第31話 ボロ雑巾のテンペベロ
俺に殴られ激痛に苛まれているテンペベロは、黒服達が近くに寄ると殺気立ちながら命令を下した。
「クソッ、あのガキ絶対許さん……! おいお前ら、あの調合師は絶対に殺せ! 衛兵は金で黙らせるから遠慮するなっ!」
「了解ですテンペベロさん」
「テンペベロじゃない、トレイクだ!」
こんな滅茶苦茶な命令が通用するほど、【鍛冶嵐】というギルドは大きいということだろう。未だ痛みに耐えるテンペベロは、しかし威勢のいい命令をして元気を取り戻したのか足どりが覚束無いまま立ち上がる。
黒服も前回とは違って精鋭を連れてきたらしく、それぞれ上等な武器を持っていて黒服の中には薄い装甲まで垣間見えた。その黒服いるか?
「はんっ。調合師の分際で意気がったこと、後悔するといいですよ。その四肢をぶった切って、死ぬまで懺悔させてやります」
「後悔するのはお前の方だクソ野郎。まだ反省していないなら、お前が味わう苦痛はどんどん大きくなるぞ」
「おやおや……脳筋の癖に相手との力量差を見極めることすらできないんですか? この前の小賢しい技が、今連れてきた黒服にも通用するとでも思ってるんですかね。相手の脅威すら測れないなら獣以下ですよ?」
優秀な戦士に守られて安心しきっているテンペベロは、痛みも感じなくなってきたのか得意になってそう言った。
そこまで無邪気に黒服の力を信じられるのは、いっそ幸せですらある。
俺は自ら獣以下であると宣言した男に向かって、一本の鞭を振るった。
「切り裂けブレイドスネーク」
「はぺ? ……うぐっ、あああああああっ!」
調合師の振った鞭を目で追う事すらできなかった様子のテンペベロは、自分の肩からいつの間にか血が噴き出していることに気が付いて素っ頓狂な声を上げた。次いで、遅れてやってきた激痛に涙を流しながら絶叫を上げる。
俺はメタルスネークを剣状に改造した武器で、遠くからテンペベロの肩口を斬りつけたのである。
メタルスネークは鋼と鋼を繋ぐ節々が多く柔軟なことが強みだったが、柔軟にしすぎると力が伝わらないため切れ味ではなく重さで攻撃するしかなかった。だがブレイドスネークは節々を三つに減らし武装蜥蜴の肉まで使ったことで、先端の重い刃に力を伝えつつある程度の柔軟さも実現しているのだ。
もちろん殺さないように最低限の注意はしているが、怒りで殆ど手加減が出来ない。俺はモンスターを相手にするときと同じ本気度で攻撃していた。
「なんっ、ですか今の武器ぃ……てか痛い痛い痛い痛い!」
「生産ギルドなんだから新しい武器に決まってんだろ、馬鹿なのか?」
俺は低い声でそう返しながらブレイドスネークを振り上げ、彼を庇った黒服目掛けて素早く振るう。重い刃は矢のような軌道で空中を走り、相手のわき腹を貫いた。
だが流石は精鋭と言ったところか、そのすぐ後には違う黒服がブレイドスネークを横から切断する。
武器を一つ失った俺は、間髪いれずそいつに向かって一つの肉団子を投げた。
「なんだこの遅い球は……って、ぐう!?」
俺の腕力で投げた球はあまり速くなかったが、少し経つと急に加速して相手の腹にぶつかった。その途端、球の当たった場所から血が噴き出る。
刀球デッドボール。武装蜥蜴の肉で出来た球の中には磁力猿の毛がついた刃と磁力猿の神経が入っており、その刃はボールを投げた方向に武装蜥蜴の筋肉から飛び出す。
すると毛が神経から離れて刃が磁力を発し、近くの金属に向かって急加速して向かっていくのだ。ただの黒服を着ていれば、こんな球当たらなかっただろうに。
黒服に傷つけるまでの恨みはないが、テンペベロへの報復を邪魔するならば容赦はしない。頼りにしていた黒服がどんどん倒れていくのを見て、テンペベロが一歩後ずさる。
「嘘だ、嘘だ嘘だっ! 【鍛冶嵐】の精鋭が、こんなにあっさりと……? いや、まだ……っ!」
「まだ分からねぇのか?」
目の前の現実を受け止めきれずにいるテンペベロを、俺は強く睨んだ。ただの調合師が睨んだだけなのに、彼は情けなくも「ひっ」と声を発して腰を抜かす。
「本当に分かってないみたいだな。俺はお前が傷つけたレオナの百倍は弱いが――それでも今の俺は、お前らの百倍は強いんだよ」
「んな、馬鹿な――」
レオナはお前らの一万倍強いということを暗に示しながら、俺は今言った事が正しいと見せつけるため荷車に載せていた素材からデストロイアを高速生成する。
「あーあ。俺は製作に専念して、これは当分使うまいと思ってたんだが……。このままじゃ俺の四肢がぶったぎられちまうらしいからな? 俺も本気出さないとだよな?」
