第6話 酸性蜘蛛

 二つ作ったライトニングソーは、レオナと俺がそれぞれ一つ持つことになった。


 長年調合師一筋でやってきたが、冒険者になりたての頃は自分で戦うこともしてきた。手伝えることは殆どないだろうが、もしレオナが危なくなれば俺も助けに入るつもりだ。


「そのハンマーは俺が持ってなくて大丈夫なのか?」

「大丈夫にゃわん! 土をまとわせなければこのハンマー軽いし、武器を使い分けるのにうってつけにゃわん。この鎧は武器を携帯するにも便利だし、にゃわん!」


 レオナは腰と触手の間に差したソイルハンマーの柄を笑顔で指さし、その直後には顔から表情を消した。


「ん? どうしたんだ?」

「……私、いつの間にかこの鎧に慣れきってたにゃわん。ソーンウルフ戦でも動きやすかったし、今や自分が鎧を着ていることを殆ど忘れてたにゃわん」

「良いことじゃないか」

「良いワケないにゃわん!? 体が触手でぐるぐるになってるのを平常と思い込むとか、乙女として終わりにゃわん! あまつさえ、あまつさえこの着心地を気持ちいいと感じちゃってるなんて……!」


 そこまで言うとレオナは顔を真っ赤にして、すぐに両手で顔を覆った。まずいな、変な性癖を植え付けてしまったなら流石に罪悪感が湧くわ。


「あー……。安心しろよ、性癖は人それぞれだって」

「フォローする場所が違うにゃわん! もおおおっ!」


 言い終わると、レオナは叫び疲れたのか急に静かになった。俺が他の方法で慰めようとすると、彼女は勢いよく俺の口を塞ぐ。


「どうしたんだ?」

「……! ……!」


 口を塞がれながらも俺が普通に尋ねると、レオナは自分の顎をしゃくって俺の注意を前方へ向けた。


 遠く向こうには、大きなクモの巣が張られている。そして少し目線を上に向けると、その巣を作った張本人であるアシッドスパイダーが洞窟の天井を這っていた。

 その巨体は、人間の五倍ほどの大きさを誇っている。先ほどまでアシッドスパイダーの巣に絡まっていたレオナにとっては、下手するとトラウマものだろう。


「ん……あぁ、アシッドスパイダーがいたのか。めっちゃでかいな」

「なぁに普通に喋ってるにゃわん!? 言っとくけど蜘蛛だって音を知覚できるにゃわんからね!? 喋ったら気づかれるにゃわんよ!?」

「分かってるよ。でもあいつ、とっくに俺らを感知してたっぽいぜ?」

「にゃわん!?」


 レオナの動揺にも関わりなく、アシッドスパイダーはダンジョンに張り巡らされた糸を歩いてこちらへと近付いていた。

 アシッドスパイダーは酸性の糸を操るだけでなく、糸を伝って歩けることも人間にとって脅威だ。


「私が叫びすぎたのが悪かったにゃわんよねぇ。くそう、触手外装さえなければ……!」

「鎧のせいにすんなよ……。どちらにしても見つかったんだし、諦めて戦うぞ」

「うぅっ!」


 俺が呆れながら声をかけると、レオナは嫌そうな顔でアシッドスパイダーと向き合った。その表情からは、大きな不安が見てとれる。

 しかし戦闘では殆ど役立たずな俺は、彼女とは対照的に安心しきっていた。ソーンウルフ戦で彼女の立ち回りを見た後では、彼女の腕に疑いを持ちようがなかったからだ。


「行くぞ、レオ……」

「やっぱり逃げるにゃわんよ、ライアッ!」

「えぇ!?」


 俺は安心しながらレオナに呼びかけようとしたが、彼女はその前にアシッドスパイダーに背を向けた。

 全速力で逃げ始めた彼女に、俺はなんとか追いすがりながら問いかける。


「おま、何で逃げてんだよっ! てかアシッドスパイダーの速さから逃げ切るのはいくら犬人族でも難しいだろ!?」

「それでもクモは持久力ないし、普通に戦うよりは生き残れる可能性があるにゃわん! アシッドスパイダーには、生半可な攻撃は通じないにゃわんよ!?」


 彼女の叫びを聞いて、俺はようやく彼女が逃げた理由が分かった。


 アシッドスパイダーの足は当然だが酸で溶かせないほどの強度と耐性を誇り、他の部位も程々に硬い。このダンジョン内でも、かなり防御力に優れた魔物だろう。

 並の剣では歯が立たないことを知っていたから、彼女は弱気になっていたのだ。


「俺の渡したライトニングソーを使えば大丈夫だっ! アシッドスパイダーの足くらい簡単に切断できる!」

「なっ、それはちょっと見通しが甘過ぎじゃないかにゃわん!? アシッドスパイダーの硬さは、剣士の私がよく分かってるにゃわんっ」


 剣士としての経験が、彼女の確信を裏付けていたのだろう。レオナはこれまでになく断定的な口調で、俺の言葉を否定した。


 しかし、彼女の目には戸惑いもあった。

 俺が彼女の腕を信用しきっているように、彼女も俺の言葉を嘘だとは思いきれないのだろう。そうでなければ、俺に言葉など返さず本気で逃げているはずだ。


「でも、まだ足りないよな」


 レオナを見ながら、俺は小さく呟く。


 俺の作品を信じてもらうには、まだが足りない。彼女が身を任せられるだけの信頼を……俺は得られていない。


 武器も防具も、たとえ消耗品だろうと俺の作ったものは戦士の命を預かることになる。

 【新星団】の元ギルド長が死んだのは……俺にその意識が足りていなかったからだろう。そう考えたから俺は、彼女が死んだ日から前線に出ず武器作りに専念するようにしていた。……だから!


