第33話 失ったものは……。


「では最後の問題です。とりはとりでもおしりがあたまになっているとりってなーんだ?」


 また雛子が挙手して答えた。


「答えはしりとりです!」

「正解。雛子ちゃんお見事です!」


 リーベは拍手しながら雛子を褒める。


「これで雛子ちゃんが7ポイント。香織さんが3ポイントです。なぞなぞ勝負は雛子ちゃんの勝ちです!」

「やったー!」


 両手を上げて喜んでいる雛子だった。

 香織も手を抜いたわけではないのだが、この勝負は完敗だった。そして何故か付近の乗客も雛子の勝利を称えて手を叩いていた。このような状況の中、明るい雰囲気を醸し出してくれた事に対する感謝の気持ちであろう。

 

そんな時、突然船内放送がかかる。


「乗客の皆さんはその場で姿勢を低くしてください。決して席を立たないように。そして耳を塞いでください」


 女性の声だった。

 乗客は一斉に耳を塞ぎ身をかがめる。香織と雛子も耳を塞いで姿勢を低くした。客室についている4か所のエアロックが一斉に開き、そこからいくつもの手りゅう弾が放り込まれた。スタングレネードだった。閃光と大音響を発する非殺傷系の武器で、現代では爆薬を用いていない。至近距離で炸裂しても、火傷を負う心配がない。

 そして機動攻撃軍の兵士が突人してきた。彼らの持つライフルから、幾条もの青白いビームが放たれた。

 香織の隣に座っていたリーベはいつの間にか席を立っており、マヤの元へと走っていた。そのリーベも青白いビームに撃たれて床へと倒れた。天井付近のドローンも火花を散らしながら落下した。

 前方にいた黒人女性と後方にいたサングラスのハンサム男も既に倒れていた。しかしマヤはアロウの傍にしゃがんでおり、薄ら笑いを浮かべていた。


「動くんじゃない! 今すぐここから出ていけ。さもないと核を起爆する!」


 兵士は一斉にライフルを構えるが、マヤはうまく死角に入っており直接狙えない位置にいた。


「クソ! どうして簡単に侵入できたんだ」

「飛鳥のAIが私たちの支配下にあったから複数のエアロックが同時に開いたのよ」

「システムはスタンドアローンにしていたはずだ。外部からは不可能だ」

「船内にいたのよ。凄腕のハッカーが」

「まさか、あのアンドロイドが!」


 香織は立ち上がってマヤの方へと歩いていく。そして、途中で動かなくなったリーベを抱えた。そしてマヤへと語りかける。


「この子が暗殺用だなんて嘘でしょ」

「間違いなく暗殺用だ。青酸系の毒物を持たせてある」

「信じないわ。もしそうなら、私を人質にできた。でもこの子は貴方の下へと走ったのよ」


 マヤは黙って俯いている。


「もう諦めて。投降して、マヤさん」


 マヤは香織の呼びかけにも反応しない。そして両手でアロウの起爆装置を操作した。左右のレバーをそれぞれ上下に動かすだけだった。


「起爆コードを受領しました。爆発迄まで30秒」


 アロウがカウントダウンを始めた。


「ははは。これでお終いだ。逃げたってもう間に合わない。私達は文明の進歩を認めない!!」

「27……26……25……」


 アロウのカウントダウンは続く。その時、黒い大きな腕が客室の天井を突き破って伸びてきた。スーパーコメットに搭載されているパワードスーツ〝ニンジャ〟の黒い腕だった。その腕はアロウを掴んで天井の上へ引っ込んでいく。そして掴んだアロウはもう一体のパワードスーツへ手渡された。それは、白と朱のツートンカラーで大型の推進ユニットを背負っている〝ショーグン〟。ビューティーファイブ専用の高機動型のパワードスーツだった。


