第7話 パートナー

 アシッドスパイダーを倒した俺達は、疲れのあまり地面にへたり込んでいた。


 いや正直俺はアシッドスパイダーに吹っ飛ばされてただけなんだけど、慣れないことをしたから心労がね? こうね?


「やっと、倒せたにゃわんね……」

「あぁ。ほんと、レオナがいてくれて良かったぜ……」

「それはこっちの台詞にゃわん。ライアがいなかったら、アシッドスパイダーなんか歯が立たなかったにゃわん」


 レオナが元持っていた剣を持ち、地面に転がったアシッドスパイダーの脚をコンコンと叩く。

 確かにその剣は普通の鉄で出来ていて、刃もあまり洗練されていなかった。市販のものとしては普通の出来だが、レオナのような良い剣士は、もっと良い武器を使うべきだ。


「レオナに見合う武器を作れて、俺も嬉しいよ」

「うぅ……。だからって武器の性能を見せるために一人で立ち向かうのは危なすぎるにゃわん。実演販売に命賭けすぎにゃわん……」


 レオナは疲れのためか顔を赤くしながら地面に寝転がって、ブツブツと呟いた。


 確かに命知らずな行為だったとは思うが、それ程までに彼女に俺の武器を使ってほしかったのだ。

 彼女が最大限の力を出せず、アシッドスパイダー如きにやられてしまうのは我慢ならなかった。今でも彼女の力をもっと引き出したいという願望が、俺の職人魂に火をつけている。


 あの瞬間、彼女に俺の武器が認められないのであれば、俺は生きてても死んでても同じだと本気で思っていた。冷静でなかったのは確かだが、俺がレオナの中に生きる意味を見出だしているのはどうやら本当のようだ。

 命懸けで彼女の信用を得ようとしたのは、俺の愛の告白と言っても過言ではないだろう。


 そんな事を思っていると、彼女は俺に向かってポツリと言葉を溢した。


「好き、にゃわん……」

「えっ?」


 レオナが呟いたので視線を落とすと、彼女は自分でも驚いたというような顔をして急に慌て始めた。


「ふぇっ!? い、いやライトニングソーがね? ライトニングソーが凄く好きになったにゃわん!」

「どんだけ気に入ったんだよ」


 一瞬俺のことを好きになったのかと思ってしまったが、どうやらライトニングソーに惚れ込んでしまったらしい。いやそれはそれで勿論嬉しいんだけどさ。驚いちゃうじゃないのさ。


「とにかく、アシッドスパイダーも倒せるならこのダンジョン踏破も簡単だ。素材だけ採取したら、そろそろ帰り道を探そう」

「分かったにゃわん!」


 強敵を倒して冷静さを取り戻した俺達は、それから大した敵とも会わずに出口を見つける事が出来た……。






 ダンジョンに長居したつもりはなかったが、思っていた以上に長いこと彷徨っていたようだ。

 洞窟を出ると外は暗くなっていて、しかし空には淡い光が通っているように見えた。どうやらもうすぐ朝のようで、涼しい空気に鳥の声が溶ける。


「やっと出られたにゃわん!」

「あぁ、一時は死ぬかと思ったぜ」

「死のうとしてたなら当然にゃわん……」


 ダンジョンを出た俺達は歩きながら喜びを交わしたが、レオナは俺の不用意な発言を聞き咎めた。


 さっきまで笑顔で生還を喜んでいたレオナが、顔を少ししかめながら俺に顔を向ける。彼女の瞳は、上目遣いで心配そうに俺を捉えていた。


「ライアは折角凄腕の調合師なのに、どうして死のうとなんてしてたにゃわん? 会ったばかりの私が聞くのはどうかと思うけど……もし良かったら教えてほしいにゃわん」


 レオナは眉を八の字にして、恐る恐る俺に尋ねてくる。この様子だとずっと聞きたかったのだろうが、今までは遠慮してくれていたのだろう。


 会ったばかりの女の子に悩みを打ち明けるのは少しだけ憚られたが、しかし彼女にこれまでの経緯を話すこと自体への抵抗は殆どなかった。

 一緒にダンジョンを生還してお互いの仲が深まったというのもあるし……何より、彼女とはこれからもずっと冒険を続けるのだろうという予感があったからだ。俺は彼女を刺激しないよう配慮しながらも、驚くほど自然に長年勤めてきたギルドから追い出された話をすることが出来た。