「今の俺なら、証明出来るっ!」


 俺は体を急に反転させ、背を向けていたアシッドスパイダーと向かい合う。

 いつの間にか8メートルくらいまで距離を詰められていたので、このまま逃げていればいずれにしても追い付かれていただろう。


 武器を振り回すだけの筋力がない俺は、目の前にライトニングソーを構えてアシッドスパイダーの接近を待った。すると止まった俺を格好の餌だと思ったのか、アシッドスパイダーがこちらに落ちながら黒い脚を伸ばす!


「何してるにゃわん!? 早く逃げるにゃわん、ライアッ!」

「逃げねぇよ。調合師だからって、戦えないと思うなよっ!」


 後ろからかかってきたレオナの警告を受けても、俺は体を動かさなかった。

 確かに俺は弱いし、アシッドスパイダーもそれを本能で察知していた。……だが、俺の作った武器までなめられては困る!


 俺を弱者だと決めつけて伸ばされた脚の軌道を見極め、その延長線上へとなんとかライトニングソーをずらした。


 普通の剣であれば、振りかぶってもいないのにアシッドスパイダーの脚を斬ることなど出来ない。しかし勝手に高速で動く棘は、俺の調合技術も相まって漆黒の脚を先から真っ二つにした。


「脚を斬った……にゃわん? こんな、簡単に……?」

「うし! ……っ……ぐっ!?」

 

 脚を一本斬った俺はそれで安心してしまったが、アシッドスパイダーも甘くはなかった。脚を斬られたことで警戒心を取り戻したアシッドスパイダーは天井から糸でぶら下がったままくるりと回り、その勢いで俺の体を脚で弾く!


 いとも簡単に吹っ飛ばされた俺に向かって、アシッドスパイダーは口から糸を吐き出した。

 この魔物は体のあらゆる方向に糸の発射口があることも、脅威とされる理由なのだ。地面に倒れて武器も構えていない俺に、その攻撃を防ぐ手段はなかった……が。


「もう……。会ったばかりだってのに、私を信用しすぎにゃわん」

「でも、これでレオナも俺の武器を信用してくれただろ?」


 俺を溶かす筈だった酸性の糸は、しかし俺の前で儚く散った。


 ……そう。レオナが俺の前に割って入り、ライトニングソーで糸を切り刻んだのである。


「そうにゃわんね。君の武器があれば……負ける気がしないにゃわん」


 さっきまで弱腰だった彼女が、負ける気がしないとまで豪語する。


 安物の剣しか持っていなかったから、彼女は自分の能力を引き出しきれていなかったのだ。自分の武器がここまで戦士の力を引き出せれば、調合師冥利に尽きる。


「キシャアアアアアアアアッ!」


 だが、アシッドスパイダーだって簡単にはやられてくれない。人間三人分くらいの大きさがある背中のあらゆるところから突起が飛び出し、そこから大量の糸が吹き出した。


 ここまで無闇に糸を出せば、アシッドスパイダーも体の負担は相当ある筈だ。俺達を強敵と認め、ここでしくじれば死ぬと感じている証拠。

 そうだ、冒険者稼業というのは……命のやり取りなのだ。


「立てるにゃわんか? あの糸全てを斬るのは無理にゃわん。だから……」

「あぁ、俺が援護する。だからあいつに、とどめを刺してくれ」


 俺とレオナは短い言葉を交わし、頷き合う。同時に彼女はアシッドスパイダーに向かって駆け出して、目にも止まらぬ速さで糸を切り刻んで行った。


「貫けっ、伸縮槍っ!」


 アシッドスパイダーはそんな彼女に向かって口から糸を吐こうとしていたため、口に向かって伸縮槍を伸ばす。

 口は閉じられたので有効打にはなり得なかったが、レオナの邪魔は防いだ。縮められない伸縮槍はそこで手放し、俺もレオナに追随する。


「キシャ! キシャ! キシャアアッ!」


 レオナが近づいたことで必死さを増したアシッドスパイダーが、俺に斬られていない七本の脚を闇雲に動かして抵抗する。

 しかしこれまでとは比べ物にならない切断力を手にしたレオナは、動じることなく糸を避け、正確に脚を切り刻んで行った。


「これで、とどめにゃわん」


 そして彼女の接近を阻むものがなくなったアシッドスパイダーは、とうとう頭ごと両断されたのであった……。

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