第28話 外燃機関と新型軌道エレベーター
このシャトルの名は
「ご搭乗の皆様のお知らせいたします。当シャトル〝飛鳥〟は間もなく、新型軌道エレベーターの終着駅を兼任しております宇宙ステーション〝コズミックフロント〟へと寄港いたします。新型軌道エレベーターの名称は現在募集中です。募集の締め切りは一週間後となっております。応募は各座席の端末画面より可能です。皆様ふるってご参加なさってください。寄港予定時刻は45分後でございます」
船内のアナウンスが流れる。
香織は少し考えながらパネルを操作して新型軌道エレベーターの名称を打ち込んだ。
『Orbitor Paradise』
自身で気に入ったのかにやりと笑みを浮かべ登録した。
「へえ~。日本語だと軌道天国ですか。大変良いネーミングですね」
声をかけてきたのは隣の席に座っているマヤだった。
「実際どうなのか分かんないですけど、夢のある名前がいいんじゃないかって思ったんです」
「それ、賛成です。私は〝星空の夢〟にしました」
「なるほど。ロマンチックですね」
「ええ。夢は夢。実現しない事が重要なのです」
その一言にハッと目を見張る香織だったが、マヤは笑いながら続けた。
「ごめんなさい。変な事を言いましたね」
そう言って席を立った。連れて席を立とうとするアンドロイドだがマヤはそれを制した。
「アロウは待機していなさい。一人で大丈夫です」
「ワカリマシタ」
マヤの介護用アンドロイドの名はアロウだった。彼女が両脚を動かすたびに微かなモーター音が響く。マヤは両腕だけではなく両脚も義足だった。五体満足である香織には理解し難い苦悩があるのだろうか。先ほどの言葉はそれを表していると考えられる。香織は人類の進歩に対しては特に肯定的に捉えている。しかし、それに反して否定的な意見がある事も承知している。マヤはその否定的な立場なのだろう。香織は余計な口を挟まなくてよかったと安堵した。
程なくしてマヤは微かなモーター音を響かせながら席へと戻って来た。
「香織さん。お手洗いに行かなくてよろしいのですか? もうすぐ席を立てなくなりますよ」
「ご丁寧にどうも。私は結構です」
「チビらなけりゃいいけど」
「え?」
「何でもないわ」
ショートヘアで丸顔のマヤが笑顔を見せるが、何故か香織はその一言にに引っかかりを覚えた。トイレに行かない事がどう影響するというのだろうか。
先ほどはマヤが香織の案を褒めてくれた。Paradise=天国という言葉に反応したと思ったのだが、考え方によってはこの天国とは人は死ななければ行くことができない場所となる。単純にこの世の楽園としてではなく、軌道上で死ぬこと、そして天国へと召される事とも取れる。そしてマヤが言った言葉も気になる。たしか『夢は夢。実現しない事が重要』と言っていた。軌道エレベーターなどの夢は実現しない方が良いと受け取れるではないか。
一抹の不安が香織の胸をよぎるのだが、彼女はそれを無理に打ち消した。このような障害がある人がそんな大それたことををするはずがないと考えたからだ。
正面のパネルに宇宙ステーション〝コズミックフロント〟の様子が映し出された。半分は図面でその機能の説明書きが添えてあった。
まるでキノコのような姿をしている巨大な宇宙ステーション。キノコの傘の部分に宇宙船の発着場が設けらえれており、柄の部分は軌道エレベーターの発着場となっている。
過去、いくつもの軌道エレベーターが考案され、また建設計画が持ち上がった。しかし、そのほとんどはワイヤーやレール、もしくは塔を衛星軌道上まで伸ばし、その間を車両等で移動し物資や人員の移動をする構想だった。
しかし、それを実現するための施設が巨大すぎることやそれを構成する素材の強度不足など問題が山積しており、未だに実現していなかったのだ。しかし、この新型は全く違う発想だと言う。そもそもワイヤーケーブルやレールがない。地上の基地と静止軌道上の基地ステーションの間を亜空間チューブで接続し、そこを重力制御を使用して移動する方式なのだ。これらは全てワープ技術の応用なのだが、そもそも異次元へと転移しない為、技術的難易度は低いのだと言う。
そこへ向かって飛鳥は航行していた。
機体形状は二十世紀から二十一世紀に運用されていたスペースシャトルと酷似している。この形状の機体は大きな翼を持ち大気圏内を滑空できる。しかし、大気圏突入時には空力のみで減速するため、機体に大きな負担がかかり安全性の問題が生じた。また、コスト面で使い捨てロケットよりも高額となり、スペースシャトルは二十一世紀初頭には運用が中止された。しかし、外燃機関を併用することでその欠点を補完できることが分かった。その発想は二十世紀半ばにはすでに登場していた。当時はライトクラフトと呼ばれていたものだ。
強力なレーザー光線を機体側の凹面鏡で収束させ、その高温を利用して空気を爆発的に膨張させて推進力とする方式である。また、空気がない宇宙空間では自身で推進剤を供給することにより推進力を得る。
これにより宇宙衛星軌道上へと脱出する際の加速度は大幅に軽減され、再突入する際の減速にも役立っている。その結果、船体の寿命は飛躍的に伸び宇宙開発の担い手となった方式である。また、通常の航空機と同程度の加速度で運用できるため、旅客業務にも適していた。二十二世紀初頭には各国で実用化され、改良が続けられつつ現在まで300年余り利用されている。
宇宙ステーション〝コズミックフロント〟や新型軌道エレベーター、そしてこの飛鳥についての説明が一通り終了した。そこでちょうど到着5分前となった。シートベルト着用の表示が出され、またアナウンスも流れた。
そして徐にマヤが話しかけてくる。
「香織さんはここで降りられるのですか?」
「はいそうです」
「もしかして、軌道エレベーターのオープニングイベントに参加されるのですか?」
「そうらしいですね」
「上司が無理やり?」
「そういう事です」
「なるほど。お怒りはごもっともですね」
そう指摘され香織は苦笑する。
3分前のアナウンスが流れる。それと同時にマヤが立ち上がった。隣のアロウも立ち上がる。その他の乗客も数名立ち上がった。
彼らは大柄なアンドロイドのアロウの周りに集まる。客室乗務員が着席を促すが、当然のように無視された。
そしてマヤの右腕が変形した。手首の部分が折れ曲がり、そこから銃身が顔を出す。マヤがニヤリと笑い破裂音が響く。銃弾が発射されたのだ。
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