第22話 突然の依頼

 先程倒してしまった少女は、鎧だけ脱がせて俺の借りている部屋のベッドで寝かせていた。

 とはいえこちらも全力で叩いたわけではないので、それから十分もしないうちに少女は目覚める。


「ん、んぅ? 何が起こったっすか……?」


 怪訝そうな声を出しながら、少女がベッドから起き上がった。


 てか思えば今日だけで4回くらい人が気絶したとこ見てんだよな……。

 皆よく気絶するなぁくらいにしか思ってなかったけど、殆どが俺のせいなので気を付けた方がいいのかもしれない。人が気絶しないように。


「君がずっと俺達をつけてきてたから、思わずこっちから攻撃しちゃったんだ。疑ったり殴ったり蹴ったり潰したり……色々悪かったな」

「えっ!? そんな、ずっと拙者の尾行に気付いてたんすか!?」

「むしろどうして気付かれないと思った?」


 ベッド横に移動させてきた椅子から彼女に謝ると、彼女は彼女で謎の返答を返してきた。

 そりゃ全身に鎧着た人がつけてくりゃ誰でも気付くだろ……。


「君がストーカーなこと自体間違いかもしれないと不安に思ってたけど、それ自体は合ってたようだね? なんで俺達についてきたんだ?」

「いーやそれより先に拙者の質問に答えてもらうっす! どうやって拙者の潜伏を見破ったんすか、今すぐ言わなきゃ答えないっすよ!」

「どうやってって……見りゃ分かるだろ! というか君のどこに潜伏要素あったの!?」


 問い詰めても意味のわからん返事ばかりしてくるので、初対面なのに思わず真っ正面から叫んでしまう。

 はぐらかしてる風でもないし、もしかして俺らの攻撃で頭を打ってしまったのか? ごめん、本当ごめんよ……。


「成る程、貴殿らには拙者の潜伏などお見通しということっすね……。実力を試すため奇襲をかけようとも思ってたっすが、それも事前に止められたっすから。やはり侮れない」


 少女は決め顔でわけ分からん事を言うと、ベッドから床に降りた。そして汗だくインナー姿のまま、レオナとフィラが脱がした鎧を何故か身につけ始める。


 気絶から復帰したばかりでまともに戦えないだろうから見守っていると、彼女は兜を被り終えた瞬間に名乗った。


「申し遅れたっすね。拙者の名はメイ……見ての通り忍者っす」

「だからどこがだよ!?」


 わざわざ鎧着て信憑性下げてから名乗ってんじゃねぇよ。その重そうな鎧、どう考えても重戦士の鎧だからぁ!!


 貴殿とかの言い方も忍者というよりは侍だし。どうやらこいつは俺達のせい云々じゃなくて、天然もののアホっぽかった。心配して損したわ。

 まぁ殆どメイのせいだがこちらにはいきなり攻撃した負い目があるので、話だけは聞かなくてはいけないだろう。俺はまともな理由があるとは期待せず、半ば適当に聞いた。


「そんで? 君はなんで俺達をつけてきたんだ」

「そうにゃわん、正直そこだけが大事にゃわん」

「そうっすね、貴殿らには話さなくてはいけないでしょう……。貴殿ら以外に、拙者の頼みを聞いてくれるお方はいないでしょうから」


 君、さっき潜伏を見破った理由言わなかったら答えないとか言ってたけどね?

 ただ突っ込んでいては話が進まないので、俺はぐっと堪えて言葉を待った。


 もっと早い段階で今の会話に興味をなくしていたレオナとフィラも、流石に近付いてきて耳をすませてくる。


「実は……。数日前に拙者のいた集落が、魔物の群れに襲われたのでござ……襲われたんす」


 今、ござるって言いかけたよな? とかいちいち反応しない。我慢だ、我慢……。

 彼女の声はさっきより暗いし、内容も割と重そうだ。俺は少しだけ気を引き締めて聞くことにした。


「それで、拙者の家族は魔物の群れに襲われて……亡くなってしまったっす」

「それは、残念でしたね……」


 フィラも両親を失ったと言っていたので、彼女が初めてメイに共感を示す。さっきまでメチャクチャ興味無さそうにしてたのに、今は少し潤んだ瞳で彼女を見つめていた。


 魔物が活性化してるこのご時世、俺含めて身なし子というのはかなり多い。問題なのは、その話をどうして俺達にするかだ。

 まだ俺達に接触した理由は一片も語られていないし、同情を誘って何を頼んでくるか分かったものではない。俺は彼女の身の上話を聞かされた後もむしろ警戒心を強め、割と冷静さを保っていた。……この時までは。


「だから貴殿らには、家族の仇討ちをしてほしいんす」

「それをどうして私達に頼むにゃわん? お金はかかるけど、冒険者ギルドに依頼した方が確実にゃわんよ」

「そうも考えたっすが、きっと普通の冒険者では倒せないと思うっす。拙者の集落ですら、敵わなかったんすから……」


 普通の冒険者では倒せない? それなら俺らでも倒せないだろう、と反論しかけたところで……彼女は言った。

 俺の心を惑わす、そいつの名を。


「拙者の集落を襲ったのは、リザードマンの群れっす。それも恐らく、新種の――」

「なんだとっ!?」


 メイが言い終わる前に、俺は椅子が倒れるほど激しく立ち上がった。これまでになく大きな声を上げた俺は、早足で鎧を着たメイに近付いていく。


「そいつらはどんな姿をしていた!? 親玉は――群れを統率するリザードマンはいたのか!?」

「ちょっ、ライア!? いきなりどうしたのにゃわん?」


 突然荒々しく詰め寄った俺に、レオナが不安げな声を掛けてくる。

 だが今は彼女の声に反応する余裕もなかった。俺はそこらの魔物を見るときよりも力を込めて、目の前のメイを睨みつける。


 しかし目の前のアホ少女はそんな俺に気圧されることなく……むしろ同志を見つけた喜びすら滲ませて、言った。


「貴殿の言う通り、リザードマンの群れには親玉がいたっす。体中に鎧を取りこみ、肉すら見えない地を這う巨体」

「ふくっ……!」


 その外見を聞いた途端、頭の中にそいつの姿が鮮明に思い浮かんだ。

 洞窟に詰まりそうなほどの巨体なのに恐ろしく俊敏で……そして、人だけでなく装備まで喰らう暴食の獣。その姿はトカゲどころか、龍を思わせた。


「リザードマンの……超越種……っ!」

「そうっすね、あれは超越種で間違いないっす」


 呻くように絞り出された俺の声を聞き、メイが神妙な顔で頷いた。


 忘れようとしていたのに、こんなところで現れるのか。あいつはどうしたって、俺の道を阻むっていうのかよ。

 いや、俺があいつのいる道に突っ込んでいるだけなのかもしれないが――。


「ライアさん? 本当に大丈夫ですか? 顔色が……というか表情が、その……」

「顔が怖いにゃわんよ、ライア。フィラが怯えてるにゃわん、何かあったなら――教えてほしいにゃわん」


 フィラが遠慮しながら俺に何かを言いかけ、それをレオナがはっきりと代弁した。それに対し、余裕のない俺は短く答える。


「ああ。そのリザードマンが元ギルド長――レイナを殺したんだ」


 それは彼女達にとって何の意味もない言葉だが。俺にとっては、何よりも意味のある言葉だった。

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