第37話 魔術と武器

 アネータに挑戦を吹っ掛けられた俺達は……それから五日の間、普通に拒み続けた。


 いやリニューアル直後で、お客様もたくさん来るからさ。壊れたドアを〈成型手〉で応急措置してから、このチャンスを逃すまいと限定セールとかやってたのよ。


「量産品の方が安いって分かってても、こっちまで買いに来てくれる人は多いんですね!」

「凄いっす! この数だともう、リニューアル直後とか以前の問題っすよね?」

「ああ、俺もここまで来てくれるとは思ってなかったな……」


 【鍛冶嵐】のせいで店に行けなかっただけという人は本当に多かったようで、お客様は想定の三倍くらい来てくれた。

 貸屋が埋まりそうな程のお客様を見た俺が、自分の武器が認められて内心飛び上がりそうなほど嬉しかったのは言うまでもない。


 そして何より、妨害を気にせずに商品を買える彼らは、誰もが笑顔に満ち溢れていた。

 実演販売からのお客様も多く、彼らはよくレオナに話しかけていた。


「レオナさん、近い内にまた実演販売やりますよね!? その時に使えるおすすめ武器とか有りますか?」

「標的に武器聞いてどうするにゃわん。でもそうにゃわんね……この裏砲剣はやっぱり使いやすいにゃわんよ! ただもう少しお客様の数が落ち着かないとやられるかもしれないにゃわんから、実演販売はリニューアルセールの後になるかもにゃわんねぇ……」

「この数でもやられるかもしれない、くらいなんですか!? 憧れます……!」


 お客様と接しているレオナを見ると思わず、家庭のような環境を夢を見ていたと言ったレオナの泣き顔を思い出す。だが今の彼女は笑顔が絶えず、多くの人にも囲まれていた。


 彼女が喜んでいると思うだけで、俺の心はびっくりするくらい暖かくなって。

 このギルドがいつまでも続くように頑張らなければと、俺は彼女のためにもより念入りに、武器をたくさん作るのだった。


「……って感じだったんで、流石に挑戦受けてる場合じゃなかったんだよ。ごめんな?」

「ふえっ、えぐっ。こんな私に構ってくれて、ありがどおおおおお!」


 そして六日後の今日。ようやくリニューアルセールも落ち着いて、アネータの挑戦を受ける事が出来た。店の方は、また荒くれ冒険者達に任せている。


 五日も断られ続けたアネータは、待ち合わせ場所で俺達の顔を見ると泣きながら感謝してきた。

 強気な少女だと思っていたけど、断られ続けたショックで一気にしおらしくなっている。そんなになるなら無理な挑戦とかすんなよ……。


「私が、皆の分もクエスト受けといたから……。だから一緒についてきてね? 勝手に帰らないでね……?」

「だから分かったって! ちょっ、引っ付いて来ないで!」


 アネータは俺達に逃げられるのが心配なのか、ローブごと俺に引っ付いてくる。


「なんか新参者がしゃしゃり出てるっすよレオナ殿」

「そうにゃわんね……。まぁメイも割と出会ったばかりでライアに抱きついてたにゃわんけどね? 別にそれ許した訳じゃないにゃわんよ?」

「うひゃあっす……」


 レオナ達が何故か怒ってるので、離してくれた方が助かるんですが……。なんだろ、俺が女の子の体触らないかって警戒してんのかな?


 そんな事を思っていると、アネータが本当に体を離してくれた。


「今回競うのは、アイアンスライムの討伐数よ。堅い魔物だからそう簡単には倒せないけど、私の魔術なら武器なんかよりよっぽど早く倒せるわ」


 クエストの目的地である山のふもとが近付いたためか、アネータは少しずつ調子を取り戻してきた。それほど自分の魔術に自信があるようで、また強気な少女に戻っている。情緒不安定かよ。


「あ、そうそう。競争の結果は正確にしないといけないから、魔術学院の生徒やあなた達のファンもこの場に呼んでおいたわよ?」

「うおっ。本当に自信があるんだな……」


 アネータが指差した先には確かに見たことのある顔があり、一方ローブを着た知らない学生達もたくさんいた。

 アイアンスライムはあまり危険な魔物じゃないが、それにしても戦いを見せるために人を集めるとはなかなか出来ることじゃない。集まる方も集まる方だけど。


 俺が驚いていると、獲物を見つけたアネータがさっそく戦闘態勢に入った。


「いたわ、アイアンスライム! 〈雷矢〉、起動」


 アイアンスライムというのは、動く半液状の鉄だ。知能は低いが、その強度と柔軟さが厄介な魔物である。


 彼女は見つけた獲物に自分の人差し指を向け、20秒ほど静止する。すると伸ばした指は段々と雷光を纏い、射出された。


「発動!」

「すげぇ、なんて速さの魔術起動なんだ!」

「キャー! 流石です先輩ーっ!」


 指から発射された雷がスライムを射抜くと、彼女の学院の生徒達から歓声が上がった。


 魔術というのは魔物を摂取するなどして体と魔力の適性を高めた上で、それを応用して魔物に近しい能力を発揮する技術だ。

 人間の体に合った能力にまで調整する必要があるため、本来は行使までにかなりの時間がかかる。それが冒険者としては歓迎され辛い理由なのだが、彼女の魔術はその常識を覆す程の速さを秘めていた。

 

「やっぱり一発じゃ死なないわね。でも、それは想定通りっ。〈雷矢〉発動、〈雷閃陣〉起動!」


 彼女は〈雷矢〉を再び起動しながら、足で地面に魔方陣を描き始めた。

 やはり先程のようなスピードで起動できる魔術は限られているらしく、強い魔術の起動には時間がかかるらしい。


 だが弱い魔法で足止めしつつ並行して他の魔術を準備する様を見れば、彼女が必死に訓練してきたのが見えてくる。


「凄いな。あれだけ本気なら、こっちも全力を出さないと失礼か」

「正直負けてあげる気満々だったにゃわんけどねぇ……」


 彼女の熱に打たれて、俺達もこの競争へのやる気を刺激されてしまった。

 競争に勝つメリットもないのでやる気はなかったのだが、アネータが剣士に勝つ気で魔術を極めたというなら、剣士側がやる気を出さないのでは馬鹿にしてるも同然だ。


「アイアンスライムにはレンジコンクエスタの攻撃は通らないだろうから……。フィラ、あれは使えそうか?」

「は、はいっ! 最近仕事が終わったら毎日練習してましたから!」

「え。フィラにそこまでやる気出されると、それはそれで嫌な予感してきたなぁ!?」


 フィラに俺が新調した武器を使えるかどうか聞くと、彼女は心強くも頷いてくれた。

 最近は騒動が多く武器の消耗も激しかったので、初期に作った武器は殆どが魔力切れしている。そのため素材にも余裕が出来たし、これまで作った武器は順次改良して「新型」にしようとしていたのだ。


 中でも真っ先に作り直したのが、ハルクに壊されてしまった糸槌サドゥンプレスだ。提携を組んだギルドにメタルハーピーの素材を集めてもらい、鋼鉄ファンを五つ搭載した意欲作である。


「こんな沢山の人に見られてると緊張しますね……。でも、使いこなして見せ……ますっ!」


 強く意気込みながら、フィラが新しくなった糸槌を作動させる。背面にある三つの鋼鉄ファンがそれぞれ動き、そして……。


「豪翼サドゥンメテオ、飛びますっ……!」


 高らかに宣言、そして飛翔。


 鋼鉄ファンを三つ備えたそのハンマーは起動の速い〈雷矢〉という魔術にも負けぬ速さで動きだし、あっという間にフィラの体を中空へと連れていった。

 新型の糸槌をフィラに渡したのは、もちろんあれを空中で使えるのは彼女だけだったからだ。


「ふあ……?」


 見ていた観衆達は、目の前の光景が理解できないとばかりに目を点にしていた。

 そんな彼らの向こうで、肘や踵に浮蛙の球をつけた新しい軽装を上手く使ってフィラは体勢を整えていた。武器新調に伴ってようやく触手装甲も卒業させてあげられたので、皆に見られても平気である。


 浮蛙の球で軌道を調整しながら空中に飛んだ彼女はそこで止まらず、地上にいるアイアンスライム目掛けて自分の体ごとハンマーを振り下ろした。

 その一撃で五匹のアイアンスライムが潰れたが、彼女には一瞬たりとも手を止めるつもりがないようだ。ヘッドの側面にある二つの鋼鉄の内片方を作動して、ハンマーの軌道を無理矢理変えて地面ごと凪ぎ払う! そしてヘッド正面が向いた方向に移動し、再び浮上っ!


「えっ、まだ追撃すんの!?」

「うぎゃああああっ! ハンマーの衝撃でアイアンスライムがこっち跳ねてきたぁぁぁ!」

「ただのか弱い看板娘じゃなかったのかよ! スライムよりフィラちゃんの方に殺されそうなんだけど!?」


 魔物の素材まで潰しちゃうというハンマーの弱点を遺憾なく発揮し、フィラは眼下の獲物を執拗に潰していった。ハンマー内部に内蔵しておいた跳躍槍も発射して、素早い相手まで正確に射止めていく。


 お客様や魔術学院の生徒は大声で叫びながら走り回ってるけど、獲物に集中しているフィラには声が届いていなかった。


「〈天雷……砲〉」


 暴れまわるフィラの近くで、起動に時間のかかる大技を発動し終わったアネータが同時に六匹を倒した。それは並の魔術師には出来ない芸当だったが、目の前の大破壊と比べると酷く地味だ。


