第15話 臆病少女にハンマーを持たせるのは間違っていました

 両手に糸槌サドゥンプレスの柄を置き、フィラは荒い息を吐き続けていた。


 焦点は糸だけに集中し、今にも糸を食べだしそうな勢いだ。事故が起こらないよう糸全体をコーティングしたけど、食べたら流石に口が溶けるぞ?


「なんか過呼吸なってない? 大丈夫?」

「大丈夫……ですっ! この試験を乗り越えなければ……死んだ両親に顔向け出来ませんから!」

「いやそんなことないと思うけど……」


 糸槌を使わせたのは彼女の覚悟を試すためという理由が大きかったものの、どうやら過剰に覚悟しすぎているようだ。目が血走ってきたけど大丈夫か?


「そんな装備で大丈夫にゃわん?」

「大丈夫だ、問題ない」


 口調まで変わっとるやんけ。


 だが、フィラもとうとう踏ん切りがついたようだ。糸の柄を強く握ると、ハンマーの先端にある鋼鉄ファンが段々と回転していく。

 ハンマーのヘッドは鋼鉄ファンがない方へと少しずつ動き、引きずられるようにして動いたヘッドが草原を抉り始めた。茶色い軌跡が太くなり、鋼鉄ファンが殆ど最大風速になったのを見てから俺はフィラに呼びかける。


「今だ、フィラ! 釣りをするような感覚で、手に持ってる糸を強く上に引っ張れ!」

「こう……ですか!?」


 指示通りにフィラが糸を引き上げると、それに伴っての鋼鉄ファンが少しだけ地面に向いた。

 ここまでやれば、ハンマーは竜巻の力で勝手に動いてくれる。あとはフィラがその動きを制御できるかだけ……だと、思っていたが。


「う、うひゃあああああんっ!?」


 フィラが可愛らしい声を響かせながら、動き回るサドゥンプレスに振り回される。そしてヘッド部分が再び地面に横たわると、彼女は勝手に動いていくハンマーに引きずられていった。

 重そうな鎧を纏っているから引きずられるとは思っていなかったが、想像以上に彼女は軽く、何より脚の踏ん張りも利かなかったようだ。


 冒険者ギルドで彼女を抱え上げたときの軽さを考えれば、想定できない事じゃなかったのに! 俺は武器を作る者としての配慮不足に歯噛みしながら、フィラに向かって叫んだ。


「おい、早くその糸を放せ! レオナが追いつけなくなったら、ハンマーが暴走しても助けられなくなるぞ!」

「いや、放しません! 私はどうしても……強くならなきゃいけないんですっ!」


 彼女はそう言って、サドゥンプレスの柄を意地でも放さなかった。竜巻によって俺達から離れていくハンマーによってフィラは引きずられていき、そしてとうとう、ヘッド部分が大きな岩に当たって予期せぬ方向に飛び跳ねるっ!


「うへっ!」

「ま、まさか……!」


 不慮の事故によって、俺とレオナは目撃してしまう。


 武器が本来の用途とは異なった力を発揮する――――その、奇跡的な瞬間を。


「「と、飛んだぁぁぁぁぁぁ!?」」


 なんとフィラは、鋼鉄ファンが生み出した竜巻によって地上を離れ、ハンマーごと中空へと投げ出されたのである。その上、空へ飛んでもハンマーは動き回り、フィラが人とは思えない軌道でぶん回っている。こいつぁやべぇ。


 俺は慌てて伸縮糸槍アサルトブリッジの先端を改造し、空中にいるフィラを助けるための武器を作ろうとした。だがその前にフィラは気絶してしまったようで、手を放されたハンマーはようやく動かなくなり彼女と一緒に降下してくる。

