第9話 クエスト受注
ダンジョンから生還した日は流石に宿で休み、その翌日。
ペアを結成した俺とレオナは、クエストを受注するために冒険者ギルドまでやって来ていた。
冒険者ギルドというのは【新星団】のような有志ギルドを統括する大規模なギルドで、冒険者への仕事斡旋をしてくれる場所でもあるのだ。
「個人でやってると受けられるクエストが殆どなかったから、ペアになってくれる人がいて嬉しいにゃわん!」
「それは俺もだよ。ま、ペアになっても良いクエストは限られてるけどね……」
言って、俺は苦笑しながら冒険者ギルドの壁を指差した。
そこには大量の羊皮紙が貼り付けられていて、依頼されたクエスト内容が記入されている。しかし殆どは三人以上のパーティーを組んでいないと受けられないものばかりで、二人いても受けられるクエストは怪しいものが多かった。
「【迷子の子猫を捕まえて】……。これとか定番で良いんじゃないかにゃわん?」
「概要欄よく見てみ。子猫ってのはクエストを受けてもらうための方便で、似顔絵が完全にドラゴンのそれだぞ。実験中にでもドラゴンが逃げ出したんだろうな」
「うぅ……じゃあこれは? 【キノコの大量採取依頼】……」
レオナがおずおずと指差した依頼書を見て、俺はハァとため息をついた。
「冒険者になりたての頃それを受けたことあるけど、そのキノコは人並外れた知性で自分の帝国を築き上げてるから簡単には採れないよ。上空からビーム撃ってくるし。その時から七年もこの依頼書が残ってるってことは……そういうこった」
「にゃうう……」
俺がもたらした残念な報告に、レオナが脱力したように呻く。疲れきったレオナの姿もちょっと可愛かったが、クエストを受けられなければお金もロクに稼げないからそうも言っていられない。
「仕方ない、ハードルは高いけど【メタルハーピー討伐】でもやるしかなさそうだな」
「えっ、それは流石に厳しいんじゃないかにゃわん!?」
「他のクエストを受けるよりはマシだろ? それに……」
続く言葉を口にしようとすると、俺は唐突に後ろから肩を掴まれた。
「どけおめぇら、そこ邪魔だ」
乱暴な声が響くと同時、俺は強引に後ろへと引っ張られる。
代わりに前へ出たのは、俺の肩を掴んだ屈強な戦士だ。その後ろに、ガラの悪い冒険者達がゾロゾロと続く。
何だこの集団と思っていると、先頭の戦士が俺達が見ていたクエスト用紙を壁から千切り取った。
「おい、クエスト用紙を勝手にとるのはマナー違反だろ?」
「あぁ?」
クエストを受注した冒険者がクエストを達成出来るとは限らないため、冒険者は誰かが受注したクエストも受けられる事になっている。そのため受注したクエスト用紙を誰にも見えないように千切るのは良くない事なのだが、俺が注意すると戦士は野太い声で威嚇してきた。
「何だおめぇ。喧嘩売ってんのか?」
「違う、単に注意しただけだ。そのクエストは俺達も受けるしな」
ありきたりすぎる言葉をかけられて、俺は辟易としながら答える。ちょっと注意しただけで喧嘩を売られたと思うとか、こいつの頭大丈夫なのだろうか。
「このクエストを受ける……? お前らがか?」
「おいおい、頭大丈夫かこいつ! バカなんじゃねぇの!」
だが、彼らはむしろ俺達の頭を心配してきた。俺達の事を指差しながら、後ろにいる冒険者達が爆笑する。
「何か文句あんのかよ」
「ハッ、あるに決まってんだろ。たった二人で挑む時点で自殺行為なのに、装備もロクに整っていないんだからよ!」
どうやら彼らは、装備を見て俺達が弱いと判断したらしい。
そういえば俺は布の服で、レオナは未だ触手に巻き付かれていた。うーん、確かに見た目は酷すぎるな。てかエグい。
とはいえ武器作りには自信があるため、俺は彼らの煽りに反発した。
「俺は調合師だ。防具はまだ整ってないけど、俺の作った武器とレオナの剣技が合わされば勝てるさ」
「うひゃっ、うひゃひゃひゃひゃ! クラスが調合師とかこいつ正気かよ! 調合師と獣人のペアでメタルハーピーに勝てると思ってんだぜ!?」
「やめてやれ。獣人を引き連れてる時点で頭イカれてんだ」
「そいつぁちげぇねぇや!」
俺が自分の考えを正直に言うと、彼らは好き勝手な事を言って俺達を馬鹿にした。
冒険者界隈で調合師が見下されるのは慣れているのだが、レオナまで馬鹿にしたのは許せない。俺は再び反発しようとしたが、その前に袖を後ろから袖を掴まれた。
「レオナ……?」
振り向くと、レオナが俺の背に隠れるように体を寄せていた。
触手装甲を見られるのが恥ずかしいからかと思ったが、彼女の怯えきった表情を見るとそういうわけでもなさそうだ。
ずっと快活だった彼女がここまで怯えるのが意外で、俺はそれ以上何も言えなくなる。
「オラ、こんな奴ら放っといていくぞ」
冒険者の集団は俺達を馬鹿にすることに満足したようで、少しするとすぐにギルドを去る。だがそれでも、レオナはまだ俺の袖を掴んで怯えていた。
そんな彼女が見ていられず、俺は優しく声をかける。
「レオナ。もしかしてだけど……獣人なのを馬鹿にされたから怯えているのかい?」
「…………」
俺が尋ねると、彼女は怒られた子供のように小さく首肯した。
犬人族のような獣人が人権を認められたのは割と最近のことで、地域によっては未だに差別が残っている。それが彼女にとっては、とても怖い事だったのだろう。
「そんなこと、君は気にしなくて良い。レオナが獣人だろうが何だろうが、俺は君自身の強さに惹かれたんだから」
「ライア……」
力強く素直な気持ちを伝えると、彼女は泣きそうだった顔を少しだけ上に上げた。
彼女に自信を取り戻させてあげたくて、俺の口から自然と言葉が出る。
「だからさっきのクエストを先にクリアして、あいつらを見返してやろう。さっきのクエストを速攻で終わらせられたら、もう馬鹿になんて出来ねぇよ」
「あのクエスト、本当に受けるにゃわん?」
「ああ。あいつらのさせいでさっき言いそびれたけど……」
先程のクエストを受けようとした際に言おうとしたことを、俺は今度こそ口にした。
「俺達が組めば、無敵だからな」
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