 笑顔で地上に大穴を開け続けるフィラとは裏腹に、アネータは呆然としていた。


「何あれ、あんなのもう魔剣じゃない……」

「いやいや、剣じゃないから魔剣とは言わないだろ」

「そういう意味じゃなくてっ! 私が想定してた相手と違うと言いますか!」


 アネータの呟きに言葉を返したら、凄い勢いで怒鳴られてしまった。

 しかし俺が謝る前に、アネータは暗い顔で言う。


「これじゃやっぱり、魔術師は要らないって言われて当然よね。武器より魔術の方が優秀だって見せつけたかったのに、これじゃどうしようもないわ」

「あの武器と比較するのがそもそも無理あると思うけどにゃわん」


 先程の戦いで見た通り、確かに魔術は魔物との戦いには向かないのだ。武器より強い効果を発揮できるものの、発動までに時間がかかりすぎるのである。だから魔術は戦闘ではなく、建築や大型事業などに用いられる事の方が多い。


 彼女はどうしても冒険者になりたくて魔術の遅さを努力で克服したようだが、フィラ専用の武器を見て自信を失ってしまったらしい。


「どうしてそんなに、冒険者にこだわるんすか?」

「……別に、深い理由なんてないわ。ただの憧れよ」

「おらおら、おらおらおらあああああああっ!」


 皆が気になっていたことをメイが尋ねてくれると、彼女は思いの外素直に答えてくれた。遠くからフィラの声が響いてくるのがちょっと気になるけど。


「私が炎の竜に襲われた時、助けてくれた女の冒険者がいたの。その人はとても可憐で、格好良くて。ああいう生き方もあるんだって知らなかったから、憧れちゃっただけよ。本職からしてみれば、ただの貴族の戯れでしょうけど」


 それは確かに、俺達が想定していたほど重い理由ではなかった。【夜明けの剣】のメンバーはもう全員両親がおらず、戦ってきたのも生きるためという理由が大きかった。

 冒険者以外にも生きる道があるなら、自ら危険な道に突っ込む彼女は愚かだとも思う。


 だが彼女の話を聞いた俺は、もしやと思いながら尋ねた。


「なあ、君を助けた冒険者って……名前とか名乗ってた?」

「え、何でそんなこと聞くの? レイナ・アルバースっていう、別に有名でもない剣士よ?」


 それは、【新星団】元ギルド長の名前。豪炎シャープフレイムの素材となった炎竜と俺達が戦った時、レイナがアネータを助けたのだろう。


 彼女の名を聞いて、思い出す。俺も彼女に見出されたから冒険者になっただけで、そこに重い理由などなかった。……いや、彼女と一緒にいる事こそが、当時の俺にとって生きる事よりも重い事だったのだと。


 アネータは確かに、冒険者になる必要はないのかもしれない。だが、なりたくてなった冒険者が、なるべくしてなった冒険者に劣る道理がどこにある……?


「やっぱり先輩が冒険者になるのは勿体ないですって! 冒険者なんて庶民の仕事だし、魔術師にはそもそも向いてないんですよ」

「そうですよ。先輩ほどの魔術師なら、宮廷魔術師だって夢じゃないんですから!」


 魔術学院の生徒が、アネータに口々に声を掛けて慰めている。それを聞いた彼女は名残惜しそうに、しかし否定する言葉も思いつかないというように目を泳がせ、そして――。


「いや、魔術師が冒険者に向いてないとは限らないんじゃないか?」


 ――アネータが後輩達の言葉に頷く直前、俺は彼女らに向かって声をかけた。


 するとアネータが、信じられないというように目を見開いて俺を見遣る。


「アネータは魔術が武器に勝ってるところを見せたがっていたけど、そもそも魔術師が武器を使っちゃいけない道理はないだろ? 魔術師の杖とかだって、改良すればもう少し出来ることが増えるんじゃないのか?」


 俺達以上に冒険者であろうとしている子が冒険者を諦めるのを、俺は見過ごすことが出来なかった。魔術師は自分と縁がない存在だと思っていたが、もし手伝えることがあるならそれはお客様だ。


 言い切った俺を、アネータが涙目で見つめた。


「本当……?」

「ああ。もちろん、俺の出来る範囲でだけどな」


 俺が言うと、アネータは喜びながら俺の胸に飛びついてくる。すると後ろから、レオナ達と戦闘を終えたフィラが何事か呟き合っていた。


「お人好しなのは良いというか、そこがそのぉ……好きにゃわんけど……」

「ライアさん、とうとう魔術の領域にまで手を広げる気なんですね。というか勝った私よりアネータさんの方が良い目見てるの、釈然としないんですけど」

「武器もモテ度も、どんどん止められなくなってきそうっす……」


 何を言ってるか聞こえないけど、なんか呆れられてるのは分かった。だが調合師としての矜持として、自分がサポートできるかもしれない分野があるなら無視するわけにもいかなかった。

 レイナの名前を出されて、新米冒険者時代の気概が戻ってきたのもあるだろう。




 武器作りが魔術分野にまで進出したことで、【夜明けの剣】は軍隊並の規模と戦力を手に入れてしまうのだが……それはまた、後のお話。

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