第41話 元素竜

 武装龍の素材から作った鎧は、これまで作ったどの鎧よりも大きかった。星のように青白い装甲からは、三十本もの腕が生えている。


 炎だけでなく水や土……そして風まで操る元素の竜は、エレメントドラゴンとでも言ったところだろうか。目の前までやってきたその新種の竜と目線を合わせながら、俺は口を開いた。


「お前が壊した平穏は、俺達にとっては大事なもんなんだ。高くつくぞ、超越種っ!」


 叫びながら、鎧から生えた三十本の腕をエレメントドラゴンに向かって伸ばす。アームドドラゴンの筋肉は強度がある割に鋼鉄より柔らかいため、これだけの数の腕を動かしても脳への負担は少なかった。


 その内十本ほどは、竜の口から放たれた水流によって切り落されてしまう。だが攻撃を掻い潜って相手の胴体に当てた腕からは大量の剣が飛び出し、相手の鱗をしっかりと削り取った。

 アームドドラゴンの筋肉は中に武器を溜められるため、店に置けるほど出来の良くなかった武器は全て武装龍の肉に詰め込んでいたのだ。


「グギュルルウウ!」

「来いっ、ジャイアントアームドリンカー!」


 攻撃を受けたエレメントドラゴンが、激高しながら腕に噛みつこうとしてくる。


 鎧内の武器は多くを腕の先端に集中させていたため腕の側面は攻撃に弱いが、こういう時のために巨大なアームドリンカーも作っていた。

 貸家の広さの都合で二枚しか作れていないが、それでも十分だ。腕から大規模の磁力を発生させると、予め近くに出していた巨大盾が空中に浮かぶ。それは腕を竜の牙から守るだけではなく、猛烈な勢いで竜の左目にぶち当たった。


「ブガァァァァァァ!?」

「おいおい、盾に当たっただけでノックダウンか?」


 見事に命中したので気持ちよくなるが、しかしここまでの攻撃は見た目ほどダメージを与えていないのも分かっていた。以前戦ったフレイムドラゴンも、死ぬ寸前まで炎の勢いが弱まることはなかったのだ。

 そして今回は、その頃よりもっと凶悪な相手であるのも目に見えている。目の前の竜の翼は左右とも四枚重ねになっており、それぞれ形状が違うことから対策も容易ではなさそうだ。


 エレメントドラゴンの一番下にある両翼は、腕がいくつも重なったような形をしていた。その一対の翼を地面に当てると腕が木の根のように地面の下を這い伸びて来て、拳の先から次々と土の壁を生み出していく。


「くっ、ただでさえ硬いのに防御特化されたら攻撃が通らねぇ。フィラッ! なるべくでいいから、出てきた土の壁をサドゥンメテオで叩き壊してくれ!」

「はいっ、もう飛んでます!」

「仕事が早すぎるっ!」


 火力不足を補うために俺がフィラに頼むと、彼女は既に攻撃準備に入っていた。頼りになるけど、行動が早すぎて怖い。


 フィラは空装エアバランサーを見事に使いこなして体勢を整えつつ、豪翼サドゥンメテオを振り回して俺の指示通りに土の壁を破壊していってくれる。

 もう見慣れてしまったけど、動きが過激すぎて武器の域を超えていた。


「そしてメイっ。こっちの攻撃は大雑把すぎて防がれるから、君の助けが必要だ! 俺のアームドデストロイアの腕を渡って、相手の鱗が剥がれた部分へ奇襲をしかけてくれ!」

「合点承知っす!」


 メイは俺の無茶な要求にも二つ返事で答え、新調した新型のハイドナイトで腕と腕が重なって出来た影へと潜り込んだ。

 影蝙蝠の素材を以前よりふんだんに使っているので、影の中での移動スピードが上がっている。だが過激な戦闘の中では影も都合よく地続きにしてやれないので、彼女は影から出てアームドドラゴンの筋肉の中を動いたりしながらどんどんアームドドラゴンに近づいていった。


