第3話 カツアゲ調合師

 俺とレオナが握手を交わし終わると、彼女は俺に期待の眼差しを向けて言った。


「装備が未完成なら、ライアももう帰るにゃわんよね? 悪いけど帰り道を案内してほしいにゃわん! さっき蜘蛛の巣に絡めとられた焦りで、もう方向とか全く覚えてないにゃわんよ~!」

「あっはっは、犬人族が方向音痴とかあり得ないだろ~。面白いなレオナは~」


 鼻の効く犬耳族は人間以上に様々な目印に敏感だから、迷子になんてまずならない。レオナの犬人族ジョークが愉快で笑っていると、彼女は急に真顔になって言った。


「いやいや、笑ってるけど冗談じゃないにゃわんよ? なんとか族だからなんとかが得意とか偏見にゃわん。亜人差別にゃわん」

「は? 何言ってんだお前。は? 何言ってんだお前」


 全く偉くない事を偉そうに言いのけるので、俺は思わず二回も威圧してしまった。大事な事なので二回聞きました。


「にゃわん……。ま、まぁ生産職のソロ冒険者が道を覚えてないとかあり得ないし、そっちは覚えてるにゃわんから許してにゃわん……」

「いや俺も覚えてねぇよ。俺、さっきまでダンジョン出るつもりなかったし」

「まさかの自殺志願者だったにゃわん!?」


 軽く知らされた情報に瞠目し、レオナが大声で叫ぶ。その声に反応して遠くから大量の魔物の叫び声が聞こえ、このダンジョンのヤバさを再確認。あれ、これ詰んだか?


「ちょっとレオナ、もし魔物の素材があるなら出してくれ! 迷子なら新しい武器を作らないと、俺らの装備だけじゃ長いこともたないぞ!」

「い、嫌にゃわん! 私が折角集めた素材にゃわん? 換金すればようやくドッグフードを買えるとこまで集めたのにゃわん! 絶対渡さないにゃわん!」

「言ってる場合か!」


 死の危機を感じながら詰め寄ると、レオナが涙目で唸りながら渋々と頷いた。そして、殆ど肩にかかっているだけな鎧布の切れ端から素材を取り出す。


「一応持ってるのは、陸蛸の触手と堅土竜の腕を二本……。あと影蝙蝠は死骸ごと手に入れてるにゃわん」

「おぉ、堅土竜の腕が二本あるのはナイスだ! 他にはないか!? もう少しあれば武器が作れそうだ!」

「他には……。う、うぅ……」


 レオナはまたも唸ると、突然右腕を自分のパンツの中に突っ込んだ。

 そのまま下着の中をまさぐる痴女を見て、俺は恐る恐る尋ねる。


「お、おいどうしたんだ? 言っとくけど発情期入ってる場合じゃないぞ今」

「ち、違うにゃわん! ライアが魔物の素材がもっと必要とか言うから、わざわざ取り出してるじゃないかにゃわん!」


 そう言うと、彼女は下着の中から取り出した何かを地面に放った。カランコロンと音を立てた奇妙な形のそれらは、多種多様な魔物の骨だ。どうやって収納していたのか分からないが、触ると少し濡れていた。


「何で下着の中に魔物の骨なんか入れてるんだよ……」

「へそくり素材にゃわん。最近は素材を横取りする盗賊も増えてるらしいし、犬人族として骨は隠さなきゃメンタルに来るにゃわん」

「やっぱ犬の習性残りすぎだろ。まぁ、何にしても助かった! これでようやく武器が作れる!」


 俺は地面に並べられた魔物の素材を見て、頭の中で装備の設計図を組み立てる。

 魔物の骨は頑丈なものが多く、武器の軸にしやすい。だが鉄がない現状では剣のような精密な武器は作れず、せいぜい重量で攻める鈍器しか作れないだろう。


 それを踏まえた上で、ダンジョンという狭い空間の中でも扱えるようにするには……。


「成型手!」


 設計図が固まった俺は、調合師のスキルを使って目の前にある素材の形を変えていく。

 〈成型手〉は今のような緊急時用のスキルなのでちゃんとした機材を使って成型した方が良いものが出来ると言われているが、調合師として熟練している俺の〈成型手〉は並の機材より精密だ。これくらいしか自慢することのない俺は、調合の腕だけは磨き続けてきた。


「うわ凄いにゃわん、見る見る内に素材の形が変わるにゃわん……」

「パーティーの道具をいつでも改良するには、スピードが大事になるからな」


 レオナの呟きに答えながらも、俺は作業の手を緩めない。


 魔物の骨をいくつも繋げ合わせ、まずは振り回しやすいサイズの長い棒を作り出す。そこに堅土竜の腕を混ぜ込んでいくと、最終的には堅土竜の手首だけが横に飛び出した骨の棒が出来上がった。


 土竜は一応竜ということになっているが、他の竜に比べてあまりに威厳がないのでモールとかモグラと呼ばれている。それは堅土竜ハードモールも例外ではないため、完成した武器に迫力は一切なかった。


「……。にゃわん、即興で武器を作ればこれくらいが限度にゃわんよね……。ごめんにゃわん、調合師に期待しすぎた私が馬鹿だったにゃわん」

「いや、何でそんな憐みの表情向けられてんの俺!? ちげぇぞ、これこのまま使うんじゃないからな?」


 そう言って完成した武器をダンジョンの壁に近づけると、ダンジョンの壁から土が浮き上がり、俺の持っている武器にまとわりついてきた。

 先端が一瞬で重くなり、俺の腕では支えきれなくなった棒の先端が地面を打ち付ける。攻撃を当てた地面がドカンと轟音を立て、少しだけヒビ割れた。


「にゃ、にゃわん!? 今何が起こったにゃわん!?」

「堅土竜の土を纏う性質を活かして、棒に土をまとわりつかせただけだよ。攻撃する時だけ土をつけるようにすれば、振り上げる時は軽くて振り下ろす時は重いハンマーが出来上がるだろ?」

「当たり前の事のように言われても困るにゃわんっ! それ、多分画期的すぎるにゃわん?」


 予想していた以上に驚かれたが、これくらいの武器を作るのは別に難しいことじゃない。

 魔物の素材には大抵魔力が残っているため、加工さえすればその魔力が尽きるまでは魔物の特性を利用出来るのだ。土を纏う槌だし、名前は肥大槌ソイルハンマーとでもいったところか。


「よし。武器は出来たし、君の溶かされた鎧の代わりも作るよ」

「ほ、本当にゃわん!? それは嬉しいにゃわんっ!」


 誉められすぎて恥ずかしくなった俺は、他の装備を作り始める事で話題を逸らした。

 武器を誉めたりない様子だったレオナも、俺の提案を聞くとそっちに気をとられて頬を緩める。


「ありがとにゃわん! ようやく生きて帰る希望が見えてきたにゃわんね!」

「今まで諦めてたのかよ……。まぁいいや、素材使うぞ」


 俺が素材に手を伸ばすと、レオナはもう抵抗することもなく素材を差し出してくれた。

 人の役に立てると思うと、俺は久し振りに調合師になって良かったと思うのであった。




全財産

・伸縮槍(試作品)×1

・肥大槌ソイルハンマー×1

・布の服×1


・魔物の骨×3

・陸蛸の触手×8

・影蝙蝠の死骸×1

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