「うへっ、ひっ、やめっ……!」
前回使った素材に加え、リザードマンの死骸に埋まっていた鎧の鋼もたんまりあった。
使えるだけの鋼を利用し、俺はこれまで作った中で最も大きい多腕装甲デストロイアを展開する。通行の邪魔だろうが、今はそんな事を気にすることが出来るほど心に余裕がない。
俺の最終手段にまでは調査が行き渡っていなかったようで、テンペベロは超越種の魔物に出会った新米冒険者のような顔をしていた。
「うひゃー……。もうこうなったら拙者達にはライア殿を止められないっすねぇ」
「ま、今回は止める理由もありませんけどねー」
鎧に合わせて自身も空中に浮いた俺を見上げながら、メイとフィラが清々しげに言う。彼女達も相当怒っていたようで、俺を止めるつもりは毛頭ないようだ。
俺は剣を持たせた十二本の腕を高速回転させ、いつでもテンペベロの体を貫く用意をする。
「うっ、嘘だろ。誰か衛兵呼びましょうよ。なんでこいつら黙って見てるんだ……おいお前ら!」
俺が明らかに人を殺せる武器を見せても観衆が動こうとしないので、テンペベロが残りの黒服に向かって叫んだ。
「お前らは普通の調合師相手にすら勝てなかったんだから、せめて身を呈して私を庇え! 私が逃げる時間くらいは持ちこたえろよ!」
「え、嫌ですよテンペベロ。この感じだと従ってもどうせ金下りないし、そんなことする義理は有りませんね」
「はぁ!? 冗談言ってる場合じゃないだろっ! それに俺はテンペベロじゃないし、呼び捨ても――」
テンペベロの喚き声は、すぐに中断された。無茶を言うテンペベロのわき腹を、黒服の一人が勢いよく蹴飛ばしたのだ。
蹴られたテンペベロはこれまた勢いよく地面を転がり、俺の目の前というか眼下に倒れてくる。テンペベロ以外の誰もそれについて驚きの声は上げず、ここら一帯に一瞬、本格的な沈黙が訪れた。
「ふぁっ、あっ、あっ……」
誰一人として、動かない時間を経て。今になってようやく、自分を守ってくれる者が誰もいないことに気がついたのだろう。
テンペベロは言葉にならない声を出しながら日光を背に立ち尽くす巨人を見上げると、途端に大声で叫んだ。
「う、うわあああああああああああっ――!」
さっきまでそれなりに余裕を保っていたテンペベロが、ここに来て完全に余裕を失う。今更ながら自分の危機を実感した彼は、大通りに小便を撒き散らしながら逃げ出した。
「助けてっ! 助けて! 誰か助けてえええええ!」
自分でなんとかしようという意思はないらしく、助けを呼びながらテンペベロが俺から逃げようとする。
だがそんな彼の両腕を、両腕にシールドアームを装着した二人のお客様が取り抑えた。
「はっ!? 何するんです、離しなさいお前らっ! ギルドの一般客ごときが私の邪魔をするんじゃない! というか腕を掴むな痛いっ!」
「いや離すわけないじゃないですか。覚えてません? 俺、あんたに店潰されたんですけど」
「家族がこの街にいられなくなった恨み、まだ忘れてないぞトレイク」
「んーっなこと知るかよっ! ……いや? それなら助けてくれれば【鍛冶嵐】に入れてあげましょう! それなら良いでしょう? だから離せ、離せぇぇぇっ!」
テンペベロの言葉には誰も耳を貸さず、彼は俺の元へと連れ戻される。まるで神に捧げる生贄か何かのように、彼は腕を広げたまま地面に投げ飛ばされた。死にそうなほど息を荒くして、掠れた声で周囲に話しかける
「ひゅう、ひゅう……。私を助けなければ、ここにいる全員【鍛冶嵐】の商品を買わせませんよ……」
「えっ、それなら【夜明けの剣】で買えば良くない?」
「な。俺もそう思えてきた。てかあいつ、本当にそんな権限あるのか?」
「調合師さーん! そいつが死にかけても神官の私が治すので、思いっきりやっちゃって良いですよー!」
高級そうなズボンをビショビショに濡らした男を、観衆と黒服が一緒になって笑う。
自分が偉いと信じきっていた男は、皆の笑い者にされて目に大粒の涙を浮かべながら俺を見上げた。
「大したもんだな、お前の言う本当の力ってのは」
俺はそう言いながら、彼の四肢がもげない程度に十二本の回転剣を突き刺した。
「あが、ばが、ばばばば……」
ストレスと痛みで呻き続ける男は、神官に治されながら観衆に蹴られまくっていた。
レオナは物理的に痛めつけられたわけではないので俺は精神的な攻撃を中心にし、それでも償いきれない分だけ穿ったが。観衆達の怒りはまだ清算しきれてないようなので、あとは観衆達に任せている。
