第11話 チェスゲームは等身大で


「チェックメイト」

「くそう。完敗だ」


 悔しそうにうなだれる林檎。ポーンとナイトに逃げ道を塞がれ、クイーンに睨まれている格好だ。

 そこは等身大のチェス盤。参加者は自らキングとなり、盤上に立つ。駒はリアリティのある造形だったが、全ては3Dグラフィックで描かれた虚像だった。林檎も王冠を被り、その身に鎧をまとっていた。

 背後をルークに守られたクイーン。両足のない彼女は宙に浮き、そして雷をまとった両腕を林檎の方へと向けている。そこから放たれる雷撃が、他の駒を一瞬で破壊するのを何度も見せつけられた。そして今しがた、自分のクイーンを眼前で破壊されたばかりだ。

 ピエロのトリニティがパチンと指を鳴らす。すると破壊された像が急速に修復され、初期配置へと戻っていく。林檎も元の位置へと戻されていた。


「練習はこのくらいでよろしいですか? 既に三戦していますよ」

「十分なものか。もう少し練習させろ。こっちは素人なんだ」


 林檎の後方でF1ポッドレーサーのキョウが難癖をつけるが、それを林檎が制した。


「これで十分だ。私は全身全霊をかけて戦う。貴様も正々堂々と戦え」


 トリニティを指さして林檎が宣言する。派手なパントマイムを披露しつつトリニティが返事をした。


「勿論、ルールは守りますよ。正々堂々かどうかは知りませんが。うふふ」


 ピエロが怪しい笑みを浮かべている。その横では獣人のビアンカが不満気な表情をしていた。ゲームに参加できず、イライラし始めたようだ。


「私は暇なのです! ねえねえお兄さん。私と遊んでよ」


 そう言ってキョウに飛び掛かっていくビアンカ。キョウは床に押し倒され、ビアンカとキスを交わしているではないか。キョウの方もまんざらではないようで、両手でビアンカの体をまさぐっていた。林檎はその様子を鋭い目線で睨みつけるのだが、すぐに正面を向く。


「おや? あの方は恋人ではないのですか?」

「関係ない。それに私は人種差別はしない。やりたければ勝手にやればいい。当人同士の自由だ」

「おや、これは寛容ですねぇ。いや、それとも無関心?」

「どうとでも受け取れ。三本勝負で決着をつけよう」

「いいでしょう。先に二勝した方が勝ち。よろしいですよ」


 人間としての尊厳と生死を掛けた戦いが今始まる。その時、室内に激しいアラーム音が鳴り響いた。


「トリニティ様。警戒エリア内に侵入者を確認しました。突然座標上に出現した後、こちらへ直行しています」

「ミニスター。クラッキングシステムは作動しなかったのか」

「申し訳ありません。いきなり懐へと飛び込まれたため、侵入が間に合いませんでした」

「なるほど。ワープ航法を使う救助船か。ビューティーファイブ登場だな」

「船籍を確認しました。太陽系開発機構所属のスーパーコメット号です。間違いありません」


 キョウの上に乗っていたビアンカはいつの間にか宇宙服を身に着けていた。そしてトリニティに敬礼する。


人型機動兵器トリプルDで発艦しますか」


 トリニティはビアンカを片手で制す。彼女は出撃する気が満々だったようだが。


「いや。スーパーコメットは救助船だ。それに対して人型機動兵器トリプルDで迎撃するのは野暮でしょう」

「なるほど。では対人殺戮兵器ドローンを起動しますか」

「不要だ。美少女が乗り込んでくるなら歓迎しようじゃないか。ミニスター!」

「はい」


 トリニティの眼前に3Dグラフィックで描かれた少年が姿を現した。ここ、トリニティの庭を管理しているAIのイメージ映像であろう。十歳程度のあどけない少年。白人で金髪なのだが、そんな子供に大臣ミニスターと名付けているのはどういう洒落なのだろうか。


「それでは誘導ビームで接舷させますがよろしいでしょうか。おや? 通信が入りました」


 ミニスターが宙を指さすと、そこに大型のモニターが現れる。その中にはビューティーファイブの副長、相生香織が映っていた。


「こちらは太陽系開発機構所属のレスキューチーム、ビューティーファイブだ。救難信号をキャッチした。ポッドレーサー白竜は応答しろ。繰り返す。こちらはレスキューチーム、ビューティーファイブだ。救難信号をキャッチした。ポッドレーサー白竜は応答しろ」


 その姿を見ながら頷いているトリニティ。ビアンカは歯をむき、何故か敵がい心をむき出しにしていた。


「あー。あんな美女に来られたらキョウちゃんはあっちになびいちゃうよ」

「そうかもしれませんね」

「トリニティ。あんた酷い」

「うふふ。ミニスター。事情を説明して差し上げなさい。もし、彼らを救助したいのなら、そのスーパーコメットを賭けてゲームに勝つ必要がある事を」

「了解しました」


 ミニスターがビューティーファイブとの交信を開始した。その時林檎は気が付いた。自分たちは囮であって、本命はビューティーファイブだった事に。そして、目先の欲につられて軽率な行動を取ってしまった事を猛烈に後悔していた。

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