも同行してくれ」

「了解」

「了解しました」

「ワカッタ。コノファッキンボーイ」


 その一言に苦笑いを噛み潰す義一郎だった。

 三人はシートベルトを外して立ち上がる。

「ララちゃん行っちゃうの」


 心細くなったのだろうか。黒子がララに対し、切なげに声をかけた。


「オマエガ触ラナケレバ問題ナイ。触ルナヨ黒子」

「分かった。早く帰ってきてね」

「マカセロ」


 スーパーコメットの機体色は基本的には銀色だが、光の反射によっては七色に輝く美しい色合いをしている。そして、全体的な姿は概ねマッコウクジラのようなシルエットである。


 しかし、ここは太陽系最果ての場所。


 太陽光は届いているが、そのか細い光では、その船体は闇の中にぼんやりと浮かんでいるようにしか見えない。

 スーパーコメットは、その下腹に合体している小型船アースドラゴンを切り離す準備に入った。香織と知子、ララの三人はアースドラゴンの操縦席へと就いた。


「アースドラゴン起動します」

「了解」


 香織の報告に義一郎が返事をした。知子が機器を操作し、パネルが次々と点灯していく。


「リアクター起動完了。オールグリーンです。異常ありません」

「了解。アースドラゴンをパージ。操作はアースドラゴン側へ」

「アースドラゴン了解、スーパーコメットよりパージします」


 アースドラゴンはゆっくりと母船から離れカロン観測所へ向けて降下していく。

 香織は思う。こういった母船を離れて指揮をするのいつも自分の仕事だ。嫌ではない。しかし、責任は重い。必然的に厳しい口調になる。それが当然だと思う。しかし、そんな自分に向けられる言葉は鬼の副長なのだ。何時も不条理さを感じるのだが、彼女がそれを口に出した事は無かった。


 アースドラゴンはカロン観測所へと着陸態勢に入った。月の裏側を出発してわずか二十分。神速のレスキュー隊ビューティーファイブがその実力をいかんなく発揮した瞬間である。

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