第12話 調合師の覚悟

 メタルハーピーはレオナに脳を貫かれ、活動を停止した。


 だが翼から放たれた小さな竜巻は、もう既に放たれていた。レオナの側面に直撃し……俺がわたした橋から、その身が上方に吹っ飛ばされる。


「にゃわっ……!」

「……っ! レオナッ――!」


 糸槍アサルトブリッジはメタルハーピーの翼からすぐには抜けず、レオナを受け止めるには不十分だ。触手装甲がある程度の衝撃は緩和できるとはいえ、風にふっとばされて体勢を立て直せないまま地面に叩きつけられればダメージは大きいだろう。

 犬人族の身体能力ならメタルハーピーのいる高さ位から落ちる分には問題なかったが、よりにもよって上に吹っ飛ばされてしまったのが問題だ。


 彼女の体に、もしものことがあれば――。俺は嫌な想像をしてしまい、全速力でレオナの方へと駆けて行く。


「おいおめぇら! ちょっとレオナの下敷きになりやがれ!」

「そ、そりゃないですよ調合師さん! 流石にあの高さから人が落ちてきたら俺ら死んでしまいますって!」


 メタルハーピーとレオナの戦いに全くついていけなかった荒くれ冒険者達に声をかけると、彼らはブンブンと首を振る。実力を理解したためにさん付けになっていたが、それでも命までは張れないようだ。クソ使えねぇ!


 レオナがいなけりゃメタルハーピーに屠られた命なんだから、レオナのために使えやと思ったが……今はもっと生産的な事を考えるべきだろう。


「俺に、何が出来る……?」


 長年勤めてきたギルドからは、役立たずと言われて追い出された。

 俺の武器なしで【新星団】がどうやって戦うつもりなのかはよく分からないが、武器の価値を理解させきれなかった俺にもやはり問題はあるのだろう。


 そして今、レオナという最高の剣士と共に冒険することになって――結局俺は、彼女を助けきれずにいる。後ろからサポートするのが調合師の役目だが……でももう、それだけじゃいけないのかもしれない。


「そうだ、俺は――っ!」


 最高の剣士を満足させられるだけの製造技術は、何年もかけて鍛え続けた。


 だったら次は、レオナの隣に立てる冒険者になる努力をしなきゃだろう!!!


「その鎧、貰うぞっ!」


 俺はボーッと突っ立ってるクソ使えない荒くれエセ冒険者のリーダーを腹から殴りつけ、ずっと鍛え続けたスキルを使用した。


「〈成型手・変形速度特化〉!」


 普段は精密さを意識してる〈成型手〉の力を速度だけに集中させ、手に触れたリーダーの鎧を高速で変形させた。それは一瞬で彼の体を離れ、リーダーの下着姿が露わになる。


「ふぇぇぇぇっ!?」

「お前の萌え声はいらん、不快だ黙れ」

「人の鎧ぶっ壊しといて酷くないですか!?」 


 リーダーの抗議を無視して、俺は他の冒険者たちの鎧も同様に〈成型手〉で剥いでいった。雑に混ぜ合わせたそれらを一か所に寄せ集め、近くに落ちたメタルハーピーの素材も取り込みながら、とうとう降下しはじめたレオナに向かって放つ!


 彼女がいるのは地上から10メートルほど高い場所……死にはしないが、打ちどころによっては冒険者生命に関わるだろう。


「レオナ! こっちを見ろ!」

「にゃわん!?」


 そして中空に向かって〈成型手〉で伸ばした橋を、俺は全力で駆け上がった。空中で未だに大勢を立て直せずにいるレオナに向かって、俺は両手を伸ばす。


 そして――降下したばかりの彼女に警戒していたほどの落下速度はなく、俺の両腕の中にすぽりと納まった。仰向けの彼女は、ちょうどお姫様だっこをされている体勢だ。


「あ、ありがと……にゃわん。正直死ぬかと思ったにゃわん!」


 腕に抱かれたレオナは少しの間何が起こったか分からないという顔を見せて、俺に助けられた事が分かると照れながらも感謝してきた。


 そんな彼女の元気な姿を見ていると、俺は安心のあまり思わず泣きそうになってしまう。


「良かった……。なんとか、助け……られた。ほんと、無事で、良かった」

「うっ、そんなに喜ばれると恥ずかしいにゃわんね」


 自分が思ってた以上に、俺は【新星団】の元ギルド長が死んでしまったことを気に病んでいたようだ。レオナが生きているだけでここまで嬉しいとは、自分でも思わなかった。

 俺が必死に涙を堪えていると、至近距離にあるレオナの顔が段々と赤くなってくる。


「うぅ、冷静になるとお姫様だっこされてるのも恥ずかしいし……。ちょ、そろそろ下ろしてにゃわんライア」

「悪い。もう少しこのまま……顔を見せてくれ」

「にゃ、にゃうう……」


 レオナがお姫様だっこをやめるように懇願してきたが、彼女が腕から離れてしまうのが名残惜しかったので拒否した。

 普段以上に欲求に素直になった俺の言葉を聞くと、彼女は顔を真っ赤にして唸る。彼女の尻尾がワサワサと揺れ、俺の腕をくすぐった。


 俺は彼女のためなら、最高の武器職人にだってなれる。

 そんな大それた確信が自然と湧いてきて、俺は思わず笑いながら鎧で作った橋をゆっくり下っていくのだった。






 橋を下り終えたところでレオナを地上に下ろし、一息つく。


 それから前を向くと、そこには下着姿の荒くれ冒険者たちが姿勢を正して立っていた。


「あ、そういやお前らの鎧だけど……」

「ええ、もちろん調合師様が持ち帰っていただいて構わないです! いやホント、ギルドでは大変失礼なことを言ってしまって申し訳なかった。鎧なんかでお詫びとして足りるか分かりませんが、もう勘弁してくださいホント!」


 鎧はあとで返すよと言おうとしたら、彼は鎧はあげますと何度も言ってきた。なんかさん付けから様付けにランクアップしてるし。


「なんだこいつら。露出とドMな性癖が同時に目覚めたのか?」

「いやこれ、どう見てもライアを怖がってるにゃわんよ……」

「? いや、俺は武器作っただけだし、怖がる要素はないだろ。どういうことだ?」

「自分の凄さに自覚ないのがむしろ怖いにゃわんよねぇ……」


 荒くれ冒険者達の豹変ぶりに理解が追いつかないでいると、レオナまでよく分からない事を言い始めた。いや俺の調合技術を認めてくれるのは嬉しいけど、レオナの剣捌きを見た上で何で俺が怖がられなきゃいけないのかはさっぱりだ。


 けどまぁ、素材を提供してくれるのは素直に有難い。受け取っておくとするかな。


「ではこれで失礼します! もし何か困った事などあれば、いつでも声をかけて下さい!」

「獣人様……いえレオナ様も、お達者で! ほんとすいませんした!」


 そう言い残して、下着姿の集団は街の方角へ向かって早足で向かって行った。衛兵に捕まるなあれ。


 まぁともかく、割と順風満帆に事が進んでこれからも冒険者としてやっていけそうだ。俺は隣にいる優秀な相棒と顔を見合わせ、微笑み合いながら言った。


「ギルドを追放されて、良かった!」

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