「気を付けろメイ、あいつ氷柱を飛ばしてくるつもりだぞ!」

「潜れそうな影はないっす! レンジコンクエスタくれっす!」


 腕の上を走りながらメイが武器を要求してきたので、俺はアームドデストロイアの中に入れていたレンジコンクエスタを、メイの近くにあった腕から何本も突き出してやった。


 メイが飛んでくる氷柱をレンジコンクエスタで弾き、その度に刃はひしゃげる。彼女は刃を後ろに回転させて相手に毒針砲だけ食らわせると、他のレンジコンクエスタを道から取り出して次の攻撃を防いだ。

 武器の生えた道から黙々と武器を取り出して相手の攻撃を防ぎまくる様は、生粋の剣士である。少なくとも忍者ではない。


「よし、竜の目の前まで近づけたっす!」

「でかしたメイっ! 鱗の剥がれた部分を攻撃してくれっ!」


 俺がそう言うと、メイは竜の傷に向かいながら俺が新調して彼女に渡した剣を抜き放つ。彼女はそれを振りかぶって、鱗の剥がれた部分へと斬りつけようとした。


 だが竜の超越種が、そう簡単に攻撃を受ける筈もない。中に穴の空いた管が連なったような、下から二番目にある翼を器用にメイの咆哮へと向ける。するとそれぞれの管から勢いのある水が発射され、それを避けたメイにエレメントドラゴンが口を近づけた。


「うひゃあっ、こりゃヤバいっすね。でも……奇襲ってのは、警戒してないところを傷つけるから奇襲なんすよ?」


 真正面からドラゴンと対峙するメイは、忍者らしくない笑いを浮かべながら標的をドラゴンの頭へと変えた。


 向かってくる牙をしっかりと見つめ、新型の剣を正面に構える。ここまで近づいてこれた相手をエレメントドラゴンはもちろん警戒していたが、しかしこの剣に対する警戒はあまり意味がない。

 何故なら……。


「アサシンズライフ」


 剣に斬られないよう刃の側面から砕こうとしていたエレメントドラゴンの口は、メイが剣を振っただけでざっくりと縦に割れた。

 そして何が起こったか分からず混乱した竜の顔面に、メイはすかさず剣を刺突させる。先ほど切って鱗が剥がれた部位に剣が刺さり、それは剣の刺突とは思えない程すんなりと頭の奥へと入っていった。


 永続暗殺剣アサシンズライフ。その名から分かる通り眼前暗殺剣の新型で、刃はアイアンスライムの柔軟な鉄で出来ている。


 柔軟なのに硬いというアイアンスライムの特殊な素材は、内側からの衝撃だけにやたらと反応する性質がある。この永続暗殺剣は剣のように見えるが鞭のようにしなり、そして以前と同じく内側に細剣を含んでいることで火力不足を補っているのだ。

 以前と違い、中の細剣で攻撃した後も刃の形が戻ってくれるので経済的にも嬉しい剣である。魔物の素材が揃ってきて、どんどん作れる武器の幅が広がっていた結果だ。


「グオ、グオオオオオオオッ!」

「よし、これなら……!」


 呻くエレメントドラゴンを見て、これなら倒せそうかと気持ちが逸る。


 俺達が力を合わせれば、脅威なんて何もないのだと。これでレオナに、思い出させてあげられるだろうか……?


 だがそんな期待は、一瞬で裏切られた。


「グォォォォゥ……! ダイチヨ、シンエンヲカクスジョウヘキトナレ」

「なっ、呪文詠唱だと!?」


 しかも高い知能はないように見えた目の前の竜は、なんと人語を操り呪文詠唱まで行った。

 呪文詠唱は魔法の補助的な要素に過ぎないが、人の真似とはいえ馬鹿には出来ない芸当だ。呪文に合わせて、地面から先ほどより頑強な壁がいくつも立ち上がる。


 次いで竜は、新たな呪文を唱えた。


「ワガミヨモエサカリ、ナイガイノケガレヲジョウカセン」


 言葉が途切れると同時、一番上にあった両翼が太陽のように輝く。

 それは竜の目に見えて身を焦がしていたが、触れればどんな鎧も解けてしまいそうなほど美しい炎だった。


 ここまで全力を出しても、倒せなかった相手が。今になってようやく、本気を出したのである。

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