第4話 棘狼

「なんにゃわんこれ」

「だから鎧だって言っただろ? あ、心配しなくてもそれなりの強度はあるぜ」

「強度の事なんか一言も聞いてないにゃわんけどね……」


 俺が鎧を作り終わると、レオナは完成品を見て警戒するように呻いた。


 まぁ、気持ちは分からないでもない。武器の残りの素材で鎧を作ったので、鎧の殆どは陸蛸の触手で出来ているのである。

 陸蛸グランドオクトパスは陸に生息しているとは言え蛸は蛸なので、着心地もあまり良くはないだろう。


 ただ俺のはそもそも戦士用の装備じゃないため、それを貸すよりはレオナの助けになるはずだ。


「うぅ……背に腹は代えられないにゃわん……」


 レオナは若干泣きそうになりながらも、溶けた装備のまま魔物と戦うわけにもいかず陸蛸装甲を着込んだ。その途端、触手がいきなり彼女の肢体に強く巻き付く。


「んん……っ! なんにゃわん、この鎧めっちゃ体に吸い付いてくるにゃわんよ!?」

「良かった、サイズ調整機能はちゃんと正常に作動してるみたいだな。安心だ」

「何一つよくないにゃわんっ!」


 そんな風に彼女が叫ぶと同時、とうとう俺達を鬱陶しく思い始めたのか、細い道から一匹の魔物のが顔を出した。


 棘狼ソーンウルフ。毛の代わりに体中からトゲの生えた狼で、突進するだけで獲物を穴だらけにする恐ろしい魔物である。


「初っ端からやべぇ奴来たな……。剣は殆ど通じないし、俺の槍も軌道をずらされちまう」

「確かにそうにゃわんね。でも、ライアの作ったハンマーならなんとかなりそうにゃわん!」


 ソーンウルフの恐ろしさは、攻撃力以上にトゲ状の毛による防御力にある。無数の堅いトゲは斬撃を逸らす上に、簡単な攻撃ではトゲを傷つけるだけで本体にダメージを与えられないからだ。


 それを分かっているのかいないのか、レオナは俺の言葉に軽く頷いてソーンウルフに近付いた。


「おいっ、無理に突っ込むと危な……。……!?」


 俺は彼女の突撃を制止しようとしたが、すぐに口を閉じた。驚くほど滑らかな動作でソーンウルフに近付いたレオナが、ソーンウルフに動く隙も与えず華麗にハンマーを叩き付けたからだ。


 ダメージを与えた彼女は即座にハンマーから土を落として重さをなくし、軽やかに右へステップして狼の反撃を避ける。

 レオナは肥大槌ソイルハンマーの特性を、作った俺でさえ驚くほどの精度で引き出していた。


「これで終わりにゃわん!」


 ソーンウルフの側面まで移動したレオナは、そのまま流れるように土のないハンマーを振りかざし、ダンジョンの天井から土を集める。

 重くなるのに任せてハンマーを振り下ろすと、ソーンウルフの後頭部に見事直撃した。ソーンウルフが怯んだのを確認して、彼女は考える素振りも見せずにハンマーを放り投げる。そして、剣を素早く抜き放ってトゲの破損した後頭部に突き刺した。


「この子は……本物だ」


 魔物の耐久力まで正確に見極めた、一切相手に隙を与えない見事な連撃。


 自分の作った武器をここまで見事に使いこなした剣士は、【新星団】の前ギルド長以来だ。自分に欠けていた何かを取り戻したような感覚に襲われ、気付けば俺は、両目から涙を流していた。


「良かった、ちゃんと倒せたにゃわん! この調子ならなんとか生きて出られそう……ってにゃわん!? いつの間にかめっちゃ泣いてるにゃわん! ごめんにゃわん、ハンマーを投げたのは使いづらかったからとかじゃなくて、魔物に隙を与えないためで……えっと、えっと……」


 俺が泣いてしまった事で罪悪感を感じたのか、レオナがオロオロと弁明をしだした。

 その様子からはついさっきまでの強すぎる剣士の覇気を一切感じられず、俺はつい噴き出してしまう。


「ぶははっ、別に怒ってるわけじゃないから気にしないでいいよ。レオナの動きが綺麗すぎて見とれちゃったんだ」

「にゃわん!? そ、それはそれで怖いにゃわんけどね……」


 そんな風に言いつつも、褒められるのは満更でもなかったのかレオナは表情が緩むのを堪えるように口をゴニョゴニョさせていた。可愛い。


「ソーンウルフを倒してくれて有難う。一人で戦わせちゃって悪いな」

「そんな、謝らないで欲しいにゃわん! 簡単に倒せたのはこの武器のお陰にゃわん? 正直、使いすぎると他の武器に戻れなくなりそうなくらい使いやすいにゃわん……」

「そう言ってくれると嬉しいよ。ソーンウルフの素材も手に入ったし、褒められついでにもう一つ武器を作っておこうかな」


 ハンマーの能力は素材の残存魔力で動いているので、それが尽きればただの棒っ切れになってしまう。ダンジョンを出るまでにどれくらいかかるかも分からないし、俺はソーンウルフの素材で新たな武器を作ることにした。


「これはとうとう、ウロボロスガジェットの出番だろうな」

「なんにゃわんかその物騒な名前……」


 新たな武器を考え付いた俺がボソリと呟くと、レオナが恐れ半分期待半分といった感じの絶妙な表情を浮かべる。


 だが俺はその表情が呆れ100パーセントになることを予期して、ニヤニヤしながらも下らない武器案を披露するのだった。


全財産

・伸縮槍(試作品)×1

・肥大槌ソイルハンマー×1

・布の服×1

・触手装甲×1


・魔物の骨×5

・影蝙蝠の死骸×1

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る