第一章 冥王星まで飛んじゃうぞ

第1話 カロン観測所

 冥王星には4つの衛星がある。

 大きい方からカロン、ニクス、ヒドラ、ケルベロスである。更に微細な天体も発見されているが、それらは衛星には分類されていない。冥王星とカロンは地球と月に似た関係だと言われている。それは主星と比較して衛星が大きすぎるという事だ。


 冥王星はプルート。冥府の王の名だ。その衛星であるカロンは、冥府の川アケローンの渡し守カローンにちなんで命名された。今から500年ほど前の話だ。


 ここは冥府の入り口。

 生と死の狭間。


 太陽系の内は生、外は死。


 そういう事なのだろうか。


 いや、太陽系とはもっと広い。

 冥王星から外側に分布するエッジワース・カイパーベルトまでが狭義の太陽系であろう。


 神話と天体を結び付けるのは古来人間の成してきたことである。

 しかし、それを厳密な整合性でもって解き明かす事は容易ではない。


 と言うか、無理なんじゃね?


 そんな風に考えている男が一人ここにいる。彼は観測所に空いた穴を必死に塞ぐ作業をしていた。

 

明継あきつぐ、修理はできそうか?」

「ああ、穴は樹脂で固めたから空気の流出は止まった」

「良かった……」

「良くない。穴は塞いだが酸素発生装置が故障しているんだ。計算上残量は4時間分しかない」

「冥王星からの救助は?」

「既に発進したらしいが到着は8時間後になる」

「救助が来る前に俺たちはオダブツだな……」


 カロンに設置された観測所は有人だった。

 ここに配置されているのは正宗まさむね明継あきつぐ夕凪ゆうなぎ春彦はるひこの2名だ。二人ともまだ20代前半の若者で、明継は新婚だった。


 何故、このような辺鄙へんぴな場所に有人観測所があるのか。


 理由はいくつかある。


 太陽から非常に遠いため、天体観測に於いてより精密なデータが得られるのだ。そして冥王星と連携することにより、位置データの取得が容易になる。太陽系近隣の天体であればその角度の差から簡単に割り出せる。


 太陽系から最も近い恒星はプロキシマケンタウリである。地球とそのプロキシマケンタウリとの間に3つの自由浮遊惑星を発見できたのだ。近い将来、プロキシマケンタウリまで到達すべく調査宇宙船が派遣される計画がある。その際の灯台役として、この自由浮遊惑星は重要な役割を果たすだろう。これはこの観測所の勲章と言ってよい実績である。地球からでは到底発見できないのだ。


 他にも彗星や小惑星の観測も怠ることができない項目だ。


 今や人類は太陽系全体に進出している。宇宙船やステーション、コロニー等は、地球のように大気に守られてはいない。微細な天体でも衝突すれば致命的な損傷を受ける事になる。また、サイズの大きい天体が地球やそのほかの惑星などに衝突すれば大災害となる。そんな可能性があるのかどうか調査することも重要だ。


 彼ら二人の観測員は、自分たちが太陽系の安全を支えているとの自覚があった。それ故、この観測所を維持し観測を続けることに情熱をかけ取り組んでいた。


「諦めるなよ。俺は絶対諦めないからな」

「そうだけど、俺達だけで何とかなる状況じゃないだろう」

「確かに。救助を待つしかない」

「冥王星からの救助は8時間かかる。地球からなら一ヶ月だよ。光速を超えるような宇宙船じゃないと絶対に間に合わない」

「確かに……そうだな」

「地球で唯一光速を超える宇宙船がある」

「そうだ。スーパーコメット号だ」

「そのスーパーコメット号で光速を突破し、救助活動をする美少女レスキューチームの名は」

「ビューティーファイブだ。よく知ってる」

「しかし、今はリーダーが産休に入って活動休止中だ」

「……面目ない」


 床にしゃがみ小さくなっているのは明継だ。

 彼がビューティーファイブのリーダー綾瀬あやせ美沙希みさきと恋に落ちたその人だった。


「お前がちゃんと避妊しないからだろ」


 春彦が明継を責める。機構一と言ってよいイケメン春彦。女性には不自由しないであろう彼であるが、明継に嫉妬しているのだろうか。

 明継はビューティーファイブのリーダーと恋仲に落ちたのだ。それは全ての男性から嫉妬されて当然と言えば当然だった。


「籍を入れたから」

「それで責任を取ったつもりか?」

「個人的には責任を取っている」

「現実にビューティーファイブが動けない状況を作ったのはお前だ!」

「……そんなに俺を責めるなよ。春彦。確かに不注意だったが、それは俺と美沙希みさきさんの合意の上だったんだ。俺個人の責任だと言われるのは困る」

「こんな時にのろけるなじゃない。流石にムカつく」

「すまない」


 春彦の容赦ない責めに小さくなって俯く明継だった。 


「何でメンバーのバックアップがいないんだかな」


 嫉妬に任せて相手を責める事に抵抗感があったのか。春彦はそのほこを収めた。それに乗じて明継が反撃を始めた。


「確かにそうだが、俺はお前の女癖の悪さもこの事故に関係していると思うぞ」

「どういう意味だよ」

「まずお前が何でここにいるかだ。女から逃げる為だろ。モテるからって複数の女と付き合ってさ」

「そう言われてもな。お前宛ての脅迫メールも凄かったんだぞ」

「脅迫メールなんざ無視してりゃいいんだよ。ガソリン撒いて火をつけるって、ここまでどうやって来るつもりだって話だ」

「そうだな」

「納得してんじゃねえよ。ここにわら人形が何個送られてきたか知ってるか」

「数えてない」

「108個だ。ついでに不幸の手紙は1250通。再生する機器がないのに怪しいVHSテープが届いたし、カセットテープやフロッピーディスクもある。俺は8インチのフロッピーディスクなんざここで初めて見たよ。画像で大昔のデータを検索してそれがフロッピーディスクだと初めて知ったよ」

「あれは予想外だったな」

「極めつけは酸素ボンベの代わりに入っていた魔術書だ。78冊」

「今時紙の本ってのも珍しいよな」

「確かに……じゃねえよ春彦。おまえ、どんな地雷を踏んだんだよ」

「悪かった明継。興奮するなよ。酸素の消費が多くなる」

「ああ済まない。ちょっと興奮しちまった。喧嘩するなら生き延びてからだ」


 興奮状態だった二人は冷静さを取り戻した。お互いが深呼吸をして見つめ合っている。


「なあ、明継。一人だけなら確実に助かる方法がある」

「そんなのあるわけないだろ?」

「いや、あるさ」

「まさか?」

「二人いるから酸素も二人分必要だ。一人なら半分で済む。つまり生き延びられる時間は2倍になる」

「春彦。お前まさか」

「そのまさかさ」


 節電の為薄暗い観測所内で見つめ合う二人。

 春彦はポケットからナイフを取り出した。

 

 そのナイフを明継へ向ける。


 孤立した絶望の空間の中で、更に絶望を味わう明継。もうすでに二人とも正気ではいられなかった。

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