第28話 奴の名はテンペベロ
生産ギルドを始めたら、素材集めて消耗品とか作ってさ。売ってさ。
町の人とも交流が出来るし、お客さんとも仲良くなるし。楽しく平和に暮らしていける……とか思うじゃん?
あれだよね。甘かったよね、俺達。
「あのですね……ペルパさん? でしたっけ?」
「いえ、ライアです。何かご用でしょうか」
「いえね。あなた方は生産ギルドを始めると伺ったのですが……誰の許可を得てこんなことをし始めたのか、お聞きしたいと思いまして」
丸眼鏡をかけた細身の男が、俺の前に立ち塞がっている。
彼は俺の名前と一文字も掠っていない名前を呼ぶと、意味の分からない事を聞いてきた。
俺とレオナとフィラ、そしてメイの四人は、生産ギルドを発足しようと決めたその日の内に登録ギルドへと登録を済ませていた。
そして、その翌日の今日。当分の営業を行うために店として扱える貸屋がないか探していると、俺達は唐突に目の前の男に絡まれたのである。
「冒険者ギルドの許可は得ましたが、それに何か問題が?」
「はぁ……これだから世間知らずの子供は……」
なんとなく男の言いたいことを察しながらも一応尋ねると、彼は大仰に肩をすくめた。
「あのですね、ここら一帯は生産ギルド【鍛冶嵐】の直営地なんですよ。それを無視して新しい生産ギルドを作ろうなんて、許されるわけないですよね?」
高級そうな茶色い皮服を着たその青年は、さも当たり前のようにそう言った。許されるってなんやねん。
「もちろん俺達も店を出す予定がつけば、【鍛冶嵐】の方々には挨拶に伺うつもりでしたよ。でもあなた方に許されなければギルド登録できないなんてルールは、流石に有りませんよね?」
「だーかーらーさー。ルールとかじゃないんだよー。こういうのは常識なんだよなー、分かる?」
俺が少しだけ反発すると、男はいきなり砕けた口調になってさもこちらを何も分かってない子供のように扱ってきた。
頭を揺り動かしながらの上目遣いは威圧してるつもりなんだろうけど、フィラの方が5000倍くらいは怖いので何も感じない。
相手がこちらを一応は対等に扱っていたからこちらも遠慮していたが、そういう態度でくるならこちらも正直な話をしよう。
「そうは言いますけどね、テンペベロさん」
「いえトレイクです。えっ、今のわざとですか? わざとだとしても名前の間違え方が尋常じゃないというか……」
「言いたくはないですが、【鍛冶嵐】には悪い噂が絶えません。ここら一帯に【鍛冶嵐】しか生産ギルドがないのは、挨拶に行ったギルドが全てその場で潰されているからという噂も聞きます。俺達もそれを全て信じているわけではないですが、これが本当なら常識外れなのはどちらでしょうか?」
俺がそう尋ねると、テンペベロは苦い顔をしてこちらを睨み付けてくる。その目には、汚いものを見るかのような嫌悪感が滲み出ていた。
「あーあ。ボクはねぇ……立場も弁えず逆らってくるガキも嫌いなら、冒険者とかいう頭の悪い職業も嫌いなんですよ。あなた達、腕の力が強ければ自分が偉いと思ってるでしょ? 社会はね、そんなに単純に出来てないの」
テンペベロはこちらを見下しきった顔でそう言うと、唐突に右腕を宙へと振り上げた。
それに応じて、街の脇道などからゾロゾロと黒服の集団が現れてくる。うーわ街のど真ん中でも容赦なしかよ。
恐らく衛兵はお金で丸め込んでいるのだろう。言ってることの割に力押しで来る気満々の彼らを見て、俺は呆れながら言葉を発する。
「テンペベロさん……。いくらギルドの力が強いからって、ここまで人目を気にしないのはギルドとしてどうなんですか?」
「トレイクです。いい加減に覚えて下さい、トキオさん」
「うわこいつら割と同類にゃわん」
名前を間違え合う俺達を見てレオナが呟くが、まぁ今はこいつの名前を覚え直すより黒服にどう対処するか考える方が先決だろう。
「うーん、まずソイルハンマーは町中じゃ使えないだろ? ライトニングソーだと殺しちゃうし、アサルトブリッジでも死ぬし、サドゥンプレスだと街の人みんな死ぬな。やべぇ、どの武器選んでもどっちかが死ぬ!」
「その割には呑気ですね……」
「いざとなれば武器で普通に倒そうとしてるのが丸見えにゃわん。腕の力が強いから安心してるってのは否定できないにゃわんね……」
フィラとレオナが好き勝手言ってるけど、俺だってちゃんと考えてるのよ? 今のところ一番マシな戦い方は、メタルスネークで全身の腱を攻撃することですかね。
