第40話 冒険者の生きる意味
街が新種の竜に襲われている中、俺達は走るレオナを必死に追いかけていた。
獣人であるレオナの脚は予想以上に速く、これまで見せていた俊敏さもまだ全力ではなかったのだと分かる。
「待ってくれレオナ、落ち着けって!」
俺の叫び声にも反応する様子はなく、ただひたすらに前方へと駆けていく。
滞空している竜は段々と街の中心部へと向かっていたが、レオナはそれに意識を向ける事すらなかった。
彼女の足があまりに速すぎて、すぐに彼女の後ろ姿は見えなくなる。
だが彼女が向かう先は分かっていたので、俺達は【夜明けの剣】の店へと向かった。扉を素早く開き、床でうずくまる彼女の姿を見る。
「おいレオナ! 一人で勝手に行ったら危ないだろ!?」
「良かった、まだお店は……無事だったにゃわん」
さっきまで潜伏のために体力を使っていたこともあり、息を切らせながら声を掛ける。だが彼女は、俺の言葉にもお構いなしで呟いていた。
幻を見ているかのように呆けた彼女の顔は、今までにないものだった。俺は謎の焦燥感に襲われながら、彼女に言い聞かせる。
「レオナ……。たとえ超越種でなくても、フレイムドラゴンの攻撃は規模が大きすぎる。ましてや相手は新種だ、この店は諦めて逃げるしかない!」
自ら脅威のある方へと近づいて行き、かといって戦う意思があるわけでもない。
今の状態では、流石のレオナと言えども竜との戦闘は無理だろう。俺は彼女だけでも逃がそうと、早くこの店を諦めさせようとする。
――だが。彼女は床の上で微動だにせず、ただただ目から涙を流した。
「!?」
「嫌にゃわんよ、ライア! 私、この店を諦めたくないにゃわん……!」
まるで聞き分けのない子供に戻ったかのように叫び、レオナはいやいやと首を振る。
ギルドホームはまだ作れていないのだから、この店がなくなったところで新たに店を構えればいいだけだ。【鍛冶嵐】との抗争を経てようやく構えられた店ではあるが、別にこの店自体に深い意味があるわけではない。
ただ、彼女は漠然と思ってしまったのだろう。この店が駄目になれば、きっとこれからもずっと上手くいかないだろうと。冒険者である俺達に、本当の平穏など訪れることはないと。
ミーガンの言った下賤な職業という言葉が、今になって俺の頭に響き渡る。
「戦うのも逃げるのも、私はもう、怖いのにゃわん! 逃げた後に何も残らないくらいなら、私はここで……」
まるで怯える童女のように。彼女は膝を抱え、俺から目を逸らす。
どんな過去を見つめているのか、彼女の意識は遠く彼方へ飛んでいきそうに見えた。
「そんなっ、どうしたんですかレオナさん!?」
「レオナ殿さえ怖がってたら、もう誰もあのドラゴン倒せないじゃないっすか!?」
彼女らしくない反応を見て、フィラとメイが瞠目する。レオナはいつも快活で、怖いものがないかのように堂々としていたからだ。
――だが、こうなる予兆自体は前からあった。テンペベロの言いなりになった時は勿論そうだが、今思えばハルクと最初に出会った時も少しおかしかった。
マグネットモンキーとの戦いで、レオナは磁力に邪魔されても糸槌を使いこなせていた。しかしあれから糸槌の練習を重ねたにも関わらず、レオナの攻撃はハルクの〈遠隔成型手〉で殆ど無効化されてしまったのだ。
人が相手だから手加減したというのを差し引いても、彼女ならもっと適切に相手を無力化する事が出来たはずだ。つまり――。
「今の私じゃ戦えないにゃわん。私は……弱くなってるにゃわんよ」
「ぐっ……!」
苦虫を嚙み潰したような表情で、レオナは俺が考えていた通りの事を口にした。
今の彼女は、成長していないどころか以前よりも弱くなっている。その可能性自体は考えていたが、本人の口から言われると衝撃が大きかった。
「グギャアアアアアアアアアアッ!」
俺達が絶句すると同時、その沈黙を埋めようとでもするかのように上空の竜が咆哮を上げる。至近距離での咆哮が俺達の体を芯から揺らし、レオナは竜の声とは関係なく震えていた。
テンペベロに歯向かえなかった彼女を見た時点で、俺はこうなるかもしれないとは思っていたのだ。彼女にとって【夜明けの剣】は、俺達が思っていた以上に大切なものになってしまっていた。
夢だった平穏な日々は彼女の体を動かなくさせるくらい重く、魔物が怖くなるくらいに彼女を縛り付けているのである。
「いや……」
本当に……そうなのか? 大切なものがあると弱くなるなんて、そんな事があっていいのだろうか。
胸の奥に火が付いたような感覚を感じながら、一つの質問が俺の口をついて出た。
「なぁレオナ。俺達が初めて会った時の事、覚えてるか?」
「……にゃわん?」
唐突な質問を聞いて、俺の意図が読めないとでも言いたげにレオナがこちらを向く。すると自然と、当時の気持ちが言葉になっていった。
「鍛え続けた調合師の腕さえ役に立たないって言われて、もう大事なもん全部なくなってさ。あの時は別に死んでもいいやって、本気で思ってたんだ」
もっと正確に言えば、レイナが死んだ時点で俺の心は死んでいたのだと悟ってしまった。
アームドドラゴンに復讐したいなんてのは、俺が心を辛うじて正常に保つための方便に過ぎない。体を動かす原動力も何もかも五年前に置いてきて、俺は即席で作った命綱に縋って生きてきたにすぎなかった。でも。
「でもレオナ……。君みたいな凄い剣士に出会えて、君が俺の武器を必要としてくれて。俺はようやく、生きる意味を見付けなおせたんだ」
冒険者時代に戻ったかのように毎日が楽しくて、新しい武器を作る時もいつの間にかレオナの笑顔を思い浮かべていて。長年使えなくなっていた〈覚醒手〉も、新しく出来た仲間たちの事を思えば自然と使えるようになっていた。
大切なものが出来たら、失うのは怖くなるだろう。でもだからこそ、俺達は失わないように、奪われないように強くなれる。
「レオナ。俺は大切なものを守りたかったから、ここまで頑張ってこれたんだ。だからレオナも、弱くなってなんかないさ」
涙目のまま、レオナが俺を見上げる。
その幼気な表情を見れば、今までの彼女には失いたくないものなんてなかったのだと嫌でも思い知らされる。
どんな壮絶な人生を送って来たのかは、レオナが何も言わないから聞けず終いだ。でも彼女にとって俺達が……【夜明けの剣】が、生まれて初めての大切なものだということは分かった。だから彼女はその重さに困惑して、子供のようにうろたえているのだ。
なら、俺達が安心させなきゃいけない。その気持ちは君の重りじゃないのだと。君をより高みへと導く、翼なのだと……。
「それを君に、証明して見せる。だからそこで――見ていてくれ」
俺は言って、新調していた装備の内の一つを身に纏った。
長年俺が憎み続けた――あるいは、俺を生かし続けてくれた龍。俺によく似た、武器に魅入られし龍の鎧を。
「多重武器庫アームドデストロイア、展開っ!」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます