第二章 星屑の魔術師
第8話 アステロイドベルトの不穏な領域
「ははははは! どうだ、このGがたまらないだろう!!」
「寝言は寝て言え。まだまだ子供騙しだ」
アステロイドベルト内のデブリ密集地域をジグザグの航路を取って疾駆する小型船。ポッドレーサーと呼ばれる機体だ。
月面や小惑星帯、木星や土星の衛星軌道など様々な場所でレースを繰り広げている競技用の小型船だ。そのカスタムマシンが単独でこの小惑星帯を航行している。しかも小惑星を回避しながら激しい旋回を続けている。
「一般人じゃあこの速度は出せないんだぜ。俺が操縦すれば三倍速さ!」
「誰がすっ飛ばせと言った。私が興味を持っているのは例の怪奇スポットなんだ」
「なあ林檎。目的地まで行って帰るだけじゃあ面白くないじゃないか」
「敢えて危険を冒す必要はないぞ。キョウ」
「俺の腕を知ってるだろう。これでもF1ポッドレーサーなんだぜ」
「だから何なんだ。速度を落としてパッシブモードへ移行しろ。大騒ぎして見逃せば、ここまで来た意味がない」
「それはスポンサーとしての意見か?」
「勿論だ」
キョウは渋々と林檎の指示に従う。
「アルテミス。減速しろ。予定ポイントまでは吹かすな」
「ラジャ」
このポッドレーサーは白竜号。搭載されているAIの名がアルテミスという。命名したのは林檎だった。
「機体反転。減速モードへ移行します」
AIのアルテミスは白竜の船尾を進行方向へと向け減速態勢に入った。そしてエンジンを噴射させ急減速する。林檎とキョウは体をシートに押し付けられる。
「このGはキツイな。林檎のおっぱいもぺったんこになってるんじゃないの?」
「うるさい。黙ってろ!」
冗談交じりの減らず口が得意なキョウは、名の通ったF1ポッドレーサーだ。フルネームはキョウ・タツノ・クライン(KTC)という。彼のスポンサーとして機材を提供しているのが、助手席に座っている
アステロイドベルトとは火星と木星の軌道の中間にある小惑星帯の事である。本来、小惑星同士の間隔は極めて広く、小惑星に到達するためにはそれを狙って接近する必要がある。しかし、小惑星や微細天体が密集している特異な領域が存在していた。
百年ほど前に発見された小惑星の密集領域。
アステロイドベルト最大の天体ケレスに比較的近い位置にある為、そこはケレス特異点と名付けられた。
この奇妙な領域を調査するため、何隻もの宇宙船が派遣された。しかし、調査は一度も成功しなかった。
ある船は難破した。ある船は電子機器に異常をきたし、調査目的を放棄した。
何故難破したのか。何故電子装備が異常を示すのか。その理由は不明だった。
難破した宇宙船の数は十二隻。そのほとんどは小惑星と衝突し、幾多の破片を生み出した。それはデブリとなって付近に漂い、宇宙船の航行をより困難にしている。
そして、電子機器が異常を示す時、必ず何か歌のような信号を受信していた。宇宙のサルガッソーと言われ、また、セイレーンの特異点とも言われている場所になる。あまりの事故の多さに、そこは進入禁止宙域と指定された。
魔女がいるならそこへ乗り込んで正体を暴いてやる。そんな意気込みでここまで来たのが林檎だった。
林檎の実家は宇宙で運送業を営んでいる大企業である。彼女の会社が所有している宇宙船もこの宙域での事故に遭い、それが経営を圧迫していた。
会社の為ではない。あくまでも興味本位。しかし、その謎を解けば一攫千金。林檎の胸中はそんな思いでいっぱいだった。そんな林檎の誘いに乗ったキョウもまた一攫千金を夢見ていた。F1ポッドレーサーであるが故、レース活動をするには莫大な資金が必要だ。キョウは林檎を金づるとしてとことん利用してやろうと考えていた。
「減速完了、機体方向を180度転換。慣性航行へと移行します」
アルテミスのアナウンスだ。白竜は船尾を後方へ向けた。
正面モニターにはいくつもの赤いマーキングが表示されている。それは小惑星や微細天体、その他のデブリの位置を示している。
まばらに表示されている赤いマーキングだが、正面にはそれが集中している箇所があった。そこが本命。ケレス特異点である。ポッドレーサー白竜はまっすぐそこへ向かっていた。
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