第39話 夢の力
アネータに武器を返されてから、七日後。俺とレオナ達は一つの鎧の中に身を詰め、虫のように蠢いていた。
「ど、どうしてこんなことに……」
「仕方ないにゃわん、ライアはやると決めたらやる男にゃわんよ」
「それにしてもやり方ってもんがあったっすよね!?」
一つの鎧に四人が入り込むという前代未聞の状況に、鎧の中でフィラやメイがぼやく。
確かに我ながら、無茶なことをしていると思う。アネータに武器を返されたショックで頭おかしくなったんかと思われても、全く反論できない状況であった。
「ん、こんなとこに持ち手あったっけ?」
「あっ……。ライア、そのぉ……今触ってるの、私の胸にゃわんよ……」
「うおっ!? 悪い、ほんとごめんっ!」
俺は前と後ろをレオナとメイに挟まれ、背の低いフィラは俺の足元というか股間の位置あたりに丸まって収まっている。
あまりにもカオス過ぎて、自分でもどこを触っているのか分からない状態だ。
俺達がここまで苦労して一つの鎧に詰まっているのには、もちろん理由がある。俺らはとある場所に潜入するため、メイの潜影鎧ハイドナイトが必要だったのだ。
ハイドナイトをギリギリ四人が入れるように改造し、今は皆で八本の足を動かして影の中を動いているのである。
「影の中ってこんなに暗かったのか……。武装龍との戦いで、よく普通に動き回れたな」
「そりゃ、奇襲できる瞬間をずっと夢見て脳内シミュレーションしてきたっすからね! 子供の頃から、暗い場所で上手く隠れる夢をよく見たものっす」
「可哀想な子だ……」
あまりにも恵まれない子供時代の話を聞きながら、俺は必死に涙を堪えた。
だが、彼女の憧れが強かったお陰でハイドナイトの覚醒技が使えているのも確かだ。
俺の〈覚醒手〉は使い手の望みを叶えるための技であり、逆に言えば使い手の思いの強さだけ素材の効果を解放できる技だ。体力の消耗を俺らが肩代わりしてあげたとは言え、四人分を隠すほどの憧れはメイでなければ出せなかっただろう。
だとすれば、ダンジョン全域に渡るほどの暖かさを生み出したレオナは、いったいどれだけ――。
俺はレオナの後頭部を見つめながら、物理的なものとは別の息苦しさを感じるのだった。
「いたっす! 今の赤い髪、アネータ殿で間違いないっすよ!」
「でかしたメイ。段々と忍者らしさが出てきたじゃねぇか!」
それから少し経って、時々首を伸ばして影の外を見回っていたメイが叫んだ。
脳筋だった彼女が、ようやく潜伏やら索敵やらでも活躍してくれたのだ。仲間の成長を嬉しく思いながら、俺達は喜び勇んで影から飛び出した。
すると、飛び出した廊下に立っていた人と真っ正面から目が合う。
「ん、なんだね君達は? ここの生徒には見えないが……というかヤバいなその鎧」
「完全に人違いじゃないか、メイッ!」
「やべっす」
だがメイがアネータだと思い込んだのは、女性ですらなくスーツを着こんだ紳士であった。
確かに髪色や髪質はアネータにとても似ていたが、廊下に立つだけで発される威圧感はアネータとはまた別の凄味を出している。
「え、なんであんた達ここにいるの!?」
しかし俺達がどうやって切り抜けようかと考えていると、背後から聞き覚えのある声が聞こえてきた。
振り向くと、信じられないというように目を見開く少女の姿があった。学生服に身を包んだ魔術師、アネータである。
「なんでって……新しい魔術師用の武器が出来たから、それだけでも知らせようかと」
そう。俺達は新作武器の完成を伝えるためだけに、セキュリティの厚いこの魔術学院へ侵入したのである。
だから俺とメイさえいれば問題なかったのだが、「二人っきりで一つの鎧に入るなんて破廉恥にゃわん! 私も行くにゃわん!」とか言ってレオナとフィラもついてきたのだ。四人の方が問題あると思うのは俺だけだろうか?
