二章 生産ギルド発足編
第13話 臆病少女にハンマーを持たせるのは間違っているだろうか
「はい? これがメタルハーピーの素材ですか?」
メタルハーピーを討伐した、翌日。俺が冒険者ギルドの受付にドンと鉄塊を置くと、ギルドの素材買取係のお姉さんが呆れたような声を出した。
「あのですね……。手柄が早く欲しいのは分かりますけど、それで嘘までつくのは良くないですよ。あなたは冒険者のペアとして登録したばかりなんだからメタルハーピーなんて倒せるわけないし、そもそもこれただの鉄塊じゃないですか」
変な客がやってくるのには慣れているのか、素材買取の人は「またか」って感じの呆れた表情を浮かべた。その目には、嘘が下手な冒険者に対する蔑みが浮かんでいる。
「あなたともう一人がメタルハーピーのクエストを受けたのを見た時点で、こうなるだろうなとは思ってましたけどね。もう分かったでしょう? 初心者は初心者らしく、地道に簡単なクエストを頑張るしかないんです」
「その簡単なクエストがなかったから頑張ったんですけどね? 〈成型手〉」
お姉さんの説教が予想以上に鬱陶しかったので、面倒くさくなって目の前の鉄塊を元の形に戻した。レオナを救うため橋にした鉄塊が、見る見る内にメタルハーピーの胴体の形に戻っていく。
それを見たお姉さんは、口を閉じて完全に固まった。汗をかきながらその鉄塊をじっくり見つめて、やがてポツリと一言。
「最近噂の……錬金術詐欺?」
「俺はただの調合師なんで、錬金術は使えませんよ」
「えっ、調合師!? 調合師でメタルハーピーを倒したんですか!?」
お姉さんは驚きと不信感を露わにしてから、すぐに勢いよく立ち上がった。
「ちょっ、素材鑑定してきます! 少々お待ち下さいっ!」
彼女はそう言って、カウンター裏手の個室に引っ込んでいく。それからしばらくすると、憔悴しきった表情でこちらに戻ってきた。
「あの……、大変申し訳ございませんでした。私の経験不足により、大変失礼なことを申し上げてしまいました。えと、お値段に色をおつけしますので……何卒ご容赦を……」
「ははは、別に怒ってませんよ。調合師が馬鹿にされるのは慣れてるんで。……それで、メタルハーピーの素材はどれくらいで売れそうです?」
めちゃくちゃ小さくなったお姉さんを慰めてから、俺は素材の買取額を尋ねる。
「肝心の翼が壊れた一枚だけでしたが、それでもメタルハーピーの金属はとても貴重なので査定額は大体60000ゴールド……。先ほどの謝罪も兼ねて、64000ゴールドでいかかがでしょう?」
「お、そんなに貰えるんですか? じゃあそれで買取お願いします」
宿代は一日約1000ゴールドかかるので、レオナと二人で分けても30日分くらいの宿代は確保できたことになる。武器の素材として使うために壊れていない方の翼や脚の一部は残しておいたのだが、それでも十分すぎる売値だ。
恐縮しっぱなしだったお姉さんからお金を貰うと、レオナは喜ぶだろうかと考えながら俺は素材買取コーナーを後にした。
「にゃわーん! これでドッグフード買い放題にゃわんっ!」
「君はほんとにドッグフードで満足なのかい……?」
クエスト用紙を眺めていたレオナの方へ行って素材の売値を教えると、彼女は俺が期待していた以上に喜びを露わにした。
まぁダンジョンでは魔物の骨を俺に渡すことすら渋っていたほどだったし、彼女も金欠に悩まされてきたのだろう。冒険者パートナーになったとはいえお金まで共有したわけではないので、彼女の懐事情は推測するしかないのだが。
「とはいえ、日々の食費まで考えると働かないわけにはいかないしなぁ……。まーた二人でも受けられるクエストを探すしかないわけだけど」
「メタルハーピーですらきつかったのに、もっと意味の分からないクエストを受けるのは嫌にゃわんねぇ……」
