第22話 宇宙放射線病
ここは宇宙ステーション大鳳のブリーフィングルーム。ビューティーファイブのメンバーが通常使用している会議室である。
今ここで、高名な医師がとある宇宙疾患についての説明をしている所だ。とある宇宙疾患とは俗に言う宇宙放射線病の事である。
「私たちは亜空間性免疫不全症候群と呼んでおります。俗称で宇宙放射線病と呼ばれているものです」
初老の女性医師。頭髪は全て白髪となり、肩でバッサリと切りそろえている。やや小柄で童顔だったことから「お人形さんみたいだね」と黒子が評していた。彼女の名は
「原因は不明です。科学的な根拠は一切見つかっておりません。症例としては急性白血病と酷似し、血液中の赤血球、白血球、血小板が減少します。それによって出血症や感染症が起こる頻度が急増するのです。白血病に関しては、現代において、その治療法は確立しています。白血病と言ってもいくつかの類型はありますが、それで直ちに生命が失われるという事はありません。しかし、この、いわゆる宇宙放射線病に関しては白血病と似た症例を示しながら、白血病に対する治療を施しても効果が薄く、多くは急性的に予後不良となります。これに関して現代医療の限界を感じている次第です。今から十数年前、この宇宙放射線病に対する特効薬が発見されました。それがエンケラドゥス・サファイアです。土星の衛星であるエンケラドゥスは表面の氷床の下に広大な海洋が広がっている事が分かっております。その海で発見された不思議な青い宝石がその特効薬なのです」
大木医師の説明は腑に落ちない。結局は全て謎のままではないのか。香織はそう感じる。
しかし、治療方法がない謎の宇宙病に特効薬が発見されたと言うのは朗報なのだろう。宇宙放射線病は、香織を含めた宇宙で働く人々が患う可能性がある疾患だからだ。
香織はふと周囲を見渡す。黒子はすやすやと気持ちよさそうに眠っている。羽里は必死にメモを取っているかに見えるが、どうせ自己満足の百合小説を書き綴っているに違いない。知子の方はあからさまに落書きをしている。前時代的なピストンエンジンや、ゴムのタイヤを地面に設置させて走る現代ではあり得ない二輪の乗り物の図面であろう。どんな趣味をしているんだか、いや、趣味自体に文句は言わないが、こんな場所で趣味に没頭するなど言語道断であろう。
「私は宇宙放射線病の原因の一つが重力子反応炉であると考えております。それはこの動力機関が開発・実用化された時期と、宇宙放射線病が認知された時期が重なっているからです。しかし、明確な関連性は見つかっていない。では何故なのか。ここから先の論点ですが、これは客観的に荒唐無稽であると評価されるのではないかと思っております。しかし、私はあえて主張します」
話が本題に入った。仮説なのだろうが、あの高名な大木医師がその核心に言及する。そう感じた香織は大木医師の顔を見つめる。大木医師もその穏やかな瞳で香織を見つめてきた。
「宇宙放射線病。これは生命エネルギーの、正負のバランスが崩壊する現象なのです。重力は空間の歪みを伴う。重力子反応炉はその歪みを利用して動力を生み出す機関なのです。その周囲では自然環境ではありえない空間の歪みが発生している。それに晒された人間が時折負の生命エネルギーを浴びてしまうのです。この負の生命エネルギーとは、過去において悪霊や悪魔と呼ばれていた類のエネルギーです。そして宇宙放射線病とは、この悪霊に憑依された状態であると考えられます。それならば神の御業による完治例があるのではないかと考えました。私はそれを探しました。そして、地球上に於いていくつかの完治例を発見することができました。それは少数ではありましたが、
なるほど。世間では何を馬鹿な事を言っているのだと揶揄される話であろう。しかし、香織の受け止め方違っていた。最先端の科学技術を用い、宇宙を飛び回っているからこそ神秘体験を受け入れることができる。ワープ航法などは、神秘体験そのものではないか。それとは別に、宇宙に於いて黄金色に光り輝く守護天使を目撃した話は多数報告されている。そして香織自身もその黄金の影を何度か目撃したことがある。しかし、そういった情報は不確実であり、またある種の精神疾患を疑う勢力があるため公表されていない。
「しかしながら、その
大木医師の話は終了したようだ。
その途端、ガバッと目を覚ます黒子の姿には笑うしかない。座学の最中に居眠りをするなど劣等生の見本なのだが黒子の場合はどうやら違うらしい。
質疑応答の時間となった。
総司令は自信満々。義一郎は消極的といった様子だ。
あの男、女関係では途端に優柔不断となる。身内の為に公共機関を動かす事に対して躊躇しているのだ。身内とはビューティーファイブ元リーダーの美沙希。彼女の娘が宇宙放射線病にかかっている事を知った香織がこの任務を提案した。しかし、現隊長の義一郎は任務実行をためらった。美沙希と義一郎は幼馴染だと聞いていた。それとこの任務に何の関係があると言うのか。グズグズしているならば尻を蹴り飛ばしてでも従わせる。現に総司令はその気になってやる気満々ではないか。
香織は指をゴキゴキと鳴らし、不敵な笑みを浮かべていた。
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