 落ちてきたフィラはなんとか俊敏なレオナに抱きかかえてもらったが、ハンマーは地面に直撃して草原に大穴を開けた。うっひゃあ……。






 無闇に動かすことも出来なかったので、気絶したフィラはしばらく草原に横たえていた。

 俺とレオナはフィラが無事かどうか心配しながら彼女の横顔を見守っていたが、三十分もすると彼女は目を覚まし、ガバリと身を起こしながら叫ぶ。


「はっ! 今何時ですか!? 試験は!?」


 少し記憶が飛んでいたようで、起き抜けのフィラは数秒間だけ混乱していた。

 だが俺達を目に入れると記憶が蘇って来たのか、くしゃりと顔を歪ませる。


「あ……。私、また失敗しちゃったんですね。やっぱり私……使えない子でした」


 フィラの目に涙が溜まっていき、彼女はそれを袖で拭った。俺達に気を遣わせないようにという配慮なのか彼女は嗚咽さえ堪えて、息苦しそうに言葉を続ける。


「私、前のギルドを追い出された時点で、ちゃんと身の程を弁えるべきだったんです……。人に迷惑をかけてまで、仲間を探すべきじゃなかった。ごめんなさい、あなた達の貴重な時間を使わせてしまって……」


 とうとう堪えきれなくなった涙が目から零れる中、それでも彼女は俺達に謝ってくる。

 どう考えてもフィラの方が被害者だろと思うんだが、試験や気絶後の処理をさせてしまったことに罪悪感を抱いているようだ。なんというか、ギルドを追放されて色々とふっ切れる前の俺に似てる気がする。


「はぁ……君、ちょっと勘違いしてるぞ」


 損な性分のフィラを見て、俺は思わずため息をついてしまう。怒られると思ったのか彼女はピクリと肩を震わせたが、構わず俺は言ってやった。


「あのな。誰もあのハンマーを使いこなせなんて言ってないし……もちろん君が要らないとも言ってないだろ?」

「へ?」


 俺の言葉を聞いたフィラは、分かりやすく目を真ん丸にして間の抜けた声を出した。


「レオナでもすぐに使いこなせなかった武器を、いきなり使いこなせなんて言うわけないじゃんか。あれは君の覚悟と実力を見るための試験だし、正直言えば武器の試用を断らなかった時点で殆ど仲間にするって決めてた」

「へ? ……へ?」


 まだ理解が追いつかないようで、彼女は目から涙をボロボロ流しながら声を発し続ける。ちょっと怖いわ。


「だからそのー……なんだ。……ごめんレオナ、恥ずかしいから言って」

「いやいや、ここまで言っておいて投げるのは「ナシ」にゃわん。ちゃんと自分の口で言うにゃわんよ」

「うー……。だからその、あれだ」


 偉そうなことを言うのは苦手なので、俺は少し照れながらフィラに言った。


「信頼できない奴を仲間に入れるわけにはいけないけど、君は俺達が期待してた以上の覚悟を見せてくれたんだ。俺達はもう君を信用しきってるし……そんな奴が要らない子なわけないだろ? だから、これからはよろしくな」

「う、うぅ……っ!」


 俺が言い切ると、フィラは言葉が出ないとでも言うように喉の奥で唸った。それから抑えきれなくなった感情を乗せて、猛烈な勢いで俺の腹にタックルしてくる。


「ぐふぅっ!」

「ありがとうございます、ありがとうございますっ……!」


 涙はまだ止まらないようで、彼女は泣き笑いの表情で俺の胸にすがりついてくる。なんかレオナが俺の方を見ながら物欲しそうな顔をしてるけど、俺と代わってほしいって事かな? 確かにフィラは小動物みたいで可愛いしな。


「ハンマーでフィラは浮かんだのに、私は浮かばなかったし……。もしかして私、女として負けてるにゃわん……?」


 レオナがいつになく真剣な表情で何か言ってるが、あまり意味は分からなかった。フィラが飛んだのには驚いたけど、流石にレオナが負けるってことはないんじゃないの? 君は最高の剣士だと思うぜ。


 たださっきの試用を見れば、フィラにはレオナとは別の戦い方が出来そうだというのも確かだ。

 実力はまだ見切れてないけど、隠された実力を引き出すのも調合師の役目。俺はこれからの戦いが楽しみになりながら、新たな仲間の加入を祝福するのだった。

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