第33話 覚悟を決める時

 武器見学ツアーは半分休息くらいのつもりだったが、予想以上の反響があった。


 恐らく二度目の功績を残して、【鍛冶嵐】に対する勝利がまぐれではないと周知されたのが大きいのだろう。

 武器見学ツアーの噂が広まった後は、これまでのお客様はもちろん新しいお客様まで日中に堂々と現れるようになった。木で作った即席の屋台に、大勢の人が押し寄せる。


「ここの作る武器は、本当に出来が良い! 一回使ったら【鍛冶嵐】製なんて使えねぇや、この調子で頼むぞ!」

「黒と白の剣で二刀流してたんですけど、黒の剣強すぎたんでもう一本下さい。【鍛冶嵐】の白剣ほんまクソ(聞いてないw)」

「ダメェ! ここの回服薬じゃないと、私もうダメなのォォォ……!」


 【夜明けの剣】が売った商品の評判も上々で、リピーターも続出している。それどころか武具店でもうちの商品を置いてくれるところが出てきたため、【鍛冶嵐】の被害は相当なものだと考えられた。


「いらっしゃいませ! お客様、こちらで武器を買っていかれませんか?」

「あっ、触手おにゃのこだ!」

「本当に触手おにゃのこがいたぞっ!」


 販売担当のレオナ達も凄い人気で、特に触手装甲を纏うフィラは武器とか買わない層にさえお金を注ぎ込ませている。

 フィラはモジモジと恥ずかしそうにしているが、実のところ結構楽しんでいるようであった。自信のない女の子だったので、皆から誉めてもらえるのが嬉しいのだろう。


 しかもお金に余裕が出来たため、【白亜の洗礼】などのギルドから魔物の素材を買い取ったりも出来るようになった。冒険者ギルドでは買い取ってもらえないような部位もまとめて買い取るという条件で、少し安めに提供してもらえる契約を結んだのだ。

 これで一度作った武器の素材は、お金さえかければ自分達で出向かなくても調達出来る。


「ちょっと怖いくらい順調にゃわんね。最近【鍛冶嵐】の邪魔も、あまりないにゃわんし」

「そうだね。まぁ一度【夜明けの剣】に期待が寄せられちゃえば、【鍛冶嵐】は妨害すればするほど自分達の信用を失うだけだからな。もうチマチマした妨害に意味はないって事だろ」

