第35話 終止符

 先日ハルクが自ら出向いた時点で、やはり【鍛冶嵐】は相当切羽詰まっていたらしい。


 【鍛冶嵐】のメンバー達は総出で街に出向いて、武具店等に圧力をかけていた。その内一人は俺達が街に向かっているのを見ると、武器を構えながら道を塞いでくる。


「おいおいどこへ行こうってんだ? この道の奥は【鍛冶嵐】の本部だぞ?」

「あぁ、だから本部へ向かおうとしてるんだ。そこをどいてくれ」


 正直に答えると、彼は俺達を蔑むように笑った。


「ヒャハハ、通すわけねーだろバーカ! この武器が見えねぇのか? 俺らは武器を振るってもあそこにいる衛兵には捕まらねぇが、お前らはそうじゃねぇんだぜ?」


 そう言って、【鍛冶嵐】は武器を俺達に向けた。近くに衛兵がいるから逆に堂々と武器を振るうというのは、流石に感性歪みすぎだろ。


「なんかよく分からないこと言ってるから放っておこう。行くぞ皆」

「そうにゃわんね。全く意味分からないにゃわん」

「おいふざけんな、無視してんじゃねぇ!」


 道を塞いでいた男は、俺達が彼を意に介していないと分かると激昂して剣を振り上げる。

 だが俺達は、守りに入ることすらなく平然とそいつの横を通りすぎる事が出来た。何故なら彼は、剣を振り下ろす前に他の男に腕を掴まれたからだ。


「こら貴様! 街中で剣を振るうとは何を考えているんだっ!」

「はぁ、何言ってんだ? 俺は【鍛冶嵐】のメンバーだぞっ!」

「それがどうした? そういえば貴様、前に城下町で暴れていたな。国に危険を及ぼす者に容赦はしない、まずはその武器を預からせてもらおう」


 がっしりとした体つきの男は暴漢の腹を蹴りあげ、危険物を没収した。彼を捕まえた男は、最近騒がしいこの街の監視に来ていた衛兵だったのだ。

 普段は見逃してくれる筈の衛兵に手加減もなく罰せられ、力もないのに好き勝手してきた男は泣きながら引きずられていった。


 これが、決戦準備の成果だ。【鍛冶嵐】が積んでいる以上のお金を商会が積んでくれたお陰で、今日一日は衛兵も【鍛冶嵐】の横暴を無視しなくて良いのである。


「本当に腐りきってるな【鍛冶嵐】。人に迷惑かけまくっても、今の地位を力で維持できると思ってたんだろうな……」

「商会が協力してくれている内に、私達が目を覚まさせないとにゃわんね!」


 俺達は頷き合い、本部へと急いで向かった。





「おい、【夜明けの剣】の奴らが本部に入って来てるぞ! さっきも侵入者がいたし、一体何が起こってるんだ!?」

「外に出てるメンバーが一人も帰ってこないのに、んなこと分かるかよ! 【鍛冶嵐】傘下の各種ギルドとも連絡がとれねぇし!」

「じゃあ俺達でどうにかするしかないのか!? おいおい、冒険者に警護させてたから戦いとかできないぞ!」


 【鍛冶嵐】の本部に押し入ると、俺達が荒らすまでもなくギルド内は荒れに荒れていた。

 俺達の前にも襲撃を始めたたギルドがいくつかあるらしく、城の如く堅牢な本部はどこでも自由に行き放題だった。


「これが調子に乗りすぎたギルドの末路か」

「私達はこうはなりたくないですね……」


 仕事もせず威張ってるだけだった上役が慌てふためいているのを見て、俺とフィラが思わず呟く。

 世間の信用を失った時点で、もう【鍛冶嵐】はギルドの体裁を成していなかったのだ。俺達はリーダーのハルクを探し、一直線にギルドホームの中を歩いていった。


 それから三十分もせず、俺達はハルクのいた個室に辿り着く。

 道中にホームへ侵入していたギルドの人達と合流したため、俺達は道を阻みようがないほどの大所帯になっていたのである。

 