クエスト用紙を睨みつけた俺達は、以前と変わらぬ光景を見てため息をつく。
「せめて仲間が三人集まってれば、仮のギルドとして登録できるのににゃわん」
「そうだな、まぁそう上手くは……」
言いかけたところで、俺は背中をトントンと誰かに小突かれた。
「ん? 何だ?」
俺は後ろを振り向いたが、真後ろには誰も見当たらない。何かの間違いかと思って壁に顔を向け直すと、再び背中を小突かれた。振り向く。やはり誰もいない。
「おいレオナ、今は遊んでる場合じゃなくないか?」
「にゃわん!? 何のことにゃわん!?」
レオナのいたずらだと思って嗜めると、彼女は心外だとでもいう風に目を見開いた。
彼女は気持ちが表情に出やすいので嘘にも見えない。俺はまたも後ろを振り向き、慎重に辺りを見回して……ようやく、自分の背後に少女がいたことに気がついた。
その少女は小柄な上に何かに怯えるように体を縮めていたため、軽く振り向いただけでは気が付かなかったのだ。俺を小突きまくったその少女に向かって、少しだけ威圧的な声で問いかける。
「えっと……何の用だい?」
「ひゃうっ!? いや、あの、そのぉ……」
話しかけた少女は今にも泣きそうな表情で、あのぅそのぅと口ごもる。スリに失敗した盗賊か何かにも見えたが、少女は逃走に向かない重そうな鎧を身に纏っていた。
何かを盗む素振りも見せなかったし、何か他に用事があったのだろう。
「あ、もしかして俺達が邪魔でクエスト用紙が見えないとか?」
「うひゃっ!? ちがっ、あの……」
「違うか。じゃあ高い位置にあるクエスト用紙が見えないって感じかな? 手伝ってあげるよ」
「ひゃうん!?」
俺は小柄な少女の要求に当たりをつけて、彼女の背後へと回った。そして思考が追い付いていない様子の彼女の脇に手を挟み込み、中空へと持ち上げてやる。
「これで見えるかな? もし動いてほしかったら言ってね?」
「う、うぅ……大丈夫っ! もう大丈夫です!」
「あ、そう?」
俺が少女を床に降ろしてやると、彼女は凄く泣きそうな顔をしていた。
「ん、どうして泣きそうなんだい? 目当てのクエストが見つからなかったのかな?」
「いや、どう考えてもライアのせいだろにゃわん。流石に女の子をいきなり持ち上げるのは「ナシ」にゃわん」
俺が疑問を口にすると、横からレオナが鋭く突っ込んできた。言われてみれば、小柄だから思わず子供扱いしちゃったけど失礼だったかもしれないな。
「いきなり持ち上げてごめんな。でもそれじゃあ一体……何の用なんだい?」
「あぅ、そのぉ……」
重装備の少女は長いこと逡巡していたが、やがて意を決したように叫んだ。
「私、ギルドを追い出されたんです。弱くて、役に立てないかもしれないけど……。あなた達の仲間に、入れてくれませんか!?」
潤んだ瞳は、また「いらない」と言われてしまう恐怖によるものだろうか。彼女は今にも泣き崩れそうな顔で、それでも気丈に俺の顔を見つめていた。
正直、小柄な彼女に俺の作った武器が使いこなせるかは分からない。下手をすれば、レオナの足手まといになる可能性だってあるだろう。人数が欲しいからと言って、誰でも気安く仲間に出来るものでもない。
だが……ギルドを追い出されたという覚えのある状況と、覚悟の灯った瞳が彼女を見放すことを許さなかった。
俺はレオナと顔を見合わせて頷き合い、小柄な少女に向かって言った。
「分かった。俺が今から作る予定の、新型ハンマーを使ってみてくれ。それを使いこなせるかどうか……俺が見極めるよ」
俺はこうして、小柄な少女を狂戦士の道に引きずり込むのだった。
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