第20話 新星団の現状2(三人称)

 ダンジョンを飛び出たレギアは、【新星団】のギルドホームで風呂を浴びてズボンを変えると、すぐにセル武具店へと押し掛けた。


 レギアの苛立ち方を見ていると本当に店主を殺しかねなかったため、それを止める意味も兼ねてミイを含めた数人がゾロゾロと彼についてくる。


「おい店主っ。こいつはどういうことか説明してもらおうか?」

「は? いきなりなんじゃい、そんな殺気立って」


 レギアにミスリルソードを売り付けた店主は、急に怒鳴りこんできたレギアを見て顔をしかめた。

 武具店に危ない奴が訪ねてくることはよくあったが、ベテラン店主も先日ミスリルソードを買って喜んでいた男が怒鳴りこんでくるとは流石に予想していなかったのである。


 そんな煮え切らない店主の態度に苛立ったレギアは、出店形式だった武具店のカウンターに思いっきりミスリルソードを突き立てた。


「貴様、なめてると殺すぞ? こっちは大枚はたいてこの剣を買ったんだ、偽物なんか売って無事で済むと思ってんのか?」

「ひっ……あ、あんた本当にどうしたんだよ!? 偽物とか何を言ってるんだ!?」


 切迫した状況であるということしか理解できず、初老の店主が目を白黒させる。


 何より解せないのは、レギアがおかしいだけでなく彼についてきた男女数人もレギアの暴行を止めないことだ。怒るとも祈るともつかない妙な表情を向けてくる【新星団】のメンバー達は、レギア以上に店主を混乱させた。


「とぼけてるんじゃねぇ。お前が売り付けたこの剣がナマクラだったんだ! 金を返しても許しはしないが、とにかく金を返せっつってんだよ!」


 絶叫するレギアに、もう普段の余裕は見られない。店主も流石に無視は出来ず、取り敢えず彼の剣を見ることにした。


「これは私の作品ではないが、信用できる鍛治屋に打ってもらった品だ。刃を見る限りでも、手を抜いたようには見えないが……」

「ソーンウルフすらロクに倒せなかったのにか?」


 レギアがそう聞くと、店主はふんと鼻を鳴らした。

 ついさっきまでは最低限客への敬意を忘れていなかったが、この剣でソーンウルフすら倒せない剣士だと知ってその必要がないと悟ったのだ。


「そりゃあ、ソーンウルフは防御力に優れた魔物だからな。腕のない剣士が使えば、たとえミスリルソードでもソーンウルフは倒せんさ」


 言って、店主が鼻で笑う。

 その表情を見ると、さっきまで顔を歪めていたレギアの顔から急に感情が抜け落ちた。

 そして自分の剣の腕がなめられたレギアは、その場で表情一つ変えず店主を殴りつけた。初老の店主は店の奥へと吹っ飛ばされ、武器の棚に背骨を打ち付ける。


 レギアの剣の腕は【新星団】の中でも随一で、誰より早く出世してギルド長になったのも剣の腕があればこそだ。

 それを何も知らない老人が馬鹿にした時点で、レギアは驚くほど自然にこの老人を殺そうと決めた。自分の力を体に教え込ませるため、追撃を叩き込もうとカウンターから店に乗り込み始める。


「ちょっ、レギア先輩!」


 だがとうとう暴力に訴えたレギアを、後ろからミイが羽交い締めにする。もちろん盗賊である彼女に本気のレギアを止められるわけはなかったが、レギアは流石にそこで止まった。

 ソーンウルフを簡単に倒した彼女の表情を思い出すと、ミイを突き飛ばしたいという欲求が彼の体中を満たす。だがそれを実行に移すほど、レギアも我を失ってはいなかったのだ。


「はは、雑魚剣士の拳など痛いものかよ」


 だが、殴られた後も武具店の店主はレギアへの侮蔑をやめることはなかった。

 話を聞くまではミスリルソードが本当に偽物である可能性もあったが、そうでないと分かればレギアは単なる迷惑な奴でしかないからだ。


「儂を殴ったことは衛兵に知らせんどいてやる、その剣を持ってさっさと立ち去れ」

「……クソッ! そんなに俺を馬鹿にするなら、覚えとけよ……。この剣で出世して、俺の恨みを買った事を後悔させてやるからな!」

「はっ、楽しみにしとるよ」


 店主にいなされて、レギアはストレスを全く発散出来ないまま武具店を追い返される形になった。

 彼についてきたギルドのメンバー達も心労だけが募り、老体に手を上げたレギアに対する憧憬の念はもはや感じられない。


 パワーバランスが変わっていない以上もちろん見下されることはなかったが、少なくとも腫れ物扱いになったのは確かだ。

 どうしてこんな事に……と、ギルドのホームに戻りながらレギアは頭を抱える。それを彼が理解するのはまだまだ先で……そして、その頃にはもうギルドの存続すら危ぶまれることになる。

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