第24話 武装龍
多腕装甲デストロイアの大部分は地面に切り離し、普通の鎧と持てる範囲での鎧腕に分けた。これで、リザードマン達の新たな棲み家に侵入した後も数本の腕は使えるだろう。
あとはその腕に持たせる武器だ。メイがわざわざ俺達に頼んできた通り、普通の武器であいつらと戦えばまず勝てない。
何かないか。目の前に広がる素材から、あいつらを殺せる武器案は……!
「ブーメラン……? いや、ダンジョンの中で使うには向かないし、あいつらの特性を考えればリスクが大きい。地形を考えるなら槍か? でも超越種相手には……」
「ライア殿」
俺が素材を見ながら必死に新しい武器を考えていると、メイが砂利道で音を立てながら俺の隣までやって来た。
そして彼女は神妙な顔で、言う。
「先程貴殿の力量を拝見させていただき、貴殿ならリザードマンにも勝てると確信したっす」
ひと呼吸おいて、続ける。
「拙者の家は代々忍者の家系。裏方から支えることしか出来ないっすが……貴殿の邪魔をする雑魚どもは気付かれることなく暗殺し、超越種への道を開くっす!」
………………。
無視しようかどうか、すっげぇ迷った。
いやでも無理だろ、ここで平然とやり過ごすのは……人として、生物として「嘘」だろう。俺は一瞬今の状況も忘れ、大きく息を吸ってから叫んだ。
「その大鎧でどうやって暗殺する気なんだよっ!?」
「ひゃいんっ!?」
至近距離から叫ばれた彼女は、目を強く瞑って可愛い声を上げた。
「何が裏方だよ、どう考えても正面から叩き伏せる奴の装備じゃん! 忍者の家系どうなっちゃってんだよ!」
「うぅっ。いや、忍者たるもの軽装にて忍ぶべしって教わったっすから、じゃあ重装備で忍べば最強じゃんって思ったんすよ……」
「ただの馬鹿じゃん!」
「う、うわあああああああんっ!」
俺がとうとう核心をつくと、メイは大号泣しながら逃げていってレオナに抱きついた。
「ぐふっ、ライア殿を怒らせちゃったっすぅ……。拙者、ライア殿に憧れたからお役に立ちたかっただけなのにぃ……」
「いや、メイはよくやったにゃわん。ライアが少しだけいつもの調子を取り戻したにゃわんからね! 憧れたってのは聞き捨てならないにゃわんけど」
レオナはそう言ってメイの黒い長髪を撫で回し、それから俺に向かって穏やかに言った。
「私も、もうライアを止めないにゃわん。でもその代わり私達も……ちゃんと一緒に行くにゃわんよ?」
レオナの瞳は、これまでにないほど優しく細められていて。
俺は断ることも出来ず、決まりの悪さを感じながら頷くことしか出来なかった。
それから少し移動して、俺達は目的のダンジョンを見つけた。
「ここが……」
「あぁ、リザードマンの巣窟になってるだろうな」
黄色っぽい地質の洞窟が、目の前で大きな口を開けて俺達を待っている。
今日はぶっ続けで戦っているのでもう外は暗いが、この洞窟の中であれば朝も夜も関係なくなってしまうだろう。
ここを潜れば、記憶の中のあいつらに会うことになる。そう思うだけで、普段ダンジョンに入るときとは比べ物にならないほど鼓動が大きくなった。気分が悪くなってきて、目の前の光景がいつもと同じ夢の色に置き換わっていく。
「ライア、しっかりするにゃわん」
「はっ……! 悪い、あぁ、大丈夫だ……」
横からレオナに声をかけられて、なんとか気を取り直す。
自分でも自覚していなかったが、考えるだけで気が遠のくほど、リザードマンは俺にとってのトラウマであるようだった。
そんな俺を気遣ってか、レオナがまた話しかけてくれる。
「しっかりするにゃわんよ。もし平常心が保てないなら、初心を取り戻して私をお姫さまだっこしてみるにゃわんか?」
「え、レオナさんなんですかそのえげつない提案。このタイミングで正気ですか?」
「……いや、ごめんにゃわん。ちょっと今欲望が顔を覗かせたにゃわん。私も我を失ってた……けどフィラに素で正気を疑われるとめっちゃ心にクるにゃわんね……」
顔を赤くしながら犬耳を垂らしたレオナを見て、俺は思わずクスリと笑う。
思えばメイが来てから全然笑っていなかったし、レオナの配慮には感謝しなければならないだろう。
そうして彼女のお陰で冷静さを少しだけ取り戻した俺は、松明の火がギリギリ届く範囲に敵影を見つけた。同時に、弦を弾く音がする。