「受け取った。ゲートを開放して!」


 黒子の声が周囲に響く。彼女は外部スピーカーをONにして通話していた。


「あの馬鹿……」


 その言葉は苦笑と共に香織の口からこぼれた。黒子の操縦するパワードスーツは、外側のゲートを通過した時点で全開加速を開始した。そのまま安全圏迄戦術核を運べるだろう。

 機動攻撃軍の兵士に抑えられたマヤはの眼はまだ光を失っていなかった。彼女はまだ諦めていなかったのだ。

 マヤはその右足を触り何かのスイッチを操作した。


「やってくれたね。ビューティーファイブめ。でもこの飛鳥だけは貰っていく」


 マヤの右足からアナウンスが流れた。


「自爆装置作動しました。爆発迄25秒」


 機動攻撃軍の兵士が必死に押さえつけようとするのだが、義手義足のマヤは相当に力が強くて抑えきれない。マヤの右足がカウントダウンを続ける。


「即爆発してくれりゃ良かったんだけどな。爆弾魔のくせにこんな仕様の物しか作らないんだ。あの馬鹿は。ははは!」


 更にマヤの右足がカウントダウンを続けている中、床に倒れていたリーベが再起動して動き始めた。リーベはマヤの傍に寄り、右足に触って何かしている。


「止めろリーベ。脚を外すな」

「マヤ様、申し訳あません。貴方を見殺しにするなど私にはできません」


 暴れているマヤの右脚を外したリーベは、それを抱えてエアロックから外へ出ていった。そして架道橋の真中に立ち振り向いた。


「マヤ様。これからもどうかお元気で。そして雛子ちゃん。アニメの録画はできなくなりました。ごめ……」


 言葉の途中でマヤの自爆装置が爆発した。爆風で機体が揺れ、いくつかの破片がエアロックから飛び込んで来た。

 そこで諦めたのかマヤは静かになった。機動攻撃軍の兵士が片足のマヤを連行していく。ハンサム男がピクリと動き銃を構えたのだが、いち早くそれに気づいた知子が回し蹴りでハンサム男の頭部を蹴飛ばした。ハンサム男は再び昏倒した。


「こいつまだ生きてた」

「すまないねお嬢さん。このビームライフルは暴動鎮圧用の麻痺光線仕様なんだよ」

「へえーちょっと見せて」


 知子は兵士からライフルを受け取って眺めている。ビューティーファイブで使用しているプロトンガンとはだいぶ趣が違う銃に興味津々のようだ。

 操縦席からは髭男が両手を上げて出てきた。ジャガーと名乗った男だ。


「投降する。お嬢が捕まった時点でゲームオーバーだ」


 ジャガーが拘束された時点でこの事件は収束した。


 本来、ハイジャック事件にかかわることがないビューティーファイブであったが、今回は彼女たちの活躍によって事件は解決した。しかし、偶然居合わせた視覚支援アンドロイドのマナの功績は特に大きかった。

 マナと手をつないだ雛子が香織の前に歩いて来た。


「ねえ。香織さんはやっぱり香織さんだった」

「今は見えるの」

「ええ見えてます。私はマナちゃんと手をつないていると良く見えるんです。今の視力は3・0です!」

「それは凄いわね」

「それでリーベちゃんは何処? 何処? 記念写真撮らなきゃ」


 そう言ってきょろきょろと辺りを見回す雛子だった。


「雛子ちゃん。リーベちゃんは先ほど破損しちゃったの」

「え? どういう事?」

「爆弾から私達を守る為に」


 香織のその一言で察したようだ。雛子は必死に涙をこらえている。


「私は泣かないよ。笑って言うんだ。助けてくれてありがとうって」


 そして雛子はマナと共にエアロック迄歩き、外へ向かって大声で叫んだ。


「リーベちゃん助けてくれてありがとう。私は貴方の事一生忘れないよ!」


 しかし、雛子は涙をこらえきれなかったようだ。溢れる涙をぬぐいながらマナとつないでいた手を放して香織の胸に飛び込んで来た。


「ごめんなさい。やっぱり涙が止まらないよ」

「仕方ないよ。私だって涙が止まらないから」

「うん。ごめんなさい」


 香織は強く雛子を抱きしめていた。

 雛子が落ち着くまでずっと……。

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