「お前ら、よくも俺の邪魔をしてくれたな?」


 驚くほど呆気なく辿り着いた最奥の部屋には、生産ギルドらしく大量の武器が置かれていた。

 ハルクは中央にある長椅子に座り、両隣に侍らせた少女の体を触って余裕を見せつけている。


「こんな雑な襲撃かまして、勝った気でいるのが本当にムカつくわ。お前ら組織なめてんだろ?」

「組織をなめてるのはどっちだハルク。こっちにはお前らに愛想を尽かしたギルドがたくさんついているんだぞ? それでも【鍛冶嵐】は変わる気がないのか?」


 大勢がギルドのホームに攻め入ってもまだ余裕そうなハルクを見て、俺は若干動揺しながら尋ねた。するとハルクは、小さく嘲笑を浮かべる。


「あのな、お前らは金で衛兵を丸め込めたつもりでいるかもしれないが……。俺達は長年軍部、いや、国と関わりを持ってきたんだぞ?」


 物わかりの悪い子供に言い聞かせるような口調で、続ける。


「一つの街がいくら金積んだところで、衛兵を自由にさせられるのはせいぜい今日限りだ。なら明日には全部元通り……そうだろう?」


 ハルクが言いきると、部屋の隠し扉からゾロゾロと黒服達が現れた。


 あぁ、成る程。戦力に自信があるから、ここを堪え忍べば逆転出来ると思ってるわけか。

 確かに【鍛冶嵐】の社会的地位や経済的な体力は、こちらには想像もできない次元に達しているのだろう。しかし逆に言えば、今日中にこのギルドが商会に飲み込まれれば何の問題もない。


「ここまで追い詰めたハルクを逃がすわけにはいかない。皆、一斉に攻撃するぞっ!」

「はんっ。ここには最も洗練された黒服達を集めているんだ。烏合の衆がいくら集まったところで、無駄なこ――」

「撃てぇ!」


 俺の合図で、レオナ達と集まっていた街の人が一斉に武器を作動した。

 使用したのは、もちろん誰でも使いやすい裏砲剣レンジコンクエスタ。弓よりも扱いやすいこの武器は、それぞれ四本の麻痺毒針を発射して隙間なく相手に向かって放たれた。


 もちろん部屋に現れたばかりの黒服達に避けることなど出来ず、大半が毒針に沈む。後ろにいた数人は針の弾幕を逃れてこちらに距離を詰めたが、その瞬間には皆もう剣を構えていたので一瞬でやられた。初見でこの武器に対応できるのは、レオナくらいのものだろう。


「な、何だよそれ……。そんな武器、俺見た事ないぞ……」


 さっきまで余裕の表情を浮かべていたハルクが、ここに来てようやく動揺を見せた。冷や汗を垂らし、隣にいた少女の胸を揉んでいた手が止まる。


 魔物と戦う上では個人に合った強い武器の方が有用だが、やはり対人戦となると汎用武器を量産して数の暴力で押した方が強い。

 俺達は剣モードのレンジコンクエスタを構えたままハルクに詰め寄り、毒針もしっかり補充する。


「くっ、こうなったら仕方ない。リーラン、リーライ! あいつらにお前らの力を見せてやれ!」

「え。でもあの武器の相手は流石に……」

「いいから行けって! 多少の攻撃は〈遠隔成型手〉でカバーしてやる!」

「は、はいっ!」


 ハルクが両隣にいた二人の少女に向かって叫ぶと、彼女らは手に持っていた薙刀を構えた。

 このタイミングで前に出したという事は、この大人数にも負けないほど腕のある側近なのだろう。二人とも凄く顔が似ているので、恐らく姉妹だと思われた。


 だが胸を触られていた時から少し涙目だったところを見ると、ハルクに従っているのは不本意な部分もある筈だ。毒針を撃ち込む前に、もしやと思い俺は彼女らに尋ねた。


「ねぇ君達、そんな切れ味悪そうな薙刀じゃなくてこの武器あげるって言ったら来る? 一緒にハルクを倒してくれたら、多分こっちについた方がお金たくさん貰えると思うけど」

「え、本当ですか!? それならもちろん行きますっ!」

「ありがとうございます、是非一緒に戦わせて下さい! こんな雑魚武器で今の武器と戦えとか、頭悪すぎですよこのセクハラ野郎! こいつ偉そうなことだけ言えば陽キャに見えると思ってるんですかね?」

「ええっ!?」


 その姉妹は尋ねた俺ですら驚くくらい提案に食いついてきて、側近に一瞬で裏切られたハルクは今にも泣きそうだった。今のはちょっと、俺も同情しちゃいそうなほど可哀想だ。


 女の子に自分の作った武器も性格も完全否定されたハルクは、完全にさっきまでの余裕を失っていた。今まで出していたリア充感は、経済力だけが生み出していたものだと分かってしまう。

