第10話 鋭い草原

「本当にこのクエストで良かったにゃわんかねぇ……」

「まぁなんとかなるだろ」


 なんとか自分達で受けられるクエストを見付けた俺達は、だだっ広い草原まで来ていた。


 地面を覆う草はどれも鋭い上に背が高く、歩くだけで足がチクチクしそうだ。普通のズボンを履いていても刺さりそうなのだから、露出の多い触手装甲を着ているレオナはかなりきついだろう。


「大丈夫かレオナ? いま足だけでも新しい装備作ってやろうか?」

「いや、大丈夫にゃわん。私達の持ってる素材もまだ少ないし、草が刺さるくらい我慢しないとだからにゃわん!」

「素材の残りまで考えてくれてたのか、ありがとうな。武器の素材を大事にしてくれるのは助かるよ」

「えへへ……。私達共有の財産だしにゃわんっ」


 足の不快さよりも節約を優先してくれたレオナに感謝すると、彼女はデレデレと相好を崩した。俺達が財産を共有していることに、何やら喜びを感じているらしい。

 確かに共有の財産とか言われると、結婚してるっぽくてちょっと照れるな……。


 変なことを考えてしまって顔が熱くなったので、俺は冷静になるために話を戻した。


「まぁレオナが大丈夫なら安心したよ。俺だけ靴を新調したのは、ちょっと心苦しかったからな」

「あはは、全然気にしなくていいにゃわん……っていつの間に靴を新しくしてたにゃわん!?」


 レオナは俺の言葉に笑顔で頷いたが、その直後には肉食獣の迫力すら滲ませて大声で叫んできた。体を張った良いノリツッコミだな。


「そりゃ、こんないかにも草が痛そうな草原に来るなら靴くらい新調するって。ほらこれ、アシッドスパイダーの脚を加工した長靴。これだけの硬度があれば草どころか魔物の攻撃もある程度防げるし、脚を怪我して逃げられなくなるみたいなことはなくなるだろ?」

「なくなるだろ? ……じゃないにゃわんっ! なぁに一人だけ悠々と快適に歩いてるにゃわん! 私にも作れにゃわん!」

「いや、だからさっき聞いたじゃねぇか。脚だけでも装備作ろうかって」

「ライアが自分の分を作ってるならそりゃ作るにゃわんっ! なーんで私が遠慮せにゃならんのにゃわん!」


 さっきまでの奥ゆかしさはどこへやら、レオナは猛烈な勢いで怒りを捲し立てた。

 どうやら彼女は、俺も草の痛みに耐えてると思っていたらしい。俺が靴を変えた事に気づいたうえで遠慮してるのかと思って、余計な感動してしまったな。


 まぁ調合師やってると人の装備とかに凄く目が行くので、装備への注目度とかは人と感覚がズレがちなんだよな。それでも女の子はファッションに目敏いことが多いんだけど、レオナはファッションとか気にしない系女子だったのだろうか。


「私の分もあらかじめ作ってて欲しかったにゃわん……」

「いや、そうはいかないよ。脚装備は移動力に直接関わるし、少しでもサイズがズレてるとレオナの生き死にに直接関わるからな」

「うっ、そこまで考えてくれてたにゃわんね……。それならちょっと怒りづらいにゃわん」


 彼女の分の靴を先に作らなかった理由を説明すると、彼女は少しだけ反省したのか犬耳を垂らした。かわいい。


 しかし彼女はある事に気が付いたようで、すぐに訝し気な目を俺に向けた。


「え。でもそれじゃあ、採寸してないこの触手装甲は大丈夫にゃわん?」

「触手装甲は装備者に合わせてある程度サイズの調整が効くところも強みだからな。まぁ大まかなサイズが分かったのは、レオナが下着姿だったお陰でスタイルを把握しやすかったからだけど」

「にゃわんっ!?」


 俺がそう言うと、彼女は顔を真っ赤にして叫んだ。おや、また失言の予感……。


「じゃあもしかして、私のスタイル完全に把握されてるにゃわん……?」

「ん? あぁ、俺は調合師だから見ただけである程度分かるぞ。バストは……」

「や、やめるにゃわん! それ以上言ったらソイルハンマーで叩き潰すにゃわんよっ!?」


 レオナは目尻に涙をため、顔を真っ赤にしながら怒り出した。

 そこまで恥ずかしがられるとこちらも悪いことをした気分になるが、まぁ分かるもんは分かってしまうので仕方ない。調合師として長年やってきた成果だ、むしろ誇りです。


「まぁある程度しか分からないから気にすんなって」

「その発言からしてほんとデリカシーないにゃわんよねぇ。ていうか装備まで作る調合師自体、そもそも珍しいにゃわんけど……。なんか呆れすぎて怒りも忘れちゃったにゃわん」


 よく分からないけど許されたらしい。


「まぁとにかく、脚のサイズはしっかり採寸しないと危ないからここだけはしっかり測らせてもらうぞ」

「お願いするにゃわん。でも、測定器具なんてわざわざ持ってきてるにゃわん?」

「〈測定手〉」


 レオナの問いに答えるべく、俺は長年鍛え続けてきたスキルを使いながら彼女の生足に触れた。


「ひゃうっ!?」


 その瞬間、レオナが可愛らしくも煽情的な声を上げる。犬人族は体の感度が良いのか、彼女の体もビクッと揺れた。


「な、何するにゃわん! 人の許可もなく勝手に足を触るにゃわん!」

「何って、だから測定だよ。〈測定手〉スキルは触っただけでサイズの計測が出来るんだっての。計測の許可なら貰ったぞ」

「そんなの……はうっ!?」


 脚をさすると、レオナが耐えられないというように嬌声を上げた。口では怒ってこそいたが、尻尾はちぎれんばかりに振られているので実際は興奮しているようだ。

 太腿を撫でまわした後、俺は彼女の粗末な靴を脱がせて足の裏までも手でさすりはじめる。彼女の爪は肉食獣の如く鋭かったが、足自体は細くてとても美しかった。


「ちょっ、やめ、割とシャレにならないと言うか……っ!」


 彼女が叫ぶと同時、俺の計測は終わった。計測とはいえあまり女の子の脚を触りすぎるのも失礼なので、素直に手を離して脚装備の作成に移る。


「悪かったなレオナ、こんなタイミングでの作成になっちゃって。メタルハーピー以外の魔物が出てきたら、その素材も合わせてもっと良い脚装備を作ろうと思ってたから遅くなっちまった」

「うっ……本当にあっさりやめられると、むしろ落ち着かないというか……名残惜しいというか……」


 測定をやめると顔を赤らめて何やらブツブツ呟いてたが、めっちゃ小声だったので聞き取れない。


 もう一回聞き返そうかと思いながら脚装備を作り進めていると、そう遠くない場所から怪鳥の大きな声が響いた。同時に、同じ方向から野太い男達の声も聞こえてくる。

 恐らく、ギルドで会った荒くれ冒険者達だろう。


「え、もう戦ってるなら先に倒されちゃわないかにゃわん!? 脚装備を作るよりも急いだ方が……」

「いや大丈夫、まだメタルハーピーはやられないよ。それに……」


 レオナの心配そうな声に答えてから、俺は言った。


「この脚装備は、ハーピー戦でも役に立つからね」

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