第8話 新星団の現状1(三人称)

 調合師ライアを追い出した翌日、中堅ギルド【新星団】は悠々とダンジョン攻略を開始していた。


 装備を作れるメンバーはいなくなったが、彼らの表情に不安はない。

 ライアへ分配していた報酬分を武器等の調達に回したことで、いつも以上に装備を整えてダンジョンへ挑めるようになったのである。


「ライア先輩なんて本当に必要なかったんですね。戦いもしないのに報酬をとられてたと思うと、なんかムカムカしてきましたよ!」

「ハハハ、そうだろ? いくら経歴が長いからって、無能がギルドに居座って良い理由にはならないんだよ」


 新米の盗賊少女ミイがライアの愚痴を言うと、ギルド長のレギアが愉快そうに口の端を歪めた。

 それから、彼は鞘に刺していた銀色の剣を抜き放つ。


「修理代まで考えると手を出せなかったミスリルソードも、ライアがいなくなっただけでようやく買えたしな。セル武具店で最高級の一品だぞ?」

「うわぁ、凄い輝きです! ライア先輩の作った武器どころか、ライア先輩自身よりよっぽど価値が有りますね!」

「そうだろう!? これさえ買えれば俺達のギルドは安泰だっ!」


 ミイがミスリルソードを褒めちぎり、調子よくレギアの機嫌をとる。

 その様はいくらなんでも元団員への敬意に欠けていたが、しかし彼ら以外のメンバーも大方似たような認識を持っていた。


 このギルドで一番強いレギアが最高級品のミスリルソードを掲げる様は、彼についていけば間違いがないという安心感をギルドのメンバー達に与える。ライアを追い出した罪悪感を覚えている者は、もう殆どいなくなっていたのだ。


「ガルルルル……」


 そうしてギルドメンバーがミスリルソードの輝きに見とれていると、ちょうど彼らの目の前に一頭の魔物が姿を現した。


「おっ、早速魔物のご登場だな。憐れな駄犬め、ミスリルソードの錆にしてやるぜ」

「剣が錆びても困りますけどねっ!」


 棘狼ソーンウルフ。厄介な中級の魔物だが、歴戦のギルドである【新星団】の手にかかれば取るに足らない相手だ。


 レギアはそう考え、近付き方に工夫を加えることすらなくソーンウルフとの距離を縮めた。


「一撃で倒してやるよ。……喰らえっ!」


 ミスリルソードを持っていたレギアは、意気揚々と自信の源を振り上げる。そして単純な軌道を辿り、大雑把な縦切りをソーンウルフへとかました。


 彼の剣技に工夫がないのは、これまで工夫の必要が殆どなかったからだ。彼が剣を振るえば大抵の敵は屠れたし、相手の攻撃にさえ気を付けていればそうそう負けることはなかった。

 もちろんどんな魔物も一撃で倒せるわけではないが、それでも彼の筋力を持ってすれば苦戦することなどまずなかったのである。


「何いっ!?」


 だからこそ、ソーンウルフ如きに剣が弾かれるとは夢にも思わなかった。


 彼の剣技はソーンウルフの棘によって阻まれ、棘の間でギチギチと固定されてしまう。ミスリルソードでいつもより簡単に相手が切断される様を期待していたレギアは、動揺のあまり情けない声を出してしまった。


