第23話 殺戮の鎧
彼女は夢見がちな少女だった。
それだけ聞くとあまり良いイメージが湧かないかもしれないが、俺にとってはそれが大きな魅力だった。
「ファミリーネームって、縛られてるみたいでちょっと嫌じゃない?」
貴族の娘にも関わらず、家を飛び出して冒険者を志した彼女。俺にしてみれば名字があるというのは憧れだったが、彼女は自分の名字があまり好きではないようだった。
「名字なんかより、私は君の作る物の方が好きだな。私の知らない何かが生まれるって思うと、ワクワクするもの」
そうだった。俺が初めて武器や防具を作ったのは、彼女に喜んでもらうためだった――。
メイの依頼を聞いた後、俺はすぐさま冒険者ギルドに出向いてメイの言った話を報告した。
しかしクエストの依頼などは行わず、荷台の弁償といくつかの魔物の素材を定価で買ったりだけを行う。メタルハーピー戦の報酬が確定していたため、その中から自分の取り分を全て突っ込んだ形だ。
お金が動かなければ冒険者ギルドはまず動かないため、クエストを依頼さえしなければ備えはしつつも余計な手出しはして来ないだろう。
「君の集落まではどの程度かかるんだ?」
「馬車ならそう遠くはないっすよ。まぁ、かかる時間は魔物の邪魔が入るかどうかでかなり変わるっすが」
やるべきことだけ終えた俺はすぐ馬車に乗り、襲われたというメイの集落へと向かう。リザードマン達はもう集落から移動しているだろうが、そんなに遠くへは移動していない筈だ。
「ライア、少し落ち着くにゃわん! 大切な人の仇だってのは分かったにゃわんけど、それにしても急すぎるにゃわん。もう少し準備した方が……」
「……そんな時間はない。俺はもう、十分に待ったんだ」
集落へと向かう馬車には、レオナとフィラも乗っていた。
別に呼んだわけではないので、俺を心配してついてきてくれたのだ。その優しさへの感謝はあるが、正直俺の我が儘に彼女達を巻き込みたくなかった。
「心配してくれるのは嬉しいけど、来たくなければ来なくて良い。ここから先は危険だからな」
「そんな。私達がライアさんを放っておけるわけないじゃないですか……」
俺が二人に言うとレオナは押し黙り、フィラは拗ねたように小さく呟いた。それからは、馬車の中に沈黙が続く。
幸い道中に殆ど魔物は出ず、馬車は予定通りの時間に目的地へと到着した。
馬車が安全な場所で俺達を降ろしてから、少し歩いたところにその集落はあった。
東洋風の家屋が並ぶ珍しい場所だったが、殆どの家が潰れているため逆によく見る情景となっている。
至るところに魔物が住み着いており、たったの数日で人の住める環境ではなくなっていた。
「ここが……。……拙者の集落っす」
メイはその空間を自分の住処だったと紹介するのを躊躇った後、少しだけ小さな声で言いきった。
「やっぱり、リザードマンはいなさそうっすね」
「いや……。獲物もいないのに、ここまで色々な種類の魔物がたむろしているのはおかしい。これは魔物を狩りに来た冒険者達を返り討ちにするための囮だな」
俺はそう返しながら、アサルトブリッジで少し離れたところにいるゴブリンを刺し殺した。ゴブリンの断末魔が響き渡り、周囲の魔物がこちらに目を向ける。
「なっ……攻撃がいきなり過ぎるにゃわんライアッ! いきなりコウゲキって店が立つくらいいきなりにゃわん! まだ戦う準備もしてないのにこんなに敵を引き付けて……流石に怒るにゃわんよ!?」
「動揺しすぎて意味分からんこと言ってるぞレオナ。……俺の戦う準備は出来てる。それで困るなら、もう帰った方が身のためだぞ」
レオナの少し迷ったような声を聞くと、彼女が本気で怒り慣れていない事が分かる。それでも俺に注意するのは、俺を案じてくれているからなのだろう。
その優しさを無下にしたくはなかったが……今の俺は、感情のままに動くことしか出来なかった。レオナの忠告を無視して、馬車に運んでもらった素材を入れた袋を開く。
「五年だぞ……?」
感情のままに呟きながら、俺はその袋に入った荒くれ冒険者の鎧を〈成型手〉で作り替えた。
サイズを完璧に把握している自分の鎧と……無数の剣に。
「五年の間、ずっとこの時のために調合の腕を鍛えてきたんだ。今更……人の優しさなんかで止まれるかよっ!」
調合の腕を鍛えたことには、他にも理由があったような……? そんな思考は、すぐにドス黒い感情に塗り潰される。
たくさんの鎧を混ぜ合わせて作った鎧も汚い黒に染まり、防御力が皆無だった俺の身を包んだ。
出来上がったのは、人間の許容重量を無視して作った巨大過ぎる鎧。前後に2メートル以上広がったそれは、鎧というよりは家と言われた方がしっくり来るだろう。
支えを幾つも作ったので俺が押し潰されることはないが、これを着た俺は一歩も動けなかった。
「何ですかそれ……巨人の、鎧……?」
「あぁ、俺は動く必要すらないからな。……〈成型手・持続性特化〉」
呆然としたフィラの呟きに答えて、俺はスキルを使用した。
青春の全てを捧げて鍛えたスキル、〈成型手〉。それを持続的に発動することで鎧の一部を自由に変形させながら動かし、俺は一時的に大量の
それぞれの腕は先程作った無数の剣を拾い、相手に向かって素早く伸びた。鋼鉄の腕は囮の攻撃程度で破壊されることはなく、一瞬にして二十匹程度の魔物が剣の餌食になる。
「嘘、……っす」
「〈成型手〉とかいうスキル、化け物じみてるとは思ってたにゃわんけど……」
「ここまでとは聞いてないです……。これじゃまるで、戦闘用スキルじゃないですか。やっぱり私に手伝えることなんて、ないんだ」
俺の全力を見たレオナ達が、呆然と呟く。
これを着ると動けなくなるため防戦にしか使えないし、〈成型手〉の持続・並列使用は脳と体にものすごい負担がかかるため普段は使えないのだが……。
しかしこの日のためにスキルの伝導率まで計算して考案した装備案を、今更出し惜しむ気はなかった。
「メイ、ここから一番近いダンジョンはどこだ?」
「ひゃっ、ひゃい!? えとっ、西に2km行ったところに、地下洞窟ダンジョンがあるっす……」
「近いな。そこにリザードマン達がいる筈だが、伝令用の魔物は倒したから当分こっちに来ることはない。今の内に装備を整えるぞ」
「ひゃいっす……」
宿では騒がしかったメイが、先程の鎧を見てから気後れしたように大人しくなった。
どうやら俺に怯えてしまったようだが、気にしてやる余裕もない。またあいつらに逃げられる前に、俺は……!
「ライア……」
虐殺した魔物から素材をかき集める俺の耳に、レオナの悲しそうな呟きだけがやけに響いた。
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