第五章 軌道エレベーター騒乱

第27話 長期休暇はお見合いもどきのおまけつき

 香織は今、地球へ向かうシャトルに搭乗している。そしてこうなってしまったいきさつを振り返っている。


「もじゃもじゃの古狸め!」


 香織の口から洩れる独り言。そう、彼女は憤慨していた。


 三谷総司令の部屋にいたのは三名。もじゃもじゃ頭の三谷と政府の高官、そして大企業の役員だった。


「君も知っていると思うが、我々の活動はスポンサー企業からの支援が必要不可欠なのだ」


 何故か楽しくて仕方がないと言った表情の総司令だ。


「我々も機構には随分と予算を割いてはいるが、それにも限界があるのです」


 この男の名は小泉。小柄でいかにも役人と言った風体をしている。香織たちが所属しているPRA(環太平洋同盟)の産業省次官補佐だと言う。日本はPRA構成国の一つである。


 そして三人目が口を開く。


「またお会いしましたね。香織さん」


 あまり会いたくない男だった。宇宙ステーション大鳳やスーパーコメットの建造にもかかわった大企業の会長だという。この竹内晋太郎たけうちしんたろうという名の老人は、ビューティーファイブの生みの親と言ってよい存在だった。

 そもそも、唯一実用化できた貴重なワープ機関をアイドルグループに扱わせるという発想が規格外だった。そしてそれをレスキュー部隊として運用するなど言語道断だと、産業界からの反発は大きかったと聞く。これらの反対を説得してビューティーファイブ設立まで尽力した人物がこの竹内晋太郎だった。

 竹内会長の頼みは断れない。故に会いたくない。香織の思考は単純だった。

 浮かない表情をしていたのだろう。竹内は香織の手を握り満面の笑みを浮かべる。


「呼び出してすまなかったね。君にプレゼントがあるのだよ」

「ありがとうございます。それよりもまずこの手を……」

「ああ悪かった。こんな程度でもセクハラになるからね」


 竹内はやや焦った表情で香織の手を放す。そして懐から祝儀袋を取り出す。それは紅白の水引が付いた今どき珍しいものだった。


「さあこれがプレゼントだ。中を確認して欲しい」


 そう言って竹内は香織に祝儀袋を手渡す。香織はそれを受け取って中を確認する。中には金属製のプレートが入っており、立体ホログラムで文字とイラストが浮き出てきた。中身は新型の軌道エレベーター就航記念イベントへの招待状だった。添えらた手紙には、軌道エレベーターの宇宙側基地ステーションで行われる記念イベントに来賓として出席して欲しいと記載されていた。招待者の名前は竹内緋色たけうちひいろとなっていた。


「緋色?」


 香織が首をかしげる。


「ああそうそう。緋色はね。私の孫なんだよ。非常に内向的でね。自分で女の子に声をかけられない位なんだ」

「まさか見合い?」

「いや、そんなつもりは毛頭ないよ。彼はビューティーファイブの大ファンなんだ。ファンイベントにも恥ずかしがって参加しないくらい奥手でね。そんな愚図で奥手な緋色に気合を入れて欲しくて香織君にお願いしているんだよ」

「もしかして私がサプライズになっているのですか?」

「ああそうだ。招待状の差出人は緋色になっているが名前だけ。彼は何も知らないんだよ。イベントに参加してもらって、夕食をご馳走したい。その後は自由だ。軌道エレベーターでの旅行を楽しんでもらっても良いし、好きな場所へ行けるよう手配するよ」

「そうですか」


 香織にしては歯切れの悪い返事をする。彼女は三谷総司令と小泉次官補佐様を見る。彼らは笑顔で無言の圧力をかけてきており、この話を断ることはできそうにない。そう受け取った香織は頷きつつ返事をした。


「それでは、私は緋色さんに気合を入れて差し上げればよろしいのですね。気合を」

「勿論だとも、ビシッと一本背負いを決めてくれていいよ」


 香織が幼少時から柔道をやっていた事まで把握している。プロフィール上の好きなスポーツはバスケットボールになっているはずなのに食えない老人だ。


「わかりました。暴力行為は控えますけれども、緋色さんとイベントに同参して食事をする。そしてねやを共にせよと」

「そんな事はない。勘違いされては困る」

「冗談です」


 必死に否定する竹内に香織は苦笑する。総司令と小泉は青ざめていた。芸能界ではありがちな枕営業なのだろうが、ビューティーファイブとは無縁だった。今回も当然関係がないという事だ。

 見合いではないと言いつつもそれに近い顔合わせ的な策だろう。緋色というスポンサーの重要人物に対してサービスをしろという事だ。

 こういった申し出は過去何度もあった。元リーダーの美沙希はそつなくこなしていたと聞いた。しかし、全ての申し出を受ける筈はなく、断っている事例も多い。それは総司令の判断による。スポンサーに忖度そんたくしている態度はメンバーの立場からは好ましくはない。

 そこを強引にねじ込んで来た総司令に対して、香織は腹を立てていたのだ。


「何を怒ってらっしゃるのかしら?」


 隣の席に座っている若い女性から突然声をかけられた。香織は少し驚いたのだが冷静に返事をした。


「驚かせて申し訳ありません。仕事の事で上司と意見が食い違ってて」

「あらそう。よく聞く話だけど、ビューティーファイブでもそういう事はあるの?」


 突然の身バレに体を固くする香織。しかし、その女性は穏やかに微笑みながら続けた。


「突然声をかけてごめんなさいね。私はビューティーファイブの大ファンなの。特に貴方の。偶然隣の席になって舞い上がってたんです」

「いえ。こちらこそありがとうございます。私達はファンの方々と触れ合う機会が少なくて、こういう場合どう対応すればよいのか良く分からないのです」

「私もですよ。自分の推しと出会った時にどうすればいいかなんてわかんないです。私はマヤ。マヤ・マキナと言います。握手よろしいですか?」


 そう言って差し出した右手は金属製の義手だった。香織はその冷たい金属の右手を握った。


「私は相生香織です。ビューティーファイブでは副長の任についております」

「よろしく。相生副長さん」

「よろしく。マヤさん」


 挨拶を交わし大喜びしているマヤだった。両手を上にあげていたのだが、右手だけではなく左手も同じ金属製の義手であった。そしてその隣には大柄な金属製のアンドロイドが座っていた。

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