「なっ……それは酷いにゃわん! 我慢できないにゃわん。ちょっとライトニングしてくるにゃわん!」

「何しようとしてるのか分かりたくないけど、取り敢えずライトニングソー構えるのやめてくれ。それ普通に殺人罪だから!」


 なるべくオブラートに包んで話したつもりだが、それでも彼女は【新星団】が許せなくなったようで怒り狂っていた。


 俺のためにそこまで怒ってくれるのは素直に嬉しい。ただ、ライトニングソーを構えながらギルドへ突撃するのは普通に物騒だからやめてほしかった。


「俺はもう気にしてないから大丈夫だよ。これからまた稼げばいいし、それに……」


 俺は流れるようにレオナが自分と冒険のパートナーにならないか尋ねようとして、その直前で慌てて口をつぐむ。


 聞こうとするまでは分からなかったが、人を自分だけのパートナーとして誘うのは、パーティーに誘うのとは比べ物にならないほど緊張したのだ。

 断られたらどうしようという不安もあるし、何より……自分でも驚くほど恥ずかしい。体中が嘘のように熱くなり、一瞬で口を開くタイミングが分からなくなる。


 俺を誘った【新星団】の元ギルド長も、こんな気持ちだったのだろうか……。そんな風に意識を逸らしかけたが、俺はすぐに気を取り直す。

 前のギルドで上手くいかなかったのは、結局自分がずっと誰かの後ろにいたからだ。調合師だろうが何だろうが、自分から動き出さなければ……何も変わらない。


「あ、あの……さ」


 レオナから引き離されないよう並んで歩くだけだった俺が、ようやく口を開き直す。

 口から飛び出した小さい声が自分のものだとは信じられなかったが、それでも意を決して続く言葉を口にした。


「もし良かったら……というか、レオナがパーティーとかに入ってないんだったらだけどさ。あー、俺と……俺と一緒に冒険しないか? これからも」


 尋ね終わると、気管が詰まったような息苦しさと、脳の異様な熱さを同時に実感する。彼女から見て自分がどれだけ情けなかっただろうかと思うと今すぐ逃げ出したかったが、しかしその前にレオナがガシッと俺の両腕を掴んだ。


「それ、本当にゃわん? 私と一緒に、これからも冒険してくれるにゃわん!?」

「え? あ、あぁ……。そりゃ君が良ければ、だけど……」

「あ……有り難うにゃわん! 凄くうれしいにゃわん!」


 レオナはこれまでで一番の大声を出すと、いきなり俺に抱きついて、表情を隠すかのように顔を俺の胸へと押し付けた。

 だが、その直前に俺は見た。彼女の表情が、泣きそうに歪められるのを……。


 ここまで喜ばれるとは思っていなかったので、俺は余計に動揺してしまう。

 彼女は彼女で、何か悩みがあったのだろうか? 少し不安になって尋ねようとしたが、その前にレオナが跳ねるように俺から身を引き離した。


「うひゃあっ!」


 叫びながら俺から離れた彼女が、顔を真っ赤にして俯く。どうやら勢いあまって俺に抱きついた事を、今更ながら恥ずかしく思ったようだ。


「いきなりごめんにゃわん、ちょっとはしゃぎ過ぎたにゃわん」

「謝らなくても……。別に、嫌じゃないし」

「そ、そうにゃわん?」


 俺がそう言うと、レオナは顔を伏せたまま静かになった。しかし犬の尻尾はブンブンと動いていて、喜びが隠しきれていない。


「ハァ……」

「ん、どうした?」


 だがその尻尾の動きが急に止まってレオナがため息をついたので、答えを聞いていない俺は不安に襲われて真意を尋ねた。

 すると彼女は、重々しい口調で不満を口に出す。


「私の服がもっとちゃんとしてれば、もっと素直に感動できたのににゃわん……」

「さっきから俯いてたの、服を気にしてたのかよ!」

「それ以外に何があるにゃわん? とにかくこれからよろしくにゃわん、ライア」


 そう言って、レオナが笑顔で俺に手を差しのべる。

 その目にもう涙はなく、俺の選択が彼女のためになっているのだと、直感的に分かった。


「こちらこそよろしくだ、レオナ」


 俺が再び彼女と握手を交わすと、ちょうど遠くの地平線から朝日が覗いた。

 日の光に祝福されながら、ここに正式に、新たな冒険者ペアが成立したのである。


ペア財産

・回転鋸ライトニングソー×2

・肥大槌ソイルハンマー×1

・伸縮槍(試作)×1

・布の服×1


・影蝙蝠の死骸×1

・酸性蜘蛛の石脚×7

・酸性蜘蛛の糸×8

・酸性蜘蛛の糸袋×1

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