「でもそれって、チマチマしてない攻撃ならしてくるって事じゃ……」


 交代で休憩に入っていたレオナにそう言うと、彼女は不安げにそう呟いた。

 フィラの心配性がうつったのかと笑いそうになったが、大きなギルドが何をしてくるか分からないというのは確かだ。


「まぁしてくるとしたら、それは【鍛冶嵐】が本当に手詰まりの時――」

「やっ! やめて下さいお客様っ!」

「い、いきなり何をするんすか!? 手を離してっす!」

「……!?」


 不穏な話をしていると、屋台の外から突然フィラとメイの悲鳴が聞こえてきた。屋台裏で武器を作っていた俺とレオナは、嫌な予感を抱きながら外へと出向く。


「おいおい、そんな触手を身に付けてるなら欲求不満なんだろ? お望み通り触手を着るより気持ちいいことしてやるよ」

「へへっ。前から思ってたけどこいつも上玉だぜ――兜だけじゃなく鎧も脱ぎやがれ!」


 目に映ったのは、最悪の光景だった。

 店の前に並んでいたお客様のうち数人が突然フィラとメイに襲いかかり、彼女らの服を脱がせようとしていたのだ。


 フィラもメイも身を捩って抵抗はしているが、相手がお客様だと思うと攻撃にまでは踏み切れなかったようだ。今は武器も没収されて、攻撃したくても出来ない状態にあった。


「な、何をしてるんだあんたら! まさか【鍛冶嵐】の奴らか!?」

「ちげぇよ。あいつらは歴とした『お客様』だぜ?」


 非道な事をする男達に向かって叫ぶと、横から一人の男が質問に答えた。


 見覚えのないその男は、髪を金色に染めた軽薄そうな男。こんな状況でも飄々としているそいつの真意が分からず、反応する余裕もなくフィラとメイを助けに向かった――が。


「おいおい、無視してんじゃねぇよド陰キャが。……〈〉」


 彼は鎧の上から俺のわき腹に触れ、その途端俺の左半身に激痛が走った。


「ガハッ……!」


 体が一瞬で血みどろになる感覚に襲われ、俺は慌てて彼から離れながら地面に倒れる。

 その時の痛みで分かったが、俺の鎧の形が変形させられて左半身に食い込んでいたのだ。


 今すぐにでもフィラとメイを助けに行きたかったが、体が思うように動かず一歩も動けない。


「お前さ、【鍛冶嵐】の邪魔が出来ていい気になってるんだろうけどさ。武器ばっか作ってるようなキモい奴が大手ギルド潰せるとか、夢見すぎだからな?」

「あんたは……一体……」


 【鍛冶嵐】という単語と、俺と同じ〈成型手〉のスキル。そして、その割に調合師を馬鹿にするような発言に理解が追い付かない。


 相手が何者なのか尋ねると、彼は誇らしげに言った。


「俺は【鍛冶嵐】リーダー、ハルク・イルボルトだ。おめぇらのようにちんけな生産ギルドじゃねぇ、この街を牛耳る大手ギルドのまとめ役だよ」

「なっ……!」


 俺が知っていた【鍛冶嵐】のギルド長は、アイアン・イルボルトという名前だった。組織の末端しか表に出ていなかったから分からなかったが、いつの間にか代替わりしていたらしい。

 とうとう、ギルド長自らこっちを潰しに来たのか。


 彼は倒れている俺に歩いて近付くと、急に顔面を何度も蹴りこんでくる。


「弱いくせに歯向かうからこうなんだよ。さっきの女どもも、男に捕まった時点で見捨ててればお前はこんなことになってなかっただろ?」

「見捨てるなんて、出来るわけ――」

「だからさぁ、それがお前の弱さだって言ってんの。なんか武器の質に自信あるらしいけどさー、それがなんだってんだ? ただのキモオタの自慢じゃねぇか」


 生産ギルドの長とは思えないことを言い切ってから、続ける。


「人も金も少ないから切り捨てるって選択が出来ねぇんだよ。特定の女に拘るなんてモテない奴のすることだ、女なんて食ったら捨てりゃ良いじゃねぇか」

「んなっ! ふざけるなっ……!」


 大手ギルドの中で腐りきった男の価値観を聞いて、俺は一気に体中が熱くなるのを感じる。


 俺達はこいつの言うような不純な関係じゃない。お互いの良さを尊重し合って、支え合って生きようとしてるんだ。

 それを馬鹿にしたハルクに、俺は傷ついた体が動かなくなるのも承知で多腕装甲を小規模展開した――が。


「〈遠隔成型手〉」


 鎧の少ない鉄で作った二本の腕は、しかし彼に触れることすらなく空中でバラバラになった。


 大量の武器を量産するためか、彼の〈成型手〉にはある程度の射程もあるようだ。テンペベロのように口だけではないらしい。


「な? おめぇらは弱いし、お客様なんて言って客に媚びなきゃいけない時点でもっと弱いんだ。こっちに絶大な権力さえあれば、客なんてあんなもんだぜ?」


 言って、ハルクはフィラとメイを襲った男達を指差す。メイもフィラもうつ伏せで倒れたまま抵抗しているが、それも長くは続きそうになかった。


 鎧を脱がされきったメイはインナーもはだけて後ろから下着が丸見えになっており、フィラは触手装甲のサイズ調整機能がなんとか抵抗していたがお尻はもう見えてしまっている。


「狩猟じゃ食っていけないような三流冒険者は、衛兵の口封じをして金さえ握らせれば思い通りに動いてくれるんだ。お前らにゃこんなこと出来ないだろ?」

「何言ってんだよ……。お前、こんなことして許されると思ってんのか!?」

「許されるさ。俺はこの街のギルドで、一番の――」

「黙れにゃわんっ!」


 ハルクの下衆な台詞を遮ったのは、これまで聞いたことのないようなレオナの怒声だった。

 次いで、ダダダダと大きな物が壊れる音が響く。


「な、何だ……!?」


 音がした屋台の方を向いたハルクは、自分に迫り来る鉄塊を見た。急に迫った命の危機に、分かりやすく目を剥く。

 さっきまで余裕に満ちたリア充感を出していたが、今や弱々しいガキにしか見えなかった。


「え、〈遠隔成型手〉!」


 ハルクは慌てて俺に使ったものと同じスキルを使い、その鉄塊を歪めようとする。

 だが勢いの乗ったそれは簡単に破壊することが出来ず、直撃しないように形を変えたが彼の右足だけは押し潰された。


「う、うぎゃあああああっ!」


 ハルクの足を潰したのは、街中での使用を控えていた糸槌サドゥンプレスだった。

 ハルクが俺と同じスキルを使ったのを見て、糸槌でなければ防がれると考えて屋台から引っ張り出して来たのである。


 彼女の英断のお陰で、屋台ごと吹っ飛んだものの俺はなんとか殺されずに済んだ。フィラとメイを襲っていた男達も、これまで見たことのない武器に恐れを為して逃げ出していく。


「ふざけるなにゃわん……。お前みたいな勘違い野郎がフィラとメイをいじめて、私達の関係まで馬鹿にするなんて絶対許せないにゃわん」


 ハルクの血がついた糸槌を引き摺りながら、レオナは低い声で言った。

 自分がテンペベロに好きなようにされた時さえ怒らなかった彼女だが、俺達の絆を馬鹿にされたことは我慢ならなかったようだ。


「か、勘違い野郎だと……!? クソッ、言い返したいけど今は逃げるしかねぇな」


 彼はそう言って、落ちていたメイの鎧を掴むと影の中に潜って逃げた。

 メイでなければ素材の力を全て引き出す武装解放は使えない筈だが、体を犠牲にして無理に力を引き出したのだろう。


「た、助けてくれてありがとうございます……」

「ぬああっ! 好き勝手やられた上に鎧まで取られたっすぅ!」


 男達から解放されたフィラは、顔を赤くして感謝を述べながら自分の服を着直した。メイも明るく叫んでいるが、目には少し涙が滲んでいる。


 それから二人は、傷つけられたばかりだというのに気丈にも俺とレオナに向かって言った。


「【鍛冶嵐】の人達、野放しにしてたら何でもしますよ……!」

「守りに入ってるだけじゃ相手の思うつぼっすよ! 今持てるだけの力で……あのギルドに対抗しないと!」


 彼女達が折れないのは、俺達が皆【鍛冶嵐】に何かしら被害を受けているからだ。奴らを止めなければ他の皆が危ないと思えば、自然と力も湧いてくる。


 だが、ハルクの言う通り俺達に力がないのも確かだった。このまま【鍛冶嵐】の本部に強行突破すれば、ギルド解体どころか衛兵に捕まって――。


「いや、違うな。ハルクの言う事にも、一理ある」

「ライア殿!?」


 俺が地に伏しながらそう言うと、メイが顎が外れそうなほど口を大きく開いた。驚きすぎだろ、どんだけ殺る気満々だったんだ。


 彼女を安心させるように笑顔を浮かべてから、俺は言った。


「もちろん、ケリはつけなきゃいけない。でもその前に……準備をしなきゃな」


 そう言い切ると、俺に何か考えがあると思ってくれたのかメイ達は息を呑む。正直作戦などと言える大層なものはないのだが、俺は血だらけの体を無理に起こし、敢えて自信あり気に叫んだ。


「賭けにはなるが、もし準備さえ整えば【鍛冶嵐】なんて怖くない。その時こそ――【鍛冶嵐】との最終決戦だ!」




利益(費用は消費時のみ記載)

上級回復薬(600-400)×40=8000ゴールド

上質剣(3000-2000)×26=26000ゴールド

戦士の上質鎧(19000-7000ゴールド)×3=36000ゴールド

装食従僕アームドリンカー(8000ゴールド)×12=96000ゴールド

回転鋸ライトニングソー(1300-300ゴールド)×2=2000ゴールド

機動式斬月ダッシュカッター・蛙式風装エアパックセット(17000ゴールド)×5=85000ゴールド

生活費四人分(10000ゴールド)×4日=-40000ゴールド

総計 213000ゴールド


ギルド財産

・約70万ゴールド

・肥大槌ソイルハンマー(修理中)×1

・回転鋸ライトニングソー×8

・伸縮糸槍アサルトブリッジ×1

・眼前暗殺剣アサシンズハート(修理中)×1

・糸槌サドゥンプレス×1

・跳躍槍エアスラッシャー(毒針換装)×1

・歪鋼メタルスネーク×1

・歪鋼メタルスネーク改×3

・追苦エイミングトライデント×1

・業炎シャープフレイム×1

・歪剣ブレイドスネーク×0

・刀球デッドボール×1

・触手装甲×1

・蜘蛛天脚×1

・戦士の上質鎧×1

・隋盾腕シールドアーム×20

・装食従僕アームドリンカー×22

・潜影鎧ハイドナイト×1

・多腕装甲デストロイア(半壊)×1

・蛙式風装エアパック×2

・機動式斬月ダッシュカッター×2


・残忍蜂の死骸×3

・磁力猿の死骸×7

・武装龍の死骸×1

・武装蜥蜴の焼死体×212

・浮遊蛙の死骸×65

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る