「屈めっ!」
矢が来ることを予期した俺は、叫びながら皆を屈ませた。下げた頭上ギリギリを、矢が風を切って通過していく。
「今飛んできたの、弓矢……ですか? まさか、こんな時に盗賊!?」
「いいや。リザードマン……特に俺の会ったリザードマン達は、武器を使うんだ」
説明しながらも、俺は一方的に攻撃されないよう下り坂を降りてリザードマンへと近づいていく。
松明の照らす面積が段々と増え、俺についてきたレオナ達もようやくその全貌を目撃した。
「にゃわんっ! 魔物が武装してる!? ……いや、それどころか……」
「体が武器になってるんですか? あれ……」
想像だにしなかった姿を目にして、レオナとフィラが叫ぶ。
そう、こいつはリザードマンの亜種。俺はアームドリザードマンと呼んでいたが、目撃例は少なく正式名称も定まっていない。
「トカゲが尻尾を切って、また生やすのと同じだ。武器は壊れても、また拾い直せばいい。そういう感覚で、奴らは武器の体を好むんだよ」
体中を怒りが駆け巡るのを感じながら、俺は以前見た奴らの生態をそう表現した。
人間から武器を奪い、それを体の中に取り込む。鎧が壊されたら新しいものを拾い、剣の切れ味が鈍れば新しい武器を探す。
そうして出来た目の前の歪な体からは、無数の刃が覗いていた。代替できるものを愛するあまり自分の首すらも曲がっている様は、まるで自分の有り様を見せつけられているようで本当に気持ち悪い。
調合技術の腕を磨いた俺も、素材がなければただの無力な一般男性だ。それを思い知らされるようで、痛烈な無力感に苛まれる。
「なめやがって……。武器ってのはこうやって使うんだよっ!」
俺は袋に入れて持ってきていた鉄の塊を自分の鎧に繋げ直し、小規模な多腕装甲デストロイアを展開。六本の腕を伸ばし、それぞれに持たせた新しい武器で目の前のリザードマンを叩き切った。
その断末魔で横の小道などからも増援が来るが、俺は流れるようにそいつらも斬り払っていく。
「これじゃ、手伝いようがないですね……」
「いや、そんなことないにゃわん。ライアは体力が削られてるように見えるし……私達は私達のやり方で、サポート出来るにゃわんよ」
「……っ! そうですね!」
気後れした様子のフィラに、レオナが声を掛けて元気付けてくれる。すると元気がつきすぎたフィラが、暴言を吐きまくりながら鬱陶しいアームドリザードマンを刺し殺していってくれた。助かるけど怖い。
「許さないっ! 父さんを、母さんをよくも……っ!」
天然だったメイも、親の仇を前にして鬼気迫る様子で周囲のアームドリザードマンと戦っていた。
暗殺にはクソほど向かないが、重い装備を着ながらも軽い身のこなしを見せる彼女は、なかなかやり手の剣士のようだ。
そうして俺達は、それぞれの葛藤と向き合いながらも順調にダンジョンを進めていた。
――そう、思っていた。
「……っ!」
だが、五年間溜め込み続けた負の感情は、そう簡単に押し殺せるものではない。
ダンジョン奥の通路にその姿を見た瞬間、俺は取り戻しつつあった理性が自分でも驚くほど簡単に頭から零れ落ちるのを感じた。
「武装……龍……!」
胴体が長く伸びたそのリザードマンは、トカゲでも人でもなく蛇……あるいは東洋に伝え聞く龍のように見えた。
長い胴体は取り込んだ鎧に覆われ、少し動くだけで不快な金属音を奏でる。その武装癖と頭の近くから生えた両腕だけが、そいつから人の要素を感じさせた。
【新星団】を一度潰滅間近にまで追いやった、トカゲもどきの人もどき。リザードマンの……超越種。
「お前、がああああああああっ!」
理性を殆ど失った俺は、アームドリザードマンと戦っているレオナ達を置いて一人で超越種に向かっていく。
一方俺がアームドドラゴンと呼んでいたそいつは横目で俺を見ると、まるでこの時が来るのを分かっていたかのように平然と動き始めた。そして、奥の通路を悠々と前進して視界から姿を消す。
「ライアッ!? 待つにゃわんライア……。待って、行かないで――!」
アームドドラゴンを追って走る俺を、レオナが悲痛な声で呼んだが……。その声は、俺の心の叫びに掻き消されてしまった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます