規模拡大編

第36話 武器なんて要らなくねという風潮

 【鍛冶嵐】を実質的に取り込んだ【夜明けの剣】は、着々と量産体制の実現に向けて進んでいた。


 俺はハルクに現状の武器の作り方を教え、それを【鍛冶嵐】全体に波及させてもらっている。

 量産特化なだけあって俺が作ったオリジナル品より品質は落ちるが、街に出回る武器の質は大分マシになる筈だ。上級者はオリジナル品を買い、お金がない人は量産品を買うという形になるだろう。


「これで俺達は、ギルドホーム購入に向けてコツコツ頑張っていけるわけだな」

「そうにゃわんね。ようやく本来の目的に集中できるにゃわん!」


 騒動が大きすぎて思わず忘れてしまうが、まだ何も終わっちゃいない。ギルドとしての活動は、【鍛冶嵐】を退けた今からようやく本格的に始められるのだ。


「あー! マジ疲れたっす。ギルドをまともに始めるまでがここまで大変とは、思ってなかったっすよ……」

「いくらなんでも迷惑過ぎましたよね、【鍛冶嵐】」


 最近酷い目にあったばかりのメイとフィラに至っては、燃え尽きたような顔をして天井を見つめている。

 ハルクの境遇には同情する部分もあるが、彼にもおいおい償ってもらわなければならないだろう。


 ただ大きな危機は去って、俺達は久し振りにゆったりとした雰囲気を楽しめていた。

 妨害もなくなったため貸家も普通に借りることが出来、開店まで皆で何もせず椅子に座っている。ヤバい、これ割と至福では。


「みんな燃え尽き症候群になってるにゃわん……」


 そう呆れたように呟くレオナも、椅子の上に体を乗っけて、腕を前で揃えるようにして丸まっていた。完全に犬のくつろぎ方じゃん。君が一番くつろいでるだろ。


「あー、でも……。やっぱ大仕事の後の平和って良いですねぇ」

「良いなぁ」

「良いっすねぇ」

「良いにゃわんねぇ……」


 気の抜けた顔をしたまま、皆で呟く。その瞬間、店のドアが凄い勢いで爆発した。


「…………」


 開店時間までは、あと一時間ほどある。リニューアルしたてなので開店直後にお客様来てくれるかもなとかは思ってたけど、まさか開店前に来るとはね?


 煙を上げている大穴を見ながら、俺達は何も言えずにただただ固まっていた。


「ここが、【夜明けの剣】とかいうギルドで間違いないわね?」


 俺達が何も出来ずにいると、煙の向こうからよく通る少女の声が聞こえた。それから、大穴をくぐって声の主が店内に入ってくる。


「えーっと、お客様。開店は一時間後からなんですが……」

「はんっ、私はお客様なんかじゃないわ。最近生産ギルド如きが調子に乗ってるって聞いたから、私が釘を刺しに来たのよ」


 あれー、なんというか。平穏が崩れる音が聞こえてくるなぁ?


 【鍛冶嵐】の連中に比べると悪意は感じないので、そこまで危機感はないが……。レオナ達は辟易とした様子で、むしろくつろぎ方の度合いを強めていた。殆ど寝てるじゃん。

 仕方がないので、起きてる俺が一人で少女の相手をする。


「えーっと、ではあなたはどちら様で?」

「よくぞ聞いてくれたわねっ! 私は魔術師のアネータ・ネイアス。それも、国立の魔術学院を主席で卒業した超天才よ!」


 黒いローブを着た赤毛の少女は、ドンと胸を張って名乗った。その自己紹介のインパクトに、寝かけていたフィラ達も流石に体を起こす。


「えっ、魔術学院の主席って凄いじゃないですか!」

「魔術を使いこなせる人は少ないって聞くっすからね。憧れるっす!」

「ふふーん、そうでしょう。あんたら武器商人には逆立ちしたって出来ない事よ!」

「あぁ、そうだろうなー。魔術の勉強とか、凄い金がかかるらしいし」


 俺らのいる街は王都のすぐ隣にあるが、それでも優秀な魔術師なんてめったにお目にかかれるものではない。

 ちょっとした有名人に会ったくらいのテンションで、俺達ははしゃいでいた。


「魔術師を見る目があるとは、なかなかやるわねあなた達。…………って、違うでしょっ!」


 アネータは俺達の反応を見て満更でもなさげにしていたが、少し時が経つと突然大声で叫んだ。ん、どうしたんだ一体?


「私が武器商人を馬鹿にしたんだから、あんたらは『な、何をぅ!? 魔術師の分際でよくもっ!』って感じで怒らないと駄目でしょう!? そんで今すぐ決闘する流れだったでしょぉ!?」

「いや馬鹿にされたっつっても……俺ら普通に魔術なんて使えないしな」

「魔術師の分際だなんて思わないにゃわんよ。魔術を使えるなんて、とても凄いと思うにゃわん?」

「ほ、本当? ありがと……。……じゃなくてっ!」


 一瞬嬉しそうに目を細めてから、すぐまた怒鳴る。忙しい子だなこの子。


「魔術と武器! どっちが強いか勝負をつけましょうって言ってんの! 思い上がったあんたらに、魔術の凄さを思い知らせてやるんだから!」

「え、嫌ですよ。そういう根競べ的なの、最近やったばかりなんで……」

「ちょっ、腑抜け過ぎでしょあんたら!? もっと思い上がりなさいよっ!」


 この子は一体、何と戦っているんだ……。

 涙目になったアネータを見て、俺は困惑を隠せなかった。


 武器と魔術というのはあまりに接点がないし、戦士と魔術師が競合する分野すらまずない。

 人生の中で魔術師と関わる事すら想定していなかった俺達は、いきなり喧嘩腰の彼女にどう対応して良いのか分からなかった。


 すると彼女は、涙目のまま決闘したがる理由を語る。


「私は冒険者になりたいのに、魔術師ってだけでギルドに入れてもらえないのよ。それはあんたら野蛮人が、魔術の偉大さを分かってないからだわ……」

「いや違うと思うけど……」

「違わないっ! 私の魔術は魔物と戦える位に一流だって、誰も信じてくれないの! だからあんたらの武器と魔法で競って、魔法があれば武器なんか要らないって思い知らせてやるわ!」


 そこまで言い切ると、アネータはローブの袖で涙を拭って言った。


「一緒に同じクエストを受けなさい! 私の魔術で、あんたらよりたくさん魔物を倒してやるんだから!」


 こうして俺らは、【鍛冶嵐】と比べると大分優しい、ちょっと懐かしい感じの挑戦を受けたのだった。

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