第21話 不穏な追跡者
その人は、とても綺麗な女性だった。
茶色い長髪をたなびかせ、それが信条であるかのように常に先陣を切る。
俺はいつも彼女の背中を見ていたが――それは彼女が、俺に背中を任せてくれているということだと分かっていた。
「あの綺麗な星々の、どれ一つにも私達は手が届かないけどさ……」
そんな凛々しい彼女だが、一番思い出すのは星空を見ている姿だ。
星の光で輝く瞳が向けられた時、俺の心臓がドキリと跳ねたことを覚えている。
「このまま頑張れば、いつかは辿り着けるかもしれないって思うと元気が出てこない? 私達はまだ新星で、いつかはあの星々のように輝けるんだって」
いつも俺に背を向けていた彼女の顔は、その話をするときだけ記憶の中で鮮明に映った。未来への期待と不安が混ざって、彼女の美貌を際立たせる。
新星って新しい星のことじゃないらしいですよ、とか、空気読むのが苦手な俺ですら言えなくなる。
そして彼女は、真っ正面からこう言うのだ。
「だからさ、ギルドの名前――。【新星団】って、どうだろう?」
レオナが髪を伸ばせば、少し彼女に似ているかもしれない。
「あの黒い人、やっぱどう考えてもこっち向かってるにゃわんよね……?」
「おいあんまあっち見るな、どう考えても関わったらヤバい奴だって。ああいうのは無視するに限るぞ」
「ライアさん……。一体誰に、どんな恨みを買っちゃったんですか?」
「いや何で俺のせいって決めつけてんだよ、知らねぇよ!」
【白亜の洗礼】との競走で数の不利も覆して圧勝した俺達は、リリー達と共に街まで戻ってきていた。
下着姿のリリー達は安全地帯に入るなりすぐに走って逃げたので、今は俺とレオナとフィラの三人しかいない……のだが。
「てっきりリリーのおっかけだと思ってたんだけどな」
ジャングルから帰る道中、俺達は何故か黒い大鎧を着た人物に跡をつけられていた。
一定の距離を保ち、無言でついてくるそいつはリリーの下着姿を目に焼き付けるのが目的だと思っていたのだが……。街で彼女らと別れた後もついてきたので、何か他に目的があるのかもしれない。
「となると、フィラの触手装甲姿がお目当てか? 色々とニッチだな」
「っ、うひゃあ! 誰のせいだと思ってんですかもう! 今回は素材たくさん手に入ったし、流石に普通の防具作ってくださいよ!?」
「そうにゃわんよ……。私もまた触手装甲を着るのはごめんだからにゃわん?」
女性陣二人に責められるとと、流石に反省せざるを得ない。
触手装甲は防具として普通に優秀だから、外見を優先するとそれより強い防具を作るの難しいんだよな。
まぁ今回は糸槌で体を壊しすぎたマグネットモンキーを差し引いても磁力猿の素材はたくさんあるし、久し振りに防具作りにも精を出してみるか。
「そうだなぁ。折角磁力猿の素材を使うなら、やっぱり磁力を活用したいよな」
ちょうどいつも使っている宿屋の近くまで来たので、俺達はそのラウンジに入って素材を見つめる。
戦っているときあまり防具の活用に頭を悩ませてほしくないし、なるべく単純なギミックが良いよな……。
「マグネットモンキーが毛を散らしてたことからも分かる通り、磁力猿の毛は磁力猿の神経から離れて初めて磁力を発するんだ。それを一番単純に活かすなら、周囲に毛をばらまいてその方向に超速移動する、とかだけど……」
ただあまり全方位に毛をばらまくと、むしろ変な方向に体が引っ張られてしまうので微妙だろう。やるとしても一方向……相手に直接打ち込んで、猛烈な勢いで突進するような使い方が一番まともそうだ。
じゃあ逆に、鎧の方に磁石をつければ落ちた装備や投げた装備を回収出来るだろうか?
……それも悪くないが、使い方が限られ過ぎている上に刃先が自分に向かってくるから使える武器まで限られてしまう。
「んー……」
「珍しく悩んでるにゃわんね? 防具の案が思い浮かばないにゃわんか?」
素材を見たまま固まった俺に、レオナが声をかけてくれる。
「そうなんだよ、マグネットモンキーの素材が、色々使えすぎて逆にどう使おうか迷うんだよなぁ」
「なるほど……確かに使い道はたくさん有りそうですね」
フィラも俺の言葉に納得して、少し上を向きながら考え始めてくれた。
そんな風に皆で悩んでいると、黒い鎧の人が躊躇なく宿屋にまで入ってくる。マジかよ、建物の中までついてくるのかあいつ。
「うわっ、あいつまたこっち見てるにゃわん! 流石にちょっとヤバいにゃわんねぇ」
「あのストーカー……今潰します?」
さっきまではちょっと危ない奴程度に思っていたが、建物の中にまでついてくるのでは警戒せざるを得ない。フィラもとうとうストーカー扱いし始めたし。
だが全く素性の知れない相手に、いきなり近付くのは得策ではない。周りにいる人も冒険者より一般人の方が多かったため、相手が暴れても助けてはくれないだろう。
ましてフィラもレオナも俺も、身に纏っているのは出来合いの鎧だ。狭い中で攻撃されることを考えれば、あまりに心許ない。
「よしっ! 次の鎧、どうするか考えたぞ」
「え、このタイミングでにゃわん!?」
「あぁ。でも今は体の正確な測定をしている場合じゃないし、腕の装備だけ速攻で作る!」
言って、俺は荷車にある素材を〈成型手〉でいじり始めた。
幸い【白亜の洗礼】から質の良い鎧を没収したばかりなので、鋼には困らない。俺はレオナ達の両手にあった手甲を作り、その内側に磁力猿の毛を入れ込む。
そして磁力猿の筋肉に通っていた神経だけを腕の装備に通し、手甲の中央辺りにまで伸ばした。
そうこうしている内に、さっきまで一定の距離を保ってたストーカー鎧がちょっと近付いてきた! うわこれ焦る!