「んなっ……。だからっ、もうあんな武器要らないって言ったじゃない! 私は冒険者なんてやらないって決めたの!」
「あぁ、そうだな。だからこの前より強い武器を作って来たんだ」
俺がそう言い切ると、アネータは呆然と俺を見つめた。
しかし案の定すぐに拒絶するわけではなく、彼女は言葉に詰まる。
やはりそうか。彼女は本当に武器が要らないと思ったのではなく、冒険者をやめざるを得ない状況に追い込まれたようだ。
「なんで今更……。あんた、武器を返したときは私を追いかけて来なかったのに……」
「そりゃ、当時の武器じゃ君を引き留めるには不十分だったからな。自分でも満足出来る武器が出来て初めて、君を引き留められると思ったんだ」
不得手を承知してまで冒険者になるために頑張ってきた彼女が、軽い理由で武器を返そうとするはずがない。だとしたらそこには冒険者を諦めなければいけないほどの重い理由があるはずで……調合師の俺には、武器を作る以外の方法でそれを打開してやれないのだ。
「ライアは不器用な奴なのにゃわんよ。でも逆に言えば、ここまではっきりと言ってるからにはかなり自信があるって事にゃわん」
「レオナさん……」
レオナの言葉を聞いたアネータが、逡巡するように視線をさまよわせる。
だが彼女が言葉を発する前に、先程メイがアネータと見間違えた男が言葉を発した。
「君達だね? うちのアネータをたぶらかした愚か者どもは」
初対面にも関わらず、彼は落ち着いた様子で俺達を愚か者と評した。彼が何者かはなんとなく察しながらも、俺は一応名を尋ねる。
「失礼ですが……どちら様で?」
「私はこの娘の父、ミーガン・ネイアス だ。冒険者なら知らないかもしれないが、魔術学院の理事長でもある」
落ち着いた様子のまま名乗る彼は、やはりアネータの父親だったようだ。
魔術学院の理事長という肩書きも納得できる風格を備えており、背の高い彼は泰然と俺達を見下ろしていた。
「娘が冒険者になりたいなどとおかしな事を言っていたようだが、それは君のせいだろう武器商人。先ほど魔術を冒涜するような杖を見つけ、娘を叱っていたのだ」
「確かにその武器を渡したのは俺ですが……。冒険者になりたいという夢は、アネータ自身の夢ですよ? 父親だからといって、無下に踏み躙るのは良くないと思いますが」
「ふん、馬鹿を言うな。優秀な娘を冒険者などという下等な職に就かせるなど、気が触れておるわ」
面白くなさそうな顔のまま鼻で笑い、ミーガンは言葉を続けた。
「冒険者である君達には分からないかもしれないが、世の中には下賤の職に就くべきではない人種というものが存在するのだよ。この娘のように優秀な者は、もっと価値のある職に就くべきだ」
「冒険者がいなければ人類は魔物の餌食になるのに、価値はない……ですか?」
「子供の戯言だな。冒険者など阿呆にでもなれるが、魔術の探求は賢者にしか出来ない」
ミーガンははぁとため息をついてから、首を横に振った。
「特に最近は魔王の影響力も増し、魔物も活性化している。私の魔鉱脈調査ではこの街にも脅威が迫っているのが分かっているんだ、娘に冒険者をやめさせるのは当たり前だろう?」
どうやらこの街に迫った脅威とやらに気付いたから、彼はアネータに冒険者をやめるよう言ったらしい。
冒険者を死ぬのが当たり前の捨て駒としか思ってないのは勘に触るが、親として娘を危険に晒したくないというのはよく分かる。
だからここから先は、俺が決めて良い事ではない。
「とにかくアネータ。俺は武器を作った……それを使うか使わないかは、君次第だ」
「……っ!」
「ふん。余計な工夫で出力を落としたくだらん杖を作っておいてよく言う。というか君達、しれっと話し込んでいるが学院への不法侵入は法に裁かれても文句は言えんぞ?」
ミーガンが俺達に蔑みの目を向け、俺達が言葉に詰まった――その時だった。
窓の外から大きな声が鳴り響き、大きな振動がここまで伝わってきたのは。
俺達は一斉に窓方を見て、遠くの空に見慣れないものが浮いているのを見る。
「ふん、やはりフレイムドラゴンだったか。魔鉱脈の反応からして、そろそろ奴が来るのではないかと思っていたが」
「脅威が近付いてるって、そんなあと数日単位の近付いてるだったのかよ!?」
冷静に呟くミーガンに、俺は思わずため口で突っ込んでしまう。彼はこの街に竜が迫っているのが分かっていたから、娘への束縛を強めたのだ。
フレイムドラゴン。それはレイナが死ぬ少し前、新星団が総出で倒した強敵だった。
だが視界の奥に浮かぶ燃え盛る竜は、俺の知っているものより一回り大きく見える。
「あんな竜と娘を戦わせるなどとんでもない。炎竜程度なら、多少の犠牲を払っても冒険者ギルドで対処出来るんだ。そこに娘をやる理由がどこにある?」
「いや……。あれ、炎竜じゃないぞ……」
呆然と呟いた俺の視線の先で、見覚えのない竜が口を開いた。その途端、竜の口から水の柱が光線のように吐き出され、凪ぎ払うように街の一部を破壊した。
「……!? 水だと!?」
炎を操る竜であるフレイムドラゴンにはあり得ない攻撃を見て、ミーガンが動揺を見せる。
そんな彼の視線の先では、水だけでなく土や風までもが吹き荒れていた。このまま街の中心部にまで来れば、奴は【夜明けの剣】のギルドまで破壊してしまうだろう。
「フレイムドラゴンの、超越種……?」
「でしょうね。あそこまで行くと、もう新種と断定されそうですが」
震える声で呟いたミーガンに、俺はなるべく平常心を保つよう心がけながら応える。
さっきまでは傍観者気分だったようだが、奴が自分や娘にも危害を加えかねないと気が付いたのだろう。ミーガンは顔面を蒼白にして、娘の腕をガシリと掴んだ。
「い、行くぞアネータ! 転移魔方陣は一回だけ起動できる。さっさとこの街を出るぞ!」
「でもお父様! このままでは街も、お父様の学校も壊されてしまいますよ!?」
「そんなのは冒険者に任せれば良い話だっ! 早く行くぞ!」
ミーガンはアネータの手を引き、今にも廊下を走ろうとする。一方レオナは、窓を見ながら無表情で呟いた。
「このままじゃ、私達の店が――潰されるにゃわん」
「レオナ!?」
それから何も言わず、レオナは鎧を脱して全速力で廊下を駆けていく。
俺が慌てて彼女を追おうとすると、後ろから不安そうな声が掛かってきた。
「ライア、あの――」
振り返ると、アネータはすがるような目で俺を見てきた。父親の言うことが正しいのか自分の思いが正しいのか分からず、他人からの後押しを求めているのだろう。
だが俺は彼女の期待に沿うことなく、はっきりと調合師の意思を告げた。
「さっきも言っただろ? 武器を使うかどうかを決めるのは、あくまで君だ」
でも、と。そこに俺の気持ちを、少しだけ付け加える。
「でも大きな脅威には、君――いや、君達の力が必要だ」
それだけ言い残して、俺とフィラ達はレオナを追って廊下を走り抜けた。
俺達のギルドに迫った、新たな脅威を打ち払うために……。
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