第34話 決戦準備
「この武器で……行けるか?」
ハルクの襲撃を受けた、その日の夜。新作の武器を一つ作った俺は、これまでになくその完成度に疑問を抱いた。
ただ強い武器を追究してきた俺にとって、目の前の武器はあまりに頼りない。でも生産ギルドを始めたからには、俺も今までと同じではいけないと分かっていた。
「……よし、これで行こう。今の俺にとっては、ある意味最大限だろう」
「ライア殿。新しい武器が完成したという事は……とうとう決戦の準備が整ったんすね?」
武器を見ながら大きく頷いた俺に、近くで見ていたメイがニヤリと笑いながら尋ねてきた。
だが全て分かってますみたいな顔の割に普通に的外れだったので、俺は呆れながら言葉を返す。
「いや全然終わってないぞ、決戦の準備するのは明日だ」
「えっ。暗器を作って【鍛冶嵐】本部の人達を抹殺するんじゃないんすか? 拙者、着々と暗殺の準備を進めたんすが」
「進めるな。そりゃもう生産ギルドじゃない」
相変わらず変な方向に突っ走りがちなメイを押し留め、それから緊張で強ばった笑みを漏らす。
「心配しなくても、上手くやって見せるさ。準備するのは調合師の役目だ。メイ達は心配せず、決戦に備えて寝ておいてくれ」
そう言って、俺はメイを彼女の部屋に帰した。
決戦の準備。それは調合師である俺にとって、往々にして決戦自体よりも大きな意味を持つのである。
翌日。俺はレオナ達の誰にも告げず、とある屋敷の門前に来ていた。
「ごめんください、調合師のライアです。お約束通り、新しい武器を持って参りました!」
質素な岩や池が特徴的な、門の中に広がる東洋風の庭に向かって叫ぶ。
だがどこからも、一切の反応は帰って来なかった。
……いや、反応ならあった。メイのようなエセ忍者とは違う、ガチ忍者が木の上や岩の陰から次々と現れ始めたのだ。
「まぁ、こうなりますよね」
簡単に事が進まないと分かり、俺は苦笑する。それから表情を引き締めて、襲ってきた忍者達をしっかりと見据えた。
「なんだかんだ、近くに仲間がいない状態で戦うのって武装龍戦以来だな」
あらゆる意味をもって、これは俺に対する試練だ。支え合えるのがギルドの意味だが、時には一人で向き合わなければいけない苦難もある。
そして今は……調合師にとって、その時なのだ。
「忍者がわざわざ姿を見せてくれてるんだ。奇襲さえなければ――勝てないということはない!」
俺は武器を構えながら、その門の中に足を踏み入れる。
これまではレオナ達のお陰で、自分の作った武器を信じきらなくても戦うことが出来た。
だがこれからは、自分の武器には自分が一番自信を持たなければいけない。支え合うためには、レオナ達を支えられるだけの自信が必要なのだから!
「来い、アームドリンカー!」
数人の忍者が放ってきた手裏剣に対して、俺は装食従僕アームドリンカーを自分の手に呼び寄せる。
対人戦用に少し大きめに作ってきたそれは移動中も相手の攻撃を防ぐと、すぐに手から離れて背中へと戻った。
「ダッシュカッター!」
遠くから悠々と手裏剣を放ってきた相手に、俺はエアパックの力で近づきながら脚につけた三日月状の刃で斬りつける。
地面が岩場などでない限りは、足の裏のカエル皮でそれなりにスムーズに動ける。レオナ達のように機敏な動きは出来ないから、俺は機動性をエアパックに頼ることにしたのだ。
「そしてこれが――今回の本命だっ!」
俺は残った忍者達に向かって、今回のために新しく作った片手剣で斬りつけた。
その剣は柄の周りに円形の飾りがついた特徴的なデザインをしているが、考えていたよりも振り回しやすい。
エアパックで急接近したがために相手は俺の攻撃を避けきれず、二人ほど剣の軌道に巻き込める。だが流石は忍者というべきか、他の三人は一瞬で後ろに下がって剣を避けた。
「やっぱ忍者の動きは捉えづらいけど、純粋な強さならメイの方が上だな。それなら……調合師は忍者にも勝てる武器を作ればいいだけだ!」
気合いを入れるために叫びながら、俺は円形の飾りを貫いていた剣の柄を指で捩る。すると円を中心に、刃がくるりと回って柄の後ろへと回って来た。
そして刃の代わりに、その反対側にあったもう一つの武器が標的へと向けられる。
「毒針空砲、発射!」
回転したのをきっかけに、前へ回ってきたもう一つの武器から四本の毒針が発射された。
剣を避けることに集中していた忍者の一人は、突然変化した武器に対応できず毒針が四本とも刺さった。今回は麻痺毒を調合して塗っていたが、猛毒を塗っていれば死んでいただろう。
「ぬっ、間合いを離すのは危険か」
「いいや。もちろん間合いを詰めるのも危険ですよ?」
毒針を警戒したもう一人の忍者が再び剣を構えて近付いてきたが、それはむしろ有り難かった。
俺はまた剣の束を捩ると、また円形の飾り上で刃が回転し、遠心力をつけた刃がもう一人を斬りつける。残る忍者は、あと一人!