「そして一番大事なのは、盾だ!」
時間がないので今は凝れないが、俺は【白亜の洗礼】から奪った鉄や荷車の木材を合成して複数個の盾を急いで作る。
この荷車は冒険者ギルドからレンタルしたものだったのだが、緊急事態なので弁償もやむなしだ。
「どうして鎧なのに盾が必要なのにゃわん?」
「防具に必要なのは、結局のところ防御力だからな。今回は王道を行って、磁力を防御力増強のために活かすことにしたんだ」
「邪道を行ってた自覚はあったにゃわんね?」
口での説明は難しいので、まずはレオナとフィラの両手に今作った腕装備をつけてもらう。
「その装備をつけた状態で、手首を少し内側に曲げてみ?」
「曲げるって、こんな感じにゃわん? ……ってにゃわんっ!」
レオナ達が指示通りに手首を捻ると、俺が作った四つの盾がそれぞれの手元に瞬時に移動した。まるで元から盾を装備していたかのように、彼女達の手元には盾がくっついている。
これが今作った、随盾腕シールドアームの効果だ。
手首を内側に曲げることで、手甲にある磁力猿の毛と腕にある磁力猿の神経が離れて磁力が発生するようになっている。そのため手首を曲げるだけで、元々作っていた一部が鉄になっている盾が即座に手の甲へと駆けつけてくれるというわけだ。
「これがあれば、攻撃時に重い盾を持っていなくても防御したい時に防御することが出来る。盾を改造できれば、移動の勢いを乗せた武器にもなるぞ」
「あ、相変わらず画期的にゃわん! というか使いやすいっ!」
「結局私が触手に絡まれてるのは変わらないんですけど……。まぁ、今はそんなことも言ってられませんね!」
もちろん強すぎる攻撃をこの盾で受ければ手首を痛めてしまうが、簡単な攻撃をわざわざ避けなくて済めばかなり楽になる。
俺の説明に二人が勢いづいて、ストーカー鎧への不安が少しほぐれたようだ。
しかしそうやって説明している内にも、ストーカー鎧はすぐそばまで近付いてきていた。
あちらからはまだ手を出してきていないが、レオナ達が装備を使うところをじっくり観察しながら短刀を抜き放っている。こいつ、こちらの隙をうかがってやがった!
「よし。レオナ、フィラ! 攻撃される前にあいつを取り押さえるぞ、俺もアサルトブリッジで援護する!」
「分かったにゃわん!」
「ストーカー、ツブス!」
俺の掛け声にレオナが元気に答え、フィラも即座に戦闘モードへと入って応える。
室内なのでレオナは糸槌でなく回転鋸を持ち、フィラは跳躍槍を普通の槍として構えた。
「何っ! 見抜かれたっすか!」
突然自分に向かってきたレオナ達に驚いたのか、ストーカー鎧は慌てて短刀を構える。
鎧を着ている割には素早い身のこなしで短刀を振ったが、今のレオナ達には怖くない。
「いつでも防御っ、にゃわん!」
足下に転がっていた盾が瞬時にレオナの手に舞い戻り、テンポロスすることなく相手の攻撃を防ぐ。
役目を終えた盾はすぐに床に転がり、レオナの手元を軽くした。酸性蜘蛛の糸でもあれば、あの盾は鎧の横にぶら下げるようにしても良さそうだ。
「これでっ、終わりにゃわん!」
叫び、相変わらずの剣捌きで相手の短刀を叩き切るレオナ。
武器を切られたストーカー鎧はなすすべもなくリンチに合い、果ては兜を脱がされた。
「えっ、女!?」
しかし兜を外して露になった顔は、なんと女性のものだった。
……やべぇ。もしストーカーじゃなかったら、俺達まずいことしちゃったかも!?
早とちりしてしまったことを反省しながら、俺達は謎のストーカー女(仮)を介抱するのだった。
――だが俺はまだ、彼女が俺の心を揺さぶる依頼をしてくるとは思っても見なかった。こんなところで【新星団】元ギルド長……レイナ・アルバースの事を思い出すことになろうとは――。
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