 街中の人からちょっと同情の目を向けられて、ハルクの顔は真っ赤になっていた。


「な、なんだよその目はぁ! クソ、覚えとけよ……。次会ったら必ず、国とのパイプを使って復讐してやるっ!」


 小物臭いことを言って、ハルクがメイの鎧を使ってここから逃げ出そうとする。


 だがサイズの合わない鎧を無理にでも着ていなかったのが運の尽き。彼が長椅子の後ろから漆黒の鎧を手に取った瞬間、スピードを極めたフィラの跳躍槍が彼を横切り彼の手から鎧が吹っ飛んだ。


「いで、いっでぇ……!」


 その摩擦熱で手が真っ赤に擦り剝けて痛がる様は、とてもここ最近街を騒がせていた大手ギルドの長だとは思えなかった。ただのガキにしか見えず、その中でも温室育ちな分小物感が凄まじい。


 またも同情の目を向ける観衆達に向かって、ハルクはとうとう号泣しながら叫んだ。


「なんだよっ! なんでそんな目で見るんだよおっ! 俺の何がいけなかったって言うんだ? 力があれば使うのは当たり前の事だろっ!」


 そこまで叫びきると、突然俺達がいた部屋の壁が激しくうねり始めた。人の作為を感じるその動き方を見て、俺は咄嗟にハルクが〈遠隔成型手〉を使ったのだと分かる。


「危ないっ! 皆さんここから逃げてっ!」


 俺が叫んで街の人たちが離れた床から、槍のようなものが何本も突き出す。彼は〈遠隔成型手〉を使って、部屋ごと体の一部のように操っているのだ。


 部屋にあった武器までみるみる内に部屋と混ざっていき、その脅威度は増していく。


「やめろ! 〈成型手〉の過度な使用は頭に負担がかかるんだ、それ以上やると死ぬぞ!」

「クソ……クソォ! どうして俺が、見下されなきゃいけねぇんだ! 金も力もあって、こんな大きな組織まで持ってるんだぞ? モテない方がおかしいだろっ!」


 デストロイアを動かす時の苦痛を知っている俺は、目の前で無茶なことをするハルクに警告を飛ばした。だが彼は聞きもせず、ブツブツと呟く。


「父さんが死んで、【鍛冶嵐】も今は俺のギルドなんだ。なのにどうして俺は認められないんだ? 生産職の陰気な野郎どもに見下されなきゃならない!?」


 陽キャの矜持なのかなんなのか、彼は彼なりに悩みがあったらしい。

 だがこれまでの言動を見ていれば、自ずと悩みの原因は分かった。


「それはお前が、ギルドってものを勘違いしてるからにゃわん」


 彼の目を見据え、以前彼を勘違い野郎と評したレオナが言う。


「なんだと……?」

「ギルドってのは一人のためにあるものじゃないにゃわん? 皆が助け合って、関わった人皆が笑顔になれる……それがギルドなのにゃわん!」


 そう言うと、レオナはハルクに向かって走って行った。


「……レオナッ!」


 危険な中に飛び込んだ彼女を追って、俺達は走って個室に入る。

 八方から彼女に押し寄せる壁の槍をレンジコンクエスタで切り払い、彼女の通路を確保した。


「近付いたところで――!」


 ハルクは近付いてくるレオナを拒むように〈遠隔成型手〉を強め、レオナの持っていたレンジコンクエスタを破壊した。

 次いで、彼はレオナの鎧にまで力を込める。鎧ともなると簡単には変形できないようだが、彼は勝利を確信した笑みを見せて――。


「なっ!?」


 そして彼は、驚愕に口を開いた。


 鎧を壊した先に見えたのは、インナーの代わりに触手で身を包んだ痴女だったのだから!


「や、やっぱ恥ずかしい――けど! 遠隔成型手対策くらい、ちゃんとしてるにゃわんよ!」

「クソッ!」


 鎧が簡単には触手を貫けないと分かると、彼は部屋中の武器を彼女に向かって伸ばした。


 それに対し、彼女は腰に下げていた豪炎シャープフレイムを抜き放つ。


「剣なら、折れば良いだけの事だっ!」


 遠隔成型手の使えるハルクは、無数の武器とスキルの力を全てレオナに集中させる。

 だがそのどれもが――彼女の斬撃を防ぎきれなかった。


「…………!?」


 豪炎シャープフレイムは、炎竜の素材を覚醒させ炎を出す魔剣。

 たとえ剣の形は変えることは出来ても、形のない炎にまで効果を及ぼす事は出来ない……!