それでもレオナの悲しみが冷めやらぬようなら、もう一巡しよう。
そう思いながらレオナを見遣ると、彼女は未だ悲しげな顔をしていた。
おやもう一巡か? あるいは――。
「悪いレオナ。俺また君の気持ちも聞かず、怒りに任せて動いちゃってた。もしかして……やり過ぎだったか?」
「ううん――。私のために怒ってくれて嬉しかったにゃわんよ、ライア」
彼女はそう言って、小さく微笑む。テンペベロがやられた事で少しはすっきりしたようで、確かに先程よりは明るさが戻っているように見える。
だが申し訳なさそうな表情で、彼女は言葉を続けた。
「でも私のせいでこんな大事になっちゃって、もう生産ギルドなんて出来なくなっちゃったにゃわん。それに、ここまでやったら【鍛冶嵐】の本部にまで完全に目をつけられただろうし――」
「そうなったらレオナのせいじゃなくて、勝手に怒った俺のせいだ。それに……生産ギルドを作るのが無理、なんて事はないと思うぜ?」
「え……?」
俺が大通りの中央を指し示すと、こちらに笑顔を向ける大勢の人の顔が目に映った。【鍛冶嵐】に脅されても俺達が売った商品を手放さず、ここに残ってくれた人達だ。
彼らはテンペベロの体に足を乗っけたまま、口々に声をかけてくれる。
「格好良かったですよ調合師さん! 調合師さんであれだけ強いなら、その百倍強いレオナさんがいれば【鍛冶嵐】なんて怖くないですよね!」
「レオナさんっ、僕鍛えるんで、今度また挑戦させて下さいね! 【夜明けの剣】の商品使いこなして、いつか必ずレオナさんのような剣士になりますからっ!」
「テンペベロ殺しの剣って非売品ですか? 【鍛冶嵐】製の剣ほんとクソなんで、さっきの是非買いたいんですけど」
笑顔の彼らから発されるのは、どれも【夜明けの剣】への期待やレオナへの称賛だった。今まで【鍛冶嵐】に好き勝手やられて泣き寝入りするしかなかった街の人達が、初めてまともな抵抗が出来たこのギルドに期待を向けているのだ。
「にゃ、にゃわん……」
大勢にここまで好意的な視線を向けられたのは初めてなのだろう。レオナは信じられないとでも言いたげに呟くと、両目からつうと涙を流す。
それは先程とは違う、とても暖かい涙であった。
「な? ここに残ってくれたお客様達は、俺達の活躍を期待してくれてるんだ。たとえ【鍛冶嵐】が邪魔してくるとしても、そう簡単にやめるわけにはいかないだろ?」
「うんっ……うんっ……! そうにゃわんね。そうにゃわんねっ……!」
レオナは目が開けられなくなるほど泣きながら何度も頷き、尻尾も千切れそうな勢いで振り回していた。
そうだ。傷ついたテンペベロの体を中心に、俺達の輪は広がっていく。そして大きく広がった輪は、きっといつか、レオナに家庭よりも安心できる場所を提供出来るだろう。
「ありがとうにゃわん、みんな。私、これからも【夜明けの剣】のために頑張るにゃわん……!」
「その意気ですレオナさん! 一緒に頑張りましょうっ!」
「私達が力を合わせれば【鍛冶嵐】なんて怖くないっすからね! 徹底抗戦っすー!」
獣人だというだけで蔑まれてきた彼女が大勢の前で笑えているのを見て……。生産ギルドを始めて良かったと、俺は心から思えたのであった。
利益
・装食従僕アームドリンカー(8000ゴールド)×21=168000ゴールド
・随盾腕シールドアーム(25000ゴールド)×6=150000ゴールド
・テンペベロ殺しの剣(中古)(500ゴールド)×12=6000ゴールド
・貸家への慰謝料=-50000ゴールド
総計 274000ゴールド
ギルド財産
・約35万ゴールド
・肥大槌ソイルハンマー×1
・回転鋸ライトニングソー×1
・伸縮糸槍アサルトブリッジ×1
・眼前暗殺剣アサシンズハート(修理中)×1
・糸槌サドゥンプレス×1
・跳躍槍エアスラッシャー(毒針換装)×1
・歪鋼メタルスネーク×1
・歪鋼メタルスネーク改×3
・追苦エイミングトライデント×1
・業炎シャープフレイム×1
・歪剣ブレイドスネーク×0
・刀球デッドボール×1
・触手装甲×1
・蜘蛛天脚×1
・戦士の上質鎧×1
・隋盾腕シールドアーム×20
・装食従僕アームドリンカー×52
・潜影鎧ハイドナイト×1
・多腕装甲デストロイア×1
・残忍蜂の死骸×3
・磁力猿の死骸×7
・武装龍の死骸×1
・武装蜥蜴の焼死体×212
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