「そういうことなら、私が後ろから殴りつけてくるっすよ!」
「おぉ、助かるぞメイ! 確かに影から攻撃すれば、肉弾戦でも安全に倒せるな!」
メイのしてくれた提案に納得し、俺は大きく頷いた。その途端、メイは黒服達と地続きになっている影へと潜る。
「んっ!? 一人消えたぞ!?」
「今のは高速移動か……? こっちの情報では、あいつらの陣容は調合師・剣士・狂戦士・忍者ってなってるが……」
「忍者? 忍者なんかどこにいるんだ!?」
「あの触手が怪しすぎる……。あれ忍術の触媒じゃね?」
メイが影へ潜った事より、俺らの中に忍者っぽいやつがいないこととフィラの触手装甲に気をとられる黒服達。
動揺のあまり頭が働いていない彼らの背中を、メイが影から飛び出て攻撃した。
「うわあっ! お前どこから出てきた!?」
「ふえっ!」
だが黒服達を驚かせたメイは、彼らの言葉によって彼ら以上に驚く。
「今……何て言ったっすか?」
「え、お前どこから出てきたって……」
「あぁ、嗚呼……。その言葉を、何年も前から待ってたんすよ……」
感極まった声で、メイが呆然と呟く。その目には、きらりと輝く涙が浮かんでいた。
「こっちがいくら上手く隠れても、誰も……誰一人そういう反応を返してくれなかったんす。でもとうとう、とうとう私も……。その言葉を待ってたんすよぉぉぉっ!」
叫びながら、興奮しすぎたメイが道端でブリッジを始める。あ、駄目だこの娘使えないや。
「分かったぞ! こいつが狂戦士だ!」
「おいお前ら、狂戦士は狂ってるから何してくるか分からない! あまりそいつに構わないで、さっさと調合師の男だけ片付けろ!」
メイの奇行に恐れをなした黒服達は、テンペベロの呼びかけに素直に従って俺を狙ってきた。
「完全にライアを狙ってるにゃわん! 仕方ない、すり潰すしかなさそうにゃわんね」
「サシコロス……ソレスナワチカイカン」
「君らは君らで覚悟決めるのが早すぎるよ、構えないで。大丈夫、俺がなんとかするって」
すり潰すって何するつもりなんだよ。心の中で突っ込みながら、俺は物騒な事を言い始めたレオナとフィラをゆったりと止める。
彼女らは不安そうに俺を見遣ったが、俺が基本的には考えもなく動かないことを知っている彼女らは俺を信じて止まってくれた。
「おいおい、仲間に見捨てられてるぞ調合師ぃ!」
「お前が死んだら女どもは貰ってやるから安心しなぁ!」
俺に向かって走ってくる黒服達にはレオナとフィラが怯えて俺を守るのをやめた風に見えたようで、黒服達が一切の警戒感もなく近付いてくる。
まぁね、そりゃ調合師の攻撃なんて普通は警戒しないよな……。
俺は調合師の扱いに悲しくなりながら、黒服の前で腕を何度か払った。
「何してやがるっ! 腕で俺らの剣を防ぐつもりかぁ…………あ?」
俺に剣を振り下ろした黒服達は、しかしあまりの手応えのなさに眉を潜めた。そして自分の手元を見て、持っていた剣の刃が折れていることに目を剥く。
「なっ、いつの間にこんなことに!?」
「〈成型手〉で俺の手甲を一瞬だけ柔軟な剣状にして、君らの剣の一番脆い部分をへし折っただけだよ。その剣は出来が良くなかったから、もっと良い剣が欲しければ【夜明けの剣】までどうぞ」
俺が抜かりなく宣伝すると、黒服達がすぐにざわめき始めた。
「あぁあ!? 俺は対人戦では一回も負けてこなかったのに、調合師なんかにぃ!?」
「こいつが調合師だと……? 嘘だろ!?」
「強すぎる……。このギルドの武器を使えば、こうなれるのか? あれ、なんで俺達【鍛冶嵐】の味方してたんだ?」
俺の体を張った宣伝は功を奏したようで、俺達のギルドにも興味を持ち始めてくれたようだ。なるほど宣伝ってこうやれば良いんだな。
「ライアがいよいよ、剣士としても一級になってきたにゃわん……」
「ああいう錬金術師、どっかで見たことありません?」
この前の戦いで磨きのかかった〈成型手〉を見て、レオナとフィラが思い思いに呟く。何故だろう、フィラの言葉が一番心に刺さる。
「え……おっ、覚えとけよ!?」
黒服でも調合師にすら敵わなかったのを見て、テンペベロは慌てて俺らの元を去った。後で分かることだが、【鍛冶嵐】の中で俺らの情報が狂調合師・狂戦士・狂戦士・狂戦士になったのもこの日からである。
しかし一方、彼らの嫌がらせはまだ始まってすらいなかった……。
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