「この剣を使うと私は当分動けなくなるけど、後ろから来たライア達が助けてくれると思えば何も怖くないにゃわん」

「んな馬鹿な……っ!」

「本当にゃわんよ? だってそれが、信頼できるってことにゃわんからね!」


 周囲の槍は俺達に切り伏せられ、〈遠隔成型手〉も俺の作った装備で防ぎきったレオナは、燃え盛る剣を一瞬だけハルクの額につけた。


 しかし見た目に反して出力は抑え目にしたらしく、誰も倒れはしない。まるで剣の暖かさを教えたかっただけだとでも言うように、彼女はすぐ剣を彼から離した。

 すると、ハルクが獣のように呻き出す。


「あぁ、あああああぁっ! 完敗だ。俺はもう、武器作りでも、人間としても負けちまった!」


 レオナの言葉が、どう届いたのか。

 力で捩じ伏せられないシャープフレイムの火を浴びたハルクは、また涙を流した。しかし先程のように周囲を暴走させることはなく、ただただ静かに泣いている。


 そんな彼に、レオナが優しく声をかけた。


「偉そうなこと言ってるけど、私も仲間の大切さなんて知ったのは最近にゃわんよ」

「え……?」


 涙を溢しながら、ハルクがレオナを見上げる。


「私もずっと自分の強さだけを頼りに生きてきて、それしかないんだって思ってたにゃわん。でも人と支え合うなら、完璧な強さなんてなくてもどうにでもなるにゃわんよ」

「あぁ。それに、お前が俺に完敗したってことはないと思うぞ」

「えー? 完敗でしょどう考えても」

「男として終わってるもんね」


 俺がハルクに声をかけると、部屋の外から姉妹が余計な事を言ってきた。赤ちゃんみたいに泣いてるからやめたげて。

 

「お前の〈遠隔成型手〉は、俺にはない技術だ。これから武器を量産するに当たっては、お前の力が必要になると思う。だから……」


 ダメ元ではあるが、前もって皆で決めていた提案を、ハルクに投げ掛ける。


「だからハルク。これから【鍛冶嵐】がまともになるって言うなら、協力体制をとらないか?」

「なんだと、俺に手下になれって言うのか!?」

「いやちげぇって。協力体制だって」


 俺は彼の懸念を否定したが、彼は死ぬほど悩んでいた。


 まぁ確かに、ここまで世間を騒がせた後に協力体制をとれば、世間から見れば【夜明けの剣】に屈したことになるだろうね。


 しかしこの誘いを断れば、【鍛冶嵐】は即座の解体は免れないだろう。背に腹は代えられなかったようで、ハルクは屈辱に顔を歪めながら俺に土下座してきた。【東亜商会】がこの国に広めた、降伏のポーズである。


「陰気でダサいとか言ってごめんなさい! これからは【鍛冶嵐】をよろしくお願いします、師匠……!」

「うわダサッ」

「キモッ」


 これまでしてきた事を思えばこうしないと協力出来ないのは分かるが、姉妹の反応を聞いていると同情せざるを得ない。聞いてる俺まで泣きそうなんだけど。


 こうして世間を騒がせた【鍛冶嵐】は沈静化し、【夜明けの剣】と協力体制を結ぶ事になった。

 しかし実態としては【夜明けの剣】の傘下に下ったのも同然であったため、今回の騒動を機に【夜明けの剣】は信じられない規模の拡大を遂げた事になる――。




ギルド財産

・約50万ゴールド

・肥大槌ソイルハンマー(修理中)×1

・回転鋸ライトニングソー×8

・伸縮糸槍アサルトブリッジ×1

・眼前暗殺剣アサシンズハート(修理中)×1

・糸槌サドゥンプレス×1

・跳躍槍エアスラッシャー(毒針換装)×1

・歪鋼メタルスネーク×1

・歪鋼メタルスネーク改×3

・追苦エイミングトライデント×1

・業炎シャープフレイム(半壊)×1

・歪剣ブレイドスネーク×0

・刀球デッドボール×1

・裏砲剣レンジコンクエスタ×4

・触手装甲×1

・触手服×4

・蜘蛛天脚×1

・戦士の上質鎧×1

・隋盾腕シールドアーム×20

・装食従僕アームドリンカー×34

・潜影鎧ハイドナイト×1

・多腕装甲デストロイア(半壊)×1

・蛙式風装エアパック×7

・機動式斬月ダッシュカッター×7


・残忍蜂の死骸×3

・磁力猿の死骸×7

・武装龍の死骸×1

・武装蜥蜴の焼死体×212

・浮遊蛙の死骸×65

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る