「ふむ、やはり近付けば斬られるか。愚かなり服部」
「まぁご想像通り、近くに寄らなければまた撃たれますけどね」
俺は工夫もなく柄を捻り、また刃が後ろに行くと相手に針が命中した。鉄板ネタかよ。
だが実際、近距離攻撃と遠隔攻撃がほぼシームレスに切り替わるのは対応が難しい。相手はどんな場所にいてもこちらの攻撃を警戒しなければならなくなるというのが、この武器の強みなのだ。
裏砲剣レンジコンクエスタ。今使った通り、剣と毒針が反転してどちらもすぐに使い分けられるという武器である。
円形の飾りは武装蜥蜴の肉で出来ており、そこについている刃と小型砲を浮蛙の空球で回転させることが出来る。
小型砲というのは中にある空球に毒針を入れただけのものだが、回転させることで空球が毒針のある方を向くようになっているため、空気を補充するタイミングで毒針を勝手に補充するようになっているのだ。こうすることで、弾は剣で戦っている間に補充されるというわけである。
忍者を全て倒して安心していると、庭の奥から医療用の神官が数人と、一人の老人が現れた。
「……思ったより早い訪問だったね、ライア君」
「ええ。俺ももう少し、力をつけてから来る予定だったのですが」
腰も曲がったヨボヨボのおじいさんではあったが、目にはまだ強い輝きと意思が残っている。彼は辺りに倒れた忍者を見回すと、高い声で笑った。
「強くない君自身が、誰でも使える武器で、相手を一人も殺さず忍者に打ち勝つ……。見事だったよ、ライア君」
「ありがとうございます、エイムズ会長」
老人が今の戦いを誉めてくれたので、俺はお辞儀して謝意を示した。
彼は東洋と深い繋がりのある商会の会長で、最初に【鍛冶嵐】が邪魔をしてきた辺りから挨拶に伺っていたのだ。
いつか【鍛冶嵐】を越える生産ギルドになったと思えばもう一度訪ねて来いと言われていたが……【鍛冶嵐】と決着をつけるにあたり、こうして早めに会うことになった。
「ご覧いただいた通り、この裏砲剣レンジコンクエスタは誰にでも使える使い勝手の良い武器です。エイムズ会長の手腕があれば、国をも越えて売ることが可能なのではないでしょうか?」
「……あぁ、確かに画期的だ。【鍛冶嵐】では逆立ちしても作れない武器なのは間違いないな」
老人は深く頷き、それから俺を強く睨んだ。
「しかしまさか、その武器一つを見せたから君達を信じろと言うわけではあるまい? 【鍛冶嵐】は確かに腐っておるが、長年生き続けてきた実績は確かだ。それを見捨ててまで、君達に力を貸すメリットはあるのかね?」
エイムズ会長は武器のインパクトに騙されることはなく、俺をしっかりと見据えている。
【夜明けの剣】に、【鍛冶嵐】よりも大きな価値をもたらせる事が出来るのか、否か。それを彼は見極めようとしているのだ。
正直、今の段階で答えをハッキリと示すことは出来ない。例えば俺が病死でもすれば【夜明けの剣】は生産ギルドとしての機能を失うのだから、不安定にも程がある。
だがそうだとしても、【鍛冶嵐】をのさばらせておくわけにはいかなかった。
「以前行ったワクワクドキドキ武器体験ツアーで、俺は頼りない武器に命を賭ける冒険者をたくさん見ました」
「ネーミングセンス最悪じゃの」
「今のままでは生産ギルドの衰退に留まらず、冒険者稼業……ひいては人類の存亡に関わります」
【新星団】を追い出されて色々な冒険者に出会った俺は、性能の悪い武器に頼る彼らを見てきて、自分ならもう少し強い武器を作ってやれるのではないかと考えていた。
自分でもおこがましい考え方だと思っていたが、生産ギルドを続けていくならばその感覚は大事にしなければいけないだろう。これは俺の、れっきとした本心なのだから。
俺は自分の作った武器を数秒見つめてから、言った。
「ですが我々【夜明けの剣】は、そんな心配をしなくて済む世界を目指しています。確かに【鍛冶嵐】はこの街にとって大きな存在でしょうが……」
俺は自分の本音に向き合って、言う。
「俺達なら街一つなどと小さな事を言わず、国全体を動かせるギルドになれるでしょう」
「フハ、フハハハハハッ!」
身の丈に合わない……だが俺達が力を合わせれば出来ると思っていた夢を俺が言い切ると、エイムズ会長は大きく笑った。
「そんな大きな舟なら、乗らないわけにはいかないな。……よかろう、ワシら【東亜商会】は……君に賭けるとするよ。今日の決戦で、ワシらは支援を惜しまないことを約束しよう。もちろん君達の奮闘に心を奪われた、多くのギルドと一緒にね」
俺の目を見て、商人の顔で、言う。
「今もし武器の素材がご入り用なら、割安で提供しよう。今後とも……ご贔屓に」
「んぅ、ライア殿? どこか行ってたっすか?」
「あっ、ライアさんいた! いつの間にかいなくなっていたので、心配したんですよ!?」
一つの戦いを終えて宿に戻ると、眠そうにしているメイと困り顔のフィラがラウンジで俺を待っていてくれた。
フィラは相当心配していたのか、俺の顔を見るとすっ飛んできて抱きついてくる。彼女らに伝えるべきだったとは思うけど、普段頼り切ってる分ここは俺一人でやりきりたかったのだ。
だがレオナは俺が一人で頑張ってきたことを表情から悟ったようで、呆れたように笑って言った。
「おかえりなさいにゃわん、ライア。決戦の準備は、整ったみたいにゃわんね」
「あぁ。ただいまって言える場所を守るために――ケリを、つけよう」
こうして俺達は、とうとう【鍛冶嵐】と決着をつけることにしたのだった。
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