「えっ、大丈夫ですか!?」

「ああ大丈夫だ、ソーンウルフくらい一人でやれる!」


 そんなレギアにミイが心配したような声をかけるので、彼は思わず大声で反応する。後輩に心配されるなどという屈辱を、プライドの高いレギアは許せなかったのだ。


 今度こそ決める。レギアはそう決意して、棘から抜き放った剣を怒りに任せて再び叩き込んだ。


「よしっ、やったぞ! 棘を壊し……た……?」


 今度は彼の攻撃も通用し、ソーンウルフの頭部から生えた棘の大部分を破壊した。


 ……だが、それだけだ。棘に勢いを殺された剣はソーンウルフ本体に一切のダメージを与えられず、またも途中で動きが止まる。


 そしてソーンウルフは、レギアがさらした大きな隙を見逃さなかった。トゲの魔物は正面にいるレギアの腹へと頭を押し込み、頭部に残った棘で鎧の隙間を刺し貫く。


「うあっ……! うがぁぁぁっ!」

「先輩!? 今助けます!」


 助けに入るのを止められたミイだが、想像以上に苦戦しているレギアを見てとうとう彼に近付いた。


 魔物の中には稀に、本来より高い性能を誇る超越種と呼ばれる個体がいる。レギアがここまで苦戦するからには、目の前のソーンウルフもそうだと考えられた。

 新米のミイが手助けしたところで、超越種にはまず敵わないだろう。だが秘かに憧れていた先輩がやられるのを、黙って見過ごすわけにはいかなかったのだ。


「てぇぇぇい!」


 短剣を持ったままソーンウルフの側面に回り、何の技術も感じられない突きを繰り出す。


 せめて、ソーンウルフの気が自分に向いたなら……。そんな悲壮な覚悟を胸に、彼女は短剣の刃を棘狼の頑強な筋肉へと押し込んだ。


「あれ……?」


 だが自分の手に血の暖かさが振りかかるのを感じ、ミイは疑問の声を漏らす。レギアでも傷つけられなかったソーンウルフが、こうも簡単に血を流すとは思っていなかったからだ。

 しかし実際に、彼女の目の前でソーンウルフは流血していた。


 それどころか、ソーンウルフは目の前でゆっくりと倒れていった。ミイが持っているのは毒の短剣だったが、それにしても呆気ない。とてもじゃないが、超越種ではなさそうだ。

 さっきまでの緊迫感が嘘のように、ミイがソーンウルフを簡単に倒してしまった。


「あ、あはは……。短剣がぁ、相性良かったんですかね? ソーンウルフに」


 先輩が苦戦した魔物を一撃で倒してしまったミイは、困り顔でレギアを見つめた。

 その気を遣うような視線がレギアのプライドを強く刺激し、彼の体が一気に熱くなる。


 レギアは自分の腹の痛みも忘れて、ミスリルソードを投げながら叫んだ。


「クソッ、この剣ナマクラじゃねぇか! あの武具店、この俺に偽物を掴ませやがった!」


 あまりにも言い訳じみたその言葉に、周りはおろかレギア自身まで顔をしかめた。たとえこれが真実であっても、偽物を掴まされて喜んでた時点で格好のつかない話だ。

 レギアはあまりの情けなさに怒りを抑えられず、自分を助けてくれた後輩に当たる。


「というかミイ、なんでおめぇライアの武器なんか持ってきてんだよ。あいつは役に立たねぇって言ってただろ!」

「ひゃいっ! ごめんなさい!」


 ミイが先程使った短剣は、ライアの作った毒針刀ナーヴレスだ。役立たずの作った武器を未だに持っていた後輩を、今のレギアは許すことが出来なかった。


「レギアさん落ち着いてください、今回復しますから!」

「ん? あぁ、悪い……」


 怒りの矛先が歪んできたレギアに、【新星団】所属の神官である大人しい少女が声をかける。


 ようやく自分の状況と腹の痛みに意識が戻った彼は、流石に反省しつつ地面に座り込んだ。傷は深くないが、腹に出来た穴から余計に血が滲み出た。

 そんな彼に神官の少女が近付き、魔法で回復しようと両手を腹にかざす。


「では、回復するので動かないで下さいね……。って、臭っ」


 回復魔法は対象が動くと効果が弱まるので警告したが、その直後に少女が小さく呟いた。


 失言を自覚して彼女は慌てて口を閉じたが、もう遅い。彼女の言葉を聞いた皆の視線が一点に集中し、それは分かった。


「なっ……!」


 周囲の視線を追って自分の下半身を見遣ったレギアも、目に飛び込んできた信じられない光景に絶句した。

 腹に予想外の攻撃を受けた彼は、自分でも気付かぬ内に小便を漏らしていたのである。血の感覚と痛みにに紛れて気づかなかったが、下半身の軽装がじわりと濡れていた。


 事故のようなものなのでやむを得ない事ではあるが、ギルドのリーダーがソーンウルフ如きの攻撃で失禁したというのは恥ずかしすぎる出来事だ。彼は羞恥のあまり泣きそうになり、痛みをこらえて立ち上がる。


「回復はもういい、一旦町に戻るぞ! ナマクラを売った武器屋に行って、店主をぶん殴ってやる……」


 レギアが怨念のこもった言葉を放つと、誰もそれに異議を唱えなかった。ミスリルソードが武器屋の売った贋物だという話を信じ、皆レギアの背中についていく。


 ライアがいなくなったことが【新星団】最大の損失だとは、誰も